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08 永遠のモナリザ

「バルキュリアってたくさんいたんだね、たくさんいたのに……負けたの?」


 素朴な疑問を、餡蜜に付くスプーンを口にくわえて鳩子は聞いた。

昨日の騒ぎで倒れた和美を心配して学校が終わった後、泉や有紀とは帰らずウォーターフロントのショッピングモールに足を運んでいた。

大勢で言ってもあれだし……なんて気遣いを少し見せてここまでやってきたが、和美の出店は修理に入っており、当の本人も有給になったという事で情報交換会を開こうと加賀野阿佐美が開くガラス細工の店にて、数人の元バルキュリアを囲んで話をしていた。


 ショッピングモールから続くメインの通りを一本奥に入ったところに加賀野ガラスはある。

 昔はガラス細工なんて展示もしない、職人御用達の大型ガラス加工販売をメインにしていた店だが、父から娘阿佐美の代に入って趣味から高じたカットグラスなども店でやるようになった。

今は表通り向きの店には可愛らしいガラス細工のキーホルダーや、カットグラスに薩摩切り子の実演などを見せている。

裏は工房で旦那と弟が父から継いだ店として仕事しており、どちらもそれなりに儲かり生活には困っていないようで、むしろ余裕を使って裏通りの堰堤に沿った形で喫茶テラスも併設していた。

 雨のこの日、鳩子と和美その他の元バルキュリア達はこのテラスに集い、年の差のある女子会を催していた

鳩子の質問に、アイスコーヒーをすすっていた和美が答えた。


「私達は別に負けた訳じゃないよ。呼ばれなかったから参加もできなかった訳で」

「呼ばれない? 呼ばれないとバルキュリアに成れないの?」


 食欲魔神の鳩子は新しいスイートの注文をしようかとメニューを見ながら

特に深く考える事なく、自分の頭に浮かぶ疑問を続けた。


「バルキュリアはね、敵対する者の能力規模に合わせて招集を受けるの」

「その時に必要な人数が呼ばれるってヤツなのよ」


 子供を胸に抱いたまま、メロンソーダーを飲む柴原。

エプロン姿のまま大きなポケットには、哺乳瓶を入れてウォームしている

赤ちゃんの頬を撫でながら和美もこたえた。


「じゃあ、みんな一斉にバルキュリアになったらダメって事なの?」


 和美に続いて赤ちゃんの頬をつつこうとする鳩子の手を払って、再び和美が応える。


「バルキュリアもね、増えすぎると選定をうける事になるの、その戦いに必要な愛を持った者が呼び出され、お仕事する。その人選をするのは高位精霊エルルに認められた者で、招集権を持つ事になるのさ。つまり大勢で限界すると世界のバランスに良く無いから出現できる人数を決めておくの」

「バランス?」

「そう、人間の世界には無い力を私達は持つでしょ、それが増え過ぎちゃうと世界のバランスが崩れるんだよ。そういうものを注意深く調整する長としてルーノさんがいたんだけど」


 10年前、招集権を持ったバルキュリア・ルーノがアルンに敗北し消滅した。

激しい戦いだったのに何故か呼ばれなかったバルキュリア達は招集権の譲渡も儀式も行われなかったため、誰も変身する事ができなくなってしまったという。

その結果、魔獣などによる巨大攻撃の撃退に助力していたエルルを呼ぶ基盤も失ってしまった。


「なんで呼ばなかったの? 相手はあの子でしょ、昨日見た黒髪の」

「そうね、私達の大敵はアルン。あの黒髪の妖精はアルンというのだけど、彼女単体だから油断してしまったのかも」


 ルーノ(月)と特別な名前まで持っていたバルキュリアの長。

突然の消失によって絆を失った仲間達を思い出し、静まり落ち込んでしまう場に和美は響く様な大きなため息を落とす。


「今でもバルキュリアに成れたらねぇ、私は美形だったのよー」


 今でもそれ程崩れてはいないだろうに、ふっくらしてしまった自分の体を絞るポーズを見せると、フラワーハートをテーブルに置いて、かつての自分の姿を浮かび上がらせる


「これ和美さん?」

「おおよ、美人だろー」


 小型のプロジェクターのように下に置いたコインから光る輝きの中、細く長い角張った錫杖と頭の部分を巻く銀色のリング。

それを片手に持った凛とした姿。

白色より少し青の色が混ざった法衣に、膝丈のスカート、下に灰鉄色のブーツは硬質なイメージと細かな銀細工に飾られていた。銀細工はそこだけではなく服の各所にも細かく振り分けられていて、体の部位を輝かす美しい装飾になっている。

