第19話 回り巡る夜
王都の夜。
わたしはお城の自室で、メイドさんたちによってたかって夜会の用意をさせられていた。
背中の開いたドレスを着せられ、髪は梳かれて整えられ、顔は血色の良いメイクをされている。
コルセットを二人がかりで締め上げられて、肋骨が折れそう。息が苦しい。
それにしても、と鏡の中の自分を見ながら思う。
いい暮らしができたおかげで、体格や顔は平均的な女子ぐらいまで戻っていたけれど。
メイク一つでここまで印象が変わるのかと。
まつげは長くなっていて、ラインの引かれた目はぱっちりと大きくなったように感じる。
今ならお姫様は言い過ぎでも、男爵令嬢ぐらいなら通用しそうなお嬢様に仕上がっていた。
用意が出来た頃、部屋のドアがノックされた。
「にゃ」
メイドのミーニャが尻尾を揺らしてドアを開けると、部屋の前には正装をしたグランツが立っていた。
ロングコートのような黒の軍服を着て、金糸でステッチしてある。胸には勲章がいくつか付けられていた。
背の高さもあるため、見とれるほどのかっこよさだった。
しかしまた彼もわたしを見て呆然と立ったままだった。
「どうしたの、グランツ?」
「いつにも増して美しいです、アリア様。私にとって理想の女性でしょう」
「ありがと――でもこの色、派手じゃない?」
腰の辺りから裾が広がる、バラのように赤いドレス。
わたしは心配になって彼の前でくるっと一回転した。すると、裾が花のように広がった。
「いえ、ご安心ください。それが正式な色ですので」
「そうなんだ」
シュタールバルト王国の、独自のしきたりか何かなのかな?
よくわからないけれど、わたしは納得することにした。
「では行きましょう」
グランツが腕を曲げて心持ち肘を横に張る。
わたしはその腕に腕を通して組んだ。細く見えるけど意外とたくましい腕をしている。ぶら下がっても大丈夫なぐらい安定感があった。しないけど。
二人並んで歩き出す。魔法の明かりが廊下を照らす。
白狼のニーナが気怠そうに起き上がって、わたしたちのあとをついてきた。
腕を組んで廊下を歩いていると、遠くからしだいに音楽が聞こえてくる。
そして両開きの扉の前まで来た。
扉の両脇にいる正装した兵士が声を張り上げる。
「グランツハルト王子の参上です!」
ギィィィ――っと音を立てて扉が開かれていく。
それと共に暖かな音楽が溢れてくる。
目を見張るとような大広間。
キラキラ光るシャンデリアが高い天井から下がっている。
広間の隅には楽団がいて、ゆったりとした曲を演奏している。
その音に合わせて着飾った貴族の男女が緩やかに踊っていた。
わたしは華やかな景色に心奪われながら嘆息する。
「これが……舞踏会」
「さあ、行きましょう」
グランツに導かれて、わたしは大広間に入っていく。
中へと進んでいくと踊っていた人たちが、さあっと左右に別れていった。
そして貴族の令息や令嬢たちが、ひそひそと囁き合う。
「グランツハルト王子が女性をエスコート!?」「あの人、聖女ですわ……」「まさか王家の色を!?」
広間にいる全員の熱い視線が、わたしに注がれているのを意識する。
あまりの居心地の悪さに、そっと小声でグランツに尋ねる。
「ねえ、大丈夫なの? わたし嫌われてない?」
「心配なさらなくても大丈夫です。歯向かう者がいれば切って捨てますから」
「暴力はダメだってばっ」
わたしがグランツを小声で諭すと、彼は目を潤ませて感激する。
「なんとお優しい心遣いでしょう……私はアリア様のお傍にいられるだけで幸せです」
「もうっ、そうじゃないんだから……ちゃんとわたしのこと守ってよね?」
「当然です、アリア様」
包み込むような大きな笑みを向けられて、わたしは胸の高鳴りを感じた。
――と。
背後から突然、声をかけられた。
「いったいどういうことですの!? ――その庶民はなんなのですか!? グランツ様の側室候補でして?」
振り返ると、真っ赤なドレスを着た背の低い少女が腰に手を当てて立っていた。十代前半に見える。
ツインテールにした艶やかな黒髪に幼さの残る可愛らしい顔立ち。
間違いなく良いところの貴族令嬢と思われた。
でも細い眉を寄せて、強気な視線でわたしを睨み上げている。
――って! ドレスの色がかぶってるっ! ダメなんじゃないの、これ!?
