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音楽

 翌朝6時、どう考えてもまだ眠りたい時間だが、そう何度も窓を叩かれては寝てもいられないのでやむなくベッドから出る。


 公園に向かう。さきにクマネコが被害者のつがいって猫のところへ出向いて、人間と話をしてもいいってことになって、わたしも交えて話をすることになった。猫用スティックもいくつか持っていく。




 木陰のベンチ、背もたれの裏あたりにクマネコがいるので向かう。座って、スティックの端を切り、右手で持って、背もたれのうしろへ回す。


<オレはいいから、そいつにやってくれ>と言われ、正面を見ると細っこいグレーの毛並みの猫がいる。こいつがそうなのだろうか。切り口をさきにして、スティックを差し出すと、グレーは警戒している様子で、ゆっくり近寄り、舌先を出して、スティックにしゃぶりついて、吸い始めた。


<ありがとうございます。イオリ>


 こっちこそ大変なときにすまん、と思っただけでは通じていない。意図的にイメージだけで伝えるのは難しそうだな。やはり小声でも話さないといけない。スマートフォンを持って通話しているふりをして話す。


「いや、大変なときにすまねえな。名前…とかないんだったな」


<やはり、聞こえてらっしゃるのですね?>


「おう。けど、ずいぶん丁寧な話し方?だな」


<ええ、猫としての礼儀は心得ております>


 クマネコが言ってたことと違うと思うが、この際何も言うまい。あいつはどちらかというと品のない方の猫なのだろう。


「食べ終わったらでいいんだが、そのパートナーの猫の話聞かせてくれ」


<いえ、このままで大丈夫です>と食べながらグレー。


「そうか、なら頼むわ」


<はい。何からお話ししましょう?>


「そうだな…ってクマネコが聞くんじゃねえのか?」


<オマエの方が頭いいからな。人間の中じゃ底辺でも猫からしたら秀才レベルだ>とクマネコ、一言多い気がするが、まあいいだろう。わたしの方が頭がいいから、ここで揉めるのは無駄なことだってわかってるしな。


「なら、そうだな…どこで見つかったんだ?その猫は」


<はい。ここから300メートルほどでしょうか、南の方へ行ったところにここより大きな公園がありまして、私たちは普段その辺りによくいるんですが、その公園の入り口あたりの茂みの中ですね。道路に近いところなので、私や他の猫もあまり立ち寄らないところでして、昨日の夜、彼を探していたところたまたま見つけたんです>


「いつも、その猫とは一緒なのか?」


<おおよそは、ですが毎日というわけではありません。2、3日会わないときもあります>


「最後に会ったのは?」


<おとといの夕方ですね。その日は戻らないと言っていたのですが、昨日になっても帰ってこないので、あちらの公園をくまなく探したら、というわけです>


「その…遺体の状況は?」


<それについてはオレから話す。昨日も言ったが、右前足の爪に血がついていてな、おそらく人間のものだろう。あと、身体に目立った傷はなかったが血を吐いていてな、たぶん内臓をやられちまったんだろう。腹に何かがぶつかったか、どこかから落ちたってとこだろうな>とクマネコ、デリカシーがないやつだが、質問したわたしも悪いのだろうな。グレーがスティックを吸うのを止めている。


「すまないが…その、そばにいない日はどこに行ってたとかわかるか?」


<はい。この公園か少し西の方にある公園のどちらかだと>


「で、おとといはこの公園に来てたんじゃないかってことだな?」


<そうです。見つかった場所がこちらに来る際の通り道に近いところなので。足を引きずった跡もありましたし、帰ってくる途中で力尽きたのかと>


「他の猫には聞いてみたのか?」


<はい、向こうの猫には。けれど、どなたも見ていないようで>


「その猫、話せる人間の知り合いみたいなのはいなかったか?」


<聞いてはいませんが、おそらくいないのではないかと。ただ、懇意にしている人間の方はいらっしゃったようで>


「それはどういう?」


<詳しくはわからないのですが、このようなスティックをいただいたりしておりました。わたしは子どももいますし、あと少し距離があり危険なので、こちらの公園には今日初めて参ったわけですが、おそらくその方に会いにこちらの方まで来ていたのではないかと>


