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第66話  学園の終わりと動乱の始り

 ソロモン歴1192年。後世において血文字で綴られることになる卒業式のその日は、透き通るような快晴だったと記録されている。

 在校生送辞のカンペを確認していたアナリーゼは、やや遅く卒業式の会場に現れたヴォーティガンに駆け寄った。


「あ、ヴォーティガン委員長!」


「委員長はやめてくれ。もう委員長は引継ぎをした後なんだからな」


「じゃあヴォーティガン先輩。それって卒業式用にあつらえた服ですか? 凄く似合ってますね」


 これまでヴォーティガンは学校指定の制服を着ていた。だが今のヴォーティガンは白を基調としたそれではなく、真っ黒なローブを羽織っている。絶世の美男子であるヴォーティガンはなにを着ても似合うが、普段とは違う黒い衣装は彼の妖しい魅力を存分に引き出していた。その証拠に彼を遠巻きに見る女生徒が黄色い声をあげている。


「ありがとう。この日のために、ちゃんと人から注目されるよう相応しい装束を用意したんだ。下らない事のように思えるが、人間見てくれが一番大事だからね」


「まあ先輩ならボロを着てても王侯貴族に見えちゃいそうですけど……。ところでロウィーナ先生閣下は? 一緒じゃないんですか?」


「卒業する以上、もう今まで通りの教師と生徒の関係を続けるわけにはいかないということを、分からせたら、気絶しちゃってね。保健室で休んでいるよ」


「わ、分からせ!?」


 衝撃的な発言にアナリーゼの側に控えていたヘンリーなどは「分からせで気絶……一体どんな分からせを……」と脳内ピンクな妄想を垂れ流していた。アナリーゼは公爵領に戻ったらユメリアにチクってやろうと決意した。


「もしかしてヴォーティガン先輩ってドS?」


「はは、どうだろうね。じゃあ俺は忙しいから、これで失礼するよ。俺たち卒業生の最後の門出だ。よく見守ってくれ」


 そう言ってヴォーティガンは卒業生たちのいる椅子に向かっていく。そんなヴォーティガンを見送りながら三成はどことなく胸騒ぎを覚えていた。




 アナリーゼ達がヴォーティガンと言葉を交わしている頃、ヴィクトリスは卒業式に父たる国王と共に出席するために来た兄ルパートとの久々の再会をしていた。


「ヴィクトリス。去年の公約通りクリスマスボウル優勝おめでとう」


「ありがとうございます兄上! 兄上やマルグリットが応援してくれたお陰ですよ! もちろん私もチームメイトも頑張りましたが」


 去年惜しくも準優勝で敗退したシリウス王立学園であったが、今年は雪辱を晴らし優勝を飾っていた。ヴィクトリスは誇らしげに胸を張る。


「ミス・ハルファス……か。実はヴィクトリスに勧められてね、君の描いた漫画というやつを読んでみたよ」


「ほ、本当ですか! ありがとうございます!」


 ルパートは第二王子であるが嫡男のため王位継承権第一位の王太子である。つまりは未来のシリウス王国国王だ。そんな人物に自分の漫画を評価されてマルグリットは破顔した。


「ああ、特に水のほとり物語がな。とても良かった」


「え……? そちらなんですか?」


 水のほとり物語はマルグリットにとって記念すべき長編第一作であるが、一部コアなファンはついたが、売り上げそのものは芳しくなかった。より大衆に好まれヒットしたのは、その後で描いたギャグ漫画や恋愛漫画の方である。だからマルグリットもルパートもそのどちらかのファンなのだろうと思っていたのだ。


「うん。面白かったのは勿論だったけど、国の腐敗や、それに抗う好漢たちを見ていたら、ちょっと考えさせることも多くてね。もし自分がこの物語の登場人物だったとしたら一体どんな役割を与えられるんだろうって思ったら……うん、気付いた事も多かった」


