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快楽

 現場での捜査に一区切りついたところ、一人の男が我々に話かけてきた。自首をしたいと言うがいったい…


「じ、自首って、まさかあんたが…」と慌てる井内。


「まずはお話、よろしいでしょうか?」と押しやって聞く。


「はい、こちら、なんですが…」と、持っていた袋を開いての中身を見せてくる。


 この男には不釣り合いと思われる、革製のバッグ、財布、宝石などが目に入る。


「これは?」と、井内。もう任せてやろうか。


「私めが頂戴させていただきましたお品の数々でございます。」


「えっと、どこから、どう、えっ?」


「この近辺でご不在の、鍵が古いタイプ、ディスクシリンダーのお宅ですね、ピッキングさせていただきまして、侵入させていただきまして、金品を頂戴させていただきまして」


「あーそっち?え!?連続空き巣犯の!?」


「そのように呼んでいただきましておりますとすれば、大変恐縮でございます」


「これ全部、盗品?」


「左様でございます」


「何でまた?」


「恥ずかしながら、昨今の物価高でどうにも生活が…」


「あーそういうんじゃなくて、なぜ自首を?」


「はい、先ほど、そこのお部屋、えー管理人室ですか、私めがピッキングさせていただいておりましたところ、配達の方に管理人様と間違われまして、ご存知かと思いますが、2階で、うら若き女性が亡くなられていらっしゃるのを目の当たりにさせていただきまして、疑われてしまうのではないかという思いと、私のしていることがとても恥ずかしく思えたのとで、ぜひに罰していただきたく思い、こうして参った所存でございます」


「では、フドウ署までお連れすることになりますが、その前にいくつか確認させていただきますよ?」


「はい、それはもう、はい」


「そこの管理人室、入ったのはいつですか?」


「今日の夕方5時過ぎでしょうか?鍵は閉まっておりましたので、ピッキングさせていただいて、それはもう、瞬く間に開けさせていただいて」


「へえ…んで、そのあとは?」


「中にキーボックスがございまして、これがなかなかの曲者でございまして、8桁の数字を入れなければならず、難儀しました。時間をかけてようやく開けさせていただきまして、ほっと一息つかさせていただいておりましたところ、ドアをドンドンと叩く音が聞こえまして、配達員の方ですね、部屋へ入ってこられまして、203号室の前で粗相をされたと。やむなく私めが、とっさに管理人のふりをさせていただいたという次第でございます」


「あー、それで203の鍵は?」


「はい。そのとき、配達員の方に呼んでいただいた際に、拝借させていただいて、そのままこうして持参させていただきまして」と、ポケットから鍵を取り出したのを、井内がハンカチを介して受け取る。


「これで部屋を開けたと?」


「はい。そうさせていただきましたが、その、少し違和感がございまして…」


「えっと、それはどういった?」


「鍵を開けさせていただいたつもりでございましたが、そのときの感触が、これはあとになってから感じたものなのですが、もしかしたら、そのお部屋の鍵が開けっ放しになさられていたのではないかと」


「203の鍵が開いていたかもしれないと?」


「はい、その、管理人のふりをするという不慣れな状況下で、いささか慌てておりましたので、確証がございませんのですが、開けたときの音、カチッという音ですか。これがしなかったような気があとになってしてまいりまして。私め、こういった空き巣業といいますか、これを生業とさせていただいておりますので、ピッキングなどで鍵が開いたときの音にはある種の快楽を感じる身体になっておりまして。このときはそれが欠けていたような気がしておりましたので、そういった可能性があるかもしれないと」


「そうですか。で、中に入って?」


「はい。配達員の方に促していただきまして、部屋の奥、覗かせていただきましたところ、倒れている女性を見つけさせていただいたわけでございます。そんな状況から一刻も早く逃げ出したい気持ちに駆られまして、配達員の方に警察への連絡をお願いさせていただいて、私は管理会社に連絡するとうそぶいて、その場を退散させていただいたという顛末でございます」


「現場で何か触ったりしたものは?」


「いえ、入り口のドアを開け閉めさせていただいた以外は特には。まだ日没前でしたし、薄暗いながらも女性が倒れていらっしゃることは確認させていただけましたので、電気なども点けさせていただいてはおりません」


「その他、何か気付いたことありませんか?」


「そうでございますね、私、アレ、でございまして。そのニャンちゃんのですね。部屋の中に入らさせていただいたときですね、目のかゆみと鼻の水の方ですか、いらっしゃいまして。そのニャンちゃん自体はおいでくださりませんでしたが」


「えっと、猫アレルギーで症状が出たと?」


「そうでございますね。わずかな時間でしたので、これもその、確証がございませんのですが、おそらくは、そのアレ、でございましょうかと」




 空き巣犯、手先延人を所轄署に連行してもらう。担当でもない事件だが解決すること自体は素晴らしいし、快楽を感じないといえば嘘になる。しかし、そのために刑事になったわけではない。自分が信じる正義のために事件を解決する。それが私の矜持なのだ。そして、きっとこのバカも。


「あー細川さん、どちらへ?」と井内が、階段の方へ話しかける。


「ちっ、夜ごはんですよ。ほら、ラーメン、食べ損ねたんで。知ってますよね?では」と返す女、例の大食い女か。ラーメン2杯を頼むなんて、食べることに快楽を感じるタイプなのだろう。ちょっと怒っていて、腹を空かせているのがビンビンに伝わってくる。


「すみません。空腹のところお話に付き合わせちゃってー」


「いえ。では」


「あ、そういえば、203にも猫、いたみたいですよ?茶色い毛、落ちてましたし。飼ってはいませんでしたが」と井内、またお漏らししてやがる。


「?…にも、とは?」


「あ、すみません。細川さんがケモノ飼ってるって勘違いしちゃって。いませんでしたね?そう言えば」


「そ、そうですよ?このマンション、ペット…禁止ですから。では」


「ですよねー。あ、あと管理人室の鍵、開いてたって話ですが、ついさっきピッキングされたばかりみたいなんで、細川さんところは空き巣に入られてないと思いますよ」と、それも話すのか?まあそれはいいか、殺人事件には関係なさそうだし、安心してもらえるなら。


「あ、それは良かったです。では」


「どうも。ご協力ありがとうございます。また、よろしくお願いしますね」と、何がよろしくなのだろう。もう彼女に事件にかかわらせることはない、そのはずだ。



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