第二十二章 確かに得たもの
「こんッのぉぉぉオオオ!」
馬上から剣を振るう。
「……!」
しかし、槍に受け止められた。
パリ東部での、モンタギュー騎士団と治安大臣アーバンの部隊との戦闘。それは膠着に陥っていた。
否、正しくは、騎士団が前に進めない、だ。
――相手が本気で殺しに来ていたら、俺らは何十分も前に終わっている。
アロルドはあきらめるように、そう思う。
パリ攻撃が始まって二時間が経とうとしている。
――予定の範囲内だが、遅れているな。
首尾よく行っていれば、第一陣が王宮に侵入していても良い頃だ。
――俺が手間取っているせいか。
舌打ちをして、馬を反転させる。
――考えろ。
どうやれば治安大臣に勝てるのか。
単純な突撃が無意味なのは解っている。円形の囲い込み陣形も試した。魔法の遠距離攻撃も、身体強化も、だ。それらが成功していないということは、
――正解はこれじゃない。
真面目にやれば、どんな攻撃をしようとも、相手は防ぐのだ。それじゃ、こちらを「鍛える」ことにはならない。だから、自分達が「正しい」攻撃をしたとき、相手はそれを「受けて」くれるのだろう。
――だけど、何をやれってんだよ!
相手は槍兵。剣とでは相性が悪い。故に、比較的相性の良い騎馬で戦う。それが定石だ。定石を踏み外すのは、天才か間抜けで、天才でない自分ができることではない。
――どうすれば良い!?
それでも、もう一撃と剣を振るう。
「……」
しかし、虚しく金属音たてるだけ。
――くそ、馬の上からじゃ、攻撃範囲に制限がある。降りればもっと不利に……。
馬の上、と考えて、何かが引っ掛かる。
歩兵には騎兵。それが定石。
――本当に?
戦争の「先輩」から、「それは間違いだ」と言われているのに、か?
じゃあ、何が定石だ?
歩兵には歩兵?――そんなわけがない。
敵をよく見る。
ゆったりと長槍を構えながら、隙がない。武器の特性上、間合いの内側が弱点だが、そこに入る前に防がれる。
――間合いに入りさえすれば……
それには、高速機動が必要で、必然的に馬を使わなければいけなくなり……。
――違う、そうじゃない。
馬に縛られるな。
――馬上で戦わない騎士……?
自分でも何を言っているかわからない。それは、弓を持たない弓兵で、車輪のない馬車で、人が住んでいる廃屋だ。
――そんなものが、
あるわけない、と思いかけて、違うと留まる。
――弓兵は、近距離戦闘では短刀を用いる。
弓を持たない弓兵――なら、騎兵はどうなる?
――弓兵では、短刀を使うという、タブルスタンダードと、意表をつく攻撃。なら俺は……!
愛馬の頭をアーバンに向け、いくぞと呟く。
馬の腹を蹴れば、一度嘶き、速度をあげて突進する。
間にあった距離は、二十メートル、十五、十、と縮まっていく。
それが、一桁へとなったとき、
――飛び降りる!
「……!?」
鞍を蹴って、地上へと身を投げ出した。
体は、空中で一回転したあと、足から地に落ちていく。馬の方は右に反れ、アーバンと自分の間から離れる。
馬の突撃速度のまま、人が地面に飛び降りたなら、速度に足の回転が追い付かず、こけるか骨折するかしてしまう。だから、
――足強化!
無呪文で足を強化する。耐久力、速度、脚力。全てを、だ。
着地の瞬間、足が砂を削って地を踏みしめ、骨に激痛が走る。だが、怪我はない。
――速度上昇!
なおも身体強化。今度は体全体の筋力を強化し、騎馬の速度を維持する。
そのまま、アーバンへと突っ込む。鞘の長剣の柄をを握り、接敵しかけたところで、
――再加速!
もう一度、身体強化。無茶なことをして、節々の筋肉が悲鳴のように痛みを生む。
「……なッ!?」
アーバンの驚愕。声を初めて聞いた気がする。
相手の間合いの内側に、不意をつくように攻め入り、柄を引いて、
――居合い切り!