 それは父王に似て暗愚と評判の王太子が見せた、細やかではあるが確かな成長の兆しだった。


「ああ、私もよく考えますし気付いたことも多いですよ! あの作品で誰が一番強いのかとか、ステゴロ最強は誰かとか、実はこいつは隠れた強キャラなのではとか!」


 対するヴィクトリスは相変わらずであった。自分と同じ楽しみを共有してくれた兄に、嬉しそうに漫画の内容を語る。


「ヴィクトリスは変わらないな。……来年お前がここを卒業したら、ハルファス家に婿入りしてしまって、こうして気安く話せることもなくなるのかな」


「何を言ってるんです? 例え私がマルグリットの婿になっても、兄上は私の兄上ではありませんか!」


「そうだな……ではマルグリット嬢、愚弟をこれからも頼むよ。ご覧の通り心は悪い奴じゃないけど頭は悪いから、君が支えてやって欲しい」


「一生をかけて」


 マルグリットは確かな決意と愛を持ってそう答えた。




 そしてシリウス王立学園の卒業式が始まった。

 参列者のお偉方が長々とした挨拶を口にしていって、在校生どころか主役である卒業生にすら退屈な雰囲気が蔓延してきた頃、アナリーゼの隣に座る三成が小声で話しかけてきた。


「(おい、アナリーゼ)」


「(どうしたの三成さん? いつもなら黙って話を聞けって注意するタイプなのに)」


「(少し抜け出して保健室へ行かないか? 念のため閣下の様子を見ておきたい)」


「(え、でも生徒会長として在校生代表の挨拶とかあるし)」


「(それまでに戻ればいい。行くぞ)」


 いつになく強引でアグレッシブな三成に押し切られる形で、アナリーゼはこっそり会場を抜け出して保健室へ向かった。その際、ヴェロニカに抜け出すところを目撃されてしまったので、両手でお願いのジェスチャーをしておいた。これでもし戻れなくてもヴェロニカがなんとかしてくれるだろう。

 保健室のドアを開けて中に入る。するとロウィーナがベッドで布団をかけて寝かされていた。


「……脈はあるな。考えすぎだったか」


 三成がロウィーナの様子を確認するが、なんの異常も発見することは出来なかった。しかし魔法の授業は三成の十倍の熱心さで聞いていたアナリーゼは、ロウィーナの体内の魔力が淀んでいることに気付くことができた。


「っ! 待って三成さん! 閣下のこれ……昏睡の呪いがかけられてる!」


「呪い、だと!?」


「うん、火、水、土、風の基本四属性のどれにも当てはまらない黒魔法によるものだと思うわ」


 するとロウィーナの体を調べていたアスールが声をあげた。


「三成様! この先生、お腹に殴られた痕があります! 殴られて気絶されられた後、昏睡の呪いを重ねて掛けられたんだと思います。ロウィーナ先生は優秀な魔法使いで、魔法への抵抗力が強いから」


「……呪いは、重いのか?」


「魔法薬以外だと術者本人か、白魔法使いじゃないと解呪はできないけど、二、三時間もすれば消える程度のものよ。でも一体、誰が?」


「閣下は直前ヴォーティガンに呼び出されていた。そしてヴォーティガンの属性は黒だ。つまり……犯人であるクロもヴォーティガンだ」


「でもなんでヴォーティガン先輩が閣下を!?」


「分からんが、ともかく早く卒業式に戻るぞ。ヴォーティガンを拘束するか斬る!」


 斬るのは流石に言い過ぎだが事情を聞く必要がある。これでやったのが普段から素行最悪な不良ならともかく、ヴォーティガンは理性的な人物だ。それだけに凶行に及ぶには相当の動機があるに違いないのだから。


「ヴォーティガン先輩ならたぶん今頃は卒業生代表として挨拶してるはずよ! 例年ならその年の生徒会長だった生徒がやるけど、今年は二年生の私が会長だったから、首席のヴォーティガン先輩がやることになったもの」


 会場に向かって全力疾走しながらアナリーゼが言うと、三成の顔がどんどん強張ったものになっていく。


「…………おい、卒業生代表は確か国王から卒業証書を手渡しされるのだったな?」


「ええ。シリウス王立学園がバエル王国の王立学園でも特別扱いされる理由よ」


 その時、三成の全身に電流が奔った。三成が思い出すのは去年の、アナリーゼが一年生でありながら出馬した生徒会選挙である。

 自分とアナリーゼとカシムの支持率は三つ巴で拮抗しているというヴォーティガンの証言。

 あっさりアナリーゼの勝利で終わった選挙戦。

 選挙後一週間後に謎の死を遂げるアルガ・マリーナ・ナベリウス。

 ネタバレ糞レビューアー曰く、アルガ・マリーナの死後に生徒会長になるのは一年生のモブキャラであるという情報。

 そしてアナリーゼが生徒会長になっても、影も形もなかった暗殺者の影。

 全てのピースが、三成の中で一つに繋がった。


「そういう、ことか……。三つ巴とは即ち、自分の勝利を諦めさえすれば、好きな相手を勝利者にできる権利を得られるということ」


 三成は生徒会選挙前のヴォーティガンとの会話を思い出す。


『俺の見る限り俺、カシム、君の支持率はだいたい三分の一ずつ互角。どちらが勝っても負けても恨みっこなし。正々堂々と勝負しようじゃないか。ま、最後には必ず俺が勝ってみせるがね』


