第1話 いもーとがやってきた
俺は思うんだが、妹というものは、少々世間でもてはやされすぎてはいないだろうか。義妹なんてなおさらだ。
ラブコメだったら、主人公の義妹はメインヒロインの常連だし、実妹であってもヒロインを食うほどの人気を博してしまう。
妹系アイドルなんてものもあるらしい。どんな無愛想で図々しいアイドルなのかと思えば、別にそうではないようで、妹系とはつまり、甘え上手で、愛嬌たっぷり、上目遣いで「お兄ちゃん♡」、的なものなんだと。
俺から言わせりゃそんなもの、実情とは似ても似つかない。どこから取り寄せたイメージなのだ、その妹とやらは。
俺だって、根拠もなしにぐたぐだと愚痴を垂れ流している訳では無い。こんな文句をつけるくらいなのだから、俺にも無論妹がいる。義妹だ。しかも四人。
八年前、俺が小学校の三年生になったばかりの頃だ。忘れもしない、春うららのあの日、親父は新しい母親を我が家に連れてきた。いきなり、それも、俺に何も言わず、だ。
そして俺はその日から、連れ子である四人姉妹のお兄ちゃんに任命されてしまった。
親父には、もちろん感謝してるさ。離婚してから、二年間とはいえ男手ひとつで俺を育ててくれていたわけなんだから。でも、流石にこればっかりは許せなかった。
だって、実の母、そして妹と別れてからまだ二年しか経っていないんだぞ?こっちにも心の準備ってもんが必要じゃないか。
丸々一週間くらい親父とは口を聞かず、あのときは母さんも困らせてしまった。それでも、所詮は小三の意地だ。毎日一緒に暮らしていれば、情だって生まれる。俺は徐々に新しい家族にも馴染んでいった。
姉妹らと年が近かったのも大いに手伝ったと思う。なんたって五人兄妹だ。クラスでも珍しかったし、五人で歩いていると、仲間を引連れているみたいで誇らしい。赤の他人だった俺たちは、気づけば立派な家族になっていた。
妹たちは、兄である俺を慕ってくれた。そりゃ、実の妹であるりるはに会えないことは寂しかったけれど……。義理だろうがなんだろうが、「お兄ちゃん」と呼ばれて頼りにされるのは、悪い気はしないだろ?
五人いれば、鬼ごっこもかくれんぼも、戦隊ヒーローごっこだって存分にできる。それって最高だ。
あの頃、俺たち兄妹は、けっこうなかなか、仲良くやっていたのだ。それこそ、近所で軽く評判になるくらい。
……ま、それも過去の話なんだけどな。
俺は霞がかった空を見上げ、くっと伸びをした。手に持ったエコバッグが揺れて、中に入っている食材が音を立てる。
高校二年生への進級を控えた、春休みだった。親父は数年前から海外出張続きで、母さんもそれについて行っているため、しばらくは家に子どもだけ。実質家長はこの俺だ。
一応まあ、五人兄妹の一番上な訳だし、料理は俺が担当している。問題なく食えるレベルのもんは提供できるし、料理は嫌いじゃないからな。
住宅街の中では若干ビッグサイズの我が家の前には、「妹尾」の表札。しばしば「イモオ」と間違われるが、「セノオ」だ。せ、の、お。
しっかし、俺は何かと「妹」に縁がある人生らしい。親が離婚する前もあとも、これまで俺にできた兄妹は、妹のみ。兄も姉も弟も俺は知らない。それも、妹尾姓に生まれたときから定められた運命なのだろうか?
そんなくだらないことを考えながら玄関のドアを開けると、続く廊下に妹の姿が見えた。
栗色の髪を伸ばした彼女は、長女の桜歌だ。おそらく、丁度リビングから出てきて、階段を使って二階に上がろうとしているところなのだろう。
手に持ったスマホに視線を落とし、有線のイヤホンを耳に突っ込んだ彼女は、帰ってきた俺のことをちらりとも見ようとしない。
どうせ無駄なんだろうな。そう思いながらも、長男の義務として声を出す。
「ただいま」
無視。
はあ、まあ分かってましたけどね。意図的なものなのか、それともイヤホンに遮られて俺の声が届かなかったのか。どちらにしてもいい気はしないな。
桜歌は、かわいい。兄の贔屓目なしで、本気でそう思う。かなり愛らしい顔立ちをしている。友達だって俺を羨ましがる。あんな美少女たちと暮らせて天国じゃないか、と。
でも、現実はこうだぜ?こちらが家族としての体裁を保とうとしても、あっちに全くその気がないのだ。昔はもっと、仲睦まじい兄妹だったはずなのに。いつからこうなったのだろうか。
「ねえ」
鈴の転がるような声、しかし、鋭さはマックス。
桜歌は階段の途中で俺を見下ろし、イヤホンを片耳外していた。話しかけられたことに気づき、俺に微かな緊張感が走る。……なんで妹相手に緊張しなきゃいけないんだよ?
