もうひとつの歴史――それから
〈小公女は一度こそ玉座にすわろうとしました。しかしとつぜん愛するビュンデリタルの声を聞いたような気がして、深緑の森へと駆けだしました。そしてそれきり、公国に帰って来ることはありませんでした。
――ファッソ『小公女エッセ』〉
ヤシュタットとビンディー、それにエッセはまるまる三日間、ダルダシオーン郊外にあるホテルに軟禁された。待遇は悪くなく、市域の眺望は格別で、飽き飽きするほどほど惰眠を貪らせてもらった。新聞社や通信社もシャットダウンされた、静かな日々……しかし不自由はないが、自由もないという環境は、絵筆では表現できない類の苦痛を伴う。
ティーティー、それから女王ユアナは、吸血族の治療を受け快方に向かっているという。皮膚科の医術は、日夜日焼けと戦う吸血族の医者にとっては十八番である。――一方で、女王の今後の処遇は、ヤシュタットたちと同じぐらい不透明なものだった。騒乱の戦後処理として、その命は結局奪われてしまうかもしれない。それから『イ』だ。あの電報を送って以来、音信は不通。――なにもかもが宙ぶらりんな状態だ。
エッセは部屋の隅っこで炎を手から噴出させる練習をしていたが、王宮の中以来、あの〈魔法〉は使えないきりだった。
『イ』が王都にやってきたのは、王宮が焼け落ちてから二週間も先のことだった。その頃には都市機能はほぼ回復し、市内には傾いた建物を修繕すべく、木製の足場があちこちで作られている。ホテルから眺めても、白亜の宮殿が、貨物船のように造船ドックに収められていく様が見物出来た。(竹組みじゃないんだな)と思った。
巡礼旅行も再開されていた。『イ』は今まで虐げられていたトン族のリーダーとしてではなく、単なる巡礼者の一人という地位でダルダシオーンの地を踏んだ。担ぎあげられることを彼女自身が拒んだというのもあるし、少数民族の指導者としてふるまえば、存在が政治化して、危険だ。
「あなた、少し太ったね」ヤシュタットへの第一声がこれである。たしかに食べてばかりでずっと狭い個室に押し込められて、弾の散歩は常時監視され、それに嫌気を憶えてすぐに中断――を繰り返していれば、運動不足とストレスで少しはふくよかになる。
「そう言う君は、ちょっとやせたね」
「また列車に載せられたから、それのせいよ」
この再会を、もっとも喜んだのはエッセだったのは言うまでもない。しかしヤシュタットにだって、彼女に聞きたいことは山ほどあった。それに言いたいことだってごまんとある。
まずは彼が言いたいこと――。ヤシュタットは留学生活を中止し、オタジアに還らなくてはならなくなった。つまりは追放だ。ホードガレイの中枢にある暗部を見てしまった以上、かなり寛大な措置だ。まあさんざん背負わされた責務を考えれば、お釣りをもらわないと割に合わないが。
「そう――でも、この国は先月まで見たいに夢ばかりを見ていられなくなった。だから今のうちに帰れるのはかえって幸せかもね」そう言われてヤシュタットはようやく、自分は外国人であり、ホードガレイにとっては第三者であると云う事を思い出した。『イ』もタララでかなりの苦労を重ねてきたらしく、疲れた様子だ。その瞳は心なしか、少し白濁したように見えた。
『イ』は三人から、ダルダション湖に出現し、悪龍を湖水ごと飲み干した不思議な幻について聞き出そうとした。ただし、エッセやビンディーでは要領を得ないので、受け答えするのはヤシュタットばかりだ。
「その『聖人』の身長は、どれぐらい?」
「聖人? ……うーん、目方で計る対照がなかったから、わからないなあ」
「誰の身長が大きかったとか、一人だけ背が低かったとか、そういう話でいいの」
「うーん、右端に居た人だけ背丈が小さかったかなあ……」
うろ覚えだったが、そう応えると彼女は妙にしんみりとした具合になった。眼の前に手を振ってみようとするが、すぐさま我に返った。
「それじゃあ実際に会ってみるしかないね。街まで出られるよう、働きかけようか」
「?」
『イ』は一方的に話を進めるが、この清潔極まりない辺獄から抜けだせるということは理解できた。
ビンディーは父が解放されたという報せを受け、故郷シタ・サーブへと帰っていった。曲芸と同じく、フットワークの軽い娘だ。そういえば彼女だけ巡礼の徒ではなかったということも、忘れていた。
「必ず勉強して、字が読めるようになるからね。――そしたらジャスタさんに、手紙を出すよ」
「うん、楽しみにしてるよ」