 ヴォーティガンのただのフェア精神で発せられたと思われていた台詞が、真実を知った今、恐るべき意味合いへと変わる。


「最後に勝つとは、そういうことかヴォーティガン! 急ぐぞアナリーゼ! 時間がない!」


「わ、分かったわ!」


 息切れする肺に叱咤して、アナリーゼは一秒でも早く会場へ着くために足を動かす。しかしアナリーゼの全力疾走も空しく、会場では卒業生代表の挨拶が始まるところであった。




 時間は少し遡り、アナリーゼ達が保健室の扉を開いた頃。


「卒業生代表、挨拶。ヴォーティガン・リドル」


「はい」


 司会を兼ねているダスクフェザー副校長が卒業生挨拶のためヴォーティガンの名を呼んだ。

 シリウス王立学園では卒業生代表が校長として壇上に待機している国王オリヴァント四世の前に立って演説を行い、その終了と同時に卒業証書授与が始まるのだ。その後、時の国王によってはそのまま全校生徒への卒業証書を自ら手渡す者もいるし、代表一人に手渡したら、副校長に代わってさっさと引っ込んでしまう者もいる。当代のオリヴァント四世は言うまでもなく後者であった。

 ヴォーティガンは絞首台へ昇る死刑囚のような緊張と、玉座へ昇る王のような優雅さで壇上へ上がり、オリヴァント四世の前に立った。


(漸くこの場所まで辿り着けた)


 国王の前に立つ。ヴィクトリスであれば日常的にできて、アナリーゼやヴェロニカのような大貴族の令嬢なら少々煩雑な手続きをするだけで出来ることをするために、ヴォーティガンは三年間の時を要した。

 だがその甲斐はあった。卒業証書を手渡すという最低限の仕事をするためぼんやり立っているオリヴァント四世の傍には、いつもは控えている屈強な近衛兵はいない。この半径5mにおいて平民のヴォーティガンは、国王オリヴァント四世の保有する軍事力を凌駕した。


「卒業生代表、ヴォーティガン・リドル」


 暫し目を閉じて高ぶる心を静め、ヴォーティガンは語り始めた。


「18歳の今日、私はこうして卒業生代表として王の前に立てたことに達成感を覚えています。ですがこれは始まりなのです」


 ヴォーティガンの演説は最初は平凡な内容から始まった。だが、


「17歳の時、風紀委員長として風紀委員の共通の目的を切っ掛けに大いに語りあい、同志と呼べる間柄となりました。16歳の時、風紀委員長となりました。俺は今日より先の未来のため、目星をつけたこれはという人物を風紀委員に招きました。15歳の時、俺はシリウス王立学園に入学しました。カシム・エリゴスというライバルを強く意識し、三年後の今日という日にこの場に立つため彼には負けられないと思うようになりました」


 カンペをまったく見ずに演説するヴォーティガン。そこに全校生徒は疑問を持たない。ヴォーティガンの頭脳ならカンペなど必要ないと誰もが分かっているからだ。だがヴォーティガンのものとは思えない、まったく整理されていない内容に参列している誰もが奇妙なものを感じ、ざわつき始める。

 それは当然である。何故ならこれは演説などではない。ヴォーティガン・リドルという男の人生の過去の再生なのだ。


「14歳の時、私は初めて王を目の当たりにしました。絵本にあるお菓子の家を再現したとはしゃがれる王は、とてもお幸せそうで……その姿に私は感動を覚えました。私の生きる道は、決して間違ってはいないとも確信しました。13歳の時、フルカス辺境伯と出会いました。フルカス辺境伯との語らいで、私は手応えを感じ、シリウス王立学園で多くの志がある生徒と語り合うのが待ち遠しくなりました。12歳の時、元いた孤児院から国中から優秀と認められた者が集められるペテルギウス孤児院に移りました。幸い能力を発揮するのは、私にはひどく容易かった。11歳の時、私を育ててくれていた師が死にました。師の死後、私はある目的をもって孤児院に入りました。まずはペテルギウス孤児院に選ばれるために才覚を見せつけ、そこからシリウス王立学園を目指すことです。10歳の時、私は師より多くのことを学びました。私の人生で最も穏やかな日々でしたが、この時の経験が今の私の思想を形作っています」


