第二十六章 双の伝説
満月と共に光が夜空を疾走する。
天空では、天使と魔女の戦いが始まっていた。
常人には金に光る物体が点滅しているだけのようにも見える高速戦闘。それは、この革命におけるあらゆる戦いをも凌駕していた。
高速で空を駆け巡る両者の間には、攻撃である光の球の投げ合いが行われる。
魔女が、すべての指にそれぞれ魔方陣を展開させ、計十本の金に光るエネルギーの塊が指から発射される。
光速で天使に迫ったそれらは、しかし達する前に四散した。
天使はそれに応えるように大きな光球を手の数だけ放つ。
変化をつけて投げられた二つの光球は、やはり目標に届く前に消え去る。
並みの魔法では、ただ近づくだけで、双方が無意識に垂れ流す魔力で消されてしまうのだ。
だから、という風に、二人は同時に距離を詰めた。
考える前に、体に筋力強化の魔法が掛かり、速度は音を越える。瞬間的な加速により生まれた乱気流で、月の景色が歪む。
二人が腕を振りかぶる。
「――ッ!」
拳が衝突した。行き場を失ったエネルギーが空気を揺らし、音を弾けさせる。
魔女のドレスが風に靡き、天使の翼は羽を散らす。そして二人は、
「――」
笑っていた。
それは、少女のような優しい輝き、あるいは、少年のような清々しい恍惚。
両者は同じことを思う。
――面白い。
いつまでもこの楽しい時間が続いてほしいと思い、同じく一瞬の内に終わらせてしまいたいと思う。
魔女が、拳を打ち出した反動で体を回転させ、横殴りに踵を落とす。
それに合わせて天使が体を捻り、来た足を掴む。そのまま投げる格好に持っていく。
が、足を引かれながら、魔女は右の拳にエネルギーを貯め、
「『――aaaaaAAAA――』!!」
歌った。即興の、旋律もテンポも持たない、ただ一音の発声。だが、そうであるが故に瞬間の結果を生む。
右腕を放った。
天使はそれを、空いた手で防御する。その刹那、
――ボンッ!
爆発が発生した。
金の目映い光と共に生まれた衝撃は、垂れ流される魔力にほとんどを削られるが、力の動きを狂わせ、天使の視界を遮った。
力が乗り切らずに下へと放り投げられた魔女は、乱れた空気の中を急降下し、パリの街へと降っていく。
天使は、隙の出来た相手を見逃さず、攻撃をつくる。
「『ready……』」
言葉と共に、天使の後ろに発生したのは巨大な魔方陣。十数メートルあるその外縁には、十二の円が描かれ、中央には聖人達の名前が根のように刻まれる。天使の独自魔法だった。
「『set……』」
その円に、それぞれ金の炎が宿り、
「――『fire』!」
撃たれた。
魔女はパリの道、その西側大通りへと落ちいく最中、それらを視界にいれる。
防御よりも体勢立ち直しだ、と進む方向を下から横に変える――地に落ちる直前で。
地面から数センチ上を高速で西へと飛行する魔女。それが一瞬前にいたところを、天使の炎が射抜く――その一つ目が。
「『――fire,fire,fire,fire――』!!」
天使が十一の叫びを発し、残りの炎の刃がパリへと降り注ぐ。
その声を聞いた魔女は、空に向き直る。
そして、降り注ぎ、己を貫こうとする刃を、加速し、減速し、直角に移動し、小路へと入り、回避する。
長いスカートは風になびいてバサバサと音をたて、守られなかった石畳の道路は、低い悲鳴をあげて破砕する。
「『――GIS――』」
落ちる刃が残り一本となった時、魔女のハミングが鳴り響く。ト音。
最後の刃が、魔女へと一直線に向かう。だが、魔女の速度はちょうどそれに貫かれるタイミングだ。
金の炎が魔女の眼前へと迫る。
「『――CIS――』!」
それを、掴んだ。
発したのはロ音のハミング。
魔女は、まるで槍でも扱うかのように炎を手に取り、飛行状態のまま体を反時計に回転させ、
「『――cis――』!!」
投げた。音は、一オクターブ上昇させる。金切り声のような高さの綺麗な声が響き渡る。
天使の炎は、その主に一直線に向かい、刺し殺そうとして、
「『shit』」
止められた。
光の魔方陣が、防御の壁として生まれ、天使と炎の間に割り込んだ。そして、
「『holy shit』!!」
吹き飛んだ。光と共に消え飛ぶ。
幾つもの光の筋となり、炎が視界を金で埋め尽くす。
天使はただ金色を見て、
「『――La――』!」
その中から現れた魔女に遭遇した。
魔女は、炎の投擲をし終わると共に地面を蹴り、天空へと大跳躍し、天使へと迫った。姿は魔法を込めた蹴りの準備体勢。
天使はそれを何ともない風に見据え、
「『oh,my God...』」
腕を引き、
「『fuck'n God』!」
放った。
衝突。
金の魔法を内に秘めたそれぞれの攻撃がぶつかり合い、その魔力を爆発させ、光として発生させる。
二人を金色がただ包み、互いを削り合う。そして次の瞬間、
――轟。
爆発した。
空気、物質、装備、光、音、魔力。あらゆるものの許容限界を越えたエネルギーの衝突は、行き場を失い、有り余った力を爆発に変換した。
その爆発が空の戦場をまっさらにした後、あった影は、やはりやや距離を開けて二つ。
翼に少しの傷を負い、上半身の服が焼け焦げた天使。
金属質のスカートが溶け落ち、破れた服の間から扇情的にヘソを見せる魔女。
最初の接敵から三分。この戦争で最も短い戦闘は、しかし最大の規模と最高の熾烈さを極めていた。
「――」
どちらか、あるいはどちらもが喉をならした、一瞬の休憩だとして。
そして、同時に口を開け、なあ、ねえ、と相手に問いかける。
「まだ、」
一呼吸置く。
「本気じゃない――」
よね?
よな?
聞くと一緒に二人は笑った。
「『――now I'm calling――』!」
「『There are God knows』」
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