第51話 悪役令嬢とボボボーボ・ボーボボ
カシムからのアドバイスを受けたアナリーゼはマルグリットを連れて王都でやっているお笑いの舞台へ向かった。
そこで繰り広げられていたのは、
『この矛盾の中で生きてる僕たちの苛立ち
許せなく やるせなく 亀助け 人生
さぁ 立ち上がるなら 今
道 進むなら 今
これって純情? 正常? 亀参上 EYAーー♪』
余りにもボボボーボ・ボーボボな光景だった。
こんなものが異世界人が0から生み出せるはずがない。まず間違いなく乙女ゲームの開発スタッフの仕込みだろう。
(乙女ゲーにボーボボネタ仕込むってなに考えてるの!? 馬鹿なの!?)
アナリーゼはうがーと内心怒鳴った。隣にいる三成は余りにも意味不明な光景に目が点になっていた。一方でマルグリットは、
「これです! この一見して意味不明ですがよく熟読しても意味不明なのになぜか笑えてしまう意味不明なセンス! これが私のギャグに足らなかった!」
「ま、待ってマルグリット! あれは人間が真似できるものじゃないわ!」
「模倣……いいえ、ただの模倣ではありません。模倣から始めて、これを私のオリジナルへと昇華するんです、してみせる!」
全身から覇気を漲らせながらマルグリットが宣言する。
余談だがマルグリットの最新作『ザリガニ令嬢と老いた亀なり』は、これまで漫画に触れてこなかった大衆にも大いに受けてメガヒットを飛ばした。
マルグリットの新作を学園の中庭のベンチで読むアナリーゼ。
この世界に初めて漫画という概念を齎したマルグリットが天才であることは疑いようがない。だがこの『ザリガニ令嬢と老いた亀なり』を読んで、彼女がギャグ漫画家としても天才であることが証明された。
面白いのである。ページを捲るたびに笑い声が漏れてしまい、顔がにやけたまま直らない。自分と三成を揃って氷河期にタイムスリップさせたのと同じ人間が書いていることが信じられないほどだ。
三成も一緒に隣で読んでいるが、基本鉄面皮の三成が笑っているのを隠すためにむせ込んでいるのを何度も目撃している。
「よう、ザリガニ姫さんに三成。揃ってベンチで漫画とは相変わらず仲が良いな」
「あれ……バジル?」
アナリーゼ達に話しかけてきたのはバジル・フェニックスだった。いつもはヴェロニカと一緒にいるバジルだが、今回は一人だけのようだ。
「ヴェロニカはどうしたの?」
「あいつは…………ちょいと昨日食べ過ぎたらしくて……あー、化粧直しにな」
「あ~~」
要するにトイレにこもって踏ん張っているのだろう。
「ところでアンタがモデルの『ザリガニ令嬢と老いた亀なり』。楽しんで読ませてもらってるぜ。水のほとり物語もヴェロニカに勧められて読んでたんだが、俺はこっちのほうが断然好きだな」
「意外だな。武人であるお前は水のほとり物語のほうを好むと思っていた」
三成にそう言われると、バジルは苦笑した。
「そりゃ俺は武人だが、別に戦いや血生臭いことが好きってわけじゃねえからな。こう見えて趣味は料理と編み物とガーデニングなんだぜ」
「……そうなのか。清正と正則はいつも嬉々として戦に赴いていたものなのだが」
「そりゃ人其々だろ。俺はそうじゃねえってだけで、戦うのが好きな奴もいるだろうさ」
そうやって豪快に笑うバジルは、どう見ても編み物やガーデニングを嗜むような人間に思えない。こういう意外性こそが人気ナンバーワン攻略キャラになる秘訣なのだろうか。
(ヴェロニカから引き離すことが絶対に無理だから、対処を諦めたバジルだけど、人間的には良い人だし、折角だからなにか質問してみようかしら)
基本的にバジルは常にヴェロニカと行動を共にしているので、こうしてバジル一人だけと話すチャンスなんていうのはそうそうないのだ。チャンスは活かすべきだろう。
「ヴェロニカの護衛をやっているくらいなんだもの。バジルは相当強いのよね? そのバジルの目から見てソロモン大陸で最強の人って誰かしら?」
「最強はだれかって? ザリガニ姫さんもそういうことが気になる年頃かい? 他国で俺が警戒してんのは、アスモデウス王国のオルランドだな」
「オルランド……」
それは前にアスモデウス王国にノアを助けに行った時、ジゼルの屋敷にいた武人の名前だったはずだ。
