第22話 滅亡フラグと死亡フラグ
気分を落ち着かせるため紅茶を淹れて、一口含んだ後、三成はどうしてこの国が滅亡するかの理由を話始めた。
「いきなりではない。国王は政治に無気力な上に過度な浪費家という、お前の父親を上回る……もとい下回る底辺。神殿建設で集まった富で栄える中央と、搾り取られるばかりの地方、弱体化した軍に、軍を追われた大量の浪人。どこからどうみても滅亡一歩手前だ」
余りにも御尤もすぎる言い分でアナリーゼも返す言葉がなかった。
「性質が悪いのは、王自身がそのことをまったく自覚していないということだ。豪奢な神殿を建てるのはいい。ボロ屋に住む王などに貴族も民も従いはしないからな。だがそれにも限度というものがある。あの愚王は自分が建てた神殿一つにどれだけの国費が投じられていて、どれだけ多くの民が飢えたかなど知りもしないだろう。知っても、気にも留めんかもしれん。挙句の果てには『お菓子の家』だと? ふざけているのか」
「で、でも! 確かに王家はダメダメでも私たちのアガレス領とかは、三成さんの改革で復興してきたじゃない! あとヴェロニカのウァレフォル領とかも!」
「お前は三国志は知っているのだったな。黄巾の乱と董卓の専横で中央政府である朝廷の力が弱まった後、大陸はどうなった?」
「そりゃ太守やら州牧やらなにやらが好き勝手にドンパチするお情け無用の乱世乱世……あ、そういうこと」
つまり三国志と同じように地方領主たちが中央政府を無視して暴れまわる、そういう群雄割拠の時代がくると三成は言っているのだ。
動乱編とはよく言ったものである。絶対に乙女ゲームにあっていいシナリオではない。戦略SLGに乙女ゲーがおまけでくっついているようなものだ。
「三成さん、私の希望は私の死亡フラグごと動乱イベントがなくなって、学園編での打ち切りハッピーエンドだったのだけど?」
「余り期待するな。王があれでは動乱は遅かれ早かれだ。お前の父を無理やり蟄居させた時とは違う。今の俺たちに王政府に干渉する力はない」
古今東西、中央政府というのは地方政府から干渉されることを嫌う傾向がある。これ自体は中央政府が一地方に阿るようになれば、国政が乱れるので当然のことであり決して悪いことではない。だがそれ故に地方政府――――公爵家は王政府に口出しがしにくいのだ。
「じゃ、じゃあ私じゃなくて王子とかが頑張ればいいんじゃない? 例えば今、婚約話が持ち上がっちゃったヴィクトリス王子とか!」
「ノアに調べさせた。ヴィクトリス殿下は王位継承権こそ第二位だが、後継者候補としては誰もまったく考えていないそうだ」
「待って。確かヴィクトリス殿下って第三王子よね? なのに第二位なの?」
「第一王子は王が側室に生ませた庶子だ。下の三人の王子王女とは血が繋がっていない。よって長男だが王位継承権は兄弟で一番下の第四位だ」
「な、なるほど」
織田信長の兄の織田信広のようなものだろう。
現代なら愛人の子供だろうと正妻の子供だろうと、同じ相続権を認められるが、この世界や戦国時代はそうではないのだ。正妻の子と、側室の子には埋めがたい格差が存在する。
「ちなみに王太子である第二王子は、ノアによれば国王と同じくらいの盆暗だそうだ」
「希望はないの? 長男とか王女とかがスーパー有能とか! それでどうにか後継者をそっちにするようシフトするとかで!」
王位継承権争いとなれば血も流れるかもしれない。しかし国全体を巻き込んだ群雄割拠の内乱と比べれば、遥かに流れる血の量は少なくなるはずだ。
そんなアナリーゼの期待を裏切るように三成は首を横に振った。
「第一王子は第二王子よりはまともな知性をしているが、過去に事業に関わって大失敗をして以降は酒浸りで、周囲の評判は盆暗な第二王子よりも悪い。末の娘である第一王女は、何一つとして特筆するところのない平凡な姫だ。まあ他の王子と比べれば相対的にマシかもしれんが、平時ならともかく、乱れた国を立て直す名君の器ではないだろう」
「だ、第三王子のヴィクトリス殿下は? なんで誰にも後継者として考えられてないの?」