顔は確かに和美だが、今よりずっとシャープなイメージと大きな目で若々しさを感じる、髪の色は青を基調とした玉虫のように輝きを持ち目も青色に変わっている。


「それ見せるんだ……私だって可愛かったんだから」


 自慢気な和美の顔に、自分だってと赤ちゃん片手の柴原も同じようにかつての姿を見せた。


 和美のバルキュリアが持つ錫杖より短めで、銀の装飾にアメのような宝玉を各所に飾った杖。

金色の髪に金の目。白よりピンクに近い色の法衣とスカート。

この辺りは同じテイストの様子だが、ショートブーツに生足バンバンの女子中学生のような姿。

隣に並ぶ和美の姿もそうだが、かなり肌を露出している。


「すごーい、超足見せだねー、和美さんも由比さん(柴原由比)もー、みんなこんな風になるの? ていうか……今、こんなの着たら大変な事になるのでわぁ」


 目を輝かせ両人と、バルキュリア時代の姿を交互に見る鳩子は、この衣装を現在20代は柴原しかいない元バルキュリアのメンツが着るのはと、口を押さえて笑った。


「和美さんんん、無理あるよ」


 そして重い隕石は頭蓋の真ん中に落下していた。


「いだーい!!」

「笑ったからよ、ていうかね、バルキュリアに成れば自分の全盛期の姿になるのよ。衰えた今の姿でなるわけじゃないの……だから今でも成りたいって想っちゃうのよ」

「そうなの!!じゃあ……けっこう歳とった人とかもいたって事?」


 目から出た星を回収し輝かせた鳩子の質問に、会している元バルキュリアのメンツは顔を合わせてため息を零した。


「そうね、だからね……元の姿がわからない人もけっこういたのよね。歳取ると綺麗な自分であるバルキュリアの姿で会う事はあっても……元の姿は絶対に見せない人もけっこういたのよ」

