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歴史学科卒の私がショックを受けた日本史 〜勝てば官軍、負ければ極悪人之家也〜  作者: まるちーるだ


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13/14

第11話 武家諸法度は、幕府の怖かったものリストです


前回、「淀君」という呼び名と、歴史上の女性に貼られがちな「悪女」というラベルについてお話ししました。


歴史上の人物は、一言でまとめられがちです。


悪女。


傾国。


毒婦。


妖婦。


そういう言葉は分かりやすい。


けれど、分かりやすさは、時に人間を削ります。


まぁ、ワンコさんは変な反骨精神で「淀殿」と呼びますが。


さて。


今回は少し話を変えまして、ワンコさんの専門に近いところへ戻ろうと思います。


武家諸法度。


ええ。


武家諸法度です。


ワンコさん、大学では江戸時代初期の法制史を専攻しておりました。


卒論では、


「武家諸法度の変遷と政治的安定」


について書きました。


……などと言うと、なんだかとても真面目な学生に見えますね。


見えますね?


実際は、大奥事故現場検証もしていました。


歴史学科、業が深い。


さて、この武家諸法度。


教科書では、だいたいこう習うのではないでしょうか。


江戸幕府が大名を統制するために出した法令。


大名は勝手に城を直してはいけません。


勝手に婚姻してはいけません。


参勤交代しなさい。


幕府に従いなさい。


ざっくり言えば、そんな感じです。


うん。


だいたい合っています。


合っていますが、それだけで終わると少しもったいない。


ワンコさんが武家諸法度を見ていて面白いと思ったのは、


「法律は完成品ではない」


というところでした。


一度作って終わり。


はい、これで完璧。


……とは、なりません。


運用してみる。


人が動く。


抜け道を探す。


都合よく解釈する。


想定外のことが起きる。


あ、やべえ。


ここ穴がある。


直せ直せ。


そうやって、法律は変わっていくのです。


今の法律でもそうですよね。


何か問題が起きる。


想定外の使い方をされる。


抜け道を突かれる。


「いや、そのつもりじゃなかったんですけど!?」


となる。


そして改正される。


武家諸法度も、まさにそういう目で見ると、とても面白いのです。


武家諸法度の始まりは、慶長二十年、つまり元和元年。


一六一五年です。


大坂の夏の陣で豊臣家が滅びた年です。


同じ年に、諸大名が伏見城に集められ、武家諸法度が発布されました。


これが、いわゆる元和令です。


豊臣家が滅びた直後。


まだ戦国の空気が残っている。


大名たちは力を持っている。


軍事力もある。


家臣団もいる。


領国もある。


幕府としては、徳川の世を安定させたい。


でも、大名たちが勝手に動いたら困る。


とても困る。


ではどうするか。


ルールを作ります。


武家諸法度です。


こう聞くと、なんとなく、


「徳川幕府が完成された支配システムを作った」


ように見えるかもしれません。


しかし、実際に見ていくと、武家諸法度はけっこう変わります。


元和令。


寛永六年令。


寛永十二年令。


寛文令。


天和令。


宝永令。


享保令。


将軍の代が替わる中で、条文も、言い回しも、前面に出てくる理念も変わっていきます。


ワンコさんは卒論で、このあたりを追っていました。


ええ。


真面目です。


とても真面目です。


大奥事故現場検証だけではありません。


武家諸法度とも仲良しでした。


ただ、この武家諸法度。


読めば読むほど思うのです。


幕府、めちゃくちゃ怖がっているな、と。


勝手に婚姻するな。


つまり、勝手に大名同士で結びつくな。


勝手に城を直すな。


つまり、勝手に軍事拠点を整えるな。


勝手に大きな船を造るな。


つまり、勝手に軍事力や輸送力を持つな。


勝手に徒党を組むな。


つまり、幕府の知らないところで集まるな。


勝手に他国の者を抱えるな。


つまり、情報や人材を勝手にやり取りするな。


勝手に家をつなぐな。


つまり、幕府の知らないところで家と力を継承するな。


全部、怖い。


幕府、だいぶ怖がっています。


もちろん、幕府がただ臆病だったという話ではありません。


徳川幕府が安定した政権を作るためには、大名たちが勝手に結びついたり、勝手に軍事力を整えたり、勝手に家をつないだりすることを、ある程度抑える必要がありました。


戦国時代が終わったばかりです。


大名たちは、ついこの間まで戦っていました。


城があります。


兵があります。


家臣団があります。


領地があります。


婚姻で結びつきます。


養子で家をつなぎます。


血縁と軍事力と領地が、あっという間に政治勢力になります。


幕府から見れば、


「勝手に結びつくな」


「勝手に備えるな」


「勝手に大きくなるな」


と言いたくなるのも分かります。


つまり、武家諸法度はただのルール集ではありません。


幕府の理想が見えます。


幕府の警戒心が見えます。


幕府が大名たちに求めた姿が見えます。


そして何より、


幕府が何を怖がっていたのか。


それが見えてきます。


法律を見ると、禁止事項が分かります。


そして、禁止事項を見ると、


「それをされたら困る」


と思っていた側の不安が見えます。


歴史学、また人間くさいところに戻ってきました。


たとえば、城。


城を勝手に直してはいけません。


これ、当たり前のように見えますが、よく考えるとかなり怖い話です。


城は、ただの住まいではありません。


軍事拠点です。


防衛施設です。


領国支配の中心です。


そこを勝手に直す。


勝手に強くする。


勝手に堀を深くする。


勝手に石垣を整える。


幕府から見れば、


「おや?」


となるわけです。


何をしているのですか。


誰と戦うつもりですか。


何に備えているのですか。


その備え、幕府に対する備えではありませんよね?


ね?


