鏡の導くもの
夜も深まり、セシル達はリンドソーズの屋敷の一室にいた。
幼児体型のセシルは身体に引っ張っられ、習性は幼児の生活である。
成長期に必要な、おやつ2回、お昼寝の生活だが成長しない。
今日はお昼をしてないので眠いらしい。
マクシミリアンにもたれてウトウトしている。
「ありがとうございました。
明日は娘のダリアの葬式を出してやれます。」
公爵は涙を流しながら礼を言っている。
「父と母といろいろ話し合いました。
お互いに認識不足が多々あったらしく、家族として支えあっていきたいです。」
ランベルトも赤い目をしてマクシミリアンに向かっている。
この場にいるのはマクシミリアン、セシル、公爵、ランベルトの4人だけである。
侍女も侍従も下げているので、お茶を淹れるのはランベルトになる。
「ランベルトから全てを聞きしました。
魔族の方であると、今でも信じられない気持ちがあります。」
長い年月の誤解が人間界にはあるのだ、にわかには信じられないだろう。
マクシミリアンがお茶の香りを楽しみながら口を開く。
「元々は同じ人間であったと聞きます。
はるか昔の話ですが、魔力の強い者とそうではない者に別れた。
魔力の強い者は少数であった為、その地を離れ新しい国オデッセアを作りました。
そこで閉じ籠るような生活をし、魔力の増強に努めた結果、今の人間と魔族の違いになったと聞きます。
私達の祖先も私達も国から滅多に出ませんので、貴殿方と接点はないはずなのに、やたらと魔族の噂があるのが不思議です。」
「何故に貴殿方は国を出られた?」
国に閉じ籠っていると言ったばかりなのに、という疑問は当然であろう。
「私達の結婚のために、鏡を探してます。」
「鏡?」
公爵がマクシミリアンの手にある鏡を見る。
マクシミリアンは鏡をテーブルの上に置き、鏡に入ったひびに指をはわす。
「公爵夫人は王女だったこともあり、魔力が高いようですが、時を止める魔術を使うレベルには程遠い。」
コトンと音をたてて鏡を動かす。
「この鏡が増幅機となりました。」
「増幅機?」
ランベルトが鏡を覗き混む。
「そうです。このように鏡面が研ぎ澄まされた鏡は魔力を何倍にもすることがあります。
ただし、今回は何十倍、何百倍かもしれません。
夫人の思いの強さに共鳴したのでしょう、我々には信じられないことです。奇跡というレベルの増幅です。
そして、公爵の施した魔術も増幅しました。
公爵のかけた部屋の鍵は結界となって、ランベルトや他者の侵入を拒んだのです。」
ランベルトと公爵が驚きながら、マクシミリアンの話を聞いている。
「時を止める魔術は魔族でもほとんどの者はできません。
私やセシル並みの魔力がないと無理ですし、その魔術はとても複雑です。
人間がそれを出来るとは、思いもしませんでした。」
「妻はまたそれをすることができる、という事ですか?」
「私がこの部屋の結界を壊した時に鏡にひびが入っております。鏡の力が弱くなったのでしょう。
だから、セシルの声に反応して夫人が戻ってきて時が動き始めたのです。
そして、ひびは大きくなった。
もう二度と増幅機の役目をすることはないでしょう。
全ての鏡が増幅機になるわけではありません。この屋敷に幾つ鏡があろうとも、力があるのはこの鏡だけでしょう。」
明らかに公爵は安堵の表情を浮かべた。
セシルはマクシミリアンの膝枕でソファーに横たわって寝ている。
「次回、お会いするときにセシルは姿が変わっているかもしれません。
私達が鏡を探しているのは、セシルにも同じように鏡で増幅された魔術がかかっているからです。
セシルは私よりも年上なんですよ。」
その時、セシルが何かゴニョゴニョ言い出した、寝言のようである。
「マクシミリアン、世界一美味しいプリンを買ってきてー。」
何だろうと耳をすました男達が、クスクス笑いだす。
「これが魔族の王が夢にまでみる願いです。
奪い取るではなく、買うです、我々のことを少しでも理解していただけますか?」
「簡単にはいかないだろうが、人間の魔族に対する認識を変えていけたい。」
ランベルトが言うと、
「そうなれば、少しは接点が出来るかも知れませんね。
誰も嫌われている人とは付き合いたくないですから。
だが、そうなればこの国は孤立するかも知れませんよ。」
「他国から羨望されるという意味での孤立になるだろう。
どこも魔族に興味があるから噂になるんだよ。
その噂自体が根拠のないものなのだろう。」
受けてたつ、と言わんばかりのランベルトである。
「では、友好の証に子供達を街の外れにでも移動させましょう。
どこかによい建物はないですか?」
公爵が顔をあげ、意味を悟る。
「子供達を拐ってくるように指示したのは私だ、責任を取るつもりである、私は妻を取り戻す為だったら何でもする。
その願いは叶えられた。」
マクシミリアンはセシルの髪をなでながら公爵に向く。
「その決意は素晴らしいと思いますが、セシルはランベルトと友好条約を結ぶつもりらしい。
ランベルトが王にならないと困ります。」
「それは、あまりにも公爵家に都合よすぎる。」
マクシミリアンは悪魔のような微笑みを浮かべる。
「では、貴殿方に魔族らしい、契約をしましょう。
必ず、我が国と友好条約を近い未来に締結するという契約と引き換えです。
例え、国民、他国の反対に合おうとも。」
「僕が王になる目標としよう!」
ランベルトが強く言葉をつなぐ。
子供達はマクシミリアンの力で眠らされ、街の外れの宿に飛ばされた。
そこはならず者達がたむろする宿で、早々に街の警備兵が踏み込む手配になった。
ならず者達は誘拐などしてないが、街の住人が多大な被害を被っている。ちょうどいい身代わりとなり、魔族の仕業ではないと証明され、王都の一掃もできる。
マクシミリアンとセシルは公爵家から鏡を譲り受け街を発った。
ガンダルトは有名な工芸師であったので、他の鏡の所在地も知ることができた。
古い鏡であるため、残っているのは後2個に過ぎない。
公爵家ではダリアの葬儀がひっそりと行われ、公爵は夫人の療養の為に領地に戻ることになった。
「公爵、私に着いてくる必要ありません、貴方はこちらですることがありますでしょう。」
セシルがダリアの姿を借りて言った言葉で、娘は穏やかに天国に召されたと夫人は思い、現実を受け止めたようだ。
「エバンジェリン、今まで言えなかったが、あなたが降嫁になったのは私が願い出たからだ。
恨まれても仕方ない。
王位継承者であった貴女をずっと想っていた。」
夫人が公爵をみつめる。
「私を想っていると?
ずっと王家で必要のなくなった私を無理に公爵に押し付けたと思ってました。
私の居場所はどこにもないと。」
「恨まれていると思ってたから、ずっと言えなかった。
エバンジェリン、愛してます。」
両親の今さらながらの愛の告白に、ランベルトは居場所がない。
聞いてるのもバカらしいので、そっと部屋を出る。
同じように侍女達も出てきた。
アハハハ、とランベルトの笑い声が屋敷に響いていた。
ダリア、君が居なくなって寂しいよ。でも君は本当に天使だったのだね、君は僕達に人の出会いと幸せを連れてきた。