切った。
鮮血が相手の腹から噴き出し、こちらの鎧に振り掛かる。
――まだだ!
通り抜けようとした己の体を、右足を地面に突き刺して、強引に左ターンさせた。骨が軋む。
――突く!
ターンの最中に剣を持ち直し、振り返り様、敵の脇腹に突き刺す。それは肉を削って貫き、反対側の空間へと切っ先を抜けさせた。
「ガァッ……!」
アーバンが吐血する。赤黒い液が土を濡らした。
その横顔は、つらそうに、だが確かに笑う。それは、出来の悪い生徒に「よくやった」とも「正解だ」とでも言うような笑顔だった。
「……ありがとうございました」
口をついて出たのは、感謝の声。それを聞いた相手は、もう一度笑みを浮かべ、
「……頑張れよ」
そして倒れた。
グチャリという音は、血溜まりに死体が落ちた音。
自分は、剣を握った右手を大きく上げ、
「治安大臣、アーバン・クリフォード、打ち取ったり!」
己の脆い勝利を宣言した。
――戦闘は高速化する。
「振りかぶりをもっと内側に持っていけ、犬」
「っるせぇ、老害!」
狼が吠え、老雄が叱る。
パリ南部での、ウィルガンドとグラストの戦いは、一つの山場を迎えていた。
戦いの形式は、魔法で瞬発力と反射神経を強化した狼が絶えることなく攻撃を繰り返し、それを人間が受け止めるという、一見一方的なものとなっていた。しかし、
――攻撃が届かねぇ……。
ウィルガンドは、奥歯を噛んだ。
己の攻撃は、グラストの双の剣のどちらかに防がれ、そのカウンターで拳や、あるいは剣の腹が自分に叩きつけられる。
――相手が殺す気だったら二回は死んでるな、俺。
その事実が苛立たしい。何よりムカつくのは、
――こいつの助言が的を射ているってことだ!
現に、アドバイスを実行すれば、速度も威力も上昇し、手応えもしっかりとする。
力の制御以外にも、解ったことと言えば、
――あらゆる手段で攻防、か。
剣士が剣しか使ってはいけないなどというルールは戦争に存在しない。
殴る、蹴る、魔法、目潰し、陽動。
すべての選択肢を持ってして敵と戦うのが一流。
苛つく相手であるのに、そいつからの助言を受け入れられる自分は、
「なんて大人なんだろうな!」
「どの口が言うか!」
振るった剣が、十字に合わさった双剣と金属音を打ち鳴らす。
その双剣に蹴りを入れ、その反動で距離を開ける。
実感する。つい先程までの自分では、この男に敵わなかったと。
「無駄に強ぇな、ジジイ」
「年の功と言え」
そして、速度も力量も上がった――上げられた今なら、
「――勝つぜ? 俺」
意地悪い笑顔をやれば、
「ほざけ、犬」
罵りが、しかし嬉しそうな顔で飛んでくる。
その笑顔が、真顔になり、自分も顔を本気のものにする。
いくぞ、と心で呟き、右足を引き、左足に力を込める。
睨むのは、前方数メートル先の老人。
歯を噛み締め、居合いの形に刀を構え、そして、
「―― !」
駆けた。
魔法で高速化された突撃が、土を巻き上がらせ、音を置いていく。間に空いた距離は一瞬きの内に消え、
――キィーン!!
鉄と鉄が弾き合う。己の斬撃は受け止められた。だが、それで終わらせない。
受け止められた居合い斬りの勢いで、その場で回転する。
右足を軸に回り、その遠心力でもってもう一度叩きつける。
ガン、と景気のいい防御の音が聞こえた。失敗。
――ここまではいつも通り。
だから、ここからを変える。
一度鍔迫り合いを演出した後、剣を押し出し、高く後ろにジャンプして距離をとる。
跳んでいる間に、足の強化を上書きし、そして腕力も新しく強化する。
着地の直後、走る体勢になりながら剣を投げる格好を作り、
「ッラァァ!」
投降。ヴァレンシュタインのように、だ。
真っ直ぐ向かった剣に驚きながらも、グラストは即座に防御体制を取った。だが、
――本命はそれじゃねぇ!
