第53話 クリスマスとアメリカンフットボール
試験期間が終わったので部活動や委員会活動も再開となる。生徒会も同様だ。そして再開した生徒会最初の議題は何かというと、
「いよいよクリスマスだ。俺達生徒会もクリスマスのイベントに向けて早速準備していくぞ!」
カシムが高らかに宣言する。
流石は乙女ゲーだ。イエス・キリストのいない世界でも、クリスマスという恋人垂涎物なイベントは用意しているらしい。
「なぜ切支丹のないこの世界にクリスマスがあるのだ?」
「ぶぅーー!」
三成から出た途轍もない発言にアナリーゼは噴き出した。
「ちょっと! なんで戦国時代の三成さんがクリスマスを知ってるの!?」
「なんでもなにも……太閤殿下がバテレン追放令を出す以前の、南蛮との貿易が積極的だった頃はクリスマスの行事も日ノ本中で行われていたぞ。俺も付き合いで参加したこともあった。あと嘘か真かあの松永久秀がクリスマスを口実に停戦したという話もある」
「ま、マジで!!」
意外過ぎる歴史的事実であった。よもやクリスマスを祝う文化がそんな大昔から日本に存在していたとは、アナリーゼも流石にそんなことは知らなかった。
『きりしたん? ひのもと? なんばん?』
一方で日本史なんて欠片も知らないヴェロニカやカシム達は、揃って首を傾げていた。
アナリーゼは誤魔化すようにこほんと咳払いすると、
「えーと三成さんってばご覧の通り異国の人だから、この世界……じゃなくてこの国のクリスマス文化について詳しくないのよ。というわけでヴェロニカ! 説明してあげて!」
「アンタが説明してあげればいいじゃない?」
「私は説明下手なの! お願い!!」
「ふーん、まあいいけど。創世神話じゃ12月25日に創世神ソロモンが誕生して、その七日後に世界を創造したって伝わっているのよ」
「七日後……ああ、元旦か」
三成が言うとトーマス会長が頷いて、先を続けた。
「ソロモン大陸においてクリスマスと元旦は一年で最も特別な日だ。例え戦争中だろうとクリスマスと元旦は停戦して、敵味方なく祝うのが伝統! クリスマスに停戦を破って奇襲しようとした将軍に対して、激怒した兵隊たちが反逆して殺されたなんていう逸話もあるくらいだ! 当然シリウス王立学園でも盛大に祝うぞ!」
「クリスマスが終わって冬休みが明けたら、もう生徒会選挙だものね」
ヴェロニカが言った。ということはクリスマスの準備は、この生徒会最後の大仕事ということになる。カシムやトーマス会長が気合を入れるのも分かるというものだ。
半年間の付き合いだがアナリーゼも生徒会の仲間である。先輩たちに有終の美を飾って欲しいという思いが湧き上がってきた。
「クリスマスってことは、なにか特別なことをしたりするんですか?」
「ああ。ご馳走が出て盛大に飲み食いするのはもちろん、目玉イベントとしてクリスマスボウルがある」
「ふむふむクリスマスボウルねぇ、それはきっと盛り上が…………って、えええええええええええええええ!?」
「ど、どうしたアナリーゼ? 急に叫び声をあげたりして?」
「どうしたもこうしたもないわよカシム先輩! クリスマスボウルって、まさかアメフト!?」
「何を言っているんだアナリーゼ。クリスマスボウルでアメフト以外のなにをすると言うんだ? 卓球なんてするはずないだろう」
「トーナメントを勝ち抜いたバエル王国中の王立学園の頂点を決めるクライマックス勝負。戦時中だろうと、国王が崩御して喪中にあろうと一度たりとも中止になったことのない伝統の一戦だ」
カシムの説明にトーマス会長が腕を組んだままうんうんとしきりに頷いている。どうやら本当にアメフトが存在するらしい。これまでサッカーや野球が存在する異世界物の漫画やアニメを見たことがあるが、流石にアメフトは見たことがなかった。『ホロスコープ・クロニクル』の開発スタッフにアイシールド21の熱烈なファンでも紛れ込んでいたのだろうか。
「試合はアメフト生誕の地であるこのシリウス王立学園のグラウンドで行われる。昼は全校をあげて応援しに行き、夜は盛大にパーティーをするというのが例年のシリウス王立学園クリスマスだ!」
「中々ハードなスケジュールになりそうね」
カシムの説明にヴェロニカが苦笑した。
「今年はうちの学園が決勝に駒を進めたから、ちゃんと気合入れて応援できるぜ。去年は準決勝を延長戦の果てに敗退したせいで、うちの生徒たちゃ歓声より溜息あげてたからな」
トーマス会長は隠しきれないほど高揚させながら言った。アナリーゼには余り理解できない感覚だった。前世の学校が野球強豪校で、甲子園決勝まで駒を進めたら同じ気分になれていたかもしれない。