わたしは内心焦りつつ、グランツに尋ねる。
「グランツ、この子はどなたでしょうか?」
しかしグランツが答えるより先に、少女が声を張り上げた。
「この子ぉ~? 言うに事欠いて『この子!』 失礼にもほどがありますわ! わたくしはこれでも18でしてよっ!」
「えっ! 年上!?」
わたしが驚くと、少女は平らな胸を反らして偉そうに鼻で笑った。
「ふんっ! わたくしはヒルデガルド・ベルクヴェルク・フォン・ドワーフ。公爵令嬢でしてよ!」
「公爵さまの……っ! ごめんなさ――」
わたしは慌てながら頭を下げようとした。
しかし、横からサッと伸ばされた長い腕が、わたしと彼女の間を遮る。
グランツが赤い瞳に冷ややかな光を宿してヒルダ公爵令嬢を見下ろす。
「アリア様が謝る必要はありませんよ」
グランツの言葉に、ヒルダ公爵令嬢がキッと目を吊り上げる。
「どういうことですの、グランツ様! そのような平民に赤をまとわせるなんて!」
「何が問題なのでしょうか、ヒルダ。私が着て欲しいドレスを、アリア様に着ていただいているだけですよ?」
グランツの何気ない言葉に、ヒルダ公爵令嬢は悔し気に唇を噛んで涙目で訴える。
「黒と赤は王族の色なのに! 許せませんわ! 絶対、その女を許しませんわよ!」
「どうぞご自由に。私は全力でアリア様を守りますから」
「くぅ――っ! そこの女、今に後悔しますわよ! ――ではグランツ様、お暇させていただきますわ。ご機嫌麗しゅう!」
ヒルダ公爵令嬢は、ちっちゃな体でぷりぷりと怒りながら大広間を大股で歩いて去っていった。
一瞬の静寂が訪れる室内。
どうなることかと思いながら、大広間の真ん中まで来た。
すると、グランツがわたしの前にひざまずいた。恭しく首を垂れながら手を差し伸べてくる。
「アリア様、一曲踊っていただけませんか?」
「はい――喜んで」
わたしは彼の手を取ると、グランツは優しい笑みを浮かべて立ち上がった。
楽団が新しい曲を演奏し始める。
彼の細い指先に導かれながら、わたしは大広間の真ん中でくるくると回って踊った。
彼の指が、足のステップが、次の動きへ導いてくれる。
抱き寄せられては、くるっと一回転して離れる。片手は繋いだまま。
彼の思うままに動かされて、なんだか逆に楽しくなってくる。
それは、まるでわたしがグランツのものになったような感覚――。
そう考えると、急に恥ずかしくなってボッと頬が火照るのを感じた。
彼の細くたくましい腕の中で俯いていると、グランツは微笑んだ。
「ふふっ、素敵ですよ、私のアリア様」
「あ、ありがとぅ……」
顔を上げると、微笑む赤い瞳と目があって、ますます顔が火照る。
美形との距離が近すぎるっ。
――ああ、もう。どうにでもなれ!
わたしは彼にしなだれかかるように身を預けて、くるくるとダンスの波に翻弄され続けた。
その後、遅れて現れた国王夫妻にも会った気がするけど、頭が沸騰していたので何を話したかほとんど記憶に残っていなかった。
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