06 かがり火
「へー、泉ってそういうのも見るんだ」
「……見るっていうか……まーねー」
「ごりごりの恋愛だー。……何、泉、恋してるの!!」
テンションを上げる有紀。
声のテンションに合わせるように弾むステップで、悪戯な目を向ける。
「してないよ!! 見るのと、いたすのは違うでしょ!!」
「いたすって何? 恋愛語録?」
突発的言い訳に口が滑った泉を、ノリノリで囃し立てる鳩子。
「泉にも春が来たというのに、鳩子ときたら」
「有紀にだって来てないじゃない!! ずっと極寒の恋愛事情さらして何いうのよ!!」
「私はもう恋愛紀行を一周したの!! 次の春を待っている可愛い桜なのよ」
「頭の中で? 頭の中に花が咲いてるって事?」
「むかつくー!!」
レンガ道の続く学校帰り、小脇に抱えていたブルーの包み。
レンタルショップが貸し出しの時に物品を入れる袋を目ざとく見つけた鳩子は、さっそく中身を改め、有紀と二人でお互いの恋愛事情をぶつけ合っていた。
「私は関係ないぞー、まだ春も来てないから巻き込まないでねー」
騒ぐ二人の後を歩く泉。
恋愛物を古今東西区別無い作品、幅の広すぎるジャンルを5枚。
学校の帰りにそれを返却しようと鞄に入れていた。
ウォータフロントの大型ショッピングモールは家のある方から遠い、むしろ学校から直接行った方が近い位置にあり家に帰ってバスを乗り継ぐより効率的と、やっとわかったからだ。
直帰しても、ポン様の機嫌で貸し出しに足を運ぶのなら本人を連れて寄り道した方が断然楽と鞄に忍ばせて。
当の本人のペンギンは、外遊出来る事は映画を見る事以上に楽しいらしく大喜びで隙間から世界を見て笑っているという具合。
『ケケケっー、泉の春はまだ遠いっちょー』
頭に響く声で騒がしさに合いの手を入れている。
自分で見たいと思ったものはなかったが、借りてくれば見てしまうと言うのが真理というもの。
今までなかった日常の中で得た新しい知識は、有紀と鳩子との会話を少しだけ弾ませていた。
「でっ、実際これ面白かった?」
「うん、まあまあかな……最後が良く分からなかった」
棒付きのキャンデーを口に、緩いカールを内側に、新しいヘアスタイルに小さな尻尾を後ろに結った鳩子の隣で有紀はアクション物を手に取っていた。
一段と磨きのかかったストレートヘアと、可愛いアクセサリーを並べた手提げ鞄を振り子にして歩く。
「あー、これは見たかったな。けっこう古いのも置いてあるんだね」
「うん、近場より新しい物も多いけど、古い物たくさん置いてあってびっくりしたよ」
あでやかな友達を引き立たせる為に存在する背景色の泉は、2人の間を歩いていた。
輝きの存在を前に、共通の話題を持てたことに気をよくしていた。
古い映画で話題を、まさか自分が提供できるなんて事もなかった。
そういう意味ではポン様は確かに楽しみを良く知っていると感心した。
『ケケケっ、海際の店かー、楽しみっちょ!!』
そのポン様は、頭に響く喜びの声に、みんなでお出かけも悪く無いと考え始めていた。
旧商店街から繋がるメインストリートは、新店舗である大型ショッピングモールを繋げる一番大きな桟橋を持っており。
多くのお客が行き来する先に、レンガ造りの橋が架けられていた。
小雨が降る今日は橋の上に並ぶ店の軒がせり出され、客が濡れないように簡易的な屋根を作る仕組みになっているのだが、これがけっこうに色鮮やかで評判がいい。
桟橋を繋げた通りを進みアヴィニオンと呼ばれる出店が並んでいる道に入ると、鳩子は急に声を挙げて走った。
「おばちゃーん!! 久しぶりぃ!!」
「おばちゃん言ったら、売ったらんぞ」
ノリの良い切り返し、走る鳩子に指鉄砲を向ける。
「やーん、ごめーん」
「和美さんっていいなさーい!!」
小物細工師の、革手袋を二つ、胸のポケットにいれて口を曲げた女性。歳は40代ぐらいの和美に鳩子は両手を合わせてごめんなさいしながら有紀と泉を呼ぶ。
泉がウォータフロントに行くと話した時から、自分も行き着けの店があるから紹介したいと言っていたのはここらしい。
「コイン細工をしてくれるぅ、和美さん。オリジナルコインを重ねたピンケースとか、腕時計を作ってるの」
手に光るオリジナルコイン加工の時計を見せる鳩子は和美さんの顔を見て。
「こないだ来た時に、入院してるって聞いたから心配してたよー」
