表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
かごめの詩  作者: an-coromochi
最終章 あの頃を迎えに
62/62

貴方の背を追って歩く、私たちの道

こちらがラストで、後日談となります。


ここまでお付き合い頂いた方々、本当にありがとうございます。

メトロノームのように、規則的なリズムで廊下を歩く。七階の高さで感じられる初秋の風は、下で感じていたものよりずっと冷たかった。


あの日から、とても親しく感じられるようになった夜空は、ネオンやLEDの光に飲まれ苦しそうにしている。


ずっと遠くに見える弱い星の光と、それらを見比べて、かごめは小さなため息を吐いた。


やがて、扉の前に辿り着いた。カードキーを差し込み、扉を開ける。

室内には、淹れたての珈琲の芳醇な香りが充満しており、玄関先にまで漂ってきていた。


かごめが入り口のロックを掛けたのを見計らったかのごとく、パタパタと忙しないスリッパの音が聞こえてくる。


ガラリ、と開いたドアの向こうから、白い顔が健気な微笑を浮かべて出迎えてくれた。


「おかえりなさい、かごめちゃん」

「ただいま、白雪」


そう返事をしながら、彼女の伸びてきた手に鞄を渡す。最近買った(正確には買ってもらった)ものなので、まだエナメルの光沢は落ちていない。


「え、と…ど、どうする?ご飯にする?お風呂にする?それとも――」

「珈琲」


胸焼けしそうな甘さのテンプレート発言を未然に防ぎ、かごめはさっさと靴を脱いだ。


不服そうに頬を膨らませた白雪を愛らしいとは思ったが、なにぶん疲れていて、そういうノリに付き合う余裕はない。


治りたての、まだ強張った感覚の右肩をぐるりと回す。

だいぶマシにはなってきたが、数ヶ月では本調子とはいかない。


「もうちょっと迷ってくれてもいいのに…」


白雪の歯切れの悪い愚痴は無視して、リビングへと進む。


するとそこには、良い香りを立ち昇らせている珈琲のカップが四つ並べられていて、さらに、二人がけのダイニングテーブルの片方の椅子には、すでに先客が座っていた。


「げ、何でいるの」

「なに。いちゃわるいの」


行儀悪く椅子の上で胡座をかいていたのは、我が従姉妹、月野瀬鶴姫だった。


数ヶ月前のあの夜に比べ、顔色はとても健康的な薄桃色に戻りつつあった。他にも一見して分かる変わった点を挙げるとすれば、右目にかかった前髪が長く伸ばされていることだった。


彼女はあの後、右目に関わる後遺症さえ除けば、その若さと元々のバイタリティをもってして、すぐに回復していった。右肩を骨折していたかごめよりも、先に自由に動けるようになったくらいだ。


