第十一章 傭兵団
傭兵というものは、実に利己的な生き物だ。
商売である以上、自分は生き残らなければならない。そのために仲間を平気で裏切るし、市街戦などの危険からは逃げる(それが神聖ローマの内戦を長引かせている要因の一つだ)。生きるためには――自分の欲を満たすためには殺人・盗賊・強姦、なんでもする。中には真性の殺人鬼もいるだろう。
血と金を求めてさ迷うもの、それが傭兵だった。
ヴァレンシュタインが生まれたのは、傭兵をまとめる貴族の家だった。
最初に彼が戦争を経験したのは、十二年前の十字軍。
思ったのは、傭兵とはこんなにも儲かる仕事なのか、ということだった。
当時や今の軍隊を構成している殆どは傭兵だ。しかもその戦争は宣戦布告なし。そんな強盗のような戦争が、何を起こすのかは明白だ。
血沸き肉踊る。
一方的に相手を殺し、奪うことができる状態で、傭兵業は、やれば儲かる、殺れば手に入る、という濡れ手で粟の職業だった。
だが、戦火に燃える敵の都市・ダマスカスを見て、彼は舌打ちをした。
醜い。傭兵という人間はなんと醜いのか。
女を犯し、家は焼き、誇りも汚す。
そこに騎士のような誠実はなく、神父の優しさもない。
彼らは――否、自分達はこんなことをして何が楽しいのだろうか。何のために殺し、何のために奪い、何のために汚す?
殺人嫌悪――それは乱世であるこの時代においては甘い思考。だが、ヴァレンシュタインはそれを捨てきれなかった。
やがて十字軍は、アラブ連合の組織的な抵抗にあい、傭兵達は現場放棄。残った正規軍はほぼ壊滅し、出資国は政治的にも経済的にも大損害を被った。儲かったのは傭兵だけだった。
その後、故郷の神聖ローマに戻ると、家を捨て、旅に出た。
政治を学び、世界を見た。それは、汚く、人の欲にまみれた最悪な光景だった。だが、それが自分に与えた刺激はなんと素晴らしかったことか。
遠征で知り合ったルーマニア傭兵のウィルガンドや旧友達とも再会し、交遊を深めた。
そんな中、起こったのが神聖ローマの内戦。傭兵達は久々の稼ぎ時に浮き足立った。
ヴァレンシュタインは考えた。どうすれば殺してやりたいほど憎い『殺人者』たちを作らなくて済むのか。
長く学んだ彼が導きだしたのは、『カリスマによる統一』だった。
権威と権力を持った一人の人間が、『殺人者』共をまとめあげ、規律と報酬で統率する。
では、その『カリスマ』は一体だれが?
皇帝の威厳は衰え、王の勢いはか細い。
なら、自分がやってやろうじゃないか。
誰も頂点に立たないのなら、俺が立つ。
ウィルガンド達、昔仲間にも声をかけ、ささやかに成立した集団は、志を同じとするものを取り込み、やがて不死と不殺を信条とした一大勢力となった。
それが、『傭兵王』と『傭兵団』の過去である。
そして今、傭兵王は新たな歴史に直面していた。
「カタパルト、発射!」
場所はフランス南東部、ブザンソン。時間は夕ぐれ。
商工会長ハルクフにより復国同盟側に雇われた傭兵団は、本隊がパリから脱出したあと、地方に出張中だった遠征部隊とフランス南端のマルセイユで合流し、再びパリを目指して進行中だった。
無論、それを政府が黙って見過ごすはずはなく、途中で遭遇した敵の城と交戦状態になったのが先ほどである。
「前列交代! 二隊の代わりに三隊が出ろ!」
ヴァレンシュタインの号令で、方形陣形の前衛が交代する。
「攻撃来ます!」
横にいた伝令が叫ぶ。
「どこから!?」
「上です!」
空を見上げる――少し欠けた月を背景に、敵の放った火球が降ってきていた。
「ウィルガンド!」
「言われずとも!」
後方に控えていた副団長が、大きく息を吸い込んでいた。
――もう少しで満月か。
ウィルガンドの体に、薄く獣の毛が生えている。そして口を目一杯開き、
――狼は月の下で吠える。
「『uoooOON――――!!』」
良く響く遠吠えが夜空に木霊した。しかし、それはただの遠吠えにあらず。
音に魔力を乗せ、衝撃を放つ。テレパスや合言葉と同じ原理だが、規模が桁違いだ。
人の耳には聞こえない音の波が空気を駆け抜け、衝撃波となる。
その衝撃波は空を飛び越し、火球を打ち消した。
「ご苦労!」
「おう!」
ウィルガンドがニッと笑い、それに笑って返す。
「前進!」
自分が言うと、伝令がラッパを吹いて進軍の合図を出す。
不死不殺を心得とした傭兵団は、独特の方形陣形を組む。
四角形の陣形。その外縁を物理防御の高い重装歩兵が囲み、ひとつ内側で魔法使い部隊が防御魔法を展開する。上方からの攻撃はウィルガンド達人狼の『咆哮』魔法や、他の魔法使いによる対空攻撃で対処。遠方の敵にはカタパルトの催眠弾で攻撃。物理・魔法を無効化しながら前進し、敵司令部に近づいたところで陣形内に匿っていた騎兵や剣士を開放し、敵司令官のみを殺して戦闘を終了する。