「『イ』さんとももっとお話ししたかったな。あなたにも手紙を出すね。……それからフシーオさんのお母さんによろしくね」そう言い残して、ダルダシオーン土産を山ほど積んだ馬車に揺られて、ヤシュタット、エッセ、『イ』の前から去っていく。残された三人は、政府から没収されていた巡礼服に再度着て、見送りついでに巡礼のゴール地点、ダルダシオーン寺院に向かう。
「さ、寺院はこっちの通りですよ」ガイドを買って出てくれたのは、ティーティーだった。ヤシュタットをだましたせめてもの罪滅ぼしだという。大怪我の程度の割に元気そうだった。
四人はティーティーが呼んだ馬車――『イ』を運ぶため戦車のように頑丈で、繋がれた馬も四頭! 事情を知らない人が見れば恐怖してしまうような物々しさ――に乗り込む。『イ』は最初、三たび乗り物に載せられることをあからさまに嫌がったが、どうせ短距離だからとヤシュタットに説得され、さらにエッセに悪戯されて帽子を取られたため、最後には渋々乗り込んだ。
久しぶりの解放感に包まれたダルダシオーン市民は、久しぶりの日光の下で、自由な日々の営みを満喫しているようだった。その顔は建物の色と同じくすっかり白んでいる。しかしヤシュタットはその表情の裏に、不安に憑かれて何とか今現在だけに気持ちを集中させようという涙ぐましい心が感じ取れて、自分だけ彼らを置いて、安全な故郷に帰ることに強烈な引け目を憶えた。
『イ』まだ一〇分しか経っていないというのに、もう乗り物酔いしていた。
「帰りは絶対歩くから。……止められてもそうする」蓄積した疲れもあって、声が殺気立っていた。
「人目もありますから、ご勘弁ください。さあ、元気を出して。この通りをまっすぐ進めば寺院です。――ほら、もう窓には十時のミサを終えた人たちが歩いてますよ」
彼らは騒乱の中、自分の身が安全だったことを神に感謝にたのだろう。そしてその最大の功労者たちを載せた馬車が、その横をすり抜けてゆく。
ダルダション寺院は、この都市の規模、そして巡礼路の終点という誉れの高さの割にはひどくこじんまりとした建築だった。まだ厚い壁を用いることでしか建物の自重を支える方法が発見されていなかった時代に造られ、さらにこの街の基礎を築いた聖者が清貧を重んじたためだという。内部もぼってりとした石積みがむき出しになっており、平面的なタッチのイコンが飾られている。偉く素朴な光景で、巡礼者の汗の匂いを打ち消すための、肉桂のようなお香の匂いも相まって、トロンと瞼が重くなる空間だ。歴代の巡礼者たちが、長い旅を終えた後の、こういう外套のように心をくるんでくれる空間を求めてきたのだろう。
「代わりに後世造られた周囲の礼拝堂や修道院はどれも豪華絢爛ですよ。特にソロービョ修道院は、結婚するまでわたくしが暮らしていたところなのです。柱にある落書きの一つまで解説できますよ」
「え、ティーティーさん結婚なさってたんですか?」
「あれ、お話ししてませんでしたかしら。子供はまだですけどね」
寺院の中では、警官が全ての柱に一人ずつ待機していた。〈教団〉の残党によるテロリズムを警戒しているためだが、糊の効きすぎた制服を着込んだ彼らの方が、テロリスト以上に場違いに見えた。彼らはティーティーの姿を認めると、敏捷に敬礼した。
巡礼熱の復調はまだまだ先のようで、到着を祝福するお香を司祭から浴びる列に並んだのはヤシュタットたちだった。司祭はトン族の『イ』にお香を振りまくことを一瞬嫌がったが、ティーティーから耳打ちをされて、ようやく『イ』を他の巡礼者と同じ待遇で迎え入れた。
ヤシュタットたちはしばらく、ティーティーにダルダション寺院のあちらこちらを見て回らされたが、その内疲れ果てて落ち着けるところはないかと希望した。
「それでしたらよいところがあります。そこもわたくしの思い出の場所なのですが――」
そこは時計塔の頂上、青銅の鐘が設置された最上階だった。鐘の音を周囲に伝えるため、四つの柱が屋根を支えている以外は、大変に眺めのよいところだった。
半月前とは違い、王都の景色は水蒸気が払われて遠近感が狂うぐらいに透き通っていた。――ここでようやく、ヤシュタットは巡礼を終えたという実感がわいた。隣では『イ』が深呼吸して、未だ尾を引く乗り物酔いを、なんとか覚まそうとしていた。
ヤシュタットはエッセを抱き上げた。
「みえなーい」
「うん、眼鏡を新調しないとね」――ヤシュタットには、水量を回復した湖のほとりにある二つの建物がどうしても目についた。片方の塔がドロドロに溶け、折れまがったダルダション城、炎の龍に踏みつぶされた王宮――。都市への被害がこの二つの建物だけで済んだことは不幸中の幸いかもしれないが、それでもホードガレイの社会にとっては、十分なくびきだ。
ヤシュタットはエッセをよっこらしょと降ろした。