「別に、駄目とは言わないけど…」歯切れ悪く返したかごめに、鶴姫は素早く尋ねる。

「千代さんは?」


「ほら、出たよ」


鶴姫のこれが嫌で、かごめは辟易とした表情になってしまっていたのだ。


「まあまあ、かごめちゃん。意地悪言わないで教えてあげたら?待ってる側は、結構寂しいものなんだよ?」


「そ、そんなの、分かってるわよ」


思ったよりも素早く白雪が鶴姫の側に味方したことが気に入らなくて、ツンとした口調になる。


「無駄だよ、白雪さん。かごめは馬鹿で、鈍感なんだから」

「はぁ?」と生意気な鶴姫を睨みつける。


「もう、鶴姫ちゃんも…かごめちゃんの悪口言わないで」

「だってさぁ…」幼い子どもを諭すように言ってのけた白雪に、鶴姫は不満げな唸りを挙げていたが、やがて呆れたように鼻息を漏らした。


「ほんと…白雪さんはかごめのどこがいいんだか…。かごめなんて、ちょっと美人で、おっぱい大きいだけじゃん」

「…アンタ、いい加減にしないと、叩き出すわよ」


「ふふん、何言ってんのさ。ここ、白雪さんが家賃払ってるんでしょ?かごめにそんな権利ありませーん」


「くそがき…」とかごめは鶴姫を睨みつけたが、自分も鶴姫も制止しようとする白雪の発言に、仕方がないと顔を逸らした。


まあ確かに実際、私は家賃払ってないけど…。

いや、というか、食費とか、光熱費とかも…。


情けのないことは分かっていた。だが、そんな自分ともそろそろおさらばなのだ。


「で、千代さんは?どこ?」


いつまでも自分のことしか――もとい、風見千代のことしか考えていない鶴姫を、もう一度睨みつける。


「風見なら、まだ向こうに残ってるわよ」

「えぇー!?」がたん、と鶴姫が立ち上がる。「何で!千代さん、今夜には帰って来られるって言ったのに!」

「ちょっと、私に文句言わないでよ。まだ、家財整理とか、供養とかで時間がかかるみたい」


かごめの説明を受けて、鶴姫は「そっか」と小さく呟き、顔を俯けた。


かごめと風見はこの一週間、籠目村に戻っていた。残された記録や証拠、それから、風見や鶴姫が今後こちらで生活していくための、ありとあらゆる道具を取りに行っていたのだ。


もちろん、二人だけで行ったのではない。


「あ、そうだ。かごめ」

「なに?」

「脱ニート、おめでとう」


にやり、と揶揄するような笑みを浮かべた鶴姫の頭を、虫でも潰すように叩く。


「いったあ!何すんのさ!」


村から戻って来たかごめたたちは、すぐに警察に事情を話した。

当然、そのほとんどが頭のおかしい人間の与太話と取られたようだが、二人の重症者がいたことで、瞬く間に村に警察が派遣された。


結果を先に言おう。


籠目村には、誰もいなかった。

怪物どころか、死体一つなかった。

破壊の後だけが、あれが夢ではないことを証明していた。


警察からその話を聞いて、しばらく経った頃、かごめはとある会社に連絡を取っていた。


そこは、ICレコーダーの持ち主であった父の所属していたオカルト雑誌の会社だ。


ダメ元で尋ねた先であったが、父のかつての同僚だと名乗った女性は、涙ながらに話を聞いてくれた。

実際に、父の音声データがあったことも大きいだろうが、風見が祭儀禄の内容を事細かに覚えていて、それを教えてくれたことも大きかった。


そして、一週間前。

風見を案内役に添えて、私と女性とその同僚数名で籠目村を訪れ、いわゆる調査・取材をして来たところなのだ。


そこで、自分が今はしがない無職(コンビニは無断欠勤の繰り返しでクビになっていた)だということを伝えると、一緒に働かないか、とお誘いを頂き、二つ返事で承諾したというわけだ。


結局自分は、人に助けられてもらってばかりだ。

籠目村では、白雪と鶴姫に。

今回は、父とその同僚のおかげで、白雪に完全に養われ続けている現状を脱することが出来ていた。


(存外、人間なんてそんなものなのかもしれないわね)


最近は、差し伸べられた手を振り払うことは、誰のためにもならない気がしているかごめだった。


「聞いてんの、馬鹿!」


ぎゃあぎゃあと、子犬のように喚き立てる鶴姫を無視して、席に着く。ふわりと香る珈琲の匂いにありがたみを感じて、白雪にお礼を告げると、彼女は軽く返事をして寝室のほうへと去って行った。


…あれ?どっかいっちゃうの?

…せっかく、帰ってきたのに?


