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snow white  作者: 小山 優
後章
29/37

第二十七章 神話よりも

 呪文――否、呼び出しコードで魔女の眼前に現れたのは、「now(読み) loading(込み中)」と古語が書かれたオレンジの表示枠(ウィンドウ)

 次いで、足の下、頭の上にそれぞれ金色の読み込み口が出現する。

――魔女の祖先は千年前の修道女。自分の場合はそこに「救世主の仲間だった」という称号が加わる。

 なら、と自答する。

――その祖先は何?

 大帝国のあった歴史の時代よりも、救世主の生きた伝説の時代よりも前。果たして何がそこにあったのか。

 それは、と思う前に、読み込みの終了を知らせるアイコンが表示枠に表れる。

loading(読み込み) end(終了). Connect(繋げますか)?』

 それは、古語による問い掛け。

「『connect(繋げますとも)』!」

 だから答えた。

 認証を受け取った表示枠が消え、自分の上下の読み込み口から光の塊が数個放出される。

 形を保っていないそれらは、最初に首や関節といった要所や急所を覆い、やがて手や足へと光の筋を伸ばし、顔以外のすべてを隠した。

attach(装着しますか)?』

 小さく開いた視界に、光で文字が描かれる。

「『attach(装着しますとも)』!」

 叫べば、光は指向性を持って集まり、その形を出現させる。

 まず見えたのは、硬さだった。

 脚にまとわりついていた光は、金属製の装甲(アーマー)へと変化し、機械的なフォルムが守るように出現する。足の指先まで隙間なく装甲やパワードスーツに覆われるが、動きにくさは感じない。

 胸はそのボリュームを丸みのある胸部装甲(センターアーマー)に収まり、誘うように見えていたへそは、ピッチリとしたパワードスーツに隠れた。背中には、魔力の貯蔵と飛行のためのエネルギーパックが付けられる。

 拳は、強化ガントレットを装着し、二の腕はパワードスーツ、肩は装甲が覆う。

 スーツが首回りに延び、最後は頭部に頭部保護装備(ヘルメット)が被さり、アイシールドが目を守る。

 視界、シールドに表示されたのは、やはり表示枠(ウィンドウ)。それが文字を刻む前に、

「『engage(完全起動)』!」

 入力した。

 装甲がその表面に、正式起動を示す青の光を発し、全体が金と青に照らされた。

 表示枠が文字を写す。

Maneuver(機動)

 Armor(装甲)

 humanoid(人型) GIantess(女性用特殊)

 Connecting(装着)

 Arms(武装)

 横書きに単語が書かれ、それが縦に並ぶ。その小文字が消え、大文字が並び直し、

MAGICA(魔女)

――神話の時代。

 歴史も伝説も超越したその装備。

――今から幾千年も昔、この星には科学技術によって栄華を極めた文明があった。

 バチカンの「学院(アカデミー)」では、その文明の遺産を見つけ、解明する試みが秘密裏に行われているそうだ。

――そして、救世主と旅をした魔女。その祖先は、古の人類の力を受け継いだ者。

 その文明の言葉で言うなら、『MAGICA』。特殊な装備を操り、兵士として何かと戦った少女たち。

――その武器を、私は受け取った。

 十何年か前だ。今は行方知らずの母に、代々受け継がれてきた、『MAGICA』を呼び出す方法と、その力を教わった。

――訳わかんなかったけどね。

 仕組みが、だ。母には、「風車を複雑にした奴」とだけ言われたが、そういった機械類なら、動力に魔力は使わないだろうし、まして飛んだり、国を破壊したり、伝説級の攻撃に耐えられるはずがない。

