16話 罠になんて嵌めてないよ?
「おーい、後輩く~ん……」
「――?」
聞き飽きてしまった誰かさんの声が、すぐ近くで聞こえたような気がした。
俺はすぐに目を開く。
「……」
「あ、起きた?」
この光景を理解するまで約1秒もかからない。
やはり、上から朝倉ノエルが覗き込んでいる。
そして、またもや俺は寝転がっているわけで、後頭部でクッションとなるのは朝倉ノエルの太もも。
まあ、2度目の膝枕をされているわけで、相変わらず微塵もトキメキなんてものはない。
「あ、おはようございます」
俺は当然のように起き上がって挨拶をする。
「え!? それだけ!? こんな美人から膝枕されて嬉しくないわけ!? ほら! こんなもちもちな太ももだよ!? そして、上から覗き込むのは美人な先輩! こんな体験出来る人間なんてそうそういないからね!? それを当たり前のように起き上がってるの? てか、これ1度やったよね?」
ここはどこだろうと、辺りを見渡すと、巨大な掲示板が中央にあることからしてギルドであることを察する。
なぜ、こんなところにいるんだ?
俺は確かあのとき死んだはずじゃ……。
「朝倉さん、俺たち生きてたんすか?」
俺は修道服を着た朝倉ノエルに尋ねると、彼女ではなく別の声が聞こえてきた。
『わーい! アリマがおきたよ~! だいじょぶ~?』
脳内に可愛らしい声が流れた。
言うまでもなく、《時の魔王》ネヴィである。
『がはははは! まさか本当に生きて帰ってくるとはな! がっはっはっはっはっは!』
汚い声で笑うのは、元正義の勇者ロキである。
取り敢えず俺は死んでいないことだけは実感した。
「……?」
今更だが、ある違和感に気づいた。
ギルドにいる冒険者もスタッフも、幼い子供も、老人も、皆が俺と朝倉ノエルを囲む形で物珍しいものを見るかのように眺められている。
「おおおおおおおお! 90年ぶりの英雄が目覚めたぞ!」
「こいつが新たな勇者になる男か!」
「これで、この国には魔王が消えたってわけだ!」
冒険者やスタッフ問わず、ガヤガヤと俺を見ながら何か言っている。
90年ぶりの英雄?
新たな勇者?
魔王が消えた?
いや、魔王ならここにいるんだが。
なんとなく聞こえてくるそれは、めでたいことが起きたときのような祝祭ムード。
いまいち状況が呑み込めない。
俺は助けを求めるように朝倉ノエルを見た。
「あのね、真っ赤な光線が襲ってきたでしょ? 後輩くんは意識失ったから覚えてないかもだけど、あの後、悪魔が助けに来てくれてね。それで無事に戻ってこれたの。ハイネ洞穴は跡形なく消えたんだけど、私の頭に着けていた王冠が、《時の魔王》ネヴィの王冠だったみたいで、後輩くんの書いていた洞穴の地図を見せたら、クエストクリアが認められて現在に至るってわけさ」
状況が呑み込めていないことを理解してくれた朝倉ノエルが、俺が気を失っていた間の出来事を簡潔に述べてくれた。
「助けてくれたクロノさんは?」
洞穴で助けに来てくれたというチンピラ兄貴こと、悪魔族のクロノさんは、辺りを見渡しても姿がない。
「あー悪魔ってことがバレないように、すぐに小屋に戻っていった」
「そうですか、後でお礼しとかないと」
俺は独り言のように呟いた。
「それより、後輩くん!」
朝倉ノエルが隣に座っている俺に、顔ぎりぎり当たらないぐらいまで寄ってきた。
これはあれだな。
なんとなく察した。
「クエストクリアの達成報酬、1000万enだよ! これで私たちはお金持ちだね!」
やはりそのことだった。
でも、おそらくだけど彼女は忘れているであろうことを、俺は躊躇なく言った。
「でも、7対3でしょ? 俺が700万で朝倉さんが300万。忘れてませんよね?」
「ギクッ……い、いやあ、もちろん忘れてないよ? 私が700万で後輩くんが300万でしょ? もちろん忘れてないよ? だってあのとき、どっちが7で、どっちが3かなんて言ってないもんね」
「……」
そう来るか。
最初の反応で動揺していたことからして、しっかりと覚えていたようで、俺が覚えていたことが都合悪かったのか、セコイことを言い出した。
たしかに、7対3だとしか言っていない。
でも、クエストを終えて、ようやく異世界から脱出出来る俺にははっきり言ってどうでもよかった。
『え~アリマもういなくなっちゃうの?』
地の文に最初に反応したのは、俺の脳内に入ったばかりのネヴィだった。
ネヴィとの別れは惜しいが、これで普通の生活に戻れるのだ。願ったり叶ったりだ。
「いいですよ、それで」
俺は朝倉ノエルの提案を飲んだ。
まさか俺が反論することなく、彼女の提案を承諾するとは思っていなかったのか、朝倉ノエルは呆気に取られている。
報酬の300万はクロノさんにでもあげるとしよう。
「朝倉さん、俺を帰らせてください」
俺は冒険者やスタッフたちが未だ取り囲んでいる中で、そうはっきりと告げた。
この世界の人たちには申し訳ないが、俺は元々この世界の住人でもないためこれ以上干渉するわけにもいかない。
そういう建前で、俺は地球へと戻る。
その言葉に、朝倉ノエルは珍しく澄ました顔で、素直に受け入れてくれた。
「わかったよ、後輩くん。そもそもそういう約束だったからね」
これで帰れるのだ。
早く帰って今日の授業の暗記と明日の授業の暗記をやらなくては。
『え~アリマといっしょにいたかったあ~』
脳内ではネヴィが今にも泣きそうな声で止めようとしてくる。
それを咎めるのは、これまた珍しいことにロキだった。
『安心しろ、ネヴィ。アリマとはいずれまた会える。だから、泣くな』
イケボなロキさんは、ネヴィの本当の兄のような振る舞いである。
いつもこれだったらカッコいいのに。と、これを思うのも最後なんだ。
少しの間しかいなかった異世界だが、貴重な体験としていい思い出になったのも事実である。
俺は、この日のことを一生忘れな――。
「――後輩くん、エンディング迎えようとしているところ悪いんだけど」
地の文を邪魔してきたのは朝倉ノエルだった。
嫌な予感しかしない。
聞きたくない。
やめろ。
何も言うな。
「実はね……」
「やめてください、素直に帰らせてください」
「それが……」
「お願いだから、帰らせてください」
「ずっと前から言おうとは決めてたんだけど……」
「本当にやめてください」
「いや、でも私、閉めた記憶ないんだけどなぁ……?」
「ぶつぶつ言わないでください」
「よし、あのね、地球と異世界を繋ぐ掃除箱の扉を閉めて異世界に来ちゃったようでして……」
「は?」
「いや、だから、私はそんなことをした覚えはないんだけど、地球と異世界を繋ぐ掃除箱の扉を閉めたようで、もう地球には帰れなくなりました」
「……」
『てことは、アリマがずっといてくれるってことだ~!』
『がはははは! だから言っただろう!』
絶対わざとだろ。
俺はこの人に嵌められて、地球に帰れなくなってしまった――。