この陣形の有利な点は、損害ゼロで勝つことができ、火力で負けなければ一方的な戦いになるということ。
しかも、傭兵団は陣形の内側に司令部を作るため、政治や経済をその中で回せることになる。
社会システムを構築した傭兵団は、陣形の中に街を作り、土地を耕すことでそこに新しい集団を作ることができる。防柵を作れば要塞にもなり、土塁を作れば町となる。つまり兵糧攻めや持久戦において永遠に戦うことができるのだ。その街の規模は、防御要員や防柵の調整で数平方メートルから数十平方キロにまで及ぶ。
逆に欠点は、移動速度が絶望的に遅いこと。そして傭兵団でなければそもそも利点がないことだ。
陣形を維持しなければいけないため、行進は一歩ずつになり、戦場を横断するのにすら数日掛かる。
そして、不死不殺も、敵兵の生存を気にかけない常識的な軍隊なら意味がない。街の建設も、軍隊は軍隊として扱う常識的な国なら不可能で無意味。
これは、傭兵団のみに可能な戦術だった。
参考にしたものは、スペインのテルシオ、バチカンの包囲陣、ギリシャの密集陣形、モンゴルのゲル。
「西に東に勉強しにいった甲斐があるよ」
さあ、次はこれからを学ぼう、と空を見上げる。
そこには、蝙蝠のような翼を羽ばたかせ、甲殻で覆われた四足の体を空に浮かせている、先ほどの火球を放った主が三騎いた。
「――ドラゴン、竜兵」
空の王者。食物連鎖の上位。破壊の主。炎の巨獣。
傭兵団でも年何回か野生の成竜の討伐依頼を受ける獣だ。四足の獣のような体格だが、その皮膚はトカゲのように光り、蟹のような硬い甲殻が随所を多い、背からは一対の翼が生える。
時には無差別に街や村を襲い、全滅に追いやる種族。一般人が会えばひとたまりもなく、猛者でも丸腰であれば命の保証はない。また、高位のドラゴンは、人に変化することもあるという。
どこの国でも、ドラゴンの幼竜を捕まえ、軍事転用しているのが普通だ(成竜を捕まえるのは難しい上、飼い慣らすのは不可能に近い。人の飼育下では成竜サイズまで大きくなるドラゴンも少ない)。
人の乗ったドラゴンが戦争に使われ始めたお陰で戦術の三次元化が進み、複雑になったのは人の罪としか言いようがないだろう。
空に上がった三匹の竜の体長は、ぞれぞれ十数メートルほど。竜としては小柄だが、軍事用としては大きい部類に入る。
「こっちも三騎の竜兵部隊を出して」
コクリと頷いた伝令が陣中央に駆けていく。
「これで空は安心かな」
攻撃は防げている。前進完了まで一日か。
城が相手なら司令官を倒すのが面倒だな。被害の心配もある。突入戦力を増やすか。兵の消耗も溜まっているだろうし……。
「団長、よろしいですか?」
「うおッ! びっくりした」
思考の最中、音もなく忍び寄ってきた女性事務官に肝を冷やす。
「もうちょい気配出して近寄ってほしいな。暗殺されそうで怖い」
「職業柄です、気にしないでください」
気にできないから困っているのだが。
「で、何? 問題あった?」
「いえ、問題ではなく、竜兵部隊のことについて進言なのですが……」
竜兵の出陣までもう少しだろうか。言うなら早くしてもらいたい。
「三騎で良かったのですか?」
「あ、数? 十分だと思うよ。フランスの竜兵ってそんなに強くないし」
『傭兵団でも年何回か野生の成竜の討伐依頼を受ける』
「そういうことではなくてですね」
『傭兵団は、不殺と不死を信条とした一大勢力となった』
――では質問だ。
「じゃあどういうこと?」
――傭兵は竜を殺すのか?
「――三騎では多すぎるのではありませんか?」
その時、司令部の上空を三つの大きな、風が通り抜けた。
「あ、もう出ちゃったみたい」
「……もう知りません」
味方の竜兵達。それが三騎、夜空へ駆け上っていく。
――傭兵団は竜退治を受けても、殺せない。殺したくない。結果、成竜を捕獲・飼育することとなり……
「戦士の友情ってやつは、人と動物でも成立するらしいね」
討伐に向かった隊員とドラゴンが、死闘を通じて打ち解け合い、対等な関係で「竜兵」を成立させる。しかも、成熟した、かつ歴戦のドラゴンと人である。
味方の竜の体長は、優に三十メートルを超える。大きさに比例して魔力や力が大きくなり、無論スピードや火球の威力も幼竜とは比べものにならない。
空では、欠けた満月の下、早くも敵の竜兵が一騎落とされたところだ。死なないように、できるだけ低高度で。
「さっさとやっちまえ」
数分後、空には敵を倒したドラゴンの雄叫びが響き渡り、そのすぐあとにはブザンソンの城を落とした傭兵団の姿があった。
――革命の風は、まだ吹き始めたばかり――




