第21話 暗君と新米男爵
王都シリウスにおいて石田三成の男爵への授爵の儀が、バエル国王オリヴァント四世によって行われていた。
国内外から、名君として知られた先代と正反対の評価を受ける現国王は、たどたどしい口調で儀を進めていく。
「石田三成。君を……じゃなくて君に男爵の爵位を授ける。 これからも我がバエル王国の臣としてよく励むように……こんなもんでいいのかい?」
「はい、大王様」
オリヴァント四世のぼんやりとした問いに答えたのは宰相のドラコリス・ザ・ドゥル侯爵だ。
王太子時代のオリヴァント四世の教育係であり、現在は無気力な王に代わって国政を思うがままにするドラコリスを、口がさのないものは『王宮傀儡師』などと噂している。
「……ありがたき幸せにござる」
王を操る佞臣という大嫌いな人間を前にしていたが、三成もこういう場で不快感を表に出すほど愚かではなかった。
神妙に跪いて国王に対する感謝を述べる。
(これがこの国の王様)
三成の主君として授爵の儀に参加していたアナリーゼは、自分の伯父にあたるオリヴァント四世を見上げる。
肖像画で見たオリヴァント四世のイメージは知性を感じる顔立ちをして均整のとれた体格をした賢君というものであったが、生で見る実物は随分と印象が違う。しまりがない表情からは仕事に対する無気力さが見え見えで、腹は日頃運動していないのが瞭然なほどでっぷりと膨れている。
(絵師の力って凄いわ、エクセレント)
アナリーゼは口に出したら100%不敬罪な感想を持った。内心の自由万歳である。
当代の国王オリヴァント四世を一言で言い表せば”天才”だ。
幼い頃より絵画、彫刻、建築とあらゆる芸術方面で高い才幹を発揮し、指導役として雇われた教師は一ヵ月で「教えられることは何もない」と辞表を提出するほどだった。
彼が作り上げる作品は全てが国宝級であり、一度オークションに直筆の絵画が出品された時には、作者が国王であるという付加価値があったとはいえ史上最高額を叩き出したほどだ。
だがオリヴァント四世は市井の芸術家ではなく、バエル王国という大国の王である。それは国王と国民の双方にとって不幸だった。
いや見方を変えればオリヴァント四世からしたら幸運であったかもしれない。何故なら彼はパドロンを探す必要もなく、この国そのものをパドロンとして、無尽蔵に芸術のために国費を投じることができたのだから。
オリヴァント四世の浪費で有名なものの一つはお菓子の家作りだろう。
「この童話に出てくるお菓子の家を本当に味わってみたい」
その思い付きの一言で始まったお菓子の家建設計画。
ミニチュアサイズではなく本物の家の大きさで、ちゃんと全て食べられるもので、尚且つ味にもこだわる様にという無茶な命令は、よりにもよって飢饉で不作の時に発せられた。明日食べるものにすら困る民衆が、贅沢の限りを尽くした『お菓子の家』をどのような思いで見ていたかは想像に難しくない。
そしてオリヴァント四世の浪費でも特に悪名高いのが、ヒヒイロカネの輸入令である。
「私が新しく設計した神殿には、海を越えた東方にある帝国の更に極東にあるという国の『ヒヒイロカネ』という金属を使いたいんだ。なるべく多く調達してくれ」
東方の帝国とはソロモン大陸と中央海を隔てた東側にある国である。
そこから輸入するのでさえ大事業だというのに、王が求めたのは更にその東にある極東にある希少金属だ。その輸入となると、莫大という言葉すら安っぽく思えるほど破格の費用が必要となる。
その費用を捻出するために行ったのは民衆への重税と極端な軍縮である。
民衆は余りの貧困から違法とされた人身売買が平然と罷り通るようになる有様で、王政府もそれを見て見ぬふりをする始末。
軍人は極端すぎる軍縮により退職金すら貰えず職を追われ、運の良い者は貴族軍に再就職したり、軍人以外に転職するなどしたが、中には身を崩して盗賊や犯罪組織に加わる者もいた。
なお軍人の再雇用に特に熱心なのがヴェロニカ・ウァレフォルであり、最近では他ならぬアナリーゼなのであった。
「……………………」
授爵の儀を終えた三成はムッツリとしたまま、無言でずんずんと歩いていく。
「ま、待ってよ三成さん! どこ行くの?」
「宿だ」
簡潔に言うと三成はまた無言になって、王都にとった宿へ向かって歩いていく。
そして部屋に入ると開口一番で、
「この国は滅びる」
「いきなり辛辣!?」
と、滅亡宣告を下した。