「さあ、それじゃあクリスマスボウルに向けて準備するぞ! 国王陛下はスポーツには関心がないから観戦はされないだろうが、バエル王国中からアメフトファンの大貴族が集まるし、対戦校であるプロキオン王立魔法学園からは全校生徒が観戦に来るからな!」
「はーい……」
そうして試験勉強を終えたばかりのアナリーゼは、クリスマスボウルの準備のために雑務をこなすのであった。
余談だがどうしてこの世界にアメフトがあるのか気になって歴史を調べたところ、
「――ソロモン歴521年、アガレス領出身の蛭田厳が当時のアガレス家当主セーナ・アガレスと共に『アメリカンフットボール』という異国の競技を広めたのが切っ掛け。って発信源うちかい!!」
まさかの事実に盛大に叫び声をあげたりした。
クリスマス当日。
王都シリウスのグラウンドではシリウス王立学園のアメフト部と、対戦相手であるプロキオン王立魔法学園が対峙していた。
プロキオン魔法学園はベリアル王国のフォーマルハウト魔法学園には劣るものの、バエル王国内では最高峰の魔法学園である。自由でリベラル、魔法以外の部活動にも力を入れていることから、フォーマルハウト魔法学園の校風を嫌い、本場ベリアル王国から態々留学してくる生徒もいるほどだ。そして身近なところでは先生閣下ことロウィーナ教諭の母校でもある。
「わーわー! 私の後輩たちですよ! 頑張れー! プロキオン! 新しい時代を作れ! わっしょい!」
シリウス王立学園側の観客席で、対戦相手にエールを送るロウィーナ。そんな彼女をシリウス学園の生徒たちが、親の仇でも見るかのような視線を送る。
「…………臭ぇなぁ。裏切り者の臭いがぷんぷんすんなァ」
ミラベルが怒気を滲ませながら呟く。普段は温厚でミラベルを嗜める生徒たちも、今日だけはミラベルに同調していた。今はロウィーナは阪神ファンのど真ん中に放り込まれた巨人のユニフォームを着た巨人ファンだった。
「ひぃ! ヴォーティガンくん、私の生徒たちがおっかない目を!?」
漸くそれに気づいたロウィーナは、涙目になりながらヴォーティガンに助けを求めた。
「そりゃシリウス王立学園の生徒たちのど真ん中で対戦校を応援したらそうなりますよ。応援するなとは言いませんから、せめて心の中でやってください」
ヴォーティガンがごもっとも過ぎる助言をした。
視線をグラウンドへ戻すと、なんとアメフトの防具に身を包んだヴィクトリスが、チームメイトに活を入れていた。
「さぁ! いよいよここまできたんだ! 後は優勝あるのみだぞ!」
「イエス、ユア・ハイネス!!」
王子直々の檄にアメフト部員たちが大いに熱狂した。ヴィクトリスが軍部には人気がある理由が垣間見えた気がした。
「というか殿下って騎士部と狩猟部以外にアメフト部まで入ってたのね」
「殿下は体を動かす殆どの部活動に所属してますよ」
マルグリットが補足した。元日本人からしたら部活っていうのは基本一つに絞って専念するものというイメージだが、メジャーリーガーには学生時代にバスケと野球を掛け持ちしていたなんていう話をよく聞くのでヴィクトリスもそういうタイプなのだろう。
ホイッスルが鳴りいよいよ試合が始まる。果たしてその結果は――――
『試合終了!!』
スコアはシリウス王立学園が21点に対して、プロキオン魔法学園が31点。プロキオン魔法学園の勝利だった。タッチダウン一回とキック一回分の点差である。
自校の敗北にシリウス王立学園側観客席は教師も生徒も項垂れた。中身が日本人のアナリーゼは余りのれなかったが、取り敢えず空気を読んで落ち込んでおく。
だが一人だけ正反対に盛り上がっている人物がいた。
「やったやった! プロキオン勝利! プロキオン初優勝ですよ! 大勝利です!」
言うまでもなくロウィーナ先生閣下である。母校の優勝が余程嬉しいらしくヴォーティガンの助言は頭からすっぽ抜けてしまったようだった。
「……バ閣下」
「裏切り者が……」
「……ちっ」
他の生徒はともかく、あのマルグリットまで舌打ちしてロウィーナへの怒りを露わにしていた。恋人のヴィクトリスの敗北を喜ばれているように感じてプッツンしたのだろう。普段怒らない人が怒ると、恐ろしく怖かった。
「ヴォーティガンくん、表現の自由ゥがない~!」
「はいはい。嬉しいのは後でききますから、今は大人しくしていてくださいね」
若干一名を除いたシリウス王立学園の人間が悲嘆にくれる一方で、生徒会メンバーは落ち込んでばかりではいられない。対戦校であるプロキオン魔法学園の面々も参加する夜のクリスマスパーティーのための準備をしなければならないのだ。今期生徒会最後の大仕事。自然、気合が入った。
そうしてクリスマスパーティー。副校長が壇上に上がって、両校の生徒含めた参加者たちに挨拶をする。
