大詰 2
「いい眺めだね」
眼下に広がる景色を見渡してアルフ様は言った。
私達は、いつも〝ミア〟が仕事帰りに寄っていた丘に来ていた。
多分ここに来られる事ももうないだろう。
———私の第二の故郷とも言える、親父さん達との思い出がたくさん詰まったこの地には。
しっかりと目に焼き付けておかないと。
「あんなに小さな町にマリアは住んでいたんだね」
私の実家であるリーベルトの王宮の敷地内にすっぽりと入ってしまいそうな、小さな町。
「平民の生活は辛くなかった?」
「いいえ。皆さん、優しくしてくれたので」
気遣わしげに私を見たアルフ様に笑顔で答える。
むしろ———これからの王宮での生活の方が不安だ。
前世を含めれば、王女よりも庶民でいた時の方がずっと長いのだし。
「アルフ様…私、王女としての教育もほとんど受けていませんし、貴族のマナーも大して知りません」
〝マリア〟から奪われた十二年は———とても、長い。
それを取り戻すには…どれだけ時間が掛かるのだろう。
「だからアルフ様の…妻として、これからちゃんとやっていけるか…不安なんです」
「大丈夫。僕が守るから。———あの時マリアを守れなかった分、これから沢山守るから」
アルフ様は私の手を取った。
「それに僕はね、王女のマリアも馬方のミアも、どちらも好きなんだ。だからマリアは今のマリアのままでいいよ」
「アルフ様…」
「———マリアとミアが、同じで良かった」
私の手を引き寄せると…アルフ様はその甲にキスを落とした。
「マリアの事を忘れられないのに、一緒に旅をする間にどんどんミアに惹かれていって。酷いと思いながらも止まらなかった」
これも浮気になるのかな。
困ったようにアルフ様は呟いた。
……こういう場合はどうなんだろう?
「そうですね…でも」
私はアルフ様を見上げた。
「〝ミア〟は、〝マリア様〟の事を大切にしているアルフ様の事を好きになりましたから」
アルフ様は大きく目を見開いた。
「ミアとマリア、どちらも好きになってくれて…嬉しいです」
幼い恋心をずっと大切にしていた———その心が切なくて、優しくて。
尊いと思ったのだ。
「マリア」
アルフ様は私を抱きしめた。
「マリア…好きだ」
「…私も、アルフ様が、好きです」
おずおずと背中に手を回すと、更に強く抱きしめられた。
「……アルフ様は」
しばらく抱き合って、私は口を開いた。
「どうして…モナ様の事を好きにならなかったのですか?」
「え?」
顔を上げると、アルフ様は驚いたように目を見開いていた。
「あんなに綺麗で優しいのに…」
「———それだけで、好きになるものでもないと思うよ」
アルフ様はため息をついた。
「…じゃあ、どうして私を好きになったのですか?」
「どうしてだろうね。初めて会った瞬間に好きになったから理由なんか分からないよ」
そう言うと、左手が私の頬に触れた。
「今までに僕が惹かれたのはマリアとミアだけだ。これからも、僕が惹かれるのは目の前にいる君だけだよ」
かあっと顔に血が上るのを感じた。
もう片方の手が、私の腕に嵌められた金の輪に触れる。
「この腕輪に誓って、これからもマリアだけを愛する。———二度と失うことはさせない」
アルフ様の顔が近づいた。
熱くなった、触れられていない方の頬に、少しひんやりした唇が触れた。
呪いが解けて、黒幕の悪事が暴かれ、お家は守られて———
これが芝居ならば、大団円を迎えた事になるのだろう。
だけど現実はこれからも続く。
ローウェル公爵家は立て直さないとならないし、私とアルフ様は一から新しい家を立ち上げていかなければならない。
この先の未来がハッピーエンドになるかはまだ分からない。
けれど。
この世界に生まれて本当に良かった。
沢山の人達と出会えて、色々な経験が出来て。
———大好きな人と出会えて。
私はとても幸せだ。
おわり
最後までお読み頂き、ありがとうございました。
歌舞伎の演目って定番の設定や展開、約束事が多くて、観客もそれを知っている事を前提に楽しみます。
それってこういう異世界転生モノとも通じるものがあるなあと思い、組み合わせてみました。
小説内で説明した以外にも、各章の名称や「〇〇実ハ〇〇」など歌舞伎ネタを散りばめています。
本当はお家騒動の定番、お家の重宝紛失ネタも入れたかったのですが、やり過ぎても分かりにくくなるかなあ、と。
少しでも楽しんで頂けたら嬉しいです。