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悪魔貴族譚~ノビリタス・ディアボロス~  作者: 中谷 獏天
第3章 とある騎士団長の憂鬱。
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5 騎士団長の憂鬱、違う道。

 私が実家に帰る直前、継母様(おかあさま)もお父様も、そして妹も病で亡くなってしまい。

 私が当主となり、旦那様の家を出て半年。


 家はすっかり綺麗になって、勉強も屋敷の外もとても楽しい。

 大変だったと聞いたけれど、領民の方も凄く優しくて、誰も私を怒らなかった。


 誰もがとても優しくて、何でも教えてくれた。

 実は薔薇や葡萄は大したお金にはならない事や、芋にはマッシュポテト以外の料理が有る事、綿が如何に必要かを教えてくれた。


《奥様、夜風はお体に触ります、どうなさいました》


 それもコレも、元は旦那様のお陰なのに。


「私は、とても薄情では無いのかと」

《旦那様の事ですね》


「はい、気が付くと忘れてしまうのです。自分が既婚者で有る事や、旦那様が居る事を。それに、もう、お顔が思い出せないのです」

《今まで、ご当主となるべく勉強なさっていましたから、きっと些末な事は押し出されてしまったのでしょう》


「些末な事では無いのでは」

《では、好いてらっしゃいましたか、愛してらっしゃいましたか》


「いえ、全く」

《それで宜しいんですよ、あくまでも書類上の婚姻のみ、いずれ帝国領となりその書類もあやふやなモノとなる。奥様は今のままで宜しいんですよ、お忘れになっても、何も問題は無いのです》