 困惑しつつも参列者達はヴォーティガンの演説を黙って聞いていた。今のところ内容が拙くあっても大問題とは言えないし、なによりヴォーティガンの有無を言わさぬ迫力が口出しを躊躇わせていたからだ。しかし、


「9歳の時、村が滅んだ後――――私は人生の師に、マクシミリアン・イジドールに出会いました」


 革命論の著者の名前をヴォーティガンが言った瞬間、それを知るヴェロニカ等が目を見開いて立ち上がった。


「なっ! マクシミリアン・イジドールって革命論の著者の!? ヴォーティガン、アンタ――――」


 ヴェロニカが問い詰める言葉を放とうとした時、会場の扉が勢いよく開いてアナリーゼ達が戻ってきた。三成が叫ぶ。


「ヴォーティガンを拘束しろ! 奴はこの場で国王を――――」


「ふっ。気付かれたか。だが少し、遅かったな」


 ヴォーティガンは魔法で自分の影に隠していた剣を抜き出すと、何度も練習してきた無駄のない動きで、ぼんやりと面倒くさそうに立っているオリヴァント四世の首筋に剣を当てた。


「ち、父上!」


「陛下!? 乱心だ、卒業生代表が乱心したぞ! 誰か陛下を助けないか!」


 王子のルパートが悲鳴を上げ、宰相ドラコリスが慌てながらも指示を飛ばす。


「ど、ど、ど、どうしたんだい!? こんなの卒業式の打ち合わせにはなかった! ここで立って卒業証書を渡すだけじゃなかったの?」


「お前の予定は全てキャンセルだ。これからは俺の予定だ」


「陛下を離せ! さもないと……」


「さもないと? それはこちらの台詞だよ、ドラコリス。俺と王は一歩の距離、この手を思いっきり引けば王の首は泣き別れだ。ほんのちょっとでも俺に向かって魔法の一つでも撃ってみろ。その光景を現実のものとしてやるぞ」


「ぐぬっ」


 宮廷傀儡師の綽名で呼ばれるドラコリスも、肝心の王が奪われてしまえばなにもできない。


(くっ……駄目だ……隙が、ない。例えこの場にいる全員が同時に襲い掛かっても、奴はその前に父上を殺してしまう!? 間に合わない!)


 本能的に父に刃を向けるヴォーティガンに飛びかかろうとしたヴィクトリスは、ヴォーティガンのあまりの隙のなさに動けずにいる。


「ヴォーティガン…………お前まさか、全てこのために?」


 親友であり好敵手だったカシムの問いかけにヴォーティガンはこくりと頷く。

 そして会場を冷静に見まわしたアナリーゼはあることに気づいた。


「三成さん。ヴォーティガン先輩以外の風紀委員の姿が見えないわ」


「お前の同志はどこだ? ヴォーティガン」


「一足早く王都シリウスから脱出してもらったよ。彼ら……特にアルガ・マリーナには特に重要な役目があるからな」


 三成の問いにもはや隠し立てする必要もないと判断したのか、ヴォーティガンがあっさりと答えた。


「ワカメ先輩も仲間にしたっていうの!?」


「ああ。『革命論』の対処という名目で風紀委員には、何度も何度も革命論の内容を語って聞かせた。今は大いなる正義のために戦う、頼もしい同志さ」


「木乃伊取りが木乃伊に……そのために革命論をバレンタイン先生にバラまかせて、自分でそれを対処するなんてマッチポンプをしたのね」


「全てがマッチポンプじゃないさ。俺がスカウトした風紀委員が予想以上に優秀すぎて、直ぐに同志バレンタインに辿り着いて、慌てて生徒会に持ち込んだのさ。できれば君達生徒会にも俺の同志になって欲しかったからね。そしたら君のお抱え探偵のノアが恐るべき捜査能力であっさりバレンタインが犯人という確証を得てしまって、彼を逃がす猶予まで失ってしまった。まあ本人は未来の同志である風紀委員の優秀っぷりに、寧ろ喜んでいたが」


 特定の思想を取り締まるために、その思想について調べていた秘密警察が、逆に思想に染まってしまうというのはよくある話だ。ヴォーティガンはそれを意図的に計算づくでやっていたのだろう。