「だからバルキュリア・ルーノも、本人が近くにいるのか? いないのかもわからなかったのよね……」

「そっか……良かったり悪かったりだね。じゃあフラワーハートを持っているって事が唯一の手がかりって事か……」


 フラワーハートを持っていた事で、新しいバルキュリアが存在した事をしった元バルキュリアのメンツ。

かつて小娘だった頃はルーノがどんな人から変身をしているのかなんて知ろうとしなかった。

ただ、まぶしいほどに美しく所作正しく、自分達の先を行くバルキュリアであればいいと、そう思っていた事が彼女との距離になっていた。

 孤高のバルキュリア、ルーノ

手がかりは途切れ、一同は静まり雨の音を聞いた。




「雨…」


 色気のないビニール傘を広げて、落ちてくる雨粒をパノラマにして見る。

ぶつかる音のビートは学校を出たときよりも激しくなっていると泉は感じていた。

黒めがねと、湿気に巻いた癖毛。

小学生が履くような長靴、何もかもが憂鬱を誘う背中を元気いっぱいの声が叩く。


「雨の日もぉ……そんなにぃ、わっわっ悪くないよねー」


 喉に潤滑油が入りすぎたのか、そう聞きたくなるようなうわずった声。

上あごを誰かに引っ張り上げられ、そううえで口は横に引っ張られたのか上機嫌が顔から溢れる有紀に、泉はまた一つため息を落とす。

いつも以上、それ以上に心の弦を掻き回した友の姿に言葉がない。

半分不機嫌に下がったジト目で見ないようにして歩く背に、もう一人の声。


「ごめんね、愛乃さん」


 丁寧な発音、普段はそんな事気にもしない事だが、この男子の声は本当に申し訳なさそうに言う。


「べつに……まだ時間もあるし……困っている時はお互い様でしょ」

「助かるよ、撲、女の子が行きそうなところってわからなくなって」

「私もわかんないよ」

「大丈夫!!!私がいるから!!」


 淡々と話す泉に代わり、男子の前に立った有紀。


「きっと妹さん見つかるよ!! まだ小さいんだから遠くにいったりしないし、がんばろう!! 角谷くん!!」


 長身の男子。

ベージュのボタン無し詰襟に黒の靴。

茶色で柔らかそうな髪は、ショートボブに近い内側に襟足を揃えたタイプ

鼻筋もビシッと真ん中に、薄い唇と切れ長の目。

そのままなら尖った印象を持ちそうな目だが、外に向かうに少し下がる目端で優しい顔を綺麗に作り上げている。

現在学校でのモテ男ランキングの常連。

必ず上から数えた方が早い位置にいつもいて、ファン層が方寄らず上級生から下級生に至るまで、「おはよう」の一言で全ての女子を輝かせる男。

角谷美志かどやうつくし

雨の中にも映える背丈、同じと歳とは思えない170センチ

小柄過ぎる泉151センチは、横目で浮かぶほどはしゃぐ有紀162センチを見てもう一度ため息を、相手に気遣われない程度に細く吐き出した

ここに鳩子160センチがいたらもっと凄まじい事になっていただろうと考えながら、珍しく一緒しなかった事をホッとしていた。




 何故この美男と雨の中を歩く事になったのか……

泉は昨日の書き置きから、久しぶりに母を訪ねてくる祖母を駅に迎えに行くというお勤めがあった。

何故泉が迎えにと聞かれれば……母は正直なところ祖母、自分の母をどこか苦手としており仕事を理由に逃げられたから。

そこで泉はそれ程得意でない接待を押しつけられた形になっていた。

続く雨降りに気の進まない足取り、いつも帰りを一緒する有紀がいた事で少し気持ちが楽になったところに角谷との遭遇があった。


「角谷くん、どうしたの?」


 ただならぬ遭遇。

レンガを敷き詰めた道路を傘もささずに歩く光の君に、思わず有紀は走り傘を捧げていた。

いつも何事にも動じない自信に溢れた眼差しを持つ角谷は、雨に濡れ眉を下げた悲しげな顔でこたえた。


「妹が家を飛び出しちゃって……」

「一緒に探すよ!!!」


 前髪を払う雨粒に有紀は躊躇なく助力を申し出ていた。

こうして現在角谷の妹美香子の捜索を泉と有紀、角谷というメンツで行っているというところだ。


 写真で見る角谷の妹美香子は、絵に描いたような美少女で髪を後ろで二分けにした尻尾を作った優しい笑顔。

