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snow white  作者: 小山 優
後章
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第二十一章 ちょっと知りたくなったから

 ハイルディは一つ、欠伸をした。

 代わり映えのしない夜空を見上げれば、やはり満月が一つ。

「私、あんまり月が好きじゃないんだよね」

 魔女は月から力を貰うと言うが、その月の光は、他の星々を塗り潰す。それでは星達が可哀想ではないか。

 あーやだやだ、と呟いて、ため息をついた、

「『魔女を落とせ、愛国の心よ。矢となりてあの異人を貫け』」

――何百もの土の矢が飛び交う中で。

 パリの城から上がった土の矢が、上空の魔女を撃ち落とそうと、魔女の一点に集中していく。

「『効かないね、そんなの』」

 魔女の魔法でも、真面目な魔法でもない呪文。だが、その一言で、密集した土の矢が離散する。

 魔女の持つ独自魔法、「解呪(Dispel)」。魔法を何かによって相殺するのではなく、その効果や存在自体を打ち消す。

 砕け散った土が消えて、眼下を見下せば、頬にフランス紋章の入れ墨を入れた魔法使いが小さく見える。

――宮廷魔術師……クィルドリフ、だっけ。ドリフターズだっけ。なんでもいいや。

 その魔法使いは、魔力の使いすぎによる疲労で朦朧とし、肩で息をしながら、なんとか立っているという風情だった。

――七回目。

 宮廷魔術師が攻撃を放ち、こちらが打ち消すというやり取りの回数だ。

 不毛であり無駄だ。だが、魔力量の差は、魔女と人間の間で絶望的に開いている。もちろん人が下、という意味で、だ。

――だけど、やるわね、こいつ。

 魔術師が放った矢の攻撃一回は、魔力で言えば、高位の魔法使いの全力かそれ以上に匹敵する。

 八発目を用意しようとしている眼下の魔術師は、単純に考えて魔法使い七人分以上の力を持っているということになる。

――あなたは十分強い。だけど、

 また矢が天に上る。幾本という数の土がこちらに迫る。

――私の方が遥かに強い。

 それを消した。今度は呪文すら唱えずに、指を振るだけで。塵となった土が飛び散り、月光を受けて、目映い星のように見せた。

 片膝をつきかけた相手は、それでもまだあきらめない、と九発目の用意をする。

「ねぇ、もうあきらめたら?」

――そこに、タオルを投げる権利を与えた。

「無駄でしょ? 君が魔力を消費し続けるだけ。君が気絶してぶっ倒れるだけだよ?」

 魔法の打ち合いをして、向こうは息も絶え絶え、こっちは何もないのだから、勝敗はもう見えている。

――筋は良いんだから、もっと応用すればいいのに。

 遠距離魔法が効果皆無なら、身体強化で高速戦闘をするという手もある。それでも勝てないだろうが、今よりはずっと良い。

 まだまだ若いな、と思って、いやこの人私より年上だろ、と首を降る。宮廷魔術師の年齢は三十前半か二十代後半だと聞く。

「――あきらめるわけにはいかない」

――聞こえたのは、小さい呟き。だが、言い表せない思いと執着の籠った呟き。

「こんなところで、力尽きる訳にはいかない。祖国のために命を削り、立ち塞がるものを全て薙ぎ払い、力を使いきり、そして果てなければ、生きてきた意味がない……!」

 病んでいる、と感じた。自分以上に、と。

「それでなにか生まれるの? 全てを壊して、新しいものを拒んで、肝心のあなたは自己満足を感じる前に死んで……。一体何を生むために生きるの?」

「『私が死んだ』という証が生まれるとも、魔女」

 己の執念を達成するために、他の何もかもを無視するというのか。なんて傲慢、なんてエゴ、なんて『病み』。だが、

「その『病み』、嫌いじゃないよ」

 ふ、と笑う。それに返す相手の笑みは、気が触れたような、しかし、悪くはない狂った笑顔。

 だから、

「私が全部を終わらせてあげる」

 箒の上に立つ。

「あなたの生きた証を刻んで上げる」

 喉をならし、息を整える。

「『――おお、引っ越しの時間だ――』」

 歌が流れる。音が、光る文字となり、

「『――旧いものはごみ箱へ――』」

文字は踊る円になる。

「『――新しいものへの道を開けろ――』」

 地上では、自分の歌に対応するように、土の矢が準備されていく。

「『――おお、捨てられぬものほど捨ててしまえ――』」

 歌のリズムは、賛美歌というよりも、酒場で陽気に歌う姿を連想させる。

「『――そいつは新しい生活にはきっと邪魔なものさ――』」

 円はやがて大きくなって、

「『――大丈夫、おいらがそいつを拾ってやるよ――』」

――魔法になる。

 魔女の魔法、「Salvation(救済)」。

 後ろを振り向けば、月に劣らず大きいのではないか、というほどの巨大な光の球が浮かび、自分を照らしていた。

「『――さあ、けじめの仕事と、祝いの花火をやろう――』」

 この歌は、古の革命家が仲間と共に作り、歌ったものだ。仲間の一人だった魔女が魔法にし、それが自分の世代まで受け継がれた。その革命家が誰なのかは伝わっておらず、かのカール大帝とも、カエサルとも、伝説に存在する古代文明の人間とも言われている。

 その魔法の効果は、『要らないものを消す』。つまり、効果範囲内の、『要らない』と判断されたものにのみ作用する破壊魔法。

「あなたはここで死ぬ『要らない』人間なのか、それとも、その執念とやら以外にやらなければいけない何かがある『要る』人間なのか。見極めようか」

 判定基準は知らない。発動者の潜在意識が独断と偏見で選ぶのかも知れないし、魔法が民衆の意思を汲み取るのかもしれない。だが、それがどうなろうとも、ルーシーが『新しいもの』であることに変わりはない。

祖国万歳(La France!)!」

 土の矢が放たれる。

「『――さあ引っ越しの時間だ――』」

 光の球が落ちる。

――フランスは、変わりの時を迎えていた。


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