少しふっくらとした顔立ち、優しく下がったタレ目の和美さんと紹介された女性は、店の前まできた二人にどうぞと作り置きの商品を見せながら。
「歳取るとたまに体言う事聞かない時があるのよ、それにしても雨降りなのに遊びに来てくれてありがとうねー」
顔色明るい気さくな笑顔で、鳩子の頭を撫でる。
小分けの升に分けられた小さなコインを物珍しそうに見る泉と有紀に、軽く挨拶すると。
「うちで作った細工にガラスのコートとか、玉つけてくれるのが、橋向こうの加賀野さんちの店ね」
「商売上手過ぎでしょー」
今通ってきた橋向こうを差す。
大型ショッピングモールは出来たころからそうなのだが、旧商店街と垣根を作らず一つのストリートとして組み込んだ形を持っていた。
そのせいか、ここに店が出来ることに大きな反対はなく、すんなり町の一部として作り上げられ、今では近県随一の店舗都市と言われるようにもなった。
「こういうのはみんなで盛り上げてくの、片方の店が潰れちゃったら寂しいでしょー」
和美さんの言葉の通り。
昔の町も一緒になって繁栄するのは良いこと。
少しぐらいの雨を帳消しにする程の賑わいに、自然と気持ちも弾む。
すでにあちこちと物色を始めている有紀の隣、鳩子は和美さんに、新作とオリジナル製品のカタログをねだる。
二人の後に泉も続き、間仕切り入りの小箱に並べられたコイン細工を眺めて1つの輝きに目を止めた。
「これって愛の種に、似てる……ような……」
手の平の真ん中を陣取るサイズ、ちょっと大きめのコインは円廓をシルバーの鋳造、中身にガラスで作った花が埋められており、それをもう一重コートする水色のガラスで多反射型に形成されていた。
いつも手にする愛の種はパーフェクトカットの中に薔薇を浮かび上がらせたデザイン、雰囲気の似ているコインを泉は色々な角度から眺めていた。
「気に入ってくれた?」
「あっ、はい」
優しげな目で、独り小柄で細い泉に視線を合わせる和美さん。
つい俯いてしまう泉、店員に近寄られるのを苦手としている態度がでてしまう
そんな泉の様子を理解する言葉をかけて。
「いいのよ、買わなくたって。見に来て楽しんでくれるだけ十分よ。だんだん、少しずつ、好きなっていってくれたらいいの」
店中の商品をあれやこれやと騒がしく見つけ合う有紀や鳩子とは違う泉に優しく言うと、手に持っていたコインについて話をした。
「それいいでしょ、たまにしか作らないのだけど。私の好きなデザインなのよ」
「はい、これはすごく良い感じです」
気の利いた返事の出ない泉だが、和美さんは良かったと微笑みを返してくれる。
いつか自分もそんな余裕を持てるようになりたい、気持ち良くしてくれる場所に来られたことに泉は感謝した。
一方ポン様は鞄の中から、あれやこれやと声を飛ばしていた。
『あっちも見にいくっちょ!! そっちのは、買いっちょ!!』
頭の中を錯綜する物欲に、少々呆れた顔。
「慌てなく立っていいよー、まだ時間はある……」
夕方まで、たまには外食を、そんな考えを巡らし首を振った泉の頭に、軽めの電撃が走る。正確には背筋に冷や水を垂らしたような悪寒と共に、脳裏に黒い影の図が見えた。
同時にモールの壁を揺らす大きな風の音が響く。
「何?」
黒眼鏡の中で見開いた目、きょとんとした顔で桟橋の側を向く泉に、同じように尖った目線を向けていたのは王冠を毛羽立たせたポン様だった。
『泉、アルンの気配がするっちょ』
モール内に響いた風の音に動揺した泉。
先ほどより急に強くなった雨脚、客が外の店ではなく大型店舗の側に殺到する流れに逆らう目線を追って店を飛び出した泉は、橋縁で空を見上げた。
「どこにいるの?」
アルンと言われても姿を見つけられない泉の惚けた発言に、ポン様パンチ羽根が頬を打って。
『目を覚ませっ!! 変身っちょ!! アルンの動きがおかしいっちょ!!』
吹く風によって大きく揺れ始めた桟橋に波のうねりを伝える足場達。
ぶつかる波音が響く中で店内放送は大きな音で各所に流れた。
女性アナウンサーの緩やかな声とは裏腹に、警戒水位を超える暴風と、よせる波を押さえるために桟橋の閉鎖と、渡り橋の制限をする旨を告げ、店内を女性パーサー達が、お客の誘導をする為に忙しく走り出している。
「変身って……空間は? 魔獣がいる時は別の空間になるんじゃなかったの」