「ねぇ、話はまだ終わらないのかい?」


 そんな時、場違いにも程がある能天気な声がした。オリヴァント四世からである。


「もうすぐ三時のおやつの時間なんだよ。早く終わらせてくれ」


 そこにいたのはもはや暗君ですらない。王として教わるべきことを何も教わってこなかった、現実を知らない白痴の王だった。ヴォーティガンは自分の最大の敵のあまりの悍ましさに狂笑する。


「ふ、あはははははははは! 聞いたか将来有望たる卒業生、在校生諸君! これが君たちの上に立つ王の有様だ! ああ、安心しろオリヴァント四世! 三時までには終わらせるさ」


 そしてヴォーティガンは、この場にいる全ての者たちへ再び己の過去を再生し始める。


「さぁ話を続けよう。さっきのところからだ! 9歳の時、俺の村を滅ぼしたのは盗賊だった。盗賊は税が払えなくなった農民や、退職金もなく軍を追い出された兵士や、労役の脱走者たちの集まりだった。8歳の時、友が死んだ。税が重くて満足にものを食べれず、薬も買えなかったからだ。7歳の時、叔母が死んだ。俺という食い扶持が増えて、体が弱いのに、俺に食べ物を分けたせいだ。6歳の時、母が死んだ。働き過ぎたからだ……。5歳の時、家が焼かれた。風景画を描くため村の近くに来た王族が、『景観が悪いからあの家を消してきて』と頼んだからだ」


 聞いていた誰もが剣を突き付けられているのに面倒臭そうにしているオリヴァント四世と、憤怒に染まるヴォーティガンを見比べる。風景画を描くために家を焼いた王族が誰なのか、この場にいる全員が理解してしまった。そしてヴォーティガンにオリヴァント四世に対する直接的復讐の動機があることもである。


「4歳の時、心労で祖母が死んだ。3歳の時、父が戦死した。2歳の時、兄が戦死した、父が徴兵された。1歳の時、兄が徴兵された。0歳――――生まれてきた時、俺は妹を……失った。俺たちは双子だったが、子供三人を食わせる余裕は家にはなかった。だから商人の荷車に妹を捨てて…………死んだ。分かるか、バエル王国四十八代国王オリヴァント・バエル!」


「ねぇ、立ってるの疲れたから、椅子に座ってていい?」


「自分が憎まれていることすら分からぬこと。それがお前の最大の罪だよ」


 その時、ヴォーティガンが左肩をさりげなく動かす。それが合図となり、バレンタインの後任に学園にやってきたレオン・ジュストが動く。彼もまたヴォーティガンの同志であり、そしてカシム率いる軍人派のスパイでもあった。

 レオンはこっそりとヴォーティガン目掛けて魔法を放つ動作をする。だがそれは織り込み済みなのでヴォーティガンはまるで今まさにレオンの行動に気づいたように叫んだ。


「レオン・ジュスト教諭! 妙な動きをするんじゃない! 言っただろう! 下がれ! 指の一本や二本、試しに切断してもいいんだぞ!」


「くっ……!」


 心底悔しそうに歯噛みするレオン。ヴォーティガンは尚も他の者たちを睨み脅しつけた。


「お前たちもだ、下がれ! さもなければ……」


「くっ……分かった、下がる! 下がるから父上に手を出すな!」


 ルパートが言うと、彼らがじりじりと一歩ずつ後ろへ下がり始める。


「そうだ、下がれ……もっと……もっと……」


 ヴォーティガンは三歩、二歩、一歩と心の中で数え、


『ゼロ』


 そう言った瞬間、手元に隠していたスイッチを押して床に仕掛けた装置を作動させた。

 このスイッチは遠く離れた場所にちょっとした火花を発生させるだけの、それ単体ではなんの役にも立たない魔法具である。しかし火花が発生する場所に、大量の爆薬があったら、それは爆弾の遠隔起動スイッチに早変わりする。

 果たして風紀委員達が密かに仕掛けた爆弾は、王太子ルパートの足元で起爆した。

 バエル王家由来の"魔法無効化"の超魔法も、魔法の一切使用されていない爆弾にはなんの効果も発揮しない。爆風と共に敢え無く成長の兆しを見せ始めたルパートは、バラバラに吹き飛んだ。