――滅びた人類は、いったいどんな技術を使ったんだか。

 それらを受け継いだが故に、少女たちは人よりも強い力を持ち、遺伝子を作り替えるような技術を得た。魔女を生んだ遠い理由である。

「さあ」

 アイシールド越しに、青みがかかった敵を見つめる。その姿はやはり変化しており、

「行こうか」

笑い掛けた。


 呪文――否、神への呪詛で天使の頭上に現れたのは、欠けた光の輪。

 次いで、背の翼が光に包まれる。

――俺は『神』に見放された。『ツバサ(・・・)』を奪われ、『ソラ(・・)へと羽ばたく力』を壊された。

 なら、と自答する。

――この背にあるものはなんだ。

 光の翼。神に奪われたはずのそれ。しかし、間違いなくそこに存在する。一体なんなのか。

 なぜか、と答える前にそれがきた。

 自分の背後に、黒とも碧とも藍とも言えない色をした丸い円形が現れた。

「『come(来い) on(),baby(相棒)』!」

 呼ぶと、その円形――空中に開いた穴からドロリとした液体のような触手が伸び、己の腕や体を取り込んでいく。

 取り込まれた身体からは、刺すような、疼くような、心地よい痛みが送られてくる。

――そもそも、救世主は何故現れたのか。

 それは、魔王を倒すため。なら、

――魔王は何故現れたのか。

 それは、人類を滅ぼすため。なら、

――魔王は何故人を殺そうとしたのか。旧文明の英知は魔王に敵わなかったのか。

 ではここで、歴史の話をしよう。

 一千年前に欧州に存在した帝国、ローマ帝国。かつて、滅亡の危機に晒されたことが二回あった。

 一度目は、新興国であった当時、アフリカ北部に存在していた商業国家、カルタゴと戦争をした時。

 名将ハンニバルに率いられたカルタゴ軍は、シチリア島、ナポリ地方を次々と攻略し、首都『ローマ』をも包囲し、帝国をあわやというところまで追い詰めた。

 しかし、ローマ人達は、いや、だからこそ、団結し、力を合わせ、戦い、窮地を脱するどころかカルタゴ本国に乗り込み、逆に滅亡させた。そしてそれ以後、カエサルや五賢帝といった、苦難はあるが、栄光の時代をローマは記すこととなる。

 二度目は、ローマの低迷期に、北方から蛮族であるゲルマン人が、魔物や怪物を使役して攻め込んできたとき。

 首都をも落とされ、散り散りとなったローマ人は、しかし、それぞれで反抗のために立ち上がり、数十年を掛けて故郷の土地を取り戻した。

 やがてそこからローマの各勢力により『戦国時代』が始まり、現在のボルジア家へと繋がる者が覇者となった。

 二度の危機と、その挽回で共通するのは三つ。

 『強大な外敵』、『お粗末な力』、そして『新たな始まり』。

 カルタゴやゲルマン人が、新興国や低迷期であったローマに攻め込み、それを破ったローマが新しい時代を作り出す。

――それを人類と魔王の関係に当てはめるならば。

 魔王という『強大な外敵』が、進化や技術の低迷期という『お粗末な力』の時代に入った人類を痛め付け、一致団結し力をもう一度蓄えた人類が『新たな始まり』を織り成す。

 それが、何回も繰り返されてきた。

 人類は、たった一度滅亡の危機に陥ったわけではない。

 幾度も終わりかけ、幾度も魔王と戦い、幾度も時代を始めてきた。救世主すら、その度に生まれ、戦いに終止符を打っただけに過ぎない。

 では、と続ける。

――その戦いをプロデュースしたのは誰だ。

 魔王が自然発生するはずがない。なら、それよりも上の存在。つまり、

――神。

 人間を守る立場のはずの神が、人を虐殺する仕組みを作り上げる。なんとも滑稽な構図だ。

 じゃあ、その下で働いていた自分は何なのか。

――破壊者。

 魔王と救世主という壮大な『劇』において、舞台を狂わせ、脚本を複雑にする。賑やかし役とも言え、伏線を覆すキーパーソンだ。

――旧文明だの伝説だの、俺はそれより前の世界をいくつも知ってるんだぜ?

 空気の膨張を利用したエンジンを乗せた四輪の車が走る時代があった。

――なんつったっけな。エコカー?

 宇宙へと進出し、レーザーやミサイルを撃ち合って滅亡した時代があった。

――人の形のロボットに人間が乗り込んで戦ったりもしていやがったな。

 懐かしい思い出だ。

 では、最初の質問へと戻ろう――一体自分は何を奪われたのか。

 答えは簡単だ。

――『大気圏脱出能力(ツバサ)』を奪われ、『宇宙(ソラ)へと羽ばたく力』を壊された。

 『絶対強者(テンシ)』の『権限(チカラ)』はほとんどを没収され、その所為で魂のみの存在として世界をさ迷うこととなった。

――だが、今からは違う。

 触手が離れる。

――ジャンヌが体を貸してくれたお陰で、テンシの権限も一部を取り戻せた。一番大事な『戦う力』を。

 皮膚が乾燥しきったようにひび割れ、髪は銀へと色が落とされる。

 触れば、ひび割れた皮は固くしまり、甲殻のように身を守る。髪からは強い魔力が流れる。

――見ろ、これが、

 背後の穴は、高速で小さくなり背中に入っていく。途端にそこが淡く光だし、

――真の堕天使だ!

 翼を出現させた。

 その翼は、棒状の光が生えたような形をしており、羽毛や羽はない。

――大昔にペルーのナスカでこの姿を披露して、コンドルの羽みたいとか言われたな。

 でかい絵(地上絵)にするとか、そこの族長が言っていたが、果たして数万年前の彼らはどうしたのであろうか。

 全体的に白い印象を受けるその姿を、これから血に染めると思うと、刺激的な罪悪感が体を駆け巡る。

「さあ」

 光の筋として広がる翼を一度羽ばたき、敵を見つめる。その姿はやはり変化しており、

「行こうぜ」

笑い掛けた。



 ウリエルとハイルディ、天使と魔女、壊す者と受け継ぐ者、神の使いと人の知識の集大成。

 数メートルの間隔を開け、二人は見つめあった。その顔は、ヘルメットの奥やひび割れた肌の上でにんまりと笑い、狂気を感じさせる。

 両者は、機械の足、かさついた腕を構え、さあ来い、ああ行く、と心を通わせる。

 一瞬の空白を開けたあと、

「―― !」

戦いを再開した。


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