「ですけど、ご恩を」

《他の政略結婚と同じです、いずれ国の要所となる場所の令嬢、家。逆らわず従順にお過ごしになられた、それだけで十分なのですよ》


「でも、アナタや侍女長が居たから叶った事で」

《我々は我々の判断でココへ参ったも同然です、なんせ旦那様は優秀なのですから、我々が居なくとも大丈夫なのですよ》


「甘えてばかりで、アナタにも侍女長にも」

《では結婚を、侍女長が気に入っている者が居るのです、結婚式を催して差し上げましょう》


「そうなのね!ごめんなさい、全然知らなくて」

《無理も無い事です、奥様に捨てられない為、内々の事でしたから》


「そんな、私は捨てないのに」

《では結婚後も、働いて頂くと言う事で宜しいでしょうか》


「勿論よ、だって居ないと困るもの。あ、でも無理の無い範囲でよ、赤ちゃんを困らせるのは良くないもの」

《では、その様に》


「待って、ダメよ、アナタにも何か」

《では離縁なされたら、私と結婚して下さい》


「良いの?とても手間の掛かる子よ?」

《執事をしておりましたから、器用さは人一倍です、下手をすれば余らせてしまう。人材の過不足は、領主の力不足を示す事になる》


「手間の掛かる子が好きなの?」

《いいえ、性根が良く真面目で誠実、素直で可愛らしい方が好きです》


「そんな子は他にもいっぱい居るんじゃない?」

《且つ、当主でらっしゃる方はそう居ないかと》


「当主だから?」

《私は必要とされる事も好む条件の1つです、アナタ様には特に頼られたいのです》


「あまり甘やかされるのは困るのだけど」

《そう気配り頂ける事も好ましく思う条件の1つです》


「とても複雑なのね?」

《はい、さっさと離縁し一緒になりましょう。アナタ様は美しく可愛らしくなられた、嫉妬は御免被ります》


「愛人は作らないでね?」

《コチラこそ》


「私には無理よ、不器用で嘘が苦手だもの」

《私もですよ》


「嘘、ほら上手じゃない」

《相手次第です、もうアナタ様に器用に嘘は言えません》


 今まで、私の為に色々な嘘を言ってくれていたのね。

 旦那様の事も、きっと家族の事も。


「ごめんなさい、必ずアナタを大切にするわ」


《それは、私が言いたい言葉だったんですが》

「あら取っちゃったわ、ごめんなさい」


《結婚して頂けますか》

「心配性なのね?」


《はい、アナタ様が思う以上に、アナタは素敵な方ですから》


 少し私に盲目的な気がするけれど。

 コレが恋、なのかしら。




『本当に、瞬く間にお上手になられましたね』

「ありがとうございます、侍女長の教え方が上手だからですよ、ふふふ」


『いえいえ、奥様の飲み込みが早いからですよ』


 アレから1年と半年。

 奥様の立ち居振る舞いが相応となり、すっかり刺繍が上手になられた頃。


 とうとう、ココが帝国領となる日が来ました。


 私と執事は、奥様をお支えする為、奥様のご実家に同行。

 その際、幾人かの侍女や侍従を付けました。


 そして、旦那様の家に愛人の方が正式に屋敷に移って来られたのは、約1年前。


 そこから、少しずつ人が辞めていきました。

 ある者は婚姻の為、ある者は親の療養の付き添いの為。


 そしてある者は、結局は主人が愛人を正妻とし、奥様から手を引いた為。


 あの家に将来は無い。

 そう肌で感じ取ったのでしょう。


「ねぇ、本当に、大丈夫なのかしら」


『あぁ、執事の事ですね』


「恋は盲目になってしまうと学んだわ、折角優秀なのに」

『優秀だからこそ、盲目で問題無いとなされたのですよ』


「でも、毎日お花をくれるのよ?」

『離縁が待ちきれないのでしょう』


「いつも褒めるのよ?」

『アレでも控えている方かと』


「そうなの?」

『ええ、アレでも』


 あぁ、ノックが。

 とうとう、来られたのですね。


《奥様、旦那様が来られましたが》


「きっと、最後になりますよね、ご挨拶したいのですが。どう、言えば良いのでしょう」


《以前と同様に、真っ直ぐに、感謝のお言葉を述べるだけで十分かと》

『奥様は当主となられたばかりだと、ご存知なのですから、多少の稚拙さも愛嬌です。大丈夫、誠心誠意、感謝を述べれば分かって下さいます』


 そうして、分かる事でしょう。

 如何に奥様に将来が有ったのか。


 この無垢なる奥様を見捨てた旦那様に、如何に将来が無いか。




「今まで、大変お世話になりました。何も知らず、何も出来なかった私に、とても優秀な方を付けて下さった事に感謝しか御座いません。ですが未だに未熟者ですので、恩返しの方法すら思い付きませんが、必ずご恩に報いたいと思います。本当に、ありがとうございました」


 あの、庶民として生活させるべきか、そう頭を悩ませていた者とは思えない程。

 立派に礼儀作法を身に付け、稚拙では有れど、しっかりとした謝意の言葉まで。


『いや、私は何も、してやれなかった』

「旦那様はお忙しい方ですし、真実の愛を見付けられたのですからお気になさらないで下さい。私に彼ら彼女達を与えて下さっただけでも、十分過ぎる事、是非奥様とお幸せに」


 垢抜けた。

 その言葉では済まされない程、美しく可愛らしくなった。


 今なら。


《では、書類の確認も済みましたので》

「あ、お引き留めするワケにはいきませんよね、失礼しました」

『いや、少し、君の執事と話させて欲しい』


「では、失礼致します」


 まるで別人。

 その衝撃からか、全てを思い出した。


 如何に自身が臆病者だったかを。


《何か》


『こうなると、君は分かっていたのか』

《はい、彼女は単に学ぶ事を妨害されていたに過ぎず、その反動からか飲み込む速度は驚異的でした。好奇心は御座いますし、性根が良いので素直に今までの間違いを訂正出来る、そして何よりお優しい。ココでは丁度良いのです、稚拙ながらも優しい領主を支える、そうして一致団結が叶っておりますから》


 私も、最初から助力していれば。

 事を見誤らなかったのかも知れない。


『そうか』


 娶ったからには、妻として相対するべき。

 それを何故、私は行わなかったか。


 面倒だったからだ。


 初夜の日、彼女の本当の悲惨さを目の当たりにした。

 あの背中は、拷問を受けた者と同等の傷痕だった。


 書類上で出来事は、ある程度は把握していた。


 だが、まさか、本当に字が読めず書けもしないとは思わなかった。

 酷い体罰は、頭が弱く躾けの結果なだけ、それは日和見の思い込みだった。


 家族で結託し、彼女を追い込んでいた。

 彼女が優しいと思い込んでいた妹は、単なる外道、父親は娘の事を本気で頭の弱い子供だと思い込んでいた。


 まさか。

 まさか、本当に碌な躾けも教育も受けず、刺繍すら出来無いとは思ってもいなかった。


 甘かった、何もかも。

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