足を二重に強化し、やや旋回の軌道を取ってグラスト目指して走り出す。速度は剣の投げられた速度と同じか少し早い程度だ。
それに気づいた老人は、こちらの肉弾戦を防ぐのに、この体勢では無理だと、体を強引に捻り、双剣の防御姿勢を解き、回し蹴りでもって突進を相殺しようとする。
自分の突撃の進路に、敵の蹴りが来る。己の拳は強化を掛けてあるが、相手も同じことをしているだろう。脚と腕では、前者が圧倒的に強い。こちらが足を攻撃に回せない状況では、勝負を仕掛けるだけ無駄だ。
いや、そもそも、
――本命はそれでもねぇ!
姿勢を下げた。顔が地につくほどに。
片足が上がった敵の股下を、地面に這うように通り抜ける。
途中、自分が踏み込んだ右足の、力の方向を捻る。
そのお陰で、体が左回転し始め、上を向き、相手と目が合う。
その目は、驚きに満たされながらも、何かへの期待に輝いていた。
左足を強く地面に打ち付け、進行の方向を上へと変更する。回転の力は消さず、なったのは敵とちょうど背中合わせになる格好だ。
その目の前には、高速で突っ込んできた何かがあって……
――その剣を取る!
それは、己が最初に投降した長剣。敵が避けたことで、今、自分の手の届く場所に来た。
その柄を、回転の勢いはそのままに、右手で掴み取る。
投降の惰性による強い力で右側に体が持っていかれようとするが、先程掛けた腕強化がそれを防いでくれる。
左への回転は、自分達の位置状況を、背中合わせから、こちらが相手の後ろを取る形にして、
――斬る!
老雄の背中を斬りつけた。
血が斜め掛けに噴き出し、こちらの視界を染めた。
グラストは叫びを漏らすことなく、そして膝をつくことなく双剣を後ろに振った。それを寸で避け、距離を開けた。
両者が一呼吸置き、互いを確認する。
グラストの方は、背中からの血が足下に血溜まりを作り、命が削られている。
対する自分の方は、魔法の過度な連続使用と、無茶な体の動きで節々が痛み、視界が時折ぐらつく。だが、無傷だった。
二人が、ふらつく頭をはっきりさせて睨み合う。
「どうよ? あんたに言われたこと、全部実践してやったぜ、爺さん」
投げた剣に意識を持っていかせて「目潰し」とし、「殴り」に行くように見せて「陽動」した。「魔法」で足を強化し、最後は基本的な「力の制御」で決める。
「……上出来だ、狼」
憎らしげな笑みと共に来たのは、始めての称賛。なぜか口角があがってしまう。だから、
「――てめぇはここで殺す」
笑みを返した。
戦士の情けだった。
このまま、「授業の礼」とやらで、戦いをなあなあで終わらせることもできる。その方が魔力を節約できるし、命が少なくとも一つは儲かる。
だが、それをグラストは望んでいないだろう。
命を国に捧げた人間が、それを逆賊に助けられるのを欲するだろうか。それよりも、全力で戦い合い、競い合い、殺し合った方が、戦士として相応しい死に様ではないだろうか。
「それが貴様にできるか? 狼」
双つの剣を構えるグラスト。
「わかってんだろ? 俺がまだ本気じゃないって」
正しくは、
「狼化か……わかっている」
――まだ正気を保っている。
「それが、俺らがこんな月夜に夜襲を仕掛けた理由だしな」
夜襲は本来、闇夜に紛れて行われる。月が出ていては、肝心の姿が見えてしまい、夜襲の意味がない。
では何故、革命軍は満月の下で夜襲をしたのか。
それは、人狼中心に編成された傭兵団の第一陣と、魔女のためだった。
両者、特に人狼は、月が出ていることでその本来の力――狼化をする。