面持ちは兄に少し似ているが、全体的にまだ丸っこく柔らかい印象。

小さく結んだピンクの唇。

そんな彼女の家出の理由は、小学生という年齢を考えれば重いものだった。

先ほど見せられた写真の中、一緒に写っていた犬。

愛犬ポーが天国に召されるという出来事が、彼女を家出に走らせていた。


「先週の事なんだけど長く家で飼っていた犬がね……。美香子が産まれる前からいた犬で、だから兄妹みたいに想っていたのかもしれないね。だけど老衰でね」


 濡れた髪を掻きあげ、おでこに困ったとハの字の眉を見せる角谷の顔も悲しそうだった。

角谷が幼少の頃に貰ったレットリバーのポーは、妹美香子に取っては友達というよりも兄妹のような存在だったらしい。

大きな体躯のポーは、美香子のお守りをする程に優しい犬だった。

小さな妹を護り、一緒に散歩に出かける優秀すぎる相棒ポー。

だけどそのポーも角谷が中学に上がる頃には、大きな体をひっぱって散歩に行く事もなくゆったりとして日々を送る歳に成っていた。


 その日は突然やってきて、学校から帰った美香子の前、眠るように動かなくなったポーの姿はあった。


「僕は、なんとなくわかっていたから諦めるっていうのはおかしいけど、良くしてくれたねって言えるだけの心構えはあって……でも妹はそうはいかなくって」


 泉は返事せず、ただ雨粒を追うように歩く。

有紀も少し落ち着いた顔で話を聞いた。

居なくなってしまった愛犬、泣き続ける美香子の事を考えた両親は昨日新しい犬をもらって来た。

それが悲しみをいっぱいに満たしていた彼女の心を大きく傷つけ、閉じ込めていた想いを噴出させてしまった。


「私はポーが好きなの!! ポーじゃなきゃイヤなの!!」


 代わりはいない。

 新しく来た子犬に見向きもせず、部屋に閉じこもった美香子だったが翌日の今日小さな置き手紙をして家を出てしまっていた。


「難しいよね、なかなか受け入れられないものだよね」


兄として何か力になれなかったのかという残念な顔。

後ろ頭を申し訳なさそうに掻く姿。


「大丈夫だよ、角谷くんはちゃんと見守ってあげているじゃん。今だってこうやって美香子ちゃんを捜しているし、時間はかかってもきっと受け入れられるようになるよ」


 励ます有紀の言葉に何かが引っかかった泉は、呟くように二人の前、背中を向けたまま言った。


「早く受け入れるべきよ、そういうのこじらすと大変な事になるんだから……事故じゃ無いんだし自然に召されたならなおさらよ……ビシくん(美志くん)もはっきり言ってあげたらいいのよ、いないものはいないって」


 突き放すように吐き出した棘の言葉に、目を丸くする角谷。

言い返す言葉を選べず口ごもったままの沈黙を突っ切ったのは有紀だった。


「なんでそういう事言うかな!!! 妹さんは、まだ小さいんだよ!! 泉ぃぃぃ!! 酷い事簡単に言うの禁止!!」


 回り込んで自分の鼻先を指差す有紀。

恋する少女が、憧れの男子に良い所を見せようと点数稼ぎでやっている目ではないのはすぐに解った。

唇を噛み、小鼻をピクピクさせて、悲しみに打たれる心を叩くのは良く無いと目が告げる。


「泉、妹さんを思う気持ちは悪いことじゃないでしょ!!」

「有紀……あっあー……ごめん……」

「私じゃなくって角谷くんに謝ってよ!! 雨の中探している人の事を想って!!」

「ごめん……なさい」


 圧倒的な音量に押されて道路塀に張り付くほど引いた泉。

叱る有紀の後ろでは角谷が慌てている。


「いいよ、そういう思い切りも大切な事だしね……」

「ダメ!!! 後!! ビシくんって何!!」


 真っ赤になった頬の有紀、顔を近づける。

本心から酷い事は言わないと叱った目色は変わり、何、親密度上げているのよという目力。

早い切り返しに最初は何を責められているのかと惚けた泉だったが、自分の発言にあった角谷の名前と気が付いて目が泳ぐ。


「いや、だってさ……初めて名前見た時に美志って、ビシなんだろーなって……」


 正直名話し角谷の名前は簡単に読めない、所謂キラキラネームのたぐいと泉は勝手に位置づけていたうえに、在学中に自分が角谷と会話をする事なんてないだろうと思い深く考える事なく口にしていた。

