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悪魔貴族譚~ノビリタス・ディアボロス~  作者: 中谷 獏天
第3章 とある騎士団長の憂鬱。
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2 騎士団長の憂鬱、違う道。

 物心付いた頃から、この国を帝国に吸収させるつもりだった。

 そして王侯貴族の選抜に役立つ事で、今までの業を幾ばくか清算出来るだろう、そう思っていたんだが。


『そこまで、難しいか』


『私には、はい。せめて出来る事として、悪しき見本について再考して頂き、速やかに彼女を実家に戻す。そうした助言をさせて頂く事しか出来ません』


 愛人が実は本気だった、だからこそ後ろ髪を引かれ、無関係な奥方に不意に真実を告げ黙らせようとした。

 男としても夫としても、ましてや近衛騎士団団長としては、最低最悪なクズ行為だが。


 踏み止まった。

 しかも、目玉となる者が居なくなるのは幾ばくか困る。


『離れた後は、どうするつもりだ』


『執事に、下賜をと。先ずはウチを辞めさせ、彼女に付き添い、そのまま』

『女嫌いの次は、選り好みか』


『申し訳御座いません』


 出来るだけ身内で固め、如何に帝国に身売りするかを考え生きてきた。

 だからこそ近衛騎士団団長とは幼馴染となり、そこに仕える者も教育し、出来るだけ多くの民を救おうとしていた。


 だが、コレではな。


『悪しき見本は手放す、だが離縁は帝国に呑まれるまで待て、良いな』

『はい』




 主人が奥様の家を取り締まりに向かわれ、帰って来ると別人になってらっしゃった。

 どうやら道中、馬車が脱輪し激しく頭を打ち付けられたそうで。


 奥様の事だけを全て忘れ、帰ってらっしゃったらしい。

 だが、奥様だけ、だろうか。


《愛人については覚えてらっしゃいますか》


『愛人、私に』

《では、元婚約者の方はどうですか》


『あぁ、今となっては、本当に未熟さを痛感している』


 そこまで、愛人の方を信用なさっていたのか。

 最後の最後、情が芽生えてしまったのか。


《奥様とは離縁を検討なされていたそうですし、折角ですから、このまま離れてはどうでしょう》


『そうか、離縁を考えていたのか』

《ですが帝国領に飲み込まれるまでの期間、このまま奥様を実家にお戻しになり、そのまま離縁されるのが宜しいかと》


『そうだな』


 奥様は、主人の好みから外れている。

 勿論、私が今直ぐに抱けるかと尋ねられても、やはり困りますが。


 奥様には性根の良さが有る。

 素直で思い遣りが有り、八つ当たりとは無縁な方。


 いっそ、愛人の罪状を揉み消し、再婚なされば宜しいのでは。

 こうも簡単に奥様を諦めるのですから。


《では、奥様の事を軽くお伝え致します。緊張なさると吃ってしまいますが、気になさらないで下さい、それと読み書きや礼儀作法も殆ど皆無ですが》

『本当に、読み書きが』


《はい、ですので読み聞かせをさせて頂いております》

『そうか』


《大体の事がお分かりになって頂けたかと、そろそろお呼びしても宜しいでしょうか》

『あぁ、頼んだ』


 記憶に欠落が有るからと言って、どうか奥様に惚れる事だけはお止め下さい。

 どうせアナタ様には、重荷でしか無いのですから。




『そうしてお姫様は、いつまでも王子様と幸せに暮らしました、めでたしめでたし』


「ありがとうございました」

『休暇の合間の事だ、構わない』


 旦那様は頭を怪我されてから、私に会いたがる様になりました。

 きっと、お父様のように、病や怪我から心細くなったのだと思います。


 でも、私は継母様(おかあさま)の言う通り醜い娘なので、結婚式で笑顔を見せて下さらなかったし。

 初夜すら無かった。


「あの、愛人を作られては、如何でしょうか」


 良い奥様なら、こう言うべきだと教えられました。

 どうせお前は愛されないのだから、せめて優しくしないさい、と。


『何故、だろうか』

「私は醜いので結婚式で笑顔にさせられませんでした、初夜も無かったです。どうせ愛されないのだから、せめて優しくしなさいと言われましたので、はい」


『いや、君は』

「きっと旦那様はお怪我で心細くなっただけです、私のお父様もそうでした。お父様はご病気になり心細さから愛人を作って、私が出来たそうですから、はい」


『なら、君とも問題は』

「一時の気の迷いだったそうで、愛の無い好意はとても苦痛なんだそうです。それに私は、どうせお前は子供を殺す、無知で無教養だから子供を作ってはバチが当たると教えられました」


