後悔
マンションから出て夕食を食べにいく。さっきまたあのクソ刑事に出くわしちまった。けど、管理人室が開いてたのは少し前って言ってたな。ならわたしが部屋にいる間だな。つうか寝てた間じゃねえか?もしかして変なことされて…ねえに決まってるか、こんなクソ女。
<おい。どこ行くんだよ?聞き込みしねえのかよ?>と話しかけて来るクマネコ。
「ったく、いつまでついて来る気だよ、クソネコが」とほとんど聞こえない小声で。
<ちゃんと聞こえてるぞ!音じゃなくてイメージだからな>
「ちっ」
<だから!まあいいか。外ではイメージだけ飛ばすのが難しかったら、小声でもいいからな>
「めし行くっつってんだろ?」
<わかったから。んで、どこ行くんだ?>
「あ?ラーメンだよ」
<結局またラーメンかよ。飽きねえやつだな>
「ラーメンつったって麺からスープから、店によって全然違えんだよ」
<わかったよ。んじゃまたあとで来るからよ?>
「どこ行くんだよ?」
<何だ?やっぱりついて来て欲しいのか?>
「違えよ。知らねえとあとで合流すんのが面倒くせえだろ」
<そうか。ならいいけどな。オレだってめしくらい食うからな。しばらくそこの公園にいるぞ。虫がうじゃうじゃいるからな。ほんじゃあな>とクマネコは去っていった。
大通りへ出て、信号を渡る。この辺は車通りも多いし、猫はいないだろう。そう言えば、203号室にも猫がいたと言ってたな。もしかしてあいつの知り合いか?あとで聞いてみるか。
20分ほど歩いてラーメン屋へ。行列ってわけじゃねえが、10席ほどあるカウンターはほぼ埋まっている。醤油ラーメンを注文する。ストレートな細麺を噛むとパツッとする食感がたまらない。大食いのふりをしていたせいで、たらふく食べたい気分になっちまった。麺を食べ終わる前に、和え玉を注文する。味のついた替え玉みたいなもんだ。そのまま食べれば油そば、残ったスープにつけて食べればつけ麺、ぶち込めばラーメンの味変おかわりって具合だ。いろんなかたちで戦えるやつってのは強えよな。半分はそのまま食べ、残りはぶち込んだ。
腹がいっぱいになり、腹ごなしに遠回りして帰る。やっぱり、大食いのふりなんてするもんじゃねえな。クマネコのやつを多少待たせることになるが気にしてはいらんねえ。こっちも気持ちやら腹の虫やらの整理に時間がかかるってもんだ。
気になる点。まず、わたしのことだ。何で猫と会話できるんだ?そもそも元からできていたのに気付かなかったのか、今日になって突然できるようになったのか、どういう人間ができるのか、わたし以外にもどの程度いるのか、ってあたりだな。今のところ、クマネコ以外の猫とは会話できていないし、聞き込みっつうがちゃんとできるんだろうか。
次、事件のこと。現場は、唐雛セイナ、カラビナロックってアイドルユニットのメンバーが腹や首を刃物で刺されて殺されたってことくらいだな。クマネコが血が見えたっつってたのとも符合する。起こったのは昨日の夜だっけか。怖えな、ちょうどわたしが家にいた時間だぞ。まあ、いつもだいたい家にいるけどな。
犯人は筋肉ストーカーが第一候補、こいつは嫌がらせだかしたせいで、5月にカラビナロックのライブやらを出禁にされたっぽい。それを恨んでの犯行ってのは十分に考えられる。あとは空き巣犯の可能性もあるが、さっきの刑事の話からすると、今日空き巣に入ったんだから、可能性は低そうだ。一応、わたしも候補には入っているらしい。勘弁してくれよ。そんな度胸があったらオヤジかアネキのどっちかくらい、ぶん殴ってやってるところだ。
被害者宅に猫がいたってのも気になるな。茶色い毛っつってたから、クマネコではなさそうだ。その猫ちゃんがなぜそこにいたか、事件を見たのか、被害者が猫と話せるやつだったのか、ってとこだな。
けどなあ、なんで犯人の名前調べるって引き受けちまったんだろうな。そもそもクマネコが話しかけて来なきゃな。けど、自分とこのマンションで人が殺されたってのもなあ、気味がワリいし気分も悪い。正義の味方ってわけじゃ全然ねえが、許せねえって気持ちはある。
それに唐雛セイナ、アイドルなんてよくわかんねえが、あれは何か不思議な魅力があった。どうしてあんな小せえとこでやってんのかわかんねえくらいに。そもそもわたしが知らねえだけで、あんなんがゴロゴロいるとしたら怖えところだな。でもな、大げさな動きをするわけでもなし、表情も乏しいし、思いっきり笑うでもなし、けど、透き通るような歌声、あどけないしぐさ、儚げな眼差し、たまに見せる笑顔、不覚にも素敵だなって思っちまったんだ。
よくよく考えたら、マンションですれ違うとき、いつも「お疲れ様です」って話しかけてくれた若い女がいたっけ。こっちはろくすっぽ顔も見ないで、気付いてねえふりするか、「…っす」なんて無愛想に返すくらいしかできなかったけど。
わたしにはろくに話さなくなっちまったオヤジとアネキはいるけど、一緒に暮らしたオカンが死んじまってな、こっちでは5年くらい一人で暮らしてきたからな。お互い一人暮らしで、愚痴でもこぼしあったりぐらいはできたかもしんねえのにな。
こんなカス人間のクソ女に、懲りずに何遍も声かけてくれて、なのに一度だって目を見て返すことができなくて。怖がらせちまったかもしれないし、嫌な思いもさせちまったろうに。本当にごめんな。それにありがとう。今になってようやく気付いたんだけど、心配してくれてたのかな、伝わって来るもんがあったよ。もう声もかけらんねえし、こっちの言葉も伝えらんねえのにな。だから、ってわけじゃねえんだけどな、わたしなりに事件のこと、調べてみるからさ、期待しねえで待っててくれよ。