突っかかる有紀と、ひるむ泉の様子に角谷は思わず笑ってしまった。


「あははは、僕の名前読めないって人は多いけど、みんなそうやって読んでいるのかな……そうかー、ビシか、悪くないね」


 言われた本人のあっけらかんとした態度。

有紀はコマになったように物凄い勢いで振り返ると。


「えー、そうやって呼んでも怒らないの?」

実は自分もそう呼んでみたい的なすりより。


「うーん、別に名前にはきちんと意味があるけど、呼ばれる時はどちらでも」

「じゃ!! じゃ!! 私もビシくんって呼んでもいいかな?」

 上級の猫なで声、体もくねる有紀のお願いに角谷は微笑んだ

「うん、いいよ。呼びやすくて親しんで貰えるなら嬉しいよ」


 なんとも優しい顔。

跳ねる有紀の背中を見ながら、泉は実感した。

こういう緩くて優しくて、何でも柔和な態度で受け入れる所が学校モテ男ランクの中でも、幅広い層に好感度をもたれる理由だと。

そして有紀は、鳩子よりアドバンテージを得た事で調子に乗っていた。


「大丈夫だよー、ビシくん。泉もばっちりキラキラネームだから」

「私の名前のどこがキラキラなのよ。すごーく普通じゃない!!」


 即座に言い返す、目で釘を刺す。そこは触れられたくない話題。

しかし有紀は有頂天だった。普段ならここで少しはテンションを落としてくれそうなのだが、今は違う。


「愛乃さんの名前、泉だよね」

さすが気配りも利く男子、角谷はすんなりと泉の名前を口にしたが。

「そう、泉ちゃんだよねー!! でもぉぉ!! 名字から通しでバシッと決まるキラキラ姓名なんだよー!!」


 いいやがった。

泉の顔が険しく歪む、口が鋭角のへの字になる。

角谷は改まった様子で、泉を名字入り通しで呟く。


「愛乃泉……さん……」

「そぉ!! なんてことでしょう!! こんなに地味なのに愛乃泉!! 愛溢れる泉だよ!!」

「うるさい!!! 大きな声で言わないでよ!!」


 必死に話題を止めたい、体が前のめりになり傘を振り回す。

頭に響く声にまで絶叫しそうになっていた。

鞄の中には当然のようにポン様が潜っている。昨日から家に来たエルルと一緒にだ。

 二人共騒がしくしない事を条件に連れて行く約束をした、だから鞄の中で静かにしていたがホットな話題に耳ツンのポン様が声を出さない訳もなく


『溢れてないっちょ、泉は、愛が足らないっちょ!! 枯れ泉っちょ!!』

『そんな事よりショッピングモールに行くルルン!!』

「黙っていてよポン様まで!!エルルさんも黙っていて!!」


 ポン様の一言をきっかけにエルルペンギンが昨日からの要望を口にする。

当然頭で切り返すのだが、現実は目の前の学友の方。

角谷は真面目な顔で。


「愛乃泉かぁ、すごいね、名字と会わせる事で意味を持つ良い名前になったんだね」


 痛く感心、優しいその視線に心がえぐれる泉。

「別に……すごくないから……良くもないし……」

 触れたくない一心の凍った心に、熱湯注ぐ有紀。


「凄いよ!! 何より凄いのは家族の名前だよね!! お母さん瞳だもん!!」

「愛乃瞳……」

「だぁぁぁぁぁぁぁ!!! 家の事なんてどーだっていいじゃない!!」

「そして父は誠」

「お願い黙って!!!」

 暴露される家族の名前に大慌て。

「個人情報の漏洩だー!! おまわりさんー!! この人ですぅぅぅ!! 早くつかまえてください!! 悪い人です!!」


 ダッシュで走ろうとする泉の体を有紀が掴まえる。

勢い足が前に出て尻餅つきそうになる泉の耳に有紀は。


「何よ!! いいじゃない名前ぐらい、ビシくん落ち込んでいたんだから少し気持ちを落ち着かせてあげようと思っただけなんだしー」

「ビシくんとか言っているぅぅぅぅ、もう鳩子に言いつけてやるぅぅぅぅ、有紀が私を虐めるぅぅぅぅ」

「虐めてないから」


 そうは言いながらも満点の笑顔、いい顔になっている有紀と泣きそうな泉だが角谷には女の子がじゃれてるようにしか見えなかったようだ。


「そういえば……お祖母さんを迎えに行くって言っていたよね。お祖母さんも良い名前なの?」

「ビシィィィィィィ!!!」


 心の亀裂と相手の名前が一致した瞬間だった。

どうしてそこに話を持って行ったのよ、黒めがねの向こうで大きく開かれた目

まさに青ざめ、コンクリートに彫った顔と化している泉の前で、春の日のような笑顔は悪気なく微笑む。


「きっとステキな名前なんだろうね」

 息が熱く焦げる、雨の中で煙りを吹いている泉の頭を有紀が撫でる。

「まあまあ、いいじゃない自分の名前じゃないんだし……教えてよ」

 さすがらにそこまで突っ込んでいいのかという挙動の目、しかし蜂蜜たらした唇はこたえを早くと笑っている。

そして鞄の中でポン様の熱狂中。


『いぇぇぇ!! いうちょ!! 腹がよじれるっちょ!!』

 何が楽しいのか大暴れのペンギン。

色々な方面からの四面楚歌な泉の肩を有紀が軽く叩く。

「場を和ますと思ってさー」

 軽い……しかし逃げ場もない泉は俯いたまま言った。


「……乙女……」


 一瞬の沈黙、雨音だけが続く苦痛に唇を噛む泉。

その後に有紀の天高い、裏路地に響く爆笑。


「愛乃乙女…凄すぎる!!!」


 わかっていたが、大噴火の怒り。


「笑わない! 何がいけないのよ! 普通でしょ!! 結婚する前は泉野だったんだから!!」

「泉の乙女でも凄いわ! どこのブリテン王国だよ! 聖剣授けてそうだよ!!」

「時代的に……乙女って名前はー、あるんだよー!! 日本の古い名前でー、龍馬のおねーさんだってそーじゃない!!」


 混乱と涙目。

何故にこんなヘンテコな名字なんだと、笑い泣きしている有紀にはわからないだろう悩み。


『どうして愛溢れる名前の家系なのに、泉はこうなったっちょ』

 冷静にしてケケケ笑いのポン様。

「ほっといてよー!!」


 心身ともにダメージくらいまくり。

どこがポキッといってもおかしくないぐらいフラフラの泉に角谷の笑顔は変わらなかった。


「良い名前だね、名字と合わせて。とってもステキなお祖母さんなんだろうね」


 焦りと悲しみで表情を混濁させていた角谷の笑みに、有紀は良かったと笑い

泉は力無く歩いた。

心の中で、祖父の名前を言わずにすんで良かったと、そこだけはホッとした

そんな談笑をしながら向かった先で、愛溢れると言われた名の祖母が美香子ちゃんにとんでもない事を言うなど予想もせず。





 駅はウォーターフロントのショッピングモールが開設された時に新たに増設された建物だった。

以前は、レンガを基調とした所謂東京駅にも似た作りだったが、ショッピングモールに繋ぐ私鉄路線を増設するために建物の半分を新たに増改築した。

ただ、レンガ造りの駅舎は地元住民にとってシンボルともいえる建物だった事もあり、近代的デザインは選択されず古い町の雰囲気をしっかりと作り込んだ形で、在来線が入る町並木の中でも違和感のない形となった。

 中身の方はショッピングモールからの資金提供もあったせいか、明るめの照明も多いが軒をそろえた設計が功を奏してレトロタウンのようになっている。

近代設備も勿論一緒に存在しているのだが、箱を揃え中身にそれらを割り振るという工法を使ったため、場外れなストアはなく、表向きの看板も美しく統一されたモールとなっている。