「ヴィクトリス王子は父に似て芸術を愛する気質を持っているが、父と違い芸術を作る才能はなく、もっぱら観賞専門だそうだ。また父親と違って浪費家でもない」
「……っ! そ、それいいじゃないの!」
王が芸術を愛好することそのものが悪いのではない。オリヴァント四世の場合、それが余りに度が過ぎているから最悪なのだ。
だが三成によればヴィクトリス王子は芸術を愛しながら、それに浪費することはないという。ならば王様としてマイナスではなく、芸術に理解あるというというプラスだ。
「そして趣味は生身で熊と戦うことだ」
「……………………………………………ホワイ? もう一回言って? ワンモアプリーズ」
「趣味は生身で熊と戦うことだ」
「どういうことよ!!」
アナリーゼは噴火した。三成は淡々とノアから報告されたであろうヴィクトリス評を話す。
「自分は王でも政治家でもなく、己の身一つで功をたてる勇者となりたいが口癖。家庭教師の講義の悉くを抜け出し、練兵場に顔を出すのが日課。生まれつき腕力が強く五歳の頃には猛犬と格闘し勝利。狩猟が好きだが、それ以上に生身で獣と戦うことを好む。今一番お気に入りの相手は熊。好物は自分で狩った獣の肉」
そういえば『自分は王でも政治家でもなく』というのは公式サイトの一言台詞でもあった。それにイラストも体育会系という感じで、芸術を愛する線の細い男子という風ではなかった。
けれどそれにしたって野生児過ぎるだろう。これでは王子というよりバーバリアンの族長の倅だ。
「もう全員、後継者として駄目駄目じゃない!」
「浪費癖がなく、軍部からその強さでそこそこ人気がある分、脳筋と評判のヴィクトリス第三王子が最も王としての素養が高いかもしれん。極めて低次元の争いだがな」
「うわぁ」
どんな暗君の子供にも、四人もいれば一人くらいは光る素養を感じる者がいるものだが、王族全員悉く王の器ゼロとはもはや芸術的ですらあった。
しかも王族を除いた場合、王位継承権が一番高いのが他ならぬアナリーゼ自身というのが笑えない。
「さて。明日、俺の男爵叙任を祝して会いに来たヴィクトリス王子と久しぶりに従兄妹同士で食事をという名目で、婚約話をするわけだが、どうする?」
「ど、どうするって?」
「人格的には最もまともな第二王位継承者。今後の動乱を見越せば、抑えておいても惜しくはないと思うが」
「むー。三成さんは私に婚約して欲しいの?」
「分からんな。今の情勢では後々の利になるか不利となるか判断がつかん」
そういう意味合いで言ったのではないが、朴念仁の三成は気付いた様子はなかった。
態々意味合いの違いについて説明するのは業腹なので、三成に合わせて真面目な話をする。
「ゲームでは『アナリーゼ』は『ヴィクトリス王子の婚約者』だったわ。公式サイトにはっきり書いてあったし。どのルートでも死ぬ以上、ヴィクトリス王子のルートでも死ぬんだろうけど、それがどういう風なものになるかは分からないわ。
でも乙女ゲーの王道にのっとるならヴィクトリス王子が婚約者のアナリーゼじゃなくて主人公のヴェロニカに惹かれていって、恋の障害になったアナリーゼが様々な嫌がらせをするも最終的に婚約破棄されるって流れだと思うわ」
「公爵令嬢との婚約破棄か。常識的に考えれば織田信忠公と松姫のように政治的理由による破談だが…………」
悪役令嬢アナリーゼの場合、周囲が婚約破棄に納得せざるを得ないほど素行が最悪だった可能性のほうが高いだろう。
「まあそういうわけだから婚約は死亡フラグが立つから駄目! ノーサンキュー! でも下手な断り方してそれで恨みを買うのも駄目! 同じくノーサンキューね!」
「随分と都合のいいことを言っているな。だがそれなら別の相手を紹介するというのはどうだ?」
「というと?」
「お前が紹介した相手を、ヴィクトリス王子が見染めて婚約すれば、お前は仲介人として王子と紹介相手の双方に恩を売れる」
「…………私、『アナリーゼ』になってから王子の婚約者になれるほどの貴族のお友達なんてヴェロニカくらいしかいないんだけど」
それでは本末転倒である。アナリーゼの命の安寧を考えれば、ヴェロニカには攻略キャラと恋愛フラグをたてず、バジルルートに突き進んでもらうのがベストなのだ。