「そうだわ、ここなら人目もないですから」ティーティーが唐突に口を開く。腰のポケットから、銀のチェーンのついた小さな指輪を取り出した。
「これが何か、見覚えは?」
「えっと、確か――」表面はピカピカに磨き直されていたから、ぱっと見ではわからなかったが、細工が一瞬、灯台のように光を反射した。「女王陛下がおつけになってた指輪ですね?」
「はい、これをエッセちゃんに差し上げたいんですが、その前に」
ティーティーは握りしめる右手を滑らせ、『イ』の前にそれを突き出す。『イ』は眼を輝かせながらそれを観察するが、もちろん一人の学士として、それに興味を抱いたのだ。
「……何世紀くらいのものですか?」
「聖人暦に換算すると、五十年代から百四十年代のものとされています。本来ならこんな扱いをしてはならないんですが……」
「出自がそもそも怪しい、と。当然そういう疑問にたどり着きますよね。こんなに価値感が転換するような事態になったのですから」
「あなたはどう思われますか? この指輪の真贋――」
そう問われて、『イ』は言葉を選んだ。――そしてエッセの頭をぽんと叩く。
「わかりません。だけどこれがこの子を守ってくれたことは間違いないことですから、有難く頂いておきましょう」
「あ、あのそれと交換にですが――」
すかさずティーティーはこう切り出すが、
「あれは何十年もかけて自由学校で調査します。公開するかどうかは、政治的判断ですけどね」
とあえなく切り返され、肩を落とした。
「ねえ二人とも、何の話してるんだい?」
「んー、ちょっとこの国に関する秘密の話」
ヤシュタットはしばらく、『イ』の大きすぎる瞳に捕捉された。まるで品定めされているように。
「――あなたには話してもいいかな。あなたなら話を聞いても取り乱さないだろうし、このままはいさようなら、とは一筋縄ではいかないだろうし」
「?」
「ティーティーさんも、構わないでしょう? 出国までずっと監視するおつもりなんでしょうし」
「……黙秘します」
それを聞いて、『イ』は誰の眼でもわかる笑顔を浮かべた。まるで冬の寒空の下、温かいスープを与えられたかのようだった。
『イ』が語ったのは、王宮内で見せた秘術、そしてトン族の起源にまつわる、隠された物語だった。
「きちんと記録が残っているホードガレイの歴史は、五支族が黄土山脈を越えて、先住民族のヒト族を圧迫し始めたときから始まっている。私たちトンは、その五支族によって滅ぼされたヒト族の、唯一の置き土産。……というのが従来の説」
「それは前教えてもらったよ。ヒト族の労働を助けるために偉い王様がトン族を造ったけど、人は堕落してしまったから、お互いを庇いあった一組の夫婦だけを残して全員を破壊してしまったって……」
「よく言えました。――だけどその話、抜け落ちてしまった面白い話があるの」
「それは……?」
はるかな昔、青銅器しか持たなかったホードガレイのヒト社会に、一人の老僧がやって来た。彼は清涼な泉のそばに終の住みかを築き、彼に興味を抱いてやって来た村の人間に鉄器の作り方、二毛作の方法、灌漑法などの技術を、山の向こうの信教とともに伝授した。いつしかこの異国から来た大先生を慕う人々が街を造り、蛮族に布教を行う彼の噂は山を越え海も越え、師事を受けようとする若い魔族たちも、少数ながらやって来た。
しかしここが、魔族とヒトの、不幸な歴史の始まりだった。魔族の若者たちはホードガレイ内で羽根も角もなく、ろくな技術や魔術を持たないヒト族を蔑視し使役するようになった。二つの種族の摩擦は絶えず、とうとうヒト族は魔族たちを皆殺しにしてしまった。
――その中唯一命を助けられたのが、かの老僧だった。彼は重篤な病に冒されており、余命いくばくもなかったため、見逃されたのだ。一方ヒト族はこの虐殺の中で血の味を憶えてしまい、細かな派閥に分かれて血みどろの争いを始めてしまったのだった。
老僧は己がこの地にやって来たことを後悔し、最後の最後まで秘匿していた魔術を、末期に解くことにした。決して大地を血で汚すことのない、力持ちで信心深い人間を造り出す――。泉から湧く正常な水と、それが染み込んだ土、そしてそこから生えた草藁。それらをこねて、人の形にこしらえる。それに草木を食む虫から絞り出した魂を定着させる。――孤老に残された時間はわずかだ。産まれた二人の土人形に言葉を教え、愛を教え、役割を与えた。