「放ったらかしすぎて、飽きられちゃったんじゃないのぉ?」


白雪の後ろ姿を、不貞腐れたような目つきで見つめているかごめに、鶴姫が吐き捨てる。


「もう一発殴られたいわけ?」すごんでも、にやついた表情を消さない少女に、まさかと思って尋ねる。「…アンタさ、白雪に何もしてないでしょうね」


「な、なにそれ。何もしてないし」

「…本当でしょうね」


「本当だし。だいたい、何で私が…」

「自分のその貧相な胸に聞いてみなさいよ。このマセガキ」


思い当たる節があるのか、鶴姫はぶつぶつと文句を言いながらそっぽを向いた。


「思春期真っ盛りなのは分かるけど…。誰かれ問わずに、下心丸出しの目で見ないことね」


「見てないしっ!」


彼女が大きな声を上げた拍子に、さらり、と右目にかかっていた前髪が揺れる。


そのベールの向こうで光る、黒い黒曜石のような義眼に一瞬だけ胸が痛むが、自分の感情の機微を悟られないよう、かごめはわざとらしくため息を吐いた。


そうしている間に鶴姫の携帯が鳴った。ぱあっと明るくなった彼女の表情に、相手が誰なのか嫌でも察せられてしまい、肩を竦める。


「あ!もしもし、千代さん?お久しぶりです。え?私ですか?はい、はい!もちろん、元気ですよ。あ、そういえば――…」


途端に可愛らしい声に変わって、饒舌に喋りだした彼女を放っておいて、かごめは立ち上がった。


人がイチャついている声など聞いても、煩わしいだけだ。


鶴姫は、かごめが烏の行水でお風呂から上がったときも、まだ通話を続けていた。


かごめのほうを一瞥した彼女は、数秒眉をひそめてから、「あ、別に何でもないです。ただ、似合わない少女趣味のパジャマを着てるかごめがいたから、言葉を失っただけです」と低い声で呟いた。


「…別に、私の趣味じゃないわよ」


白雪に養ってもらっている手前、着る服だって、用意されたものを着るほかないのだ。


当の白雪が、全く寝室から出てこない。

どうせ眠ってしまったのだろう、といじけたような心地で寝室の扉を開けたかごめの目に飛び込んできたのは、自分の知っているツインベッドの一室ではなかった。


「な…」

「あ、かごめちゃん…」

「なによ、これ」


天蓋付きの、クイーンサイズのベッド。

なんだかわざとらしい白が、やけに目につく。


そこでベッドメイキングにせっせと勤しんでいた白雪が、はにかんだ表情で告げる。


「えへへ、買っちゃった」

「買っちゃったって…」


高かっただろう、とか。

確かに、この広い部屋にツインベッドは物足りなかったけど、とか。


言いたいことは、いくつかあった。


だが、悪戯がばれた少女然とした顔つきの白雪に毒気を抜かれて、かごめは呆れたような、でもとても穏やかな表情を浮かべるしかなかった。


ベッドメイキングを終え、マットに腰を下ろしていた白雪にぐっと手を引かれる。


ぼすん、と体がマットに沈み込む感触。それから、愛しい白雪の匂いと柔らかさに、二人は自然と顔を綻ばせた。


「おかえり、かごめちゃん」


まだ、ほんの少し右肩が痛かったけれど…。


かごめは、ニヒルさを失った、ありのままの、あの頃の笑顔で応じる。


「ただいま、白雪」

ここまでお読み頂き、本当にありがとうございます。


個人趣味全開のものに付き合って下さった、皆様のおかげで、

書き終えることができました。


B級ホラーぐらいのつもりで書きましたが、

改めて、B級ホラーなりの面白さを引き出すことも難しいのだと知りました。


最後まで、風見をどうするべきか迷いましたが、

結局、こういう形に落ち着きました。



ところで、皆様は、昔から仲良くしている人はいますでしょうか?


私はたまたま幼馴染がいるのですが、本当に救いを貰って今まで生きていると思っています。


そんな人たちのことを少しでも思い出せる内容になったのであれば、光栄です。



それでは、皆様。

また逢う日まで。



温かい心をお持ちの読者様方へ


an-coromochi より


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