雨を避けるために店舗のゲートに導かれる人達を避けるように、橋のたもとにある柱の後ろに隠れた泉は、店から飛び出たせいではぐれた有紀と鳩子を捜そうとしながら、外の景色を見て初めて仰天した。
水路を低く、水しぶきと、爆ぜる雨粒を纏ったアルンの姿に。
「アルンちゃん……どうして……」
いつものように、世界を灰色に変えた他次元ではない場所に、アルンは黒髪とドレスを靡かせて飛んでいた
黒の翼を真っ直ぐに伸ばし、風を操り、ショッピングモールの奥にある巨大な水門兼滝を狙って、驚きに目を見開いたままでしかない泉を尻目に攻撃を仕掛けた
「水脈を縛るゲート!!!今日こそ頂くぞ!!」
刃風が白い塊となり、アルンの持つベニテから真っ直ぐに放たれる。
見える程巨大な白刃、三日月形の刃風は真っ直ぐに水門にぶつかり、鈍く低い音を響かせたが、帰される音に反して崩れる事はなかった。
驚愕から目を見張り、瞬きを忘れる程手摺りに寄りかかった泉の目には水門に賭けられた多重円陣が僅かに見えていた。
「あれは……何?」
『多重円陣、この地に流れる水脈を正陣に直すために張られた魔法陣ちょ』
「魔法陣……なんで水路に」
アルンが目指す攻撃目標が何かを理解出来ない泉をよそに、ポン様の目は険しくそれを解析していた。
『……護りの盾……バルキュリアの方陣を簡略化したもの? どういう事っちょ? 前のバルキュリアがまだ居るという事っちょか?』
独り思案の首を動かすポン様と泉の前。
水門前で弾かれた衝撃は、目的の物を破壊は出来なかったがそれ以外の物に振動を伝え大きな亀裂を走らせていた。
泉も自分の足下が揺らぐのを体感し手摺りにしがみついた。
「ポン様……どうなってるの」
『アルンは水脈を狙っているっちょ!! 二回続けてブラックハートを取り損なっているから大物霊脈である水の力を補助に取りに来たっちょ!!』
「だって、魔獣はいないよ? 現実の世界にいるなんて……おかしいじゃない」
『魔獣を持たずにやってきたっちょから、特別に空間を必要としてないっちょ。後、心配しなくても世界にはアルンの姿は見えないっちょ、存在の次元が違うから……ただ……』
「そんな……どうやって戦うの?」
人目のある所では戦いたくないという心配を抱え言い訳を探す相方に、嘴は容赦なく額を三度小突くと。
『アイレシオンに!! 早く変身っちょ!! 変身すれば人には見えないっちょ!!』
目の覚める衝撃の中、泉はポン様に押される力と、混乱する人波に動揺して愛の種を掲げた。
「世に舞う愛よ、香る恋よ、心を満たせし美に集え!!我が言葉に応じ闇を払え!!」
花と光、熱風舞う中で白き使徒へと姿は変わる。
光の錫杖を持ちアイレシオンは嵐のショッピングモールに降臨した。
第一撃を放ち、海へと回避運動に入ったアルンは桟橋の一角に起きた輝きを見落とさなかった。
騒ぎを起こせば使徒は来る、アイレシオンが現れる事は織り込み済みの戦いを心地よいと牙を見せ紅潮した笑みを見せると。
「来たか、出来損ないの牧者!!」
アルンは狙っていた。
水門を砕きニムル復活に大手をかけるのが、第一目標だが。
未熟な使徒であるアイレシオンを呼び出し完膚無までに破壊するのも一緒にやってしまおうと、ここは海の近く、条件は果てしなく自分に有利であるのを確認して。
「今日こそお前を倒す、そして水脈を頂く」
人世界に来て800年、今まで一度もここまでたどり着けなかったという場所にいる。
何度もバルキュリアに邪魔され、エルルの脅威に怯えたが。
そのどちらもを倒した今、怯み後ろを向くことは出来ないアルンは直接対決を望んでいた。
「お前を倒して憂いを振り払い、ニムル様の完全復活を果たす!!」
手に光る冷たい牙
ベニテを鳴らし、真下に構えるアイリュシオンめがけ衝撃波の攻撃を仕掛けた。
一方の泉事、アイリュシオンは焦っていた。
真っ直ぐ、雷落としのごとく氷と光を混ぜ合わせたアルンの攻撃に顔を引きつらせて。
「どうするの、ポン様!!」
『飛べっちょ!!』
向かってくる質量を固めた空気の刃を飛び越す、店舗の庇を蹴りさらに上に、大型店の屋根の上に駆け上る。
回転の力で壁を走る泉の下、自分が避けた衝撃波で桟橋の一角に大きな風が突き当たり、亀裂をいれるのを見た。
「もう、なんでいつも酷い事をするのよ!!」
海を一望できるショッピングモールの屋根、激しい雨風の中で錫杖を構えると。
「いい加減にしてよ!! みんなが楽しんでる所になんてことをするのよ!! 前にも言ったけど、問題があるならまず会話!! 話をしましょうよ!!」