「そうして聖人は息絶え、土人形の子孫はいいつけを守って、順調に順調に子孫を増やしていき、ホードガレイに散らばっていった。その指輪はその時代を生きた初期のトン族が造った者だと思う。……だけど創造主から任された役割は結局果たされなかった。彼らの宣教が終わる前に、ヒト族は滅んでしまい、山脈から新たに五支族たちが入植してきたから。それに伴って土人形の子孫たちも、指輪の意味と一緒に、自分たちの存在理由を忘れて、堕落していった。あるものは戦の先兵となり、あるものは魔族を恐れて野に隠れ、またあるものは代々受け継いできた秘術を邪な存在に差し出した。――きっと『どうして自分たちにこんな艱難辛苦を与えるのか』と、一族の父を恨んだかもしれない」
創造神話の筋書きと一緒だ。
「えっと、つまりトン族を創造したのはひょっとして……」
「それ以上しゃべらない方がいい。時代が時代なら、異端尋問に架けられるような話だから」
確かにティーティーの眼光が鋭くなっていた。ヤシュタットは慌てて話題を修正した。
「その話、どこからどこまで本当なの? 物的証拠は?」
「その証拠は今、ダルダションの自由学校が保有してます。この国の最重要機密――」ティーティーが言葉を引き取り、『イ』が再発見したトン族の遺産、そして例の巻き物について説明をした。「あれは失われたはずのトン族の神話体系です。……正直に申し上げて、贋作の可能性だって捨て切れません」
「だけどその指輪はエッセを守った。私たちも太古から授かった任務を、ようやく果たせた。そういう状況証拠の積み重ねだけでも、信ずる――ううん、調べる価値はある」
「だけどさ、君は具体的に、何をしたんだい? あの聖人たちは、マグレでぼくらを助けてくれたってわけじゃあないだろう?」
ヤシュタットは、『イ』の発見した古文書とともに不思議な力も解放されたんじゃないかと踏んでいたが、口には出さなかった。それではいくらでも騎士道物語的にご都合主義すぎる。
――そして、その判断は正解だった。
「前に私たちの魂は空を飛びまわるって教えたよね? あれは嘘」
「え」
「ううん、これは信仰の問題だから、本当は正解も不正解もないはずなんだけど。古いトン族の死生観を位牌から読み解くとそうなるの。だけど正教の極楽浄土観が広まるとともに、その考えは廃れていった。
なんていえばいいかな? 私たちは鳥のようには飛べない。肉体を捨てた魂は大地を這い、地下水と共にホードガレイをめぐる。そんな先祖の魂の鎖はホードガレイ中を蜘蛛の巣みたいに張り巡らされている。――だから大地と水を、流血で汚してはならない。
……もったいぶった言い方だけど、つまり私たちは大地に流れる、眼には見えない燃素の循環を司っていたということだと思うの。電信や〈双子〉は宙を飛ぶ燃素の流れだから、それとは対極に存在するのがトンの魂の流れ。私はタララと王都を結ぶ流れを、大勢の人と一緒に目覚めさせたんだと思う」
「思う?」
「本能だよ――鳥や蜂が、誰からも教わるわけでないのに、綺麗な形の巣をこしらえるみたいに。あなたは谷で見たはずよ。思考停止したトン族が、野牛の群れのように振る舞うのを。あれは私たちの負の側面だけど、無意識下にはもっと役立つ力が潜んでいるの。それが集合して原初のトン族と、それから……まあ、私たちの魂の集合体だから、誰の姿でもあり、誰の姿でもないと言うべきかしら。あるいはトン族の夢が具現化したもの――。理屈ならどうとでもつくれるけどね」
そして誰に聞かせるでもなく、「会いたかったな」とつぶやいた。
「もう一度訊くけどこの指輪、エッセが持っていて危険なものではないの?」
「大事なお守りよ。エッセを仇なすことなんて絶対にない。種族の誇りにかけて断言する」
質問が尽きてきた。ヤシュタットの口から何となしにこぼれた最後の問いかけは、泣き言ともとれる、漠然としたものだった。
「勇者オータットは、何者だったんだろう? ぼくやフシーオみたいに、誰かの操り人形だったのだろうか?」
「そうかもしれない。だけどこの大地は、過去を忘れ過ぎているから、断言はできない」
この質問は即答かつ無難なものだったが、次の質問の解を導き出すのに、『イ』はたっぷりと時間をかけた。
「ねえ、『イ』、この国はどうなっちゃうんだろう?」
「……国がどうなるかより、自分がどうしたいのかについて考えたら?」
「え?」ヤシュタットは訊き返し、『イ』の視線を求めた。――彼女は塔から少し乗り出し、遠い山並みを見つめていた。
「自分のことを、かい?」
「そっちの方が楽しいし、国の将来を決めるのは、結局私たち個人個人でしょう? あなただって、勇者としての役割を演じることを捨てて、女王陛下を助けて、エッセも助けてくれたんじゃなくて? ……それから、あなたも」
『イ』は振り返ってティーティーにも言う。彼女はばつが悪そうに、糸のように薄い唇を掻いた。
「――『イ』はこれからどうしたいの? トン族の人たちのために、闘争に乗り出すとか?」
