20.初めての感情②
「そう考えると全て辻褄が合う」
「……」
カシスは表情を崩すことなく、ただ黙って耳を傾けている。
ヴィクシム公爵夫妻が悪役だった叔父に殺されず、無事に断罪されたことで、今度は両親にカシスの裏の顔がバレてしまうという新たな展開になってしまった。
(いや、もし小説でもヴィクシム公爵夫妻が生きていれば、カシスの暴走は止められていたのかもしれない)
「まさかお前が裏社会にまで手を染めていたとは……それだけではない。ブランデー・フェリック侯爵令息がフィズの一員になっているだろう」
ブランデーさんが侯爵令息……やはり貴族出身だったのか。
「まさか犯罪者まで匿っているとはな。ブランデー・フェリックは実の父親であるフェリック侯爵を殺害した罪で指名手配されている」
「え……」
思わず声がもれ、カシスに視線を向ける。
驚く私とは対照的にカシスは冷静で、どうやら知っている様子だった。
(ブランデーさんが殺人……?)
とても信じられる話ではない。
「ああ、フィズを嗅ぎ回っていたのは父上だったのですね。どうりでブランデーが尻尾を掴めないはずです」
「その様子だとわかっていながら匿っているようだな」
「……父上は俺になんと答えて欲しいのですか?」
このままだと親子関係にヒビが入るどころか、完全に悪化してしまう。
何か方法はないかと考えていると、部屋の窓がゆっくりと開いた。
外から入ってきたのはブランデーさんで、部屋に入るなりフードを外し、自身の正体を露わにした。
「ブランデー……」
「俺はどうなっても構いません。ですが俺を救ってくれたカシス様のことを、悪く言わないでいただけませんか」
話を聞いていたのか、ブランデーさんは覚悟を決めた表情をしていた。
「君がブランデー・フェリックか」
「そうです。俺は……俺が、フェリック侯爵を殺しました」
「ブランデー、話さなくていい。今すぐここから……」
何やら焦りの色を浮かべるカシスに対して、ブランデーさんは穏やかに笑う。
「もう、いいんです。俺のせいで、カシス様を悪人にはしたくない」
そう言って、ブランデーさんは服の袖口を捲り上げる。
露わになった腕には無数の傷痕が残っていた。
「俺にはこのような傷が全身にあります」
「……虐待か」
初めてヴィクシム公爵の表情が変わる。
「ただの虐待ならどれだけ良かったでしょう」
「……どういう意味だ?」
「フェリック侯爵は、妾である俺の母上をとても愛していました。ですが病気で母上が亡くなって以降、フェリック侯爵はいつも俺を通して母上を見ていました。歳を重ねるごとに俺は母上に似ていったらしく、異常なほど執着され始めました」
ブランデーさんの話は、想像を絶するほど過酷で苦痛な日々の内容だった。
それはただの虐待ではなく、性虐待。
「フェリック侯爵は決して俺の名前を呼ばず、いつも母上の名前ばかり口にしていました。心身ともに限界が来た俺は、フェリック侯爵を殺しました。ですがフェリック侯爵は聖人のように周囲から慕われていたので、この事実を知る人は誰もおらず、何も知らない本妻のフェリック侯爵夫人には恨まれ、行方を追われて命を狙われ続けました」
誰も口を挟めないほどの重い過去。
カシスは知っていたのだろう。だからブランデーさんを止めようとしていたのだ。
「逃亡生活は決して楽なものではなく、死のうかと思っていた時、カシス様に出会ったのです」
そこからはカシスに対する忠誠心を言葉にし、いつものように熱弁していた。
「あの日の選択は後悔していません。そのおかげでカシス様や仲間に出会えました。表向き、フィズは裏社会で悪事を働いていることになっていますが、本当は……」
「もういい」
フィズの正体について、ここからが本題だというところで、ヴィクシム公爵はブランデーさんの言葉を遮った。
「ですが……」
「説明されなくても知っている。フィズが裏社会で何をしていたのか。本当に悪事を働いているなら、奴隷として売られた人間が幸せそうに暮らしているわけがないだろうし、フィズが取引しているはずの違法薬物が本来であれば市場に出回ってもおかしくないはずだ」
誤解を解こうとしていたブランデーさんは、ヴィクシム公爵の話を聞いて表情を緩ませる。
「ではヴィクシム公爵様は……」
「だがカシス、お前は取り返しのつかないことをした。以前、王太子殿下が原因不明の病で倒れた時があったが、あれはお前の仕業だろう」
ヴィクシム公爵はカシスの正体を追っている中、王太子殿下の一件についても不審に思い始めたらしい。
当時、殿下の病を治した医師に話を聞き、カシスが裏から手を回していたことが判明したようだ。
「それだけではない。ジョゼット伯爵家の没落を危機を招いたのもお前だな?」
もう全てが筒抜けだった。
ヴィクシム公爵は、カシスを調べ尽くしていた。
「それをわかっていながら、俺を今日まで放っていた理由はなんですか?」
カシスはヴィクシム公爵の真意がわからず、探るような質問をする。
確かに私自身、ここにきてカシスを問い詰めるヴィクシム公爵の考えがわからなかった。