 奥階段に続くコンコースは中央上の部分に向かって、鉄骨を重ね高く梁を組み上げたもので、ロンドンの機関車ラインなどに見られる優美で産業革命の香りを良く出している。

円形の大型アナログ時計も町の新名所となり、人の行き来が多い町の中心と成っている。


 角谷と有紀の二人と別れ祖母を迎える予定だった泉だが、遠目に見えた祖母が手を繋ぐ女の子が美香子とわかり今に至る。

 妹美香子が見つかったことで、角谷は張り詰めていた思いを緩める事が出来たのか、ぐずり俯いたままの美香子を抱きしめた。


「ありがとうございました。探していたので、本当に助かりました」

「いいえ、良かったは、きっと雨のおかげね。ここに居ましょうと声をおかけしましたから」


 丁寧な角谷の感謝に祖母はゆっくりと頷くと、繋いでいた美香子の手の甲を優しく撫でて。


「どこにも行きたくないとおっしゃるからね、だったらここで一緒に食事をしましょうとお誘いしたところなのよ」


 実に洒落の効いた誘いは、朝から何も食べずに雨の中を彷徨った美香子には効き目ありだったようだ。

行動怪しい大人とは一線を画する泉の祖母の姿に、誰もが納得の話術。

老女というのが失礼にあたいすると思わせる程に背筋正しく、白の髪も綺麗にアップに結い上げ、黒さに劣化のない優しい瞳

眼鏡にロングスカート、踵が少し高いブーツを穿き、杖といっても自分を立たせるために突くそれではなく、腰丈ぐらいのステッキを持った姿


「泉も久しぶり、少し……大きくなったかしら? 何年ぶりかしらね」

「3年ぶりで……お母さんが忙しくてごめんなさいって」


 自分に向いた優しい目から、顔をそらして。

変わらない祖母の雰囲気を避けるように泉はこたえた。


「困ったわね、瞳も。仕事ばかりで」


 口に手を当て、静かに笑う。

物静かな中にある、笑顔の影を泉は注意深く追っていた。

本当はこんな形で祖母には合いたくなかった、友達のいるところならなおさらという警戒心をポン様は読んでいた。


『どうしたっちょ、心臓ドクドクしているっちょ? 本当に祖母が苦手なのっちょ』


 前日、ここに着いて来る事を約策したポン様に泉は祖母が苦手である事を話していた。


「苦手よ、無神経な人だから」

 頭に響く声に短く返事する。

『無神経……ふーんっちょ』


 泉とポン様が頭で会話している前で、有紀も角谷は惚けて口を開け少し驚いていた。

駅舎の雰囲気にばっちり合ってしまう、イギリス淑女のような出で立ちの泉祖母に。


「泉のおばあちゃんって……背高い…」

「それ、僕も思った…僕より背の高い女性は初めて見るよ」


 二人の驚き。

衰えて曲がる腰など微塵も感じさせない姿勢からさらに上に、角谷より少し高い背丈の事。

そのうえ踵の高い靴のせいで角谷170センチが彼女の顎を見る位置になってしまう。


「どうかして?」


 微笑む祖母の美しさと、こじんまりした泉の姿。

つい、交互に見てしまう二人。


「いいとこ受け継がなかったの? 本当に孫なの?」

「ほうっておいてよ」

「でも凄いよねー、踵あるブーツ履くとかモデルさんみたい」

「そうだよ、おばあちゃんは……若い頃モデルやってたらしいから」


 納得の答え。

背筋の正しさという歩き方といい、醸し出される優雅さに有紀は頷くと細く寂しそうな目で泉を見た、それこそ上から下まで見直すように視線を動かして。


「そうか元が違うわけだ、どうしてこーなったの泉」

「憐れまないでよ!!」


 肩頬を膨らまして有紀から顔を背ける。

先の祖母とも顔を合わせたくないので戻って俯く。

泉と祖母、あまりに違い過ぎる。


「大人になったらああいうふうになるんだよね」

「その前に成人するから、いきなり白髪になっても困るからね」


 救いでもフォローでもない言葉に、まだ若く先有る自分に悲観はしないぞーという意気込みよりも、どこか投げやりな返事。

一方、角谷は見とれるように妹連れる祖母と話しを続けていた。

泉と有紀は後ろを歩く形に。

妹の失踪で手を焼かせた角谷は、事の経緯を話していた。


「心配したんだよ美香子。雨も降っているからお父さんもお母さんも心配して待っているんだよ」


 兄の優しい声に、妹の美香子はずっと俯いたままだった。

安心しているとは言い難い緊張のまま、ずっと続くレンガの数を数えて歩いているうよにも見える。


「そうそう、その事ね。私ともお話しいたしましたわよね、美香子さん」


 ずっと年下、自分の孫である泉より下の子供に「さん」を付けて話しかける姿勢に、角谷は本当に感心し感謝の視線で見つめていたが、次の言葉に泉も有紀も、角谷も心に氷の矢を刺された。


