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21.初めての感情③

「お前の方こそわからないか? 真実を知ってから、我々がどんな思いでいたのか。キャロルは毎日のように泣いていたが、お前の前ではいつも無理やり笑っていた」


 咄嗟にキャロル様を見ると、彼女は堪えきれずに涙を流していた。

 カシスのした罪が消えることはない。

 大切に思っていた息子が自分たちを殺そうとし、悪事に手を染めた。

 どれほど辛く苦しかっただろう。


(それでも……あの頃のカシスはもういない)


 今のカシスにもうあの時の面影はない。

 フリップ様を助けることを第一に考え、行動するぐらいには変化している。


「我々ヴィクシム公爵は王家に忠誠を誓い、品行方正で在らなければならない。そんな王家を危機に晒した罪を償うべきだ。フリップを無事に保護し、ジェランダ公爵家の暴走を止めることに成功したら、陛下に真実を全て話すつもりだ」

「なっ……」


 初めてカシスの表情が変わる。

 真実の中に、カシスが殿下の命を危険に晒したことも含まれているのだろうか。


(もし陛下に伝わってしまったら、カシスだけではない。恐らく一家全員処刑……ヴィクシム公爵家がこの国から消えてもおかしくない)


 その覚悟がヴィクシム公爵夫妻にはある、ということだろうか。


(そんな……)


 止める方法はないかと思ったが、先にカシスが口を開いた。



「本気ですか?」

「当然だ。そのためにも、ジェランダ公爵家を何とかする必要がある」

「もし話せば俺だけじゃない。父上や母上、フリップまでも罪に問われることになるのですよ。 今更掘り返す必要がありますか?」

「お前はそれほどのことをしたんだ」

「それなら俺は望み通り死んであげましょう。ですが父上たちが死ぬ必要は……」

「子の責任は親の責任でもある。親が責任を取らなくてどうする」

「……っ、しかしフリップは」


 明らかにカシスは動揺していて、声が少し震えている。


「フリップも我々の決断に従うと言っていた」


 ヴィクシム公爵夫妻だけではない。

 フリップ様まで覚悟が決まっているなんて。


「でもね……私はそれを望まない。勝手だと思われるかもしれないけれど、やっぱり我が子には生きていて欲しいの」

「では陛下に言わなければ……」

「いいえ。カシス、貴方のしたことは国を破滅に導くような危険な行為よ。その罪を償わなければならない。だから……私たちは命をもって償うわ」


 私たちは、という言葉に違和感を覚える。

 公爵夫妻は……いったい何を考えているのだろう。


「けれどカシスはメアリーに出会って変わったわ。それこそ、過去の悪事を改めるほど。だからもう安心して送り出せる」

「何を……」

「カシスとフリップは全てが片付いた後、この国を出なさい。身分を捨て、別人として生きることになるけれど、今の貴方たちならヴィクシム公爵という肩書がなくてもきっとやり直せる」


 キャロル様はそっと涙を拭い、私に視線を向ける。


「メアリー。ずっとカシスを支えてくれたのに、このような形になってしまってごめんなさい。婚約は破棄になってしまうけれど……」

「嫌です……」

「え……」

「私はカシスと婚約は破棄しません。離れるつもりもありません」

「メアリー……ダメよ、そんなこと」


 公爵夫妻の決意は固い。

 けれど、こんな結末は誰も望んでいないはずだ。


「考え直してくれませんか……!」

「……今すぐではないわ。まだフリップやジェランダ公爵家の件が終わっていないもの。まずはヴィクシム公爵家がいなくても安心安全な国にしないとね」

「そのためにも今、陛下と話し合っているところだ。カシス、お前は余計なことをしなくていい。全てが終わるまで大人しくしていろ」


 私の声は届かなかったようで、二人は部屋を後にしてしまう。


「そんな……」


 私は呆然と立ち尽くしながら、二人が出て行ったドアを見つめることしかできなかった。


「ははっ」


 その時、部屋に乾いた笑い声が響く。


「カシス……」

「本当に余計なことをするなあ。どうしようか。あの二人を力づくで黙らせるか、いっそのこと……」

「カシス、落ち着いて。それはカシスの本心じゃないでしょう?」


 カシスは今、自分が死ぬかもしれないことに対して恐れているわけではない。

 家族がそのような目に遭うことに対して恐れているのだ。

 しかしカシス自身、そのことに気づいていない。


(何か方法は……殿下もこうなることは望んでいないはず……)


「そうだ……カシス、王太子殿下に会いに行こう。フィズのことも全部話した上で助けを求めるの」

「どうして? 何のために? このことを知れば、殿下は喜んで陛下に進言するだろう」

「……落ち着きなさい!」


 カシスの両頬に手を添え、無理矢理視線を合わせる。


「ねえカシス、どうして殿下は私にカシスを託したと思う?」


 殿下は王の資質を持つお方。

 たとえ自分を殺そうとした相手でも、自分やこの国に利益をもたらすと判断すれば、手に入れることを優先する。

 きっと正直に話せば、最善の策を考えてくれるだろう。


「そんなの、わかるわけがない……いつも俺に怯えて殿下の考えていることなんて。母上や父上だってそうだ。処刑されるとわかっていることに、どうしてわざわざ手を伸ばす? フリップは慕っている婚約者がいるのに、どうして簡単に身分を捨てられるんだ。こんな……俺なんかのために」

「……うん」

「馬鹿だろうって思いたいのに……ここが締め付けられるように苦しくて、息がしにくい……」


 カシスは胸のあたりを乱暴に掴み、苦しそうに顔を歪める。


「こんな感情、知りたくなかった……あの時君に出会わなければ、君に興味を持たなければ、こんな気持ちになることもなかったのに……家族のことなんて気にせずに済んだ」

「うん……じゃあ、カシスはどうしたい?」


 まだ気持ちの整理がついていないカシスに尋ねる。

 きっとカシスの中で答えは決まっているだろう。


「……俺は」


 消え入りそうな声で本音を語ったカシスに、私はこれからどうするべきかを話した。


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