彼女はかぶりを振った。
「まさか、政治のことをしてるより、学問をしていた方が楽しいから。タララの街が落ち着いたら、元の学士に戻ります。一生かけても知りつくせない謎を、この旅で提供してもらったから」
「ふーん。それはいいね、大変そうだけど。エッセはどうする?」
「この子にはまだ、そういうのは早いよ――。まずは同じ年代の友達を造らないとね。――あなたはどう? 自分のことをどうしたい?」
「それは――わからないよ。今しなきゃいけないことといえば、借りてた部屋を片付けて、帰りの船の上で、父さんやフシーオのお母さんにしなきゃならない話をまとめるぐらいかな……。そうだ、学位はどうなるんだろう。――とにかく、したいことより、やらなきゃならないことの方が多いかな」
「そうね、忙しいのなら、無理に考える必要はないかもね」
なんだか煮え切らない会話を交わして、ヤシュタットのダルダシオーン巡礼の旅は終わった。だけど望郷の念は沸かない。後ろ髪を引かれる思いでいっぱいだった。
心にチクッと刺さるものがあったのは、ヤシュタットだけではない。傷心のビンディーもそうだし、トン族の隠された歴史を解き明かすという誉れ高い目標を得た『イ』もそうだった。
――彼の父『ポッ』はひょっとして、あの古文書を読んでいたのではないだろうか? だとしたらなぜ、その内容を公表することなく、妻をつれてそそくさとタララの谷を去ったのか? そして、なぜ娘には何も言い残さず、お門違いで無謀な黄土山脈探検を実施し、そのまま帰らぬ人となったのか? 今まで畏敬の対象だった父が心の中で、急激に不可解な存在にへと化けて行くことが苦しかった。
……父さんは何を知り、何に失望してしまったのだろう。自分の研究が、誰からも認められず、抑圧されてしまったことだろうか。それとももっと恐ろしい、地の底に眠る闇を掘り当ててしまったのだろうか。
――時が過ぎた。
ヤシュタット・プネスは洋上の人だった。三年前に完成した客船『青いカーネーション』号は海水から直接燃素を抽出し、航海中に使用する全燃料の内の一割を節約するという最新型の船だったが、新しい技術を使っている分まだまだ馬力が足りず、乗員乗客の数は最大で一五〇〇人と、近年活況に沸く造船産業界ではかなり控えめな性能の船だった。その代わり総重量が軽くて速度を出せるので、従来の船よりもオタジアのポト・ナーゼリアット港とホードガレイのコバト港との間をわずか四日で横断する。従来の客船より一日半も早い。乗船料金は割高だが、その分船内サービスは中々だ。
水平線の向こうから、鋸の刃のような稜線がぴょこんとのぞく。
船首にいたヤシュタットのそばで、同郷のオタジア人の家族が戯れる。
「ねえ、あれがコバト? ねえねえ」男の子が父親の手を引っ張りながらその陸地を指差した。男の子の両親は、そうだよ、あの街でこれから暮らすんだよ――と、笑顔で応える。それを耳をそばだてて聞いていると、ヤシュタットも感慨深い。
コバトの街はどんどん近付いてくる。彼がホードガレイを離れていた五年間の内に、ずいぶんと高い建物が増えた。そして離発着する船の数も圧倒的に増えている。軍艦の数も増えたが、港の主役は黄土山脈の向こう側の入植地から鉄鉱石や小麦を持ってきたり、銀大陸・麝香大陸に向けて機械を輸出する巨大商船に取って代わっていた。四年前に大規模な埋め立てを行い、港の規模は一・五倍に拡大していた。
――ぼくは帰ってきた!
以前の滞在期間は一年半と、人生のうちではそんなに長い月日ではないはずなのに、かくも懐かしく感じられるのはなぜだろう? 言葉には表わせなかった、色んな未練があの大陸に残っていて、それが自分をぐいぐいと曳き続けているからだろうか。そこにいる男の子が両親にしているように。――ここはまだまだ沖であり、接岸には何時間も間があるというのに、ヤシュタットは荷物をまとめるため踵を返し、自分の客室にへと戻っていった。
オタジアに帰国したヤシュタットは、それから五年間、ホードガレイへの入国が許されなかった。王女ユアナの起こした乱の中で外国人である彼の活躍は巧妙に隠されたが、フシーオと同じく、彼を利用しようとする不逞の輩がいつ出てもおかしくないほど、その間ホードガレイは綱渡りな状態だったのである。
まずヤシュタットが帰国した一年後に宰相ヌガンが老衰のために亡くなった。慇懃・温厚な態度の裏で大勢の人の血でその両手を汚し続けた大政治家の死に場所はなんと、自宅の安楽椅子の上だった。彼の老獪な知性の上に成り立っていたホードガレイは再び混乱し、数多な内憂外患に晒されたが、国民は破局的混乱など望んでおらず、五支族の代表による綿密な議論の結果、立法議会などが整備され、間接民主制国家として一滴の血も流すことなく再出発を果たした。