「奴の一族は生まれた瞬間に寿命の殆どを代価に、超魔法『金剛体躯』を発動する。大抵は大人になる前に寿命が尽きて死ぬが、ごく一部の成人まで生き延びた奴は、金剛石のように固い肉体を持つって不死性を武器に、どいつもこいつも飛びぬけた戦士として名を残した。特に今代は不死の肉体なしでも、一流の剣豪という評判……こいつは恐ぇぜ」
「そ、そんな凄い人だったのね。じゃ、じゃあ外国なしでバエル王国限定では?」
「タイマンして一番強いのは超魔法を発動したヴィクトリス殿下じゃねぇかな。バエル王家の超魔法『魔法無効化』に加えて、ヴィクトリス殿下のフィジカルなら超魔法の奥義である『魔人化』まで発動できそうだし。俺は勿論、オルランドでもエリゴスの自爆でも厳しいぜ」
「ヴィクトリス殿下って、そんなに凄かったの?」
「当たり前だろう。どうしてエリゴス家がこれまで誰一人として他国に調略されてこなかったと思う? 優遇措置、それもある。領土の四方を天領でぐるりと囲ってるから、それもある。だが一番はアスモデウスもベリアルも、いつでも自爆できる生きる戦略爆弾を傍に置く勇気がなかったからさ」
「成程。バエル王家の超魔法が魔法の無効化なら、自爆されようとも自分は死ぬことはない。だからこそ安心していられたわけか」
三成が言うとバジルは肯定するように頷いた。
「ま、実をいうと俺の家もエリゴス家への抑止力の一つだったんだがな。俺の『無限再生』はエリゴスの『自爆』と相性がいいからな」
確かに自分の命を犠牲にして自爆するエリゴス家に対して、自分が死んだ後で蘇ることのできるフェニックスは相性最高だろう。
最強の人間については聞いた。他に気になることと言えば、
「あ、そうだ。バジルってヴェロニカとどうやって出会ったの?」
やはり二人の馴れ初めだろう。
「ヴェロニカとはガキの頃から悪友同士でな。俺が伯爵家のお坊ちゃまだった頃は、一緒に愚連隊率いて喧嘩だのなんだのしてた関係さ。
だが親父がアスモデウス王国に寝返ろうとして失敗して処刑されて、これまで普通だった生活がいきなり終わった。俺は餓鬼だったお陰で助命されたが、金も食い物もねえで野垂れ死にしようとしてたところを、非合法の奴隷商に捕まってな。超魔法が使える奴隷ってことで、凄ぇ高値で売られることになったんだよ」
「分かった! そこへヴェロニカが現れて、すっごいお金を奴隷商に叩きつけて、バジルさんを買って助け出したのね!」
奴隷を高いお金で買い取って購入し解放することで、自分の仲間に加える。中世ヨーロッパ風の異世界物あるあるの一つである。
「いやヴェロニカはまず入口を魔法で封鎖して、誰も逃げられなくしてから、奴隷商を素早く皆殺しにして、俺含めた奴隷を雇い入れたんだ」
「お約束じゃない!?」
「奴隷商どもを皆殺しにする手際がめっちゃ良かったから、こういうことよくやってたのか、って聞いたら何食わぬ顔で『人を殺すのは今日が初めて』って答えやがってよ。正直、奴隷商が皆殺しにされたことよりビビったぜ」
それは誰だってビビるだろう。アナリーゼは自分の手で人を殺めるなんて考えるだけでも恐怖だが、もし本当に人を殺してしまったら絶対に顔面を蒼白にしていることだろう。
それをケロッとやってしまうところがヴェロニカが覇王たる所以なのかもしれない。
「…………ま、あいつの初めてを俺が貰っちまったわけだ。責任はとらなけりゃいけねぇだろ。男としてよ」
「ならお前が尽くすヴェロニカが目指すものとはなんだ?」
「さぁな。あいつは変な女で野心は人一倍の癖して野望がないんだ。ヴェロニカが目指す上がどういうものになるかは俺にも分からねえよ。あいつが王家に生まれてりゃ、立派な王になるって野心の望む形があったんだろうがな」
「バジルはヴェロニカのことをどう思ってるの?」
「そりゃ口に出すのは野暮ってもんだろうよ」
照れくさそうな表情からアナリーゼは察したが、三成は全然察していなかった。
「なにが野暮なのだ? 口にしなければ分からん。説明してくれ」
「そういうことが野暮なの!」
取り敢えずアナリーゼは三成の首根っこを掴み退散することにする。
苦いコーヒーを飲もうと思った。甘ったるい砂糖を摂取した後には、苦いコーヒーが丁度いい。