ふくれっ面を晒して、錫杖の前に手をかざすアイレシオンにアルンは同じ位置まで飛んで顔を合わせると。
「話す言葉などない。問答無用だ」
「話してくれないと……わからないでしょ、解決の方法が他にあるかもしれないのに」
気安すぎる敵の言葉に、アルンの四肢は隅々にまで怒りを伝播させていた。
腰回りから生える二枚の羽根、ロングブーツのハイヒール、氷の錫杖を持つ顔は赤い眼に怒りの炎を足し、黒髪を揺らすと相対する白い飾り羽根を持つ使徒に。
「お前をこの世界から完全に追い出す、骨の一辺も血の一滴も残さない!! それで全ては解決する!!」
横一線の刃風。
屋根の背を波打つ軋み、振り抜いた打撃に泉は飛ばされ転がる。
『バカ!! 話し合いをしたかったら、まずアルンを説き伏せる力を見せるっちょ!!』
変身し白銀に変わった泉の髪にしがみついたペンギンが何度も額を殴打する。
「痛いよ!! ポン様!! もー、あっちもこっちも、私を叩かないでよ!!」
そんな会話の間を割って、飛んで目の前に現れるアルン。
振り下ろす氷の錫杖ベニテに、泉の愛の御座が重なる。
光の礫と氷の破片、輝きの斬撃は一合、二合と繰り返しお互いを縫い付けるように重ねられるが、迷うことなく振り下ろされるアルンの攻撃に泉の攻めは一歩引いていた。
『何してるっちょ!! もっと言葉の力を信じて打ち込むっちょ!!』
言葉の力も使えず、打ち込みも甘く防戦の杖を重ねる泉にポン様は吠えるが、泉の持っている迷いは解っていた。
魔獣なら迷わずフルスイングの一撃を与えていた泉は、妖精とはいえ人型で直接撃ち合いにきたアルンを恐れている事を、人を打てないという甘さを。
そしてアルンもそれを見抜いていた。
「甘いわ!! 出来損ないの愛の使徒よ!! 海に溺れてしまえ!!」
重ねた錫杖から一回転
大きく打ち込んだ打撃の後、その場で浮いた体をスピードアップでさらに内側で回したアルンの蹴りは見事に泉の腹部を抉り込み、纏った衝撃波と合わせた力でモールの屋根から海に吹き飛ばしていた。
「うわぁぁぁぁぁぁん!!!」
必死に錫杖を掴み、それだけを護る形でアイレシオンは海に大きな波紋を起こして没した。
有紀と鳩子は桟橋の店主和美に手を引かれ、奥まった通路まで引っ張られていた。
風の音は大きく響き、モールの屋根に隕石が落ちたような衝撃が何度も伝わるという脅威を身に感じながら。
「ねえ、有紀あれって……」
怯える鳩子の手を握る有紀。
「泉が、戦ってる……」
つぶやき合いお互いを励ましているだろう二人の様子に、後ろから肩を抱いていた和美に声がかかる。
「和美!! 急いで、水門が狙われているわ!!」
紺のスーツ姿も美しい店長カラー。「山崎頼子」と名札をつけた和美と同じぐらいの歳の女性は、甲高い声で指示を飛ばしながら和美の背中に手をかけた
後ろには何人もの店舗仕事に徒事する女性が走っている。
声をかけた頼子に、和美は厳しい顔で見つめ返すと小さく重い声で聞いた。
「頼子、アルンなの?」
「そうよ、ここに来るのは10年ぶり……最後の仕上げにやってきたってところね」
まとめ上げた髪に赤い眼鏡、目は切れ長を強調する程に返すも厳しい表情の頼子、意思を確かめた和美は立ち上がると、自分の手の下で怯えているだろう有紀と鳩子に微笑んだ。
「ここにいるのよ、絶対に大丈夫だから」
「和美さん……」
涙目の鳩子にもう一度微笑むと。
「すぐに止むわ、ちょっとばかり激しいけど通り雨だから」
背中を叩いて立ち上がった。
揺れるショッピングモールの中を和美と頼子、それに続く複数の女達が水門に向かって走っていった。
頼子は携帯を片手に、自分の相方である和美に人員の確認をした。
「水門の反対側は加賀野さんと柴原さんが到着したみたい。他にも何人か助力に走ってくれているわ」
眉間の皺を消せない歳、綺麗にまとめ上げたアップスタイルの髪が少し解れている。
ハイヒールで走る頼子の顔に和美は息を挙げてこたえた。
「柴原の所は子供が生まれたばかりじゃないのかい?」
「お母さんに預けてきたって」
苦く顔を歪め、非常事態とはいえ産後の友を呼び出した頼子の苦悩に、和美は小さく首を振った。
「……こんな歳になってから……生身でアルンと向かい合うなんてね……」