怖い。


これは怖い。


だから、城の修築には幕府の許可が必要になる。


幕府としては、大名が勝手に軍事拠点を整えることを放置できません。


次に、婚姻。


大名同士の婚姻も、ただの恋愛や家族の問題ではありません。


むしろ、恋愛要素はかなり薄いです。


家と家の結びつきです。


政治です。


同盟です。


人質的な意味合いもあります。


血縁ができるということは、助け合う理由ができるということです。


「うちは親戚です」


「うちは姻戚です」


「うちはあちらの家とつながっています」


これが積み重なると、幕府の知らないところで大名同士の結びつきが強くなります。


幕府から見れば、


「勝手に大名ネットワークを作るな」


となります。


ええ。


怖い。


だから、勝手な婚姻は禁じられる。


大名家の結婚は、家族の話でありながら、完全に政治の話でもあるのです。


そして、養子。


これがまた、面倒くさい。


とても面倒くさい。


武家において、養子はものすごく大事です。


家を絶やさないため。


家督を継がせるため。


血筋や家名を守るため。


領地と家臣団を維持するため。


必要です。


めちゃくちゃ必要です。


でも、幕府から見ると、これもまた怖い。


なぜなら、養子によって家と家がつながるからです。


どこの家の子を養子にするのか。


どの血筋なのか。


どの家と縁ができるのか。


その養子は、誰の影響を受けているのか。


その家の領地や家臣団は、結果的にどこの勢力に近づくのか。


養子は、ただの親子関係ではありません。


政治です。


領地です。


家臣団です。


勢力図です。


そして、ここで出てくるのが、


末期養子。


ええ。


末期養子です。


「養子を認めない問題」と言うと、少し雑です。


正確には、当主が重病や危篤になった時、家を絶やさないために急いで立てる養子の問題です。


いわば、駆け込み養子。


当主が危ない。


跡継ぎがいない。


このままだと家が絶える。


急げ。


養子を立てよう。


幕府に願い出よう。


これだけ聞くと、


「家が絶えるのは大変だから、認めてあげればいいのでは?」


と思います。


ワンコさんも、最初はそう思いました。


家、大事ですもの。


武家社会において、家の存続はめちゃくちゃ大事です。


ところが、幕府側から見ると話が変わります。


当主が死にそうです。


急に養子が出てきました。


その養子、誰ですか。


どこの家の子ですか。


なぜその子なのですか。


もっと近い血筋はいませんか。


その子を入れることで、どこの家が得をしますか。


その家の領地と家臣団は、どこの影響下に入りますか。


怖い。


めちゃくちゃ怖い。


幕府の知らないところで、死に際に駆け込みで家がつながる。


それを無条件で認めたら、大名家同士の結びつきや領地の動きが、幕府の管理外で進んでしまうかもしれません。


だから幕府は警戒する。


ものすごく警戒する。


しかし。


ここでまた問題が起きます。


末期養子を厳しくしすぎると、どうなるでしょうか。


跡継ぎがいない。


養子も認められない。


では、家は断絶です。


改易です。


領地は没収です。


家臣団は職を失います。


浪人が増えます。


浪人。


ええ、浪人です。


これもまた幕府にとって怖い。


とても怖い。


仕事を失った武士たちが世の中に増える。


不満を持つ。


生活に困る。


治安が悪くなる。


場合によっては、幕府に対する不満の受け皿になる。


あ、やべえ。


厳しくしすぎても危ない。


ここです。


ここが、武家諸法度の面白いところです。


幕府は怖がって禁止します。


でも、禁止しすぎると別の問題が起きます。


だから緩和します。


けれど、緩和しすぎるとまた抜け道になります。


だから吟味します。


つまり、


締める。


困る。


緩める。


また困る。


調整する。


これです。


法律、完成品ではありません。


現実を見ながら、少しずつ変わっていくものなのです。


末期養子の扱いも、まさにその一例でした。


家光の頃には、末期養子にかなり厳しい姿勢がありました。


しかし、その後、浪人問題などもあり、少しずつ緩和の方向へ向かっていきます。


天和令では、養子に関する規定が武家諸法度に組み込まれ、末期養子についても、完全に一律禁止ではなく、吟味の上で扱う方向が見えてきます。


幕府、考えています。


ものすごく考えています。


「勝手に家をつなぐな」


でも、


「家が潰れすぎるのも困る」


だから、


「ちゃんと見ます。勝手にはさせません。でも事情によっては考えます」


となる。