国が再出発するに当たって、遷都の話は何度も立ち上がったが、かの国の都は今でもダルダシオーンのままだった。――ただし、女王ユアナがおわすのは金大陸北部の入植都市へと変わっていた。彼女はつまり、流刑されたのだ。
聞くところによると、彼女はその地でとあるトン族の青年と共に余生を過ごしているという。その青年は去勢されたいわゆる宦官で、名前と『プリッツ』といった。
……『プリッツ』というのは、かつてのユアナの婚約者の名前だった。彼とユアナは相思相愛の仲だったが、彼は〈教団〉の刺客によって暗殺されたのだ。ユアナは間違った信仰を持った自分を責め、心を壊した。そしてその結果、愛する者を失った己の人生に意味を見出そうと、ますます〈教団〉の思想に耽溺するようになったのである。
ユアナは流刑の地で、その青年と仲睦まじく暮らしているらしいが、青年が性的不能であり、そもそも種族の壁がある以上、二人の間に子供の生まれようがない。……それでもホードガレイ王室は途絶えなかった。ユアナは養子を受け入れたのである。それもヌガンの玄孫――つまりティーティーの娘を。
彼女が出産したのは一年前のことで、その子はラッパ・カムだった。このプリンセスの誕生は一部の純血主義者、五支族分離主義者の反発こそ買ったが、「人種の壁を超えた、ホードガレイ国民の融和を願う宰相殿下最後の大仕掛け」と宣伝され、進歩主義者などには持て囃された。
そんなこんなでホードガレイの内政は安定したのでヤシュタットの渡航禁止措置は解除され、今まで父の商社で働いていた彼はオタジアの外務省に出向し、その語学力と家柄を買われてちゃっかり一外交官として愛する第二の故郷に戻ることが出来たのである。
コバトは少し空気が悪くなっていたが、接岸するなりヤシュタットは港の空気を思い切り吸った。――人の営みが生み出す匂いとは、なんて芳しいのだろう! そうだ、あの古本屋はまだ、残っているのかな。『イ』の父が著したあの本を買った店だ。当然残っている! と、根拠もなく確信できた。舞うような気持ちとはまさにこのことだ。
ヤシュタットは揚々と、ホードガレイの地を踏んだ。そこは埋め立て地なので正確には天然の大地ではなかったが、高揚感の中ではどうでもいいことだった。彼の頭の中ではこれからの陸路の予定がぐるぐると廻り、そして懐かしい人々の近況を知りたいと、強く欲した。まずは宿に荷物を預けて、かつて住んでいた学生会館の様子でも見に行ってやろうかと考えた。
――ふと、一台の燃素車が波止場の隅に止まっていたのが気になった。燃素車はゆっくり普及してきたとはいえ、馬車と比べるとはるかに珍しい乗り物で、銀大陸にはほとんど存在しない。そのため『青いカーネーション』号から降りた客の多くが、一旦それを珍しげに眺めながら前を通り過ぎるのだ。ヤシュタットもその前を通り過ぎようとするが、不意に助手席の扉が開いた。
「ジャスタ! ――乗ってかない?」
ぬっと突き出された顔に、肝が潰される思いだった。
「なあに? あなたひょっとして、船酔いしちゃった?」
――それは少女から乙女にへと成長したエッセだった。革製のサンダルに薄黄色のワンピース、足はまだ悪いのか、短めの杖に体重の半分を預けていた。長く伸ばした髪を後ろで束ねて、縁なし眼鏡をちょこんと掛けている。羽根は昔のまま、ぼろきれのようだったが、そんなことは「玉に瑕」の一言で片づけられてしまう。頭に新しく生えた角は、百合のつぼみだった。
ヤシュタットは開いた口が塞がらない。――もちろん彼女の成長ぶりに驚かされたというのもある。呼吸もおぼつかず、どうしても「なんで君がここにいるんだ」の一言が出てこない。
それを彼女が先回りした。
「あたし手紙で教えたはずだよ? コバトの予科学校に通い始めたって」
「あ、そうか」
やっと呼吸が整った。予科学校というのは国立大学に入学する前に基礎的な教養を身につけるための学校である。彼女はハイヤの自由学校に五年通い、めきめきと頭角を表わして、神童と称えられつつ好成績で卒業した。特に語学の才は神懸かり的で、ホードガレイアの他にオタジア語とトン語を、不自由することなく操ることができた。オタジア語の学習にはヤシュタットとの文通が大いに役立っており、この時の二人の会話ですら、昔通り〈ジャスタ〉と呼ぶ以外は終始オタジア語で行われていた。
「この車は?」ヤシュタットは運転席をのぞきこむが、だれも乗っていない。
「えへへ、――これ、あたしのなんだよ」
「え!」