「和美、文句は聞かないわ。10年前、世界を護る任務から脱落したとはいえ、バルキュリアであった私達に課された使命は終わっていない。忘れないで」
矢継ぎ早に指示を飛ばす頼子に和美は頷いた。
「わかってるわよ、出来る事を今までもやってきた。今日もそうするだけよ」
ショッピングモールの右側を走る河川には派手な彩色でデコレートを施した水門がある。旧商店街と大型店舗を繋ぐ橋の上流に位置する場所に、ウォータフロントの大型店舗で働く色とりどりの制服を着た女達は10人程集まっていた
反対側で水門の端では旧商店街で働く女達。
水門に描かれているのはまさに防御円陣でそれに触れて紋章回路に繋がる。
加賀野阿佐美は、エプロン姿で、反対側に到着した頼子に叫んだ。
「真っ直ぐ!!アルンが来てる!!後700メートル」
加賀野の足下には携帯端末のモニターがあり、その端子ケースに入ったフラワーハートが付けられていた。
こうする事で能力を失い自分達の目に見えなくなった敵の姿を追う。
10年の間で、対処の方法として生み出された文明の利器を合わせた目。
同じように、端末をモニターにした女性から情報を得た和美と頼子が水門の紋章回路に自分達を繋ぐとフラワーハートを構えた。
「来るならこい!! アルン!! ここは絶対に渡さない!!」
水面を白羽のごとく飛ぶアルンは、自分の前に立つ久しぶりに見る使徒の残滓に声高い笑いを与えると振りかぶった。
「ふん、力無き元バルキュリア。お前達にできる事などない!! ベニテ!! 嵐の矢となり、壁となる者達を打ち砕け!!」
雷鳴を伴う波の刃は一直線に、水門を護る円陣に亀裂をいれる一打を放った。
「無理……泳げないよぉぉぉぉ」
泉は足掻いていた、というか半ば溺れた状態で荒れる波を漂っている。
「ポン様ぁぁぁ私泳げないの!! ちょっとぉぉ助けて!!!」
藁をも掴む手を宙に伸ばして、口に入る塩水を何度も吹き返して
泉の上に浮くポン様は、助けの言葉なく、水門に向かったアルンの軌跡を追っていた。
手応え薄く、力の足りないアイレシオンを本物と認めないアルンは、その実力を知った上で効率重視の戦いを実践していた。
アイレシオンを払う事を副次的に、本来の目的である水脈の力を得るという攻防を。
海に落ちても飛べない相手に焦ってトドメを与える必要はない、強力な防御円陣の張られている水門を破壊してからでも倒せると、完全に舐められていた。
『なんのために羽根があるっちょ!!』
「そんな事言ったってぇぇぇぇぇ」
溺れる泉の顔に足を下ろして地団駄踏むポン様。
使徒が溺れている間にも危機は次の弾を放っている。
次弾も初弾と同じく円陣に弾かれたのを見て、戻って来る影を見つける。
アルンは荒れる海に潜む妖精達の妖力を抽出し、自らのベニテに込める事で刃の力として使用している。
だから一打目が終わった後、海に戻って力を抽出した。
その後で最初の斬撃、軽く捻ってアイレシオンを海に落とすと、二打目を溜めて今撃ち放ち、また舞い戻る。
時間は掛かるが自分の力だけに頼り切りの消耗戦よりずっと優れた戦い方を見るに、ポン様の苛立ちはマックスだった。
『たかが妖精にあんな知恵を授けたヤツ……なんたる器用な戦術を……むかつくっちょ!! 泉!! 早く飛ぶっちょ!! アルンが戻って来る!! 迎え撃つっちょ!!』
自分の足下でアップアップしている泉の顔を突くと。
『服に付いている羽根は伊達じゃないっちょ!! 意思を通して飛ぶっちょ!!』
半泣きの白い使徒、とてもバルキュリアの長、神の牧者アイレシオンであると言えないぐらいの情けない姿に黄色の短い足キックが容赦なく顔面に炸裂する。
鼻を蹴られた痛みで飛び上がった泉は、足首に突いた羽根が大きく開き体は水の上に立ち上がっていた。
痛みで通じた能力開花は感動ではなく、驚きと涙目で。
「コレって……」
水面に立つ自分、驚きの顔に同じように驚いたアルンの一撃が走っていた。
『泉!!上っちょ』
「えーい!!」
上から来るアルンのベニテから発する氷の棘を、迎え撃つ形で光りのラインが飛ぶ。
相殺する輝きの下で。
水面に立つ体、アイレシオンの体を力の光を、更に上を飛ぶアルンは冷静に見ていた。
「飛べないか……はははははははは」
「浮いてるわよ!!」
水の上に立つという妙技におっかなびっくりのまま、反抗の声をあげる。
確かに海に溺れるという事はないが、飛んでいるというには程遠い形。