「いなくなったものは、すぐに忘れたらいいのよ。そんな事で心煩わせてはいけないわ」


 忘れろ……。

信じられない言葉だった。

そしてその言葉に堰を切ったように、繋いでいた手を振り切った美香子は泣き、走った

一瞬、ここにいたみんな何が起こったのか解らなかった。

理解の及ばない凍結で足下を縫い付けられたように体は固まり、優しいトーンから響いた冷たい言葉に心が真っ白になっていた。


「何、言っているよ!! おばあちゃん!!」

「あら、本当の事よ。召された者はもういない、いないのに泣くのは無駄でしょう?」


 止まった心、時計の針に音が通ったのは泉の怒声だった。

いつもは黙りの泉の激しい声に、有紀は別の衝撃で固まり、角谷は何かを止めようと手を伸ばしていたが、どちらも振り払って泉は祖母にカギを押しつけた。


「家には自分で行ってください!! タクシーにでも乗って!!」

「これ、泉……まあ」

 押しつけられたカギを見て、頬に手を添える祖母は

「困った子ねぇ、瞳の教育がなっていない証拠だわ。見苦しいところを」

 身を返して美香子の後を追う泉の背に小言を言うと、目の前で目を丸くしてしまった二人に聞いた。


「何か変な事ありました? 泉が変な子なのはわかっていたけど」


 悪びれる事を知らない無為な目で語った。

慌てて後を追う有紀、場に残された角谷は、泉の祖母の目に違和感を感じていた。

どこか遠くを見ている、寂しい目に、妹に対する心ない言葉を訂正して欲しいというのをためらったまま、有紀の後を追っていった。




 幸い雨は薄く地を叩く程度に変わっていたが、心は土砂降りだった

レンガの道が作る大小の窪みを選ぶ事なく、足先を濡らしながら泉は走っていた。

冷や水を顔面にバケツでかけられる程の衝撃は、手足を大きく降って体に端々に怒りを伝え、何度も唇を噛み、歯軋りして、声をもらす。


「だから、嫌いなのよ……おばあちゃんなんて……おばあちゃんなんて……」

『泉、美香子がやばいっちょ!!』

「わかっているわよ!!早く見つけて……ビシくんに謝らないと……」

『そうじゃないっちょ!! 魔の枝を感じるっちょ!! 愛を奪われそうちょ!!』


 聞き慣れない言葉に首を傾げる泉だが、緊張の状態にある事はすぐに気が付いた。

背負い鞄から乗り出し顔を出したポン様の目は闇を睨んで尖っている。

それは鋭く、裏路地に巻く黒い気を見据えている。

今なら泉もそれを感じられる程に、立ち止まり気配を嗅ぐ。


「どういう事?」

『アルンは来てないっちょ……、魔の枝は負の側に転がった愛を探していたっちょ。急激に成長した「悲しみの愛」に反応して美香子を追っているっちょ!!』

 色々な事で心を痛めた中、事態が更に悪い方に転んだ事だけを泉は実感した。

愛を闇に落とす危機を。今は美香子を安全に保護するのが大事と。

「変身した方がいいんでしょ!!」


 直感。

人の感覚より「愛」を探すにはアイレシオンに変わった方がいいという感覚を身につけた泉の顔に、ポン様はケケケと口を開くと。


『そうっちょ!! 早く!!』


 裏路地に飛び込む光、一瞬の瞬きの間で姿を変えた泉は泣き叫ぶ美香子の声と、悲しみに揺れる愛の炎を追ったが、角を曲がったところで足は止まった

黒い蛇にも似た枝に、体を持ち上げられ絡む青い気に飲み込まれた美香子の姿に。


「美香子ちゃん!!!」


 悲鳴に近い叫びを上げたが、今日の泉は止まらなかった。

一瞬、動きを重くしたが、それが力を溜めるためのモーションだったと感じさせる程に、踏んだレンガを砕く衝撃の突進を見せた。


「美香子ちゃんを!! 離しなさい!!!」


 躊躇なく、幾重もの螺旋を巻く枝に、愛の御座を打ち付けた。

だが、枝は霧散化しなかった。

インパクトに反応して、一度は粉砕という形で砕け朽ちて落ちるが、それがより力を感知したかのように、多くの枝を呼んでいく。

地中から、無数の手が美香子の体を、部位を強く押さえ込み、一本の槍のように尖った枝が胸を刺す

柔らかすぎる子供の体を締め上げる図に、悲痛な声が漏れる。


「止めて!!!」


 大振りのスイングで体を一回転、振り返って見たのは美香子の胸から引き抜かれた愛の発光だった。

淡い緑、優しい記憶が作った大切な結晶が黒い枝に絡め取られていく。

見ていられない苛立ちでアイレシオンは体ごとの突進を繰り返した。

高く上がった体、根っこの部分、太くなった枝の集合体を粉砕の打撃が当たる。

先と同じように、細かなガラスの破片に近い欠片になる枝。

しかし、次に再生はかからなかった。

遅かったのだ、既に宝でする「悲しみの愛」を取りあげた先端の枝は、空間に開いた小さな闇に、それを放り込んでいた。


 目の前で一度大きく開いた闇の口、閉口するための空間という襖を閉じる振動で泉も美香子もはじき飛ばされていた。

残ったのは雨の音だけ、雨に濡れる二人だけ。


「そんな……」


 目を閉じたまま俯せに倒れている美香子に、変身を解いた泉は駆け寄り、枝が抉った胸元をさする。

深く刺さるというショッキングな図から、本当に胸を抉られたのではという心配をよそに何も無かったように濡れる服。

何度も手を翳し容態を見つめる。


「どうして……どうしよう……」


 心ない言葉によって作られてしまった「悲しみの愛」、それはもうここにはなく、残った愛の灯は限りなく細く、雨に打ち消されそうな闇の中に揺れていた。






「あれ、私の出てこないよー」


