第十章 ヴェローナのモンタギュー
重厚な鎧を着せた馬に跨がり、機動力を活かして戦う魔法騎馬隊のことを、機甲師団、あるいは機甲騎馬隊と呼ぶらしい。
今の時代の戦闘では、馬上から大砲レベルの大火力魔法攻撃が行えるため、そうした騎馬隊を自走砲や単に騎馬砲兵と呼びもする。
馬を使わないものを含め、総称して戦車と呼ばれたそれらの部隊を活かした機動戦術を――
「左翼展開! 敵を包囲殲滅せよ!」
――電撃戦と呼ぶ。
団長の掛け声で、モンタギュー騎士団が左右に展開されていく。
モンタギュー騎士団が神聖ローマの円形陣形を見つけたのはつい先程。場所はフランスから少し離れた平野だ。どうやらバチカン方面に進行中だったらしい。
「右翼は敵後方に展開。本隊はこのまま中央待機」
アロルドの指揮で部隊が左右に分かれていく。
敵は、作られた円形陣形のまま、モンタギュー騎士団の進行方向から向かって左に進んでおり、モンタギュー左翼が敵の前方に広がって陽動をすると共に、右翼は敵後方に迂回する。紀元前から続くローマ式包囲殲滅だ。無論、それだけではない戦法をアロルドは巡らせているようだが。
「……定石だな」
「ああ、定石だ。何より安定性があるし、こっちが有利なら数の力で勝てばいい。そうだろ、女王」
奇策は弱者の手法だ、とアロルドはこちらに笑い掛けた。
「あとは、その定石を如何に奇策のように見せるかが指揮官の役目だ。クラリスいるか?」
アロルドがクラリス――事務官モンタギューを呼ぶ。
「左翼隊長に攻撃射撃を伝えるように言え。右翼には最高速で突き進ませろ」
――ローマ式包囲は、敵正面に重装歩兵等の固い兵科を配置し、敵の突進を抑え、両翼から機動力の高い軽騎兵が回り込み、敵の側面を突くのが一般的だ。時代により、重装歩兵が長槍兵になり、軽騎兵が重騎士になったが、基本は変わらない。
現在の状況にあてはめるのなら、左右の機動力は両翼の騎士団。正面で敵の攻撃を受けるのが、
「私達のいる本陣になるんだが? しかも、騎馬だぞ?」
「そうですよ、女王陛下」
アロルドが顔を変えずに言う。
いやまあ、大将が先陣を切ると言うやり方もない訳じゃない。だが、それは何百年も前の話だ。今の時代、遠距離からの魔法攻撃が想定されるこの時代では、指揮官は後ろの安全地帯にいるのが賢明だ。もしやられてしまえば、指揮系統が崩壊し、部隊は烏合の衆に成り下がる。
「……それに、まさかとは思うが、私も飛び込むんじゃないよな?」
「えっ」
その前提で話を進めていたのに、という顔がアロルドに浮かぶ。なんて奴だ。
「しゃあない。じゃあ、クラリスと、エンリコの隊はここで女王陛下の護衛。他は突撃な」
団長の命令に、何故か護衛を命じられた隊員達からブーイングがあがる。なんて戦闘狂共だ。
「突撃!」
軍馬が地を踏み鳴らし、敵に向かって進んでいく。距離は約一キロ。
両翼が大きく広がっているのを合わせると、丁度フォークか三又の槍のような形になっている。さながら、敵の部隊はフォークに刺されるハンバーグか。しかし……。
敵は混成師団の長槍兵主体の密集陣形。槍兵に相性の悪い騎兵でそこに飛び込むのは愚策としか言いようがない。
「うちの騎士団はどうですか、女王陛下」
副団長エンリコが馬上から問い掛けてくる。
「……正しく戦闘『バカ』だな」
経験で行動し、理論はわかっていても最後は突撃を掛ける――戦果は大きいが、死人も多いだろう。
「防御力の高い相手に突撃は、素人目に見てもありえない」
「はい。防御力の高い相手に突撃は素人目に見てもありえませんね」
繰り返したエンリコの言葉に首を傾げる。
その素人目に見えることを目の前でやっているんじゃ……?
確かめようと前を見て、
――違う。
モンタギュー左翼が遠距離から魔法攻撃を加えたことにより、敵は防御魔法を展開する必要が出てきた。近接武器である槍は不必要になり、それが意味するのは、
「前衛に魔法使い部隊が出てきている……?」
物理には脆弱な魔法使いだが、魔法に対しては力量次第で鉄壁になれる。相手が魔法を使ってきたのなら、こちらも魔法で対抗する。それが常道だ。
だが、今敵に迫っているのは、物理攻撃力の高い騎兵。
「意地が悪いな」
「お褒めに預かり光栄です」
しかも、長槍兵を前に出せば魔法の攻撃に晒される。魔法使いには騎士の剣が迫る。
敵は包囲された時点で「勝つ」という可能性を失っていたのだ。
「戦術以外にも、勝因はありますよ」
思ったのは、兵のカテゴリー。神聖ローマは、長槍・魔法使いと専門化、混成化されているが、モンタギューは魔法騎士団単一の単純編制。混成部隊は敵に合わせて戦法を変えられる反面、疲労が偏りやすく、連戦や相手の奇策に対応できない。逆に、単一部隊は弱点に遭遇すれば脆いが、突入点さえ見つければ無双の強さを誇る。包囲戦なら尚更だ。
「そして、その突入点を作ったのが……」
「うちの団長ってことです」
凄い。ただ感動が心を巡る。
自分にも、少しは戦いというものを見れる気があった。しかし、それはベテラン達から見れば、子どもが粋がっている風にしか見えない。
モンタギュー騎士団の幹部陣は、三十代後半から五十代の歳だったな。複国同盟も、一番若いのがリシュリュー夫人。ルドルフは八十を超えている。
自分はまだ二十四。人生経験の差が、戦術の、政治の未熟さを招いていた。
もっと自分に力量があれば、もっと知識があれば、戦場を見誤ることも、最愛の人間に庇われることはなかっただろう。
「――学びたい」
政治だけじゃない。文化や地形、哲学や軍事学のことも知りたい。だが、もう私にできることは……
「今からでも遅くはありませんよ」
小さく呟いたのは、ニコニコと笑って戦況を見つめていたエンリコ。
「学ぶに時無し、やるに限りなし、です」
――そうだ、今からでも遅くはない。この革命でフランスというものがなくなろうとも、私はいつか国を立ち直らせたい。自分の力で、世界に誇れる国を作りたい。
そのためにも、たくさんのことを学ばなければいけない。強国ロシア、超大国イスラム、中国、そして東の果てにあるという日本……知識を取りに行くところは無限にある。
――じゃあ、学びに行くのはお前だけか?
否、断じて違う。
自問自答に即答する。
一人で夢を目指すなんて、そんな悲しいことはない。私は、大切な人――自分と共に歩んでくれる奴と一緒に行く。
「待っていろよ、クライス。今度は一緒に勉強をするんだからな」
言わずと知れた(?)ロミジュリのヴェローナでモンタギュー。
詳しいことは完結後に…