足についた羽根では空に舞うことは不可能という事を、身をもってしりながらも、負けずの声を張り上げる。
「降りて来なさいよ!! 私に用があるのなら……ここで相手するわ!!」
「用はあったが……飛べない使徒など恐れるに足らぬ。情けないものだ、かつてバルキュリアに成った者はその日に飛ぶ術を知っていたのに……お前ときたら何も知らない痴れ者ではないか。減らず口も程々にしておけ、力のない者は強者に頭を垂れろ、そして口を塞ぐものだ!」
逆転し難い状況の中で、それでも泉は声をあげて呼ぶ。
「それはわかったから降りてらっしゃいぃぃぃ!! これ以上建物を壊したりしないでよ!!みんな迷惑してるでしょ!! 悪口だって聞いてあげるわよ!!」
支離滅裂な説明、錫杖を振って降りてこいと何度も説法を飛ばすが、言葉の力はまったく発動をみずアルンは高笑いで返事した。
「全ては我が主にして闇王ニムル様復活のための贄に過ぎぬ!! 虫に過ぎぬ人など潰れてしまえばいいのだ!!」
心を刺す視線と響く声、下から自分を見るアイレシオンにベニテが指し示したのはショッピングモールの一角の崩落だった。
豆腐の角を崩すように、走った亀裂に添い脆く落ちるコンクリートの壁。
打ち付けられるアルンの衝撃波は水門を破る事は出来ていなかったが、それに続く桟橋と店舗を破壊するだけの威力を発揮していた。
泉の目の前、コイン細工をしてくれた和美さんの店も大きく傾き、風圧に押された壁は内側にへし折れていた。
「なんてことするの!! やっていい事と悪い事があるわよ!!」
今までにない真っ赤な怒りがこみ上げていた。
泉の歯ぎしりにアルンは首を横に振ると。
「そこで見ていろ、水脈を頂いたら……次はおまえを消してやる!! 些細な事に気を立てるなよ」
「いやよ!! あそこに大切な友達がいるのよ!!」
錫杖を向け相手に敵意を示す。
あそこには有紀と鳩子がいる、今日知り合った和美さんがいる。
ひょっとしたら、昨日知り合った美少女も来ているかもしれない……
ふくれあがる敵意で、愛の御座の頭を燃やす。
そんなむき出しの敵意をバカにするようにアルンは背を向けた。
「現世のアイレシオンはバルキュリア以下か、愉快過ぎる。まあゆっくり待っていろ」
滑らかな滑舌に、脂の乗った悪意。
照り変える嫌味に、泉の心は吹っ切れた。
「止まって私と戦いなさい!!!」
言葉の強い力は、雨粒を震え上がらせるほど響いていた。
背中を向けたアルンの、水門に向けて飛びだそうとしていた力を完全に押さえ、締め上げられる圧力で羽根は動かず力を閉じ込められた状態で水面近くに下ろされていた。
「……何をおぉぉぉおお……きっさぁまぁぁぁぁ」
息を締め上げる言葉の圧力の中、唇をかみ切らんばかりに食いしばったアルンは振り向いた。
同じ水平に立つ憎き相手の顔を睨み、口から煙りをあげる怒りを互いが発していた。
「許さないから……」
愛の御座を横手に持ち構えるアイリュシオン。
対するアルンはベニテを光らせ、満たされた氷を回した。
「それは……こっちの台詞だぁぁぁ!!!」
言葉の縛鎖を砕く激しい音、その後に続く閃光は一気に間合いを詰めアイレシオンの目の前に立っていた。
水面を舞う二人の激突、激しく違いの波紋も食い合う振動の中で杖が散らした火花が水面を走る。
荒れた海を飾る篝火達。
「どうしてそんな事が出来るのよ!! 信じられないよ!! 間違ってるよ!!」
真円を描く軌道はアイリュシオンの側から崩れ始めていた。
アルンが戦闘に置いては巧者である事もあったが……
『泉!! 怒りで戦ってはならんっちょ!!』
壊れる戦線の理由。
それは泉の心に煮立った怒りにあった。
普段以上に冷静さをなくした動きは、破壊の威力はあっても、打撃の精巧さを失っていた
むしろ力に自分が振り回される形になっていたのだ。
「これを怒らないで……どこで怒るのよ!!」
上がる息の中で頭に登った血を押さえられない泉には、ポン様の忠告は遠い残響にしか聞こえなかった。
目の前。もっと向こうのショッピングモールには友達がいる。
出来損ないの使徒とバカにされても仕方の無い事と諦められるが、自分にとって1.2もなく大切な友達を虫呼ばわりして、しかも些細な事と罵った事を許す事は出来なかった。
それが自分の攻撃を大雑把な棒振りにしている事に気がつけない程に。
逆にアルンは、手に取るように逸脱したアイレシオンの怒りが見えていた。