「今日のクリスマスボウル! アメフト部諸君は見事なゲームを見せてくれました! ただ今回は相手のプロキオン魔法学園がより見事だった! シリウス王立学園の副校長としましては、この敗北を機に来年こそは、優勝フラッグをシリウスに持ち帰ってくださいと言わずにはおれません!」
するとプロキオンの生徒達から「いや来年もうちが貰う!」と野次が飛べば、シリウスの生徒からは「いいや来年こそ負けねえぞ!」と野次が返ってくる。試合が終わればノーサイドとはならなかったが、悪い雰囲気ではなかった。
「こほん。では……話はここまでにして、メリー・クリスマス!」
校長の唱和と共にクリスマスパーティーが始まった。入学式のパーティーは貴族らしい上品なパーティーであったが、今回はアメフト部の面々を中心に飲み食いする賑やかなパーティーだった。
「入学してからずっとわちゃわちゃしてたけど、漸く一区切りね、お疲れ様三成さん」
アナリーゼは会場の隅で一人ちびちびと葡萄酒を飲んでいる三成に声をかけた。
「そう大した苦労があるわけじゃない」
「……ごめんなさい」
「なんで急に謝る? 若年性の痴呆か?」
「そうじゃなくて、私の都合で勝手に呼びだして、私なんかの家臣になって貰って……。改めて考えたら、私って三成さんに全然お返しできてないなって思ったの。男爵の爵位とかそういうのじゃ、三成さんには全然釣り合ってないし」
忠誠には対価が必要というのならば、石田三成に相応しい対価とはなんだろうかと考えたことはある。しかし考えても考えてもアナリーゼには相応しいだけの対価が思い浮かばなかった。アガレス公爵家の全てだって、アナリーゼには物足りなく思えてしまう。それだけのものをアナリーゼは三成から受け取っていた。
「……………………今日のパーティーで出た『いちごのたると』は美味かった」
すると三成が突然良く分からないことを言い始めた。
「え、確かにイチゴのタルトは美味しかったけど」
「そういうことだ」
「どういうこと!?」
三成が口が上手くないことは重々承知だが、それにしても今日の三成は口下手過ぎであった。まったくもって理解できない。
「三成様。数十年連れ添った熟年夫婦じゃないんですからそれだけじゃ分かりませんよ。一から十まで、全部言ってください」
見かねたアスールが三成に諫言する。
「むぅ、では……」
三成は咳払いをすると、
「あめふとというのは今日初めて見たが、らしくなく気分が高揚した。ザリガニ釣りは虎之助や市松と遊んでいた頃を思い出した。多くの都市へ行き、色んなものを見た。新鮮だった。――全てお前が、この三成にくれたものだ」
「――――!」
一瞬だけ三成が照れくさそうに微笑んだ。
「お前が引け目に感じることは、何一つない。恩というならこの三成の方こそ、返しきれぬほどのものを受け取っている」
「じゃあ三成さんは、これからも一緒にいてくれる?」
「語るに及ばず」
三成はいつも通り、アナリーゼが一番欲しい言葉を言ってくれた。
黙っているとこのおめでたいパーティー会場で号泣してしまいそうだったので、それを紛らわすようにアナリーゼは三成の手を掴んで笑顔で言う。
「ね、ね! 三成さん!」
「なんだ?」
「シャルウィダンス?」
「…………しゃる、うぃ……なんだと?」
「一緒に踊りましょ! ってこと! レッツダンス!」
そうしてわいわい踊っている他の生徒たちを指さした。
「俺はこの国の踊りは、知識としてはあるがとても上手とは言えん。見苦しいものを見せるだけだろう。なので――――」
「はいはい御託はいいですから、主君からのオーダーなんですから、ちゃきちゃき踊ってきてください」
拒否しようとする三成の背中を、出来る執事であるヘンリーが無理やり押した。家臣のナイスフォローにアナリーゼは三成の手をぐいぐいと引っ張っていく。
「待て、引っ張るな」
「さ、行きましょう三成さん! ゴーゴー!」
こうしてクリスマスの夜は平和に過ぎ去っていった。
同時刻。バエル王国とアスモデウス王国の国境線。そこで歴史に多大な影響を与える者たちの密談が行われようとしていた。
「漸くお会いできましたな、ジゼル王太女殿下」
一人はアスモデウス王国の姫であるジゼル・アスモデウスだ。人形のような美しさのジゼルは、愉し気に密談の相手を見る。
「まさかアンタとアスモデウスの王女のジゼルがこうして戦場以外で会うことになるなんてねぇ」
男の名はヴェルモント・フルカス辺境伯。バエル王国において代々北方の国境を守護してきた一族の当主であった。
「全ては大いなる正義のために」
動乱の種は既にばら撒かれている。アナリーゼ達の知らぬところで種は芽吹き、やがて血のように赤い大輪の花を咲かせることだろう。




