宵 2
それが分かった途端に、白雪は渾身の力を込めて、その何だか分からない人型の物体を突き飛ばした。
「きゃああぁ!」
白雪とかごめの間に位置していた物体は、自然とかごめのいる方向に倒れ込み、彼女に激しくぶつかったようだった。
「ちょ、何?え、白雪!?」
「違う違う!それ、私じゃないよ!」
「はぁ!?え、じゃあ、誰!」
「知らない!」
かごめは何がなんだか分からず、とりあえず人影を抱きとめていたようだが、白雪の慌てぶりによって、不審者の闖入に気付いた。
それから、素早くベッドのマットにその人影を押し付けると、声を荒げて、「電気、電気点けて!」と叫んだ。
覚束ない足取りのまま、ばたばたと白雪は電気の元へと向かった。途中、こけそうになって、つんのめったが、何とか体勢を立て直して電気を点ける。
眩しいフラッシュのような光に一瞬だけ目が眩むが、二人ともそれどころではない。
かごめが全力で抑え込んでいた人影の正体が、昼間、自分たちをここへと案内した人物であったからだ。
「う、うぅ…」
マットに抑え込まれて、まともに呼吸も出来ていないらしい彼女を慌てて解放する。
ぎしりと反動で戻ってくるスプリングに同調するかのように、そいつは体を起こし、大きく息を吸った。
「え、と…、鶴姫?何してるの?」
「もぅ、いいからどいてよ!痛い!」
「あ、ごめん」と体をどかしたかごめに代わって、白雪が鶴姫の体の上に乗った。
「ぐえ」
あまりに俊敏な動きであったため、かごめが止める間もなかったし、鶴姫を両腕で力の限り封じ込めている白雪の顔が、あまりにも鬼気迫っていてとてもそんな勇気も出なかった。
どうにも出来ずに固まっているかごめに向けて、白雪のほうから声をかけてきた。
「かごめちゃん、警察」
「え」
何を大げさな、とやっとまともな思考が戻りつつあるかごめの思考を読んだのか、ぎろりと、白雪が今までかごめに見せたことのない表情を向ける。
「この子、私の体触ってきた。わざとだよ。絶対許さない」
「さ、触ったって…。誰かと間違えて抱きついたんじゃ…」
「胸!触ってきたの!」
「え…」
血反吐でも吐くのではという訴えに、かごめは思わず口をつぐんだ。
頭をマットに埋められた鶴姫が、何か抗議するかのような声を上げているが、モゴモゴとばかりで、何と言っているのか全く分からない。
かごめは、白雪の肩にそっと手を置いて、大型の犬をなだめるような調子で提案した。
「とりあえず、事情があるかもしれないんだし、放してあげなって」
明らかな不満を隠そうともしない白雪は、「かごめちゃん…」と非難するような声を上げた後、渋々といった様子で手を緩め、鶴姫が呼吸出来るようにした。
当然のように、のしかかった体はそのままである。
先ほどと同じように、水の底から浮上してきたかのように大きく息を吸った鶴姫は、上半身をねじり、自分の上に馬乗りになったままの白雪に噛み付くように言う。
「お前だって触ってきただろ!変態!」
反省する素振りのない鶴姫の腕をひねり上げた白雪は、相手の苦悶の声を耳にしながら、平坦なイントネーションで無感情に応じた。
「勘違いしないで、あれはかごめちゃんだと思ったから触ったの」
ん?今の、どういう意味だろう…。
困惑するかごめをよそに、二人の言い争いは続いていく。
「何だそれ、やっぱりお前レズだろ」
「違う。私はかごめちゃんが好きなだけ」
「は、うける」
「何が」
「そういうのを、レズっていうんだよ!変態」
…これは、聞かなかったふりをするのがいいんだろうか。
最後の一言に、また怒りが抑えられなくなったのか、白雪は最初のときよりも強く鶴姫の体をマットに抑えつけた。
激しい抵抗をものともしない力で、彼女をベッドに埋め込もうとでもしている白雪は、顔を真っ赤にさせて、物騒な言葉を吐いた。
「その生意気な口、二度ときけなくしてあげる…!」
よもや本当に殺すつもりなのか、と疑わしくなる必死さで、鶴姫を抑えつけているのを見て、さすがにかごめが止めに入る。
「ちょっと、白雪!本当にやりすぎだって!」
「と、止めないでかごめちゃん!」
「いや、止めるから!っていうか白雪、いつからこんなに力強くなったのよ」
何とか彼女を鶴姫から引き剥がしたかごめは、また同じことが起きないように二人の間に割り込む形で座った。
今にも飛びかかってきそうな白雪と、寝転がったまま懸命に酸素を吸い込んでいる鶴姫。どちらも可愛らしい容姿に反して、獣のような獰猛さをその身に宿しているようだった。
意味の分からないことばかりだが、今はとにかく、事態の収拾を図るべきだ。うん、そうしよう。
話が出来るほどに落ち着いたらしい鶴姫に近寄り、どうしてこんなことをしたの、と問いかける。
やはり、血の繋がりがあるからだろうか、こんなときでも自然と優しい口調になってしまう。それが不満らしい白雪は、小さな唸り声を上げてこちらに非難の意思をぶつける。
鶴姫は最初のうちは頑として口を割ろうとしなかったのだが、かごめが根気強く聞いたことや、白雪が、「やっぱり警察に」と呟いていたこともあって、とうとう本当のことを喋り出した。
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