それを煽り、言葉の力を失わせる台詞は自然に出た。
「はははは!! 当たらなければなんとした事もない!! どうしたアイレシオン!!その程度か!」
怒りに任せ大きく振り抜いた錫杖を避けたアルン。
その足は、長いヒールで水面を蹴ると鋭いスピードで空に舞い上がった。
「もがけ愚か者、そこで全てが終わるのを感じていろ!!」
ベニテに纏う冷気の炎。
頭上で回した円陣の軌跡を連ね完成した力がアイレシオンに向けられると。
「吠えろジエロ!! その目に見ゆる世界を閉ざせ!!」
ベニテから発現した氷の礫は、冷たすぎる冷気に白い気炎を上げて降り注ぐ
炎を纏った雹の打撃はアイレシオンの体を強く殴打し膝を屈しさせた。
複数の礫に対抗する細かな攻撃に転ずる早さを泉は持っていなかった。ただがむしゃらに杖を振り、雹を弾くのが精一杯の目を冷たい炎が取り憑いていた。
「あああああああああ」
焼け付く痛み、目に当たった礫の痛みは一瞬で広がり顔の半分を凍り付かせていた。
鼻腔を切る水の形は、息を詰まらせ泉の意識を遠のかせるには十分の力を発揮し、屈していた膝より上の体を水面に打ち付けるように倒れた。
沈みこそしないが、まるでウォーターベッドに倒れ込んだ錘のように、波の上に苦痛でのたうつ
「痛い……痛いよ……目が見えないよぉぉ」
『阿呆!! 早く錫杖の力で氷を解かすっちょ!! 急げ!!』
あまりに稚拙な戦い方、ポン様は呆れたように宙を浮くと、やはりトドメの力は使わず水門に向かって飛んでいくアルンの後を見た。
それは水門を護る者達を見極める厳しい視線も兼ね備えていた。
『あそこにいるのはバルキュリア達? 何故変身しないっちょ?』
のたうつ泉をよそに2度の猛攻を支える女達を見たポン様は、それが元バルキュリアである事を理解しつつも疑念に首を傾げていた。
本来フラワーハートを手に持てば、己の身に起こった愛を知り、それ故に課された任を理解する。
アイレシオンと同じく、使徒としてバルキュリアになった事を理解していれば、自分達のすべきことはすぐに解るはず。
なのにこの非常事態を生身で対処しているバルキュリア達。
また渡す側のアイレシオン、つまり反転の愛を返すときにそのことを理解するハズなのに、泉は理解していなかった。
ポン様は何度か首を左右に傾げる。
『非常事態を前提として、現世のアイレシオンになった泉はまだ未熟……それでも本来なら招集出来るハズのバルキュリアを招集が出来ない……前からおかしいと思っていたっちょが……』
鋭いジト目が錯綜する戦場を見渡す。
変身しないバルキュリア達。
招集をかけられないアイレシオン。
予想以上の力と知識を身につけているアルン。
『どこかで糸が切れている?』
「……」
言葉なく突っ伏したのは和美だった。
二度目の斬撃、水門の円陣にぶつかったアルンの衝撃波は、大太鼓を内外から叩くような衝撃を繋がっていた者達の体にも伝えていた。
コンクリートの突堤を討ち崩す地響きだったが、誰もが持ちこたえたと思った矢先に和美は前のめりに倒れていた。
後ろで同じくフラワーハートを構え、円陣強化に勤めていた頼子は、自分より少しばかり体格の良かった和美の姿に悲鳴を上げていた。
「あんた!! まだ体が……」
「まったく……歳は取りたくないものよね……」
焦燥とは別の脂汗を額に浮かばせた和美は、胸を押さえていた。
「和美さん!!」
水門を挟んだ反対側で方陣を固めていた阿佐美が心配な顔を向ける。
和美が退院してきたのは2日前だ。
内臓器にまで響いた振動に耐えられるとはとても思えなかったが、ここで倒れられても代わりがいない。
今日まで、元バルキュリアとして残された者達はみなフラワーハートを使えるよう鍛錬は積んではいた。だが元来の力からすれば変身は不可能なうえに能力の全てを体得出来ず、飛ぶ事も遠視も無理で、せいぜいこの魔法陣を作り固めて護る程度にしかなれなかった。
「大丈夫……、ちょっと手が滑った……」
いつもはあげない悲痛な声、盟友頼子の顔を、苦しみ混じりのへの字口が笑って押さえるが、体の各所に残った痺れは取れていなかった。
なんとしてでも防備の位置に戻ろうと体を押し上げようとする中、敵であるアルンは低空で急速接近を始めていた。
「来てる!! 500メートル切った!!」
「わかって……わかっ…て…る……」