 次々と見せられるかつてのバルキュリア達の姿に、自分はどうだろうと試しに置いてみたフラワーハートと鳩子は睨めっこをしていた。

どの角度からみても美しいパーフェクトカットのメダルは、他の者達の物と変わりないのに、投写をする事もなく、外の雨粒を反射させるだけ


「そりゃそーよ、あんた一度も変身してないし……」


 当然と言えば当然。

首を傾げてフラワーハートを転がす鳩子に、和美は苦笑いをする。

いちいち仕草がロボット的で滑稽な鳩子に、期せずして場は和んでいた。


「そんなぁー、変身した時の姿が見たいのにー、私は羽根があるのがいいなー泉みたいにー」

「羽根は、アイレシオンにしかないのよ」

「正確には精霊の力を駆使するための羽根を持つのはアイレシオンだけ。だからその地位に近づけば羽根を持つ事もあるの」


 加賀野がこたえた声を、後ろから押すように割って入ったのは、パンツスーツも姿勢正しい頼子だった。

珍しく黒髪を下ろし、方側に流すように尻尾を作った姿で肩に掛かった雨を払いながら、集まっていた一同に


「鳩子ちゃんだったっけ……彼女の言っていた赤い人。あれエルル様よ。きっと」


 突然、話しの口火を切った。

赤い人、昨日の騒ぎを検証、細かく聞き込んだ頼子達だったが、何せ鳩子の言語は語呂が少ないのか霞むような抽象的な表現しか出来ておらず、円陣から飛び出したエルルの事も赤い人と告げていた。


「エルル様……でもどうして?」


 グラスにブラックコーヒーを用意した柴原。

エルルとは高位精霊で、アルンの侵す危機が大きくなった時の助けとして神世界から降臨していた存在。

しかし、降臨には力の枠を作るためのバルキュリアが多数必要となったため

バルキュリア・ルーノを失った後は、限界出来ないものと皆考えていた。


「私達が変身できない間も戦ってくださっていた……そういう事なんだと思うのだけど、やはり無理がたたって落ちてしまわれていた。そういった所ね」

「だとして、どうして彼処に……あっ」


 質問をした和美は何かに思い当たった。


「そうよ、水脈の力を使って心身保持と力の充足をしていらした。私はそう考えている」


 イスに座り、考えを聞こうと耳を立てる仲間達に頼子は説明した。

自分達無き後、人世界を護るために降臨していたエルルは、おそらくアルンに敗退していたという事。

人世界でダメージを受けたエルルは、その足で神世界に戻る事は出来なかったと推測するに、精霊の力を蓄えるためにあの水門、水脈に身を潜めていたという事。

 水門にかけられた魔法陣は水脈の力も相まって、強力な結界を作っていたが、構築に驚くほど時間がかかった。

そもそもならば、水脈は地軸のレイラインにあるもの、自然石と基本を押さえた陣さえ作れば後はラインの力によって勝手に増幅をするハズだったのに、そうはならなかった。

この結果を頼子達は、自分達の力、バルキュリアになる能力を失った結果だと考えていたのだが……


「昨日の夜に堰堤の石を入れ替えたの、そうしたらね……あっというまに防御円陣を構築し始めたのよ。つまりエルル様が使っていたエネルギー分が省かれたおかげで本来なら流れるハズだったラインのバイパスが通った。今日の朝には二枚目の陣が出来つつあったわ」


 一瞬タバコを取り出した頼子だったが、柴原の赤ん坊を見てポケットに隠した。


「という事は、エルル様はまだこの世界にいるって事?」

「そうね、ただ私達のところにいても心身の保持が出来ないから……きっとアイレシオンの所にいるのだと思うわ」


 静かな雨音、途切れていた流れはとてもぎこちない断絶だったのではという陰り、一同が沈黙し各々考えを纏める中で鳩子は声をあげた。


「出た!!!あれぇ?」


 奇異な声が疑問符を浮かべた映像。

一同が真剣に話をしている間中、鳩子はフラワーハートを転がしていた。

どうしても出てこない自分の変身後の姿に、念を入れてはと変な呪文じみた事をやっていたところに光は飛び出た。

うっすらとおぼろげで長身の女、天秤の錫杖と、白の服、飾り羽根に、本物の羽根を背に持つ姿


「バルキュリア・ルーノ……」

 現れた映像に和美も顔を寄せ、柴原も近寄り、頼子は目を見張った。

「この人がバルキュリア・ルーノさんなんですか? なんで私じゃなくって……っていうか……この人……」


 元バルキュリアが顔を合わせ懐かしくも、失った絆に大きく関わるバルキュリアの姿を見入る中で、鳩子はやはり滑稽な事をしていた。

画像に合わせて両手を添えると、長身のルーノの背を圧縮し、縮めるように手を翳す。


「ちょっと、あんた何やっているの? 見えなくなっちゃうでしょう」

「いや、だって……この人……」

「何よ?」

 何度も首を傾げる鳩子は、現れたルーノの顔に見覚えが有りすぎた。

「これってアイレシオンじゃん」

「何ですって?」

 頼子は鳩子の肩を掴まえると、尖った菱型の目で睨んだ。

冗談なら許さないという怖い顔で。


「どういう事? 現行のアイレシオンはルーノって事?」

「違うよー、ぉっおおお」


 近づく強面に逃げようと体を反らす鳩子だが、力の入った手は決して逃がそうとしていなかったし、回りを囲む視線に怯える始末の中、小さく答えた。


「違うの、この人をちょっと縮めて、もっと子供にしたら……泉とそっくりなの」


 それは思いも寄らないもの、途切れた糸の発見だった。


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