「ビンディーのお姉ちゃんに、入学祝いで一台もらったんだ。『代わりにうちの宣伝をしてくれ』って、こんなの書かれちゃったけど」彼女は運転席のドアを見せた。でかでかとスンズ工房のロゴが描かれ、その下では〈このように女性でも運転できる!〉と書かれていた。ちゃっかりしてると舌を巻くが、広告料込みでも、かなりの大盤振る舞いだ。
「それとね、ここの支店であたし、ちょっとだけお手伝いしてるんだよ。海外に送るパンフレットの翻訳とか」
ビンディーの工房は、ビンディーが亡くなったエスタリオ伯爵の遺産を次々と実用化したおかげで成長し、シタ・サーブの工房のほかにも、コバトには海外輸出用の事務所を開設するまでにもなったという。働く職人の数は十人を超えて、彼女の父親はすでに楽隠居しているのだそうだ。
「そうだ、ジャスタはお姉ちゃんの手紙もらった?」
「うん、綺麗な字だった。ぼくの送った手紙もちゃんと読んでくれてるみたいだし」
「代筆や代読じゃないところも見てあげたら? ジャスタの勤め先はダルダションでしょ? 途中でシタ・サーブに立ち寄って――」
「それが、出向するのはコバトの総領事館なんだ。だからダルダシオーンには行かない」
エッセは目を丸くした。――この表情になると、五年前の彼女の顔がフラッシュバックする。すっかり理知的になっちゃったなあ、と、年寄り臭いさみしさを憶えた。
改めてエッセの顔を子細に観察する。
「あたしの顔になんかついてる? そばかす以外には」
「ううん、すっかり大人になっちゃったなあ、って」
そう言われると彼女は膨らみかけた胸に手を添え、ふふんと張った。胸元では、銀色をした指輪がはずんでいた。
「それで、私にぐっときたわけ?」
「そんな言葉まで覚えなくていいよ」
彼女はぺろりと小さく舌を出した。いたずらをして褒められると思いこんでいた、かつての表情。
「ジャスタ、もう暮らすところは見つけてある?」
「いや、一週間ぐらいホテルで泊まって、不動産屋を見て廻ろうとおもっているんだけど」
「ふーん」エッセは思案する間もなく、続けてこう言った。「……よかったらあたしの住んでるアパートなんてどう? 確か一室空いてたから」
ちょっと不意をつかれてどきりとする。返事に窮した。
そんなヤシュタットの様子を見て、彼女は話題を変えた。
「あー……とりあえず、久しぶりに会えたんだからちょっと走ろうか。荷物は後部座席に積んでさ」こうハキハキと言われるとされるがままだった。「なんかおいしいもの食べよう! それはジャスタのおごりね」
エッセの運転技術は、お世辞抜きにも上手かった。
「今度『イ』も乗せてあげなよ。彼女でも乗り物酔いしないとおもうよこの腕前なら」
「アハハ、お姉ちゃんまだ乗り物が嫌いなのよね。第一、お姉ちゃんを乗せるなら、もっと頑丈な車にしないと」
二人は坂道を登りながら、一緒に笑った。――『イ』は騒乱の後半年間はトン族の代表として働いていたが、今ではトン族の教育水準を高めるため学校の運営に精を出しているとのことだった。そしてそれと同時に、ホードガレイの宗教界と粘り強く交渉して、トン族に関する史跡の調査をコツコツと進めているという。しかし未だに、トン族の、そしてホードガレイ正史は藪の中だ。ひょっとしたら彼女はもう全貌を掴んでいて、ただ政治的に公表できないだけかもしれないが。
「そっかあ、二人とも、まだ独身なのかあ。ふうん」
ヤシュタットは何気なく言葉を漏らしたが、エッセの眼が一瞬鋭くなった。
「そうだ、そこの喫茶店! ここ、ご飯もおいしいんだよね。お持ち帰りもできるから、ここで食べよう?」エッセは車を馬車留めに滑り込ませると、杖をついている割には軽快な歩調で店内に消えた。――数分後、彼女はアルミのポッドに入った黒茶と、紙にくるまれた肉料理を持ってきた。
「こんな食べ物、前住んでいたときにはなかったけどなあ」
「ここ、デンバネイから移住してきたヒトが経営してるお店だから」ヤシュタットは納得した。デンバネイとはオタジアと同じく、かつてホードガレイの植民地だった銀大陸国家である。どうやらコバトの人種、民族構成は、急速に多様化しつつあるらしい。
その料理は、ヤシュタットの口にもまあまあ合った。一方エッセは食べ盛りで、あっと言う間に全て平らげて、車内に転がしていた鉄製のカップで黒茶を飲んでいた。――車内にはカップのほかに、金属製の小物が散乱している。
「……ジャスタはなんで帰ってきたの?」
「え?」エッセはまた不意打ちを仕掛けてきた。――そしてこの質問はいかにも意味深で、ヤシュタットは思わず身構えた。
「エッセ、藪から棒に何の話?」なるべく平穏な声を出そうと努める。