紋章回路に触れようとした和美の体は空転していた。伸ばした手が空を切り体は仰向けに、石段から崩れ落ちようとした。
誰の手もとどかず、崩れ落ちようとした体を支えた二人。
「私達が代わります!!!」
荒い息吐く和美さんの体を支えた鳩子と有紀は、他の女達がするように片手を紋章回路に、もう片方の手にフラワーハートを持って身構えた。
「あんた達? なんでフラワーハートを?」
決め込んだスーツ姿とは別に、衝撃によって解れた髪の向こうで目を見開いた。
信じられないものを見たという顔の頼子に、有紀は遠慮なく叫んだ。
「そんな事後でいいでしょ!! 早く構えて!! あいつ目の前に来てる!!」
低空の突進から一転、ひらりと上空に舞い上がってベニテを構えるアルン
駒のように身を回し、杖に力をねじ込んでいく。
逆巻く竜巻のごとく、見えない人達には猛威震う自然現象の形として水門に牙を立てる。
「開け!! 水の力!! 我が主に命を注げ!!」
流星のスイング、真っ直ぐ縦に下ろされた衝撃がまたも水門前の円陣とぶつかりハウリングを起こす。
響く不協和音は、ガラス張りの陣に細かな亀裂を走らせ表面を剥離させていた。
金粉のように、破壊の衝撃に崩れる。
押される力に、有紀も頼子も壁にもたれて身を支え、反対側を護っていた阿佐美と共に支える女達は膝を折っていた。
「なんて、力なのよ……10年前とは比べものにならない……」
力を失ったとはいえ、複数の術者が作った強化円陣はすでに壊滅寸前に追い詰められていた。
置き型方陣は、元々自然石を組み合わせて作られる永久磁石的円陣であり、それ事態が常に力を持っている。
さらに緊急事態に置いては、バルキュリアで無くなったとはいえ元術者が重ね掛けをした盾もあるのにたった3度の衝撃で内側に凹まされるなど、かつてのアルンを知る頼子には考えられなかった。
「もう一度……なんとしても護るのよ!!」
倒れた仲間達を叱咤する声をからす
一方若さで膝を屈しなかった有紀に、倒れ込んだままの和美さんは下から聞いていた。
「あんた達……バルキュリアなの? その宝石はバルキュリアに任ぜられた者の証よ」
自分の手にある同じ石を見せると、互いの石を見つめる有紀と鳩子は声を揃えて答えた。
「これが私達の何の証かは、わからないけど……泉が戦ってるの、私達だけ逃げる訳にいかないの」
「泉? ……泉ちゃんってあの黒めがねの子?」
二人が見る海の側
戻って行くアルンの背、和美は目を細め、今日店先に来ていた地味で小柄な少女を探そうとするが姿は見えなかった
ただ荒れた波にいくつも広がる交戦の火花が見えるのみ
「見えないわ……その子はバルキュリアなの?」
「違うよ、アイレシオンだよ!! なんで見えないの!!あそこで戦ってる……わぁぁぁぁぁ、なんか倒れてるぅぅぅ」
「……なんで、やばいよ!! また来るよ!! あいつ!!」
指差す鳩子の絶叫に、有紀が目を凝らす
同じ方向を指す二人に呆然とする女達
「アイレシオン? どういう事……この子達に見えて私達には見えない……」
何度も手の甲で目をこする和美、頼子は荒れる波の上にアルンが攻撃を仕掛けているのをモニターで見るが、やはり影も見えない状態
「牧者アイレシオン……いらっしゃるのならばどうして私達を招集して下さらないの……」
次に攻撃を受けたら保たないかもしれない
傷つき倒れている自分達の前に、自分達を召還すべき存在がいる事が見えないという絶望。
防御に集まった女達の顔に浮かぶ苦悶
「10年前……私達の糸は本当に途切れてしまったの……」
「来るよ!!! 鳩子!! 私と繋がって!!」
落ち込む女達を尻目に気鋭を挙げていたのは有紀と鳩子だった
二人とも互いのフラワーハートを支え、紋章回路を背に立ち上がっていた
「お願い!! おばさん達も立って!! アイレシオンを助けて戦って!!」
「泉!! 頑張って!! 私達も逃げないから!!」
黄色い声は膝を屈した女達を叱咤し、友が戦う海を見ていた
氷に侵され、苦痛にのたうちながらも錫杖に縋って体を起こそうとしているアイレシオン。
見えなければ……感じて撃つと諦める事なく光を集める泉の姿に、有紀も鳩子も心を重ねていた
一方で水路の水面に体が付くほどに低く構え向かうアルン
崩壊を願う、意思の力がベニテに集中して冷徹の輝きを増す。
「私が重ねた日々で……今日を勝利を得る!! これで終わりだ!!」