「謙信公でもあるまいし敵に塩を送っても仕方がない。ノアの調査で聞いたお前が転生前のアナリーゼが親しくしていたというマルグリット・ハルファスなる令嬢はどうだ?」
「マルグリット?」
どこかで聞いたことのある名前であった。アナリーゼは記憶の糸を手繰るように額に手をあてて考え込む。
「ノアの調べではかつてのお前と親しかったというのに、人格も真っ当という希少種だ。他の友人は碌でもない者ばかりだったからな」
「希少種……マルグリット……あ、ああ! 思い出した!」
「さっきヴェロニカ以外とは親しくなってないと言ってなかったか?」
「今世じゃなくて前世! アフターじゃなくてビフォー! ネタバレ糞レビューアーのレビューにあったのよ!」
三成が「またか」と呆れている。だがアナリーゼが唯一持つ転生チートというべきものがこれなのだ。
ネタバレ糞レビューアーのレビューが嘘バレの類でないことは、これまでのことが証明しているのだから。
『人格ゴミ悪役令嬢のアナリーゼの取り巻きは、どいつもこいつも屑ばかりで見事なゴミ屑を体現しているわけですが、一人だけ例外がいます。それがマルグリット・ハルファスです。
このマルグリットというキャラ。アナリーゼの取り巻きでありながら、ヴェロニカを庇うような態度をみせ、接触イベントがあり、フラグをたてれば友達にすることも可能です。
なんでこんなぐう聖キャラがアナリーゼなんかの取り巻きをしているかといえば、子供の頃に社交界で病弱なせいで虐められたところを、アナリーゼに助けられたことがあるんですねぇ。
そこだけ聞くとアナリーゼっていいとこあんじゃんって思っちゃいますが、アナリーゼ的には自分が先に虐めようとしていた相手が、先に他人に虐められてたので、ターゲットを虐めっ子のほうに変更しただけです。
そんなこんなで感じる必要もない恩を感じちゃったマルグリットは、アナリーゼの取り巻きとして良心回路をやっていたわけですね。
あ、それとマルグリットの好感度を高めて友達になるのはお勧めしません。というのも友達にすると動乱編で自陣営に加わってはくれるんですが、対アナリーゼ戦になると強制的にマルグリットが降伏を促す使者としてアナリーゼのところへ行きたいって言いだすんですよ。
しかもこれNOの選択肢を選んでも、アナリーゼに良心があると信じたマルグリットは一人抜け出してアガレス領へ行ってしまいます。
そして当然良心なんて塵ほどもないアナリーゼは説得にきたマルグリットをぶっ殺した挙句に、死体を見せしめに晒すコンボ。親友の死に、あのヴェロニカが感情をむき出しに号泣し、アナリーゼへの復讐を誓う名シーンに繋がります。
というわけでマルグリットを友達にするメリットはないので、マルグリットにフラグをたてるくらいなら、別の相手のとこに通った方がマシです。
一度イベントCG回収のために友達になったらスルー安定ですね』
という長々しいネタバレ糞レビューアーのレビューを要約しつつ三成に説明する。
余りにも酷い内容に三成は頭を抱えていた。
「……というわけなのよ! 改めて思うんだけどアナリーゼって酷い奴過ぎない?」
「ああ、死んだほうがいいな」
戦国時代の人間である三成からすらばっさり切り捨てられてしまった。
アナリーゼ自身、もし自分が前世でゲームをプレイしたら『悪役令嬢アナリーゼ』が死んだら悲しむのではなく拍手喝采してしまうだろう。
「そんな娘を私の代わりにヴィクトリス王子の婚約者にするの? ゲーム本編でアナリーゼの被害者だった彼女を、また利用するみたいで抵抗感があるのだけど」
「別に結婚を強いるわけではなく紹介するだけだ。それに伯爵令嬢に王子を引き合わせるというのは、決して悪い話ではないだろう」
「うーん。まあ紹介するだけなら……OKよね?」
アナリーゼは三成に頼んで、ノアにマルグリット・ハルファスのことをよく調べてもらうことにした。
王子に紹介する自分の友人に対して、なにも知らないというのは余りにも不自然だろう。
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