めちゃくちゃ人間くさい。


法律の向こうに、幕府の胃痛が見えます。


そして、もう一つ面白いのが、殉死の禁止です。


殉死。


主君が亡くなった時、家臣が後を追って自殺することです。


戦国以前からの価値観や、主君への忠義という感覚から見ると、美談として語られることもあります。


「主君への忠義を貫いた」


「主君の死に殉じた」


そういう語られ方です。


けれど、江戸幕府から見るとどうでしょう。


主君が亡くなりました。


家臣が殉死しました。


また一人死にました。


また一人死にました。


有能な家臣も死にました。


次の当主を支えるはずの人材がいなくなりました。


家中が不安定になりました。


遺族も出ました。


家臣団のバランスも崩れました。


幕府から見れば、


「死なないでください」


となります。


いや、本当に。


死なないでください。


主君が亡くなったからといって、家臣まで死なれたら困ります。


次の当主を支えてください。


家を安定させてください。


領内を治めてください。


武家社会を混乱させないでください。


忠義は分かります。


でも、死なないでください。


働いてください。


非常に現実的です。


とても現実的です。


幕府は、忠義の感情よりも、家と社会の安定を優先したわけです。


このあたり、武家諸法度を見ると本当に面白い。


美談に見えるものでも、制度から見ると危険になる。


忠義に見えるものでも、政治から見ると迷惑になる。


歴史学、やっぱり人間くさい。


天和令で特に有名なのは、第一条の変化です。


それまでの武家諸法度では、


「文武弓馬之道」


つまり、文と武、弓馬の道を嗜みなさい、という武家的な色の強い表現がありました。


ところが天和令では、


「文武忠孝を励し、礼義を正す」


という方向へ変わります。


ものすごくざっくり言えば、


「武芸も大事だけれど、忠孝や礼義も大事ですよ」


という感じです。


武断から文治へ。


よく言われる流れです。


つまり、幕府が求める武士像が変わってきたのです。


戦う武士。


武功を立てる武士。


力で領地を守る武士。


そういう戦国の空気から、


礼儀を守る武士。


秩序の中で生きる武士。


幕府の制度に従う武士。


家と社会を安定させる武士。


そういう方向へ、少しずつ変わっていく。


もちろん、武を捨てたわけではありません。


武士ですから。


でも、いつまでも、


「戦場でござる!」


「武功でござる!」


「主君が死んだので殉死します!」


では、幕府としては困ります。


平和な時代を続けるためには、武士にも平和な時代の武士として振る舞ってもらわなければならない。


つまり、天和令には、


「もう戦国のノリだけで生きないでください」


という幕府の声が聞こえる気がするのです。


ワンコさんの脳内では、幕府が言っています。


落ち着いてください。


城を勝手に直さないでください。


勝手に結婚しないでください。


勝手に家をつながないでください。


主君が死んでも後を追わないでください。


礼儀を守ってください。


ちゃんと働いてください。


幕府に届け出てください。


お願いですから、勝手に動かないでください。


幕府、胃が痛そう。


そして、宝永令になると、また面白いことが起こります。


宝永令は、新井白石が起草したことで知られています。


ワンコさんが卒論で面白いと思ったのは、そこだけではありません。


それまで武家諸法度の起草には、林家が深く関わっていました。


林家。


江戸幕府の儒学者の家です。


武家諸法度の起草や読み聞かせに関わる、いわば伝統ある家です。


ところが宝永令では、林家にも草案を作らせながら、採用されたのは新井白石の起草した条文でした。


つまり、表向きは伝統を踏まえている。


でも、中身では林家の案を採用しない。


ここにも政治があります。


前代との距離。


学問や儀礼の権威。


将軍の意向。


側近政治。


新井白石という人物の存在感。


林家という伝統の扱い。


法律ひとつ作るにも、いろいろな事情が絡んできます。


そして宝永令では、言葉の選び方にも面白い変化があります。


たとえば、


「差図」


という言葉と、


「上裁」


という言葉。


ものすごくざっくり言えば、命令や判断をどう表現するかの問題です。


しかし、こういう言葉の違いにも、政治的な意味が含まれることがあります。


誰の判断なのか。


誰の権威なのか。


将軍をどう位置づけるのか。


幕府と朝廷の距離感をどう見るのか。


言葉ひとつで、見え方が変わります。


歴史学科、こういうところで急に目を輝かせます。


