眼前
現場から車で15分ほど離れた住宅街、4階建てのマンションの最上階に、追見供介、被害者唐雛セイナに付きまとい、嫌がらせをしたことで、警察から厳重注意を受け、カラビナロックの所属事務所からは出入り禁止にされた男の自宅がある。
マンションまで車で移動する。運転は井内の仕事だ。その間、被害者である唐雛セイナの情報を整理する。
唐雛セイナ、19歳、職業はアイドル、でいいのだろうか。昨年4月に六帆キルカと共にカラビナロックを結成。以後、小規模なライブハウスやイベントホールでのライブ活動の他、インディーズレーベルからCDも出しており、音楽配信サービスにも楽曲は登録されている。動画投稿サイトにも公式チャンネルを開設しており、数々のミュージックビデオやライブ映像が投稿されている。
ただ、もう一方のメンバーである六帆キルカが生配信や私生活に関するSNS投稿を頻繁にしているのと対照的に、唐雛セイナはそういった双方向のやりとりは一切せず、SNS投稿もアイドル活動に関するもののみで、私生活も謎めいている。彼女は18歳で事務所に入るまでは普通の高校生だった、いや、15歳で両親を亡くし、天涯孤独の身となったのだから普通ではないだろう。そんな境遇が影響をもたらしているのかもしれないが、今となっては確認する術はない。
次に、追見供介、やつのこれまでの行動を振り返る。
追見供介、28歳、職業はフリーの配達員、被害者宅の前でケモノに襲われたというやつと同じだ。大学卒業後に会社に就職していたこともあるようだが、数年前、ウィルスが流行ったころから現在の仕事をしている。カラビナロック結成当初からのファンで、ライブはほぼ欠かさず現地で鑑賞してきたよう。参戦というやつか?いったい何と戦っているんだかわからないが。180センチ超えで筋肉隆々、スポーツマンタイプの見た目であったこともあり、ファンの中では目立っており、他のファンやカラビナロックの運営はもちろん、カラビナロックのメンバー二人からも認知されるまでになった。
転機は今年5月、11日のライブのあと、唐雛セイナが帰宅した際、マンション前できょろきょろしていたところを、彼女を家まで送っていた事務所スタッフが発見した。見た目のせいもあり、ライブにいつも来ている男だとすぐにわかったそうだが、同じく見た目のせいもあり、暴力沙汰に発展することを恐れて強くは注意できなかったようだ。
以後、スタッフが警戒していたところ、追見が近隣を徘徊しているのを複数回目撃することがあった。一方で、このころから唐雛セイナの部屋のドア前に不審物が置かれているのがたびたび発見されたりもした。具体的には食べ物、花、正体不明の段ボールなど、いずれも差出人などは記入されていなかった。そんなこともあり、スタッフは警察に相談、23日、唐雛セイナの自宅マンションを警戒中の警察官が、帰宅してきた唐雛セイナに追見が接触を図ってきたのを覚知し、接触を阻止、追見は厳重注意処分となった。警察からの連絡を受けて、事務所側も追見に対して出入り禁止の旨を通達した。
翌24日以降のライブに追見の姿はなく、近隣で見かけることもなくなり、不審物が置かれることもなくなったという。事務所の方も一時は唐雛セイナに引っ越しをさせることも検討したが、被害がぱったりとなくなったことと、唐雛セイナ自身が住み続けたい意向であったことから、立ち消えになった。1か月以上、追見はおとなしくしていたようだ。
こちらが助手席に座りスマートフォンで情報整理をしている間、井内は一言も発せず目的地を目指す。やる気に満ちているのはわかるが、それどころかかかっている。嫌な予感がする。
「おい、今日はあんまり口を出すなよ」と釘を刺しておく。
「え?あ、はい」と、前のめりな自分に気付いたのだろうか、素直に聞く井内。
19時半ころ、マンションの前に着こうという、ちょうどそのとき、鑑識からの連絡が。以前、追見から提出された指紋と、現場と凶器から見つかった指紋が一致したとの報告。
「…だそうだ」
「決まりっすね」
「どうだろうな。気い抜くなよ」
「はい」
そう言いながらも事件はもうすぐ終わりだ、という感覚がどこかにあった。