「え、なになに!? 何が起きたの!?」


 いきなりの爆音に狼狽するオリヴァント四世。それが彼の最期の言葉となった。

 ヴォーティガンが剣を振るって、オリヴァント四世の首を刎ねる。黒衣を鮮血に染め、ヴォーティガンは宣戦布告した。


「さぁ――――革命戦争を始めよう」


 透き通る空に、血のように真っ赤な閃光弾が上がる。

 途端に王都シリウスの憲兵たちの中で、既に革命論を啓蒙された者たちが動き始めた。


「あれは成功の合図! 同志ヴォーティガンはやり遂げたようですねぇ。鳩に黒紙を括り付けて放して。私たちは陽動の決起をしますよ。同志ヴォーティガンが王都シリウスから脱出できるようにね」


「ええ、同志ヴォーティガンは我々の指導者となるべき存在。こんなところで死なれるわけにはいかない」


 一方シリウス王立学園卒業式は惨劇の場となり果てた。


「三成さん! 早く生徒たちの避難誘導をしましょう!」


 非常時にあって生徒会長としての義務感で自らを奮い立たせたアナリーゼは、三成に向かって叫ぶ。するとヘンリーが口を開く。


「お待ちくださいお嬢様。既にシリウス内でヴォーティガンの仲間と思わしき集団が決起し暴れている模様です。誘導だのなんだのは他のものに任せて避難を」


「そういうわけにはいかないでしょう! ほら宰相のドラコリスとかはさっさと逃げ出したわ! 副校長は爆発の近くにいたから最悪死亡済み! 誰かが陣頭に立たないと余計に死人が出るわよ!」


「そうよ、ヴェロニカの言う通り……みんな……同じ学校の生徒なのよ! 死んじゃいや!」


 これに本音はヘンリーと同意見であった三成も、その思いを汲んで指示を出す。


「くっ……アスール、ヘンリー! お前たちは万が一の時は身を挺してアナリーゼを守れ!」


「「承知いたしました」」


 ヘンリーとアスールが頷くと、三成も陣頭に立って避難誘導を始める。それにカシムも合流した。


「水魔法が使える者は爆発で起こった火事を鎮火! 近くに負傷者を見つけた者は、会場の外へ連れ出し、治癒魔法が使える者は応急手当をしろ!」


「爆発は収まっている! もう爆発はない! だから落ち着いて行動しろ! みだりに騒ぎ立てる者がいれば首を斬る!」


 アナリーゼ達やカシムなどの一部生徒たちの適格な判断と指示で、この爆破テロの被害者数は規模と比べれば最小限に抑えられた。しかし、


「まさか卒業式でこんなことが起きるなんて……でも、死ぬにはいい機会ですね」


 最初の爆発で王太子ルパートに加えて、生徒にも何人かの死亡者行方不明者が出た。その中にはカシムの妹であるナディア・エリゴスも含まれていた。

 そして王都シリウスより放たれた伝書鳩により、王と王太子の死が全国の革命の同志達へと伝わる。


「鳩の足に黒紙! やり遂げたのか同志ヴォーティガン!」


 北の国境ヴェルモント・フルカス辺境伯は歓喜の涙を流し、


「私らだけで決起せず、待った甲斐があったよ。やるじゃないか坊や」


 女だてらに大陸一の侠客を束ねる女親分のエカテリーナ・グラズノフは、猛禽類のように笑い、


「同志ヴォーティガンに続け! まずはこの地の領主とその一族を全員血祭にあげるんじゃ!」


 マクシミリアン・イジドールの年上の教え子で、町長であったカイラス・ドレクセルは、やっとこの時がきたとばかりに若い衆に号令をかけた。




 ソロモン歴1192年6月1日。

 シリウス王立学園卒業式によりテロで国王オリヴァント四世と王太子ルパートが死亡。

 バエル王国全土に潜伏していた反乱分子が一斉蜂起した。作戦成功の符丁として黒紙が用いられたことから、後世においては『黒紙の決起』と呼ばれることとなる。

 動乱が始まった。







学園編 完

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― 新着の感想 ―
国王は今まで1度も死を意識したことがないのでしょうね だから刃を向けられ脅されても、他人の気持ちに無関心でいられる
遂に来たかこの時が。 欲を言えば年齢ごとに改行して欲しかった。 あのカウントダウン感が凄く無情というか、心に響いたのを覚えてるわ。 でも何で分からせなんて言い方したしw説得したら昏倒したで良いじゃない…
長い長い前振りが終わってしまった・・・終わったんだ・・・
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