普通の人から見ると、


「そこ気にする?」


と思うかもしれません。


気にします。


めちゃくちゃ気にします。


法律の言葉は、ただの言葉ではありません。


誰が誰に命じるのか。


どの立場から言うのか。


どの権威を使うのか。


そこが大事なのです。


ただし、この宝永令は、その後、吉宗の享保令では採用され続けませんでした。


吉宗の時に、武家諸法度は天和令へ戻るような形になります。


そして、その後の武家諸法度は大きく変わらなくなっていきます。


ここも面白い。


変えた。


でも戻した。


なぜ戻したのか。


何を残し、何を消したのか。


どの伝統を選び直したのか。


法律の変化を見ると、幕府の政治判断が見えてきます。


つまり、武家諸法度は、


「こういうルールがありました」


で終わるものではありません。


どの時期に、何が加わったのか。


何が消えたのか。


言葉がどう変わったのか。


誰が起草したのか。


誰の案が採用されたのか。


その後、元に戻ったのか。


そういう変化を見ることで、幕府が何を気にしていたのかが見えてきます。


武家諸法度は、幕府の怖かったものリストです。


同時に、幕府の理想の武士像リストでもあります。


そして、幕府の胃痛メモでもあります。


勝手に婚姻するな。


城を勝手に直すな。


大きな船を造るな。


勝手に徒党を組むな。


家を勝手につなぐな。


殉死するな。


礼義を正せ。


賄賂をするな。


公務をちゃんとしろ。


並べてみると、だんだん幕府の声が聞こえてきます。


頼むから勝手に動かないでください。


頼むから家中を不安定にしないでください。


頼むから幕府の秩序の中にいてください。


頼むから戦国の空気を持ち込まないでください。


頼むからちゃんと届け出てください。


頼むから死なないで働いてください。


こう見ると、武家諸法度はとても人間くさい。


法律なのに。


堅い史料なのに。


読んでいると、幕府の不安や焦りや警戒心が見えてくる。


そして、大名たちがどうにか抜け道を探したり、都合よく解釈したり、現実が法の想定を超えていったりする姿も見えてくる。


法律は、現実の後を追いかけます。


現実が先に動く。


人間が動く。


問題が起きる。


幕府が気づく。


あ、やべえ。


直せ直せ。


そうして条文が変わっていく。


だから、武家諸法度を読むと、江戸幕府が最初から完全な制度を持っていたわけではないことが分かります。


幕府も試行錯誤していました。


締める。


緩める。


戻す。


加える。


削る。


言葉を変える。


それを繰り返しながら、武家社会を安定させようとしていたのです。


ワンコさんは、そこにとても惹かれました。


だって、人間くさいからです。


法律というと、冷たくて、堅くて、完成されたもののように見えます。


けれど、その裏には、


困ったこと。


怖かったこと。


防ぎたかったこと。


起きてしまったこと。


どうにかしたかったこと。


そういう人間の事情が詰まっています。


武家諸法度も同じです。


ただの法令ではありません。


幕府が何を怖がり、何を整え、何を理想とし、何に困っていたのか。


それが見える史料なのです。


歴史学科卒のワンコさんが、武家諸法度を読んで思ったこと。


それは、


法律、めちゃくちゃ人間くさい。


ということでした。


武家諸法度は、大名を縛るための法令です。


それはそうです。


でも、それだけではありません。


徳川幕府が、戦国の世をどうやって平和な時代へ押し込めようとしたのか。


武士たちを、戦う人間から、秩序を守る人間へどう変えようとしたのか。


大名家の婚姻や養子や城や家臣団を、どう管理しようとしたのか。


禁止しすぎて問題が起きた時、どう緩めたのか。


緩めすぎないように、どう吟味したのか。


そこに、江戸幕府の試行錯誤があります。


ワンコさんは、武家諸法度を読んでいると、どうしてもこう思ってしまいます。


幕府、がんばったな。


そして、


大名たち、絶対に抜け道を探しただろうな。


ええ。


人間ですから。


歴史学、結局そこです。


人間ですから。


次回は、武家諸法度から少し広げて、


「法律に書かれていること」と「実際の運用」は同じではない、という話をしてみようと思います。


条文には書いてある。


けれど、現実はそう簡単ではない。


法律はある。


でも、人間が運用する。


そこでまた、いろいろなことが起きる。


歴史学科卒、やっぱり頭を抱えます。


そして、少し楽しくなります。


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