一年生四月:入学①
縁堂縁は中学校最後の大会で届かなかったシュートを何度も思い出す。
ヨスガはゴールキーパーで、シュートはなんてことのないシュートだった。
力強く大地を蹴って跳び、ボールに食らいつく。スローモーションのようにボールが見える。見えるだけだった。
指先すら触れることができずにボールはゴールに吸い込まれた。
そうして夏は終わり、秋を越え冬となる。
ヨスガの進学先に柏陽台 高校を勧めてくれたのは三年間世話になったクラブチームのコーチだった。
柏陽台 高校、それは全寮制の私立高校だ。台地に立つ校舎の周囲には昔あった工場の社員寮を流用した寮がある。
特筆すべき事があるとすれば、近隣のプロサッカーチームと提携し、その下部組織であるユース生を受け入れている事だろう。
ヨスガのチームメイトもユースに昇格した。彼に限って心細いとかは無いだろうが、チームが分かれても切磋琢磨してほしいというコーチのはからいだろう、とヨスガは考えている。
コーチは、中学から本格的にサッカーを学んだヨスガにとっては短い人生ながら恩師と呼べる人間だ。
ヨスガはコーチへの恩義で柏陽台 高校へ進むことに決めた。特待生ではなく一般受験だ。
幸いな事にヨスガの両親もそれを応援してくれた。両親が件のプロサッカーチームのサポーターで、アウェイゲームにも熱心に通う人種である事は大いに関係しているだろう。
そうしてヨスガは無事柏陽台 高校に合格し、春からワンルームでの生活を始めることになった。説明会で把握はしていたが、一人一部屋な事にヨスガは驚く。
一学年九クラスで、一年九組だけは特待生クラスで入寮は任意だ。それでも三百人以上の同学年の生徒がこの寮に収まっている。
ちなみにユース生であるヨスガの元チームメイトは九組で、ユース生の寮はクラブハウスに近いところにあるため同じ屋根の下とはいかない。
新生活に期待を膨らませるヨスガをヨソに、両親は今週の土日に早速新幹線で神戸へと行った。
部の練習自体は入学前から参加していたのでいきなりキツイとヨスガが感じる事は無かった。
しかし、練習参加していたとはいえ仲良くなれたチームメイトは片手で数えられるくらいだ。
思えば中学校の時だってそうだった。当時は素人に毛が生えた程度の実力で、必死だったのもあってチームメイトと仲良くなるという頭になかなかなれなかった。それでもセレクションに受かったのは単に参加者が少なかった上にゴールキーパーがヨスガしかいなかったからだ。
下手くそなりに余裕ができた時、チームメイトがずっとヨスガに手を差し伸べ続けてくれていたと気づき、情けない気持ちになりながらもありがたいと思った。
そんな経験を踏まえて高校では人間関係も頑張ろうと意気込んでこれである。よくこれでゴールキーパーをやれているなとは何度も言われた。
ヨスガがゴールキーパーを選んだ理由なんて、背の高さで押しつけられただけのつまらない理由だ。
入学式を終え、入部届を出して、正式にサッカー部の一員になったある日。ヨスガにとって初めての練習試合があった。
近所の高校同士で一年生のみで行う恒例行事らしい。
一年生のゴールキーパーはヨスガを含めて三人。ヨスガはその中で三番手だった。上位の二人は早々にチームに溶け込み、学年の中心になっていた。
三十分三本の練習試合をヨスガ達は一本ずつ出場した。出場した選手から順に帰っていき、三本目のヨスガは最後までグラウンドに残っていた。
ボロ負けと惜敗の間くらいの気分で寮に戻ると、机上の小説が目に入る。
入学直後に図書館で借りた本だ。今日が返却期限である。
図書館は校舎とグラウンドの間にある。今は二十時過ぎだがまだ開いている。
全寮制のこの学校は部活に励んだ生徒も利用出来るように二十二時まで図書館が開いている。
早朝に返却ボックスに入れてもバレないだろうと、入学早々楽な方に流されようとする自分に呆れながらも、小説を手に取って図書館に向かった。ついでに次に借りる本を探すつもりだ。
この時間帯の図書館はいつも以上に静かで、耳が静寂にキーンとする。
利用者も今来たヨスガ以外には女子生徒が一人だけだった。
まずは本の返却を済ませ、次に借りる本を物色する。
本を借りる時は司書に手続きをしてもらわないといけないが、司書は十七時には退勤するので今は借りる事ができない。
ヨスガは今さっきまで借りていた作家の作品をいくつか手に取り、席につく。
愛坂恵太郎という小説家にハマっており、まずは図書館に置かれている作品を片っ端から読んでから、文庫化している作品を購入しようと思っている。単行本の購入には少し尻込みしてしまう。
閉館時間までのんびり読み進めようとページを捲っていると、今日の疲れが顔を出してきた。
ほんの数分でヨスガは夢へ旅立つ事になった。