「すまんな。危険なのに来てもらって」


<いえ、今日はこの方に連れて来ていただきましたので>


 クマネコもやるときはやるんだな。


「その人間が話せるやつだったら、クマネコが片っぱしから声かけりゃすぐわかるんだがな」


<まあ、話せるやつがどこにいるかは情報共有されてるからな。この辺には今はオマエくらいしか見つかっていない>


「ちょ、わたしのこと、猫はみんな知っているのか?」


<近くのやつはな。イメージで会話できるから広がるのも早いぞ>


「ったく、個人情報とかねえのかよ」


<猫はそういうしがらみ、ねえからな>


「あ、そういや、わたし、何で話せるっていうか、猫の話がわかるようになったんだ?最初からか?」


<あーそれな、何か猫から話しかけ続けると、そのうちわかるようになるらしいぞ。あと遺伝も関係してる。ずっとわかるようにならない人間もいるし、すぐわかるようになるやつもいる>


「わかる人間同士だと、声に出さなくても会話できるのか?」


<できるやつがいるかもしんないが、オマエには無理だな。オマエが持っているのは、猫が発するイメージを受け取る能力だけだ。全部の猫はそれプラス、人が発するイメージを受け取る能力を持ってる、ってわけだ>


「残念だな。けど、間に猫を介せば、人と人がイメージで会話できるんだな」


<そうだな。昔、戦争のときにそうやってスパイ活動してた人間と猫がいたらしいぞ>


「便利だけど、相手にも能力あるやついたら終わりだな」


<あ、そういえばなんですが、彼もその人に対していつも話しかけているって言ってました>とグレー。クマネコと話し込んでたうちに、食べ終わったようだ。


「そいつと話せるようになりたかったのかな」


<あと思い出したのですが、その人から歌を聞かせてもらったんですよ>


「歌…って、音楽の?」


<そうです>


「猫も歌、聞くのか?」


<はい。歌ったりもしますよ>


「すげえな音楽って。その歌、歌えるか?」


<はい、メロディーだけですが。肉球がどうとかいう歌で、歌詞というのはわからないんですが、音階はこんな感じで>というと、グレーは少しあとずさり、口を開く。イメージではなくて、耳から、ミャーともニャーとも聞こえる音が伝わってくる。




 ドドソソドソソド ラソファソーーーー

 ドドソソドソソミ ファファファファファソファミ

 ドドソソドソソド ラソファソーー

 ラシドーシラソファミ ファミレドドレドーーーー




「このメロディー…知らないな。全然」


<私も彼からしか聞いたことがありません>


<おい、これ何か意味あるのか?>


「わかんねえけどな、気になるんだよ」


 スマートフォンを耳から外し、動画サイトを検索する。猫の肉球を押したりとか肉球の形のアクセサリーの作り方とか、そういった動画が並ぶ。


<誰かがテキトーに歌ったやつなんじゃねえか>


 そうかもしれないが、その猫を惹きつける何かがあったとしたら、それに惹きつけられる人間もあるいは。


 ふと、ギターが目に入る、スマートフォンの画面上、何の装飾もないサムネイル、『肉球のうた』と名付けられた動画。


「これは…歌だよな」と音量を上げ、再生ボタンを押す。顔はよく見えないが女がギターをかき鳴らし、歌い上げる。




 肉球のうたを唄おう

 肉球のうたを聴かせてあげよう

 肉球のうたを唄えば

 にゃにゃにゃのリズムで心弾むよ


 肉球を嗅いでみようよ

 肉球を指でなぞってみようよ

 肉球を吸ってみたなら

 今夜も見るのさ楽しい夢を




 メッセージ性のかけらもない歌詞に、なぜか惹きつけられる。それはこの歌声のせいだ。おそらく、知っている声、心の奥にすんなり染み入ってくる。


「さっきのメロディーだよな?」


<これだと思います>


 投稿主の他の動画を探る。カバーだったり、オリジナルだったり、見たところ弾き語りの動画ばかりだ。


<誰なんだ?知ってるやつか?>


「名前が『spicy_chick』ってなってるけどな、たぶんこれ、唐雛セイナだ…」



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