「深い意味はないよ。――ただ五年前にお姉ちゃんから『自分がしたいことを見つけよう』みたいなことを言われていたでしょ?」
「なんだあ、そんなことまで憶えていたのか」ほっと胸をなでおろす。
「それで、結局やりたいことは見つかったの? ねえねえ」
「ああ、一つだけあるよ――」それはダルダシオーン巡礼をもう一度することだった。「手紙にも書いただろう? フシーオのお母さんに会いに行った時の話」
「うん、『愚息が息を引き取る時に立ち会ってくれてありがとうございます』って、泣きながら感謝されたって……」
フシーオの遺体は、シタ・サーブ騒乱の時に亡くなったその他大勢のオタジア人の遺体と一緒に、シタ・サーブの共同墓地に埋葬された。ヤシュタットは彼の残した羽根飾りの紋章を遺品として、母親に直接渡しに行ったのである。
「ぼくね、あいつの弔いのためにも、今度はキチンとした順路で巡礼を果たしたいんだ。それでこれからホードガレイでどんなことが出来るのかしっかり考えたい。――こんな答えでいいかな?」
「うん、最高!」
元気のあり余った返事に、ヤシュタットは小恥ずかしくなる。
「――よかった、誘導しないでジャスタの口から『巡礼したい』って聞けて」
「え?」
「あたしね、今の学期が終わったら、巡礼に行こうと思うの。前みたくお姉ちゃんやジャスタの背中におんぶされた旅じゃなくて、自分の足でとことこ歩いてね」
「へええ、それはいいね。――誰と行くんだい?」
……しばらくの沈黙。エッセはカップにぷっくらとした唇をつけながら、ヤシュタットの眼をみた。
「――いやいや! 旅をするならぼくみたいなおじさんじゃなくて、友達と一緒に行った方が楽しいって!」
「そうかしら」
「そうだよエッセ。君にだって、学校で友達が出来たはずだ。そういう人たちを誘って行けばいいんだよ。ぼくがフシーオに誘われたみたいに、ね?」
「ジャスタは、あたしと二人で旅行するの、嫌? 折角直接お話しができるようになったのに……」
「あ……」
鈍感なるヤシュタットは、ここでようやくエッセの心の目覚めに気がついた。まるで妹のような存在である彼女、長い時を暗い坑道の中で過ごし、そこから出た途端〈あの方の娘〉〈小公女〉として祭り上げられた彼女にも、他人と同じ速度で春が来たのだ。
「……顔しか知らない人を好きになるのは、やめなさい」
「あたしはジャスタのことを、よく知ってるよ」
「いや、そういう意味のことを言っているんじゃなくてね。だいいち、歳が離れすぎている」
「この国では十六で結婚出来るよ?」
「できるのとするのとは全然違う」
「それじゃあジャスタはビンディーのお姉ちゃんの方が好きなの?」
「そういうことでもないよ!」
「じゃあ、『イ』のお姉ちゃんの方?」
「……」まさかこんな賢い子が、かくも幼稚で、頓珍漢な事しか喋らないことに閉口した。
「とにかく、今はこの話、一旦なしにしよう。予科学校の授業はまだ、始まったばかりでしょ?」
「ほら、そうやって返事を先延ばしにする。――それでまた五年後じゃ、あたしもおばさんになってるよ」
「いや、その時君はまだ二十代のはずじゃないか」
また二人の間に沈黙が降りる。外の歩道を歩く人は珍しがってことごとく車内をのぞき、より一層気まずい。
ヤシュタットはふうと、ため息をついた。隙をついて、エッセはそっと手を伸ばす。どきりとするが、拒む気にもなれなかった。
「……もう縦断鉄道は完成してるんだよね? それでも徒歩の旅の方がいい?」ヤシュタットの言葉を聞いて、エッセはにわかに顔を明るくした。
「うん、徒歩の方が絶対楽しいよ!」
「巡礼は物見遊山じゃないんだからさ、楽しいとかそういう問題じゃないでしょ」
「だけど鉄道じゃ忙しすぎて、寄り道する気になれないよ? ジャスタだって、ビンディーのお姉ちゃんに会ったり、『イ』のお姉ちゃんにも会いたいでしょ?」
「タララに行くなら、なおさら鉄道で構わないじゃないか」
「いいの、あたしは歩きたいの!」
「わかったよ、それじゃあ百歩譲って徒歩でダルダシオーンに行くとして、君の足で何日かかるかな?」
「少なくとも二、三週間じゃ無理ね」
「となると、かなり長く休暇を取らなきゃならないな」
その後も二人は、車の中、そして頭の中で巡礼旅行を楽しんだ。時たま二人の予定は食い違い、ヤシュタットはその度、癇癪を起したエッセに噛みつかれそうになる。そして二人の小旅行は、喫茶店の主がポッドを返してもらおうと扉を強く叩くまで、延々と続けられたのだった。
おわり
長いお話にここまで付き合ってくださった皆様に、謝意を示します。
蛇足ですが世界観づくりのために、多くの資料(主にスペイン史)を参考にいたしました。




