8.変化③
「な、えっ、そんなつもりは……」
「ごめんね、シェリー嬢」
「あ、謝らないでくださいませ! 私、実は彼女のこと嫌ではありませんの! ただ私がカシス様にふさわしい相手にして差し上げますとお伝えしたく……」
ああ、もうこれは完全にカシスのペースだ。
わかっていても騙される私が言うのだ、間違いない。
「本当? 良かった」
カシスの安心した微笑みは、母性本能をくすぐって思わず抱きしめたくなる愛らしさがある。
シェリー様も同じように思っているようで、必死に堪えている様子だった。
「……と、いうことで! 今後は私が貴女を厳しく指導しますからそのつもりでいなさい!」
「シェリー様……はい! ぜひ仲良くしてください!」
「なっ、話を聞いていたの⁉︎ 私は……」
焦るシェリー様、とても可愛い。新たな推しができた。
そんなシェリー様と絶対に仲良くなろうと決める。
「私、メアリー・ジョゼットと申します!」
「し、仕方がありませんわね……名前くらいは覚えてあげるわ」
こんな風に押されるのに慣れていないシェリー様はタジタジだった。
ここでようやく一件落着かと思いきや、シェリー様はフリップ様に声をかける。
「フリップ様。カシス様がいらっしゃいましたが、あのことをお伝えしなくてよろしいのですか?」
伝えたいこと? と思い、私とカシスはフリップ様に視線を向ける。
「あ、いや……」
「何を怖気付いているのですか! きっと喜んでくださいますよ」
シェリー様にも背中を押され、フリップ様は決心したようにカシスを見つめる。
「……兄上。俺は、兄上の力になりたいです」
「力……?」
「今まで兄上がたくさん抱えているのに気づかないまま過ごしてきました。そんな俺ももうすぐ成人を迎えます。俺は次期当主となる兄上を支えられるような人間になります。必ずなってみせます。だから……! もう、一人で抱え込まないでください」
フリップ様は言い逃げするように、カシスの反応を見ないまま部屋を後にしてしまう。
シェリー様も挨拶をした後、フリップ様の後を追った。
(なに、今の……あの尊い瞬間は!)
さすがは主人公様。
闇堕ちしていないフリップ様は、それこそ圧倒的な光属性の存在で、闇を抱えるカシスを照らそうとしていた。
「ねえ、メアリー……」
一方でカシスは目を丸くしていて、フリップ様の言葉を上手く理解できていない様子だった。
あのカシスも光に照らされ、戸惑っているようだ。
「今、フリップは俺の力になりたいと言わなかった?」
「うん。言っていたよ」
「どうして?」
「フリップ様がカシスを尊敬して慕っているからだよ。そんなカシスを支えたいって」
「君がフリップを構っていた時、俺は脅したんだ。恐怖心を煽るように叔父上の件も話したし、ジョゼット伯爵家の没落についても俺が仕組んだものだって話した。その時のフリップは俺を異常な人間と認識して、明らかに怖がっていたんだ。それに、今も少し避けられているはずなのに」
カシスはフリップ様がなぜ支えたいなどと言ったのか、理解し難いようだ。
「メアリー、どうしてフリップは俺にあんなことを言ったんだと思う?」
自分で答えが見つけられず、カシスは私に尋ねる。
「ねえカシス。カシスはね、自分が他の人とは違うって自覚している分、誰にも受け入れられないと思っているでしょう? 実際、私の時もそうだったように」
「……うん」
「けれどカシスのような人もいれば、私のような人もいる。もちろんフリップ様にはフリップ様の考えがあって、カシスを理解して寄り添おうとしていし支えたいって。愛されているね、カシス」
「愛されている?」
「フリップ様はカシスを受け入れた上で力になりたいと言ったんだよ。カシスのことを慕っていないと、早々できないよ」
信じられないとでも言いたげだったが、それが事実である。
フリップ様は覚悟を決めてカシスに宣言したのだ。
「独りじゃないんだよ、カシス」
「俺はフリップに、許されないことをしたのに……」
カシスはそう言いながらも、どこか嬉しそうだ。
私以外の理由でこのような自然な表情は初めて見た気がする。
「今の感情、忘れちゃダメだよカシス」
「……うん」
カシスは私の言葉を素直に受け入れるくらいには、心地の良い感情だったようだ。
「ふふっ、さすがはフリップ様だなあ」
まさに主人公と呼ぶにふさわしい人だ。
「……俺の前でそれを言うんだね」
「え……あ、いや! 特に下心はなくて……! それにフリップ様にはもうシェリー様という素敵なお相手がいるでしょう?」
先程の明るい表情は何処へやら、私が少しフリップ様を褒めた途端、カシスの顔色が変わる。
「まさにお似合いだったよね!」
「……シェリー・ティルシアか」
「カシス……?」
シェリー様のフルネームを口したカシスの声はいつもより低く、嫌な予感がした。
「……潰そうか」
「なっ、何言ってるの⁉︎」
さらりと怖いことを言われて、すぐ突っ込みを入れる。
「君を跪かせて屈辱を味わせたんだよ? 許されると思う?」
「あれは私が勝手に判断して跪いただけの! ほら、身分の高い方に対して敬意を払うのは貴族社会の基本でしょう?」
シェリー様やフリップ様にこれ以上迷惑をかけたくない。
「今まで君が身分の高い相手に跪いて挨拶しているところ、見た記憶がないのだけれど」
その言葉にギクッとする。
明らかに怪しまれていた。
「と、とにかく! もしシェリー様に何かあったら、絶対許さないからね! 圧力もかけちゃダメだよ!」
「……君がそう言うなら」
どうなるかと思ったが、カシスは私の言葉を渋々受け入れた。
「信じてるからね、カシスのこと」
どうしても私を愚弄されたと思い、怒ってくれているようだ。
私のために……という点では嬉しいが、それで誰かが傷つくのは嫌である。
私としては今後、シェリー様と仲良くなりたいなと思っていた。