「なんだよ?」
「あたしの、キーホルダー知らない?」
「キーホルダー?」
「鞄に付けてたやつ」
そんな情報で分かるかバカ。そもそもお前、アーティスティックなほどにジャラジャラ大量に付けてるんだから、どれがどれだか判別つかねえだろ。
返事を返さない俺に苛立ったのか、桜歌はつま先で階段をトントン、と叩く。仕草がいちいち遠慮がない。
お前のキーホルダーなんか知らねえよ。そんな気持ちを込めて、俺は首を振った。
「いんや?知らないな」
「あっそ」
正確には、「あっっっっっそ」。なぜわざわざムカつく言い方をチョイスするのだろう。
桜歌は、お前はもう用無しだ、とばかりに俺に背を向け、二階にある自室に向かっていった。そのピンと伸びた背が、憎らしくてたまらない。
「はあああああぁぁぁぁぁぁああぁ」
買ってきた食材をテーブルに置き、体に溜まった澱を吐き出すかのごとく、大きな大きなため息。
これで分かったか、諸君。いくらかわいい義妹でも、八年経てばこれですよ?ラブコメ?義妹と禁断の愛?クソ喰らえだ。
現実の妹なんて、生意気で図々しくて可愛げなんて一ミリもない。妹がいる友達に聞いても、大多数が口を揃えてそう言う。
ま、とはいえ血が繋がっていないことを考えると、変に他人行儀でよそよそしいよりは、まだマシなのだろうか?ある意味、気を許しているという解釈も可能だ。
でも、せめてまともに会話くらいはして欲しいよな?探し物をしているのなら、もうちょっと謙った言い方をするべきだ。
それでもちゃんと兄として家事諸々を担ってやってるんだから、ほんと俺って大したもんだと……
ピンポーン。
チャイムが鳴った。
誰だろうか。宅配便を頼んだ覚えはないけれど。それとも、妹のうちの誰かが、何か注文していたのだろうか。
「はーい」
リビングに取り付けてあるインターホンを確認すると、
「む?」
映っているのは、見知らぬ女の子だった。液晶は粗いので明瞭には見えんが……。宅配便では、ないよなあ?
よく分からんが、見たとこ小柄だし、危険な感じではなさそうだ。
もう一度チャイムが鳴る。
「はいはい、どちら様で……」
俺は玄関へ急ぎ、ドアを開け、
「お兄ちゃああああああん」
タックルされた。
俺の体は二メートルほど吹っ飛んで、玄関の床にごん、と頭をぶつける。
痛ぇぇ。
ぎーん、と鈍痛が脳に響く。今ので俺の脳細胞は、どれだけお亡くなりになったのだろうか。
それより、今のはなんだ。くらくらする頭で考える。襲撃か?強盗か?タックルしたのは、インターホンに映っていたあの少女に間違いはないだろう。
腹にずしりとした重みを感じる。見ると、玄関の前にいた少女が、倒れる俺に抱きついていた。一体なんだ。何が目的の犯行なんだ……!
これから俺、刺されたりします?
あと、さっきお兄ちゃんって……?
「お兄ちゃん!」
抱きついていた少女が、がばりと顔を上げた。
見覚えのない顔だ。肩の上あたりで切りそろえた艶々の黒髪に、幼さの残るくりっとした目。年は桜歌と同じくらいだろうか?
「会いたかったよ、お兄ちゃん!」
会いたかったよ?
一瞬、我が家の次女である小梅が頭に浮かぶ。彼女は去年、アメリカ留学に飛び立ったのだ。
いやしかし、ありえない。だってそもそも顔立ちも髪色も全く違うし、小梅が帰ってくるのは、予定ではまだ先の話だ。
では、目の前にいるこの少女は?
「覚えてないの、お兄ちゃん……?」
悲しげに少女が言う。覚えてないのって言われましても。
よくよく見ると、その顔立ちに、なにかの面影を感じる。なんの面影だろう。どこかで見る顔だ。どこかで。そう、例えば鏡の前とかで……。
ん?
「も、もしかして……」
俺の声に、少女は嬉しそうに大きく頷いた。
まさか、まさかだ。これが本当なら、実に十年ぶりの再会。涙しながら別れたあの頃は、確か彼女はまだ五歳だった。
「そうだよ、りるはだよ!」
俺に抱きつく少女……もとい、りるはは花が咲いたように笑った。
「り、りるは……」
妹尾りるは。今は母親の名字に変わり、大宮りるはだろうか。再婚したかもしれない。分からない。でも、血の繋がった俺の妹。両親が離婚するまで同じ家に住んでいた、実の妹。
「ねえ、さっきすごい音したんだけど……」
トン、トン、と階段を下りる音がする。
「何をドタバタ……」
振り返ると、自室から出てきた桜歌は階段の三段目あたりで、立ち止まったまま、こちらを見ていた。唖然として。
改めて、今の自分の格好を客観的に見てみる。
開いたままのドア。仰向けに倒れた俺と、その上に乗っかって、俺に抱きつく少女。うーむ。
桜歌の眉が、みるみるうちにつり上がっていくのが分かる。
「くたばれ、変態ッ!」
桜歌の吐き捨てた言葉が、玄関にこだました。