「俺はクォーターの上に、人間と接しすぎたから、満月の夜しか変身できねぇし、目標倒すまで理性ブッ飛ぶんだけどな」
純血の人狼であれば、何時なんどきでも、狼化でき(そもそもの生活が狼化状態だ)、能力も数段上だ。
「殺ろうではないか」
相手は剣を構え、
「殺ろうぜ」
己は剣を捨てた。
そして、
「『――UuooooOOOO!!!』」
グラストは、変化していくウィルガンドの姿を見ていた。
咆哮をした人狼は、突然体を抑えだしたかと思うと、元々毛深かった腕から銀色の毛が生えだし、体格が全体的に大きくなっていく。
顔は、鼻が徐々に高くなり、耳は尖り、目は獣のように――そう、獣のように細くなっていく。
生えだした毛は、やがて首、顔、胸、下半身と広がっていく。
大きくなった体には窮屈だ、と上半身の鎧を右手で破いて捨て去り、
「『――Gaaa!!』」
威嚇のような吠え声。
体勢はやや前傾姿勢。背丈は最終的に二メートルを超え、身体中に毛が生え、爪は鋭く尖る。顔は人の面影を残しながらも狼のものとなり、鋭角の耳がたまに動く。
「人狼、か」
その言葉を正しく実感する。
まさしく人の形をした狼だ。味方であれば百人力、敵であればたじろぐ。
「だが、そんなものに怖じ気づくほど暇ではない」
足を構え直し、目は目標を睨む。相手も同じように突撃姿勢を取る。そして、
――行くッ!
踏み出したのも、動いたのも同時。だが、先に攻撃を完遂したのは、
――速い!?
狼だった。
攻撃手段は拳。反射的に双剣を合わせ、腹で防御したが、それが押し込まれ、体に重量級の重みがのし掛かる。
自分の体は呆気なく飛ばされ、浮遊の感覚がやってくる。
――これで終わってたまるか!
飛ばされた姿勢のまま、左の剣をまっすぐ投げた。飛んだ剣は鋭く敵に突き刺さろうとして、
「『―― !』」
捕まれた。敵は刀身を、面積の増えた手で掴み、それを自身が回転することで方向を転換し、投げ返した。それはそのままこちらに向かい――
「ガァッ!!」
――脇の腹を貫き、刺さった。
敵は、投げた格好を走りに移動させ、向かってくる。
高速移動。それで一瞬のうちに接近され、右腕が振りかぶられる。
――右の剣で防御、間に合うか!?
腹の痛みをこらえ、腕を動かす。ギリギリで敵の拳に当たるかどうかだ。
――早く動け!
念じ、無茶に体を動かそうとして、
――身を屈めた!?
狼が、出していた拳を引っ込め、姿勢を変える。
――回し蹴りか!
予想して、その通りのものが腹に入れられた。
――陽動、か。理性が飛んでなどいない、ちゃんと考えて動いているではないか。
よくできた、という思いは、壁に叩きつけられた痛みに塗り潰される。衝撃で剣を落とし、脇に刺さった刃は根本から折れた。
そして、重力に引かれて地に落ちようとしたときに、肩を巨大な狼の手に捕まれ、高く体を上げられた。
人狼は下顎を大きく開け、涎を滴らせる。
――ああ、終わりか。
喰われる、と感じた。
――狼に喰われて臨終とは、中々面白い死に様ではないか。
ふ、と笑って死のうとして、
――!
不意に涙が流れた。その理由を見つけて、苦笑する。
――我ながらなんとご都合主義で、利己的な妄想だろうか。
狼の口は、一噛みの元に殺してやろうと、首元に迫ってくる。
――この獣の顔に、
ゆっくりと流れる時間の中、鋭い牙が首に刺さる痛みが伝わってくる。狼の顔はすぐそこだ。
――死んだ息子の姿を重ねるとは……
懐かしく新しい、睨んでくる獣の目が、グラストが最期に見たものとなった。