『それは、誰が言ったんだ』

継母様(おかあさま)です、お父様も妹も優しいから、だから継母様(おかあさま)が厳しく躾けて下さいました。読み書きが出来無い頭の弱い私の世話をして、躾けもし、結婚までさせてくれた優しい継母様(おかあさま)です」


『優しい、とは、何だろうか』


「旦那様の言う事を何でも聞いて、言う通りにする事です」


 あれ。

 もしかしてココでは違うのでしょうか。


『どうやら、君の家は少し変わっているらしい』

『そうですね、かなり古いお考えですね』

「そうなんですね」

《はい、かなりの辺境でらっしゃいましたから、相当に古い考えでらっしゃいますね。では先ず、そこからお勉強をしてみましょうか》


「はい」

『では、お散歩に参りましょうか』


「はい」




 私は結婚式に愛想笑いもせず、初夜すら一緒に居なかったのか。


《仕方の無い事かと、コレでお分かりになりましたでしょう、如何に奥様が難しい方かを》

『あぁ』


《ですが、元はと言えば我々と共に奥様と相対して下されば、ココまで拗れる事は無かったのです。あの発言は想定はしておりましたが、初耳でしたから》

『すまなかった』


《ご記憶が無いと言えど、アナタが選んだ道。お分かりになられたかと、結局は離縁となった、と》


『だが』

《薄情と謗られる事を避ける為、奥様を犠牲になさるのですか》


『いや、だが』

《奥様の領地も無事に管理下に納められたのなら、もう用無しでは。全く利の無い政略結婚、しかもアナタ様には情の欠片も無い、致し方の無い事かと》


『だが、何か』

《読み書きも出来ず、礼儀作法も社交も満足に行えず、着られるドレスも限られる。アナタ様には、本当に何も利が無い。どうでしょう、愛人の罪状を取り消し、ご婚姻なさっては》


『そんな事は』

《この婚姻とて、書類上のみの事。実は奥様を保護したに過ぎず、結婚式は愛人の方と挙げられ、実際に婚姻関係に有るのは愛人の方だった。コレなら、万事上手く事が進むかと》


 確かに、いずれ帝国に飲まれる際に書類を正せば済む。

 だが、他に道は本当に無いのだろうか。


『他に』

《見栄を張らなくても良いのですよ。実際、奥様か愛人、どちらを抱く事が出来ますか》


 私は。




「旦那様、飽きたんですね」


 だからこそ言わせて頂いた筈が。

 意固地からか何なのか、主人は奥様を構い、結局は投げ出した。


『お仕事が溜まってしまわれたのでしょう』

「そうですね、旦那様にはお仕事が有る。私は」

《では、お勉強の時間に致しましょうか》


「はい、宜しくお願いします」


 奥様が気にしてらっしゃらない事が、せめてもの救いですが。

 半端に手を出し、結局は投げ出すなら、最初から何も関わらなければ良いものを。




《では、休憩に致しましょう》

「あの」

『はい、何でしょう奥様』


「あの、このままでは、離縁になってしまうのでは」

『大丈夫ですよ奥様、里帰りは良く有る事、問題御座いませんよ』


「ですけど私、統治も何も」

『それこそ旦那様の領分です、それともやはり、ご実家には』


「いいえ、お家は好きです。少し寒いですけど、ずっと居た場所ですから」

『私達が寒く無い様に致します、どうぞご安心下さい』


「はい、ありがとうございます」


 旦那様は、愛人をお引き取りになり、奥様を実家に戻す事になさった。


 旦那様がその道をお選びになると言うなら。

 思い出そうが、どうなろうが、もう私達の知った事では無い。


 執事経由では有りますが、コレだけ王太子殿下に学ばせて頂いたのです。

 優しさとは何か、正しさとは何かを、学ばせて頂いていたと言うのに。


 旦那様は一時的に記憶を失くした事で、自身の都合の良い様に動こうとなさった。


 私達にはもう、良き当主には思えない。

 もう、将来は無いのです。

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