13.迫る②
「もしかして、私がまた逃げると思ってたの……?」
カシスは少し戸惑いながら、小さく頷いた。
「そんな……もう離れないって約束したのに」
「ごめんね。君の言葉を……すぐには信用できなくなっているみたいだ」
「うっ……それは」
カシスの言う通りだ。
信用を失わせたのは私自身なのだから。
「わかった。これからはカシスに信じてもらえるよう、私なりに頑張るよ」
「本当?」
思った以上に深刻な問題だ。
これから一緒になるというのに、信頼関係を築けなければ上手くいかないだろう。
(ここは私がカシスに信じてもらえるよう頑張らないと)
そう心に決めて、カシスと向き合う。
「本当だよ」
「……そっか」
カシスは顔を綻ばせる。
その愛らしい表情が余計に罪の意識を強くさせた。
「それより、今日は突然どうしたの?」
「今日は……あっ、そう! 私はカシスを怒りにきたの!」
「怒りに?」
カシスは目を丸くしていたが、私はすぐさまカシスにつけられたキスマークを見せる。
意識して髪で隠していたが、少しでも気を抜くと見えてしまう。そんな際どい位置につけてきたカシスに注意するつもりだった。
「これ! 何でこんなことしたの!」
「思ったより綺麗についてるね」
「……っ、そうじゃなくて!」
カシスはその部分を優しく撫でる。
ついドキッとしたが、このまま流されてはいけない。
「メアリー、とりあえず座ろう?」
そう言ってカシスは私をソファへも連れて行く。
そのタイミングで使用人が部屋にやって来て、テーブルにお茶とスイーツが並べられた。
「ほら、君の好きなものばかりだよ」
「嬉しい……! ありがとう」
早速ケーキを口に運ぶ。
クリームの程よい甘さと、フルーツの酸味がマッチしていて美味しい。
「美味し……じゃなくて! 話を逸らさないで!」
危ない。
普通にティータイムを楽しむところだった。
「お気に召さなかった?」
「ううん、すごく美味しいけれど……! 今はこの話をしているの!」
再度首元に手をやり、カシスをじっと見つめる。
「もう一回やってほしいって?」
「ち、違う……! スキンシップについて一度話し合うの!」
カシスのペースに呑まれたら終わりな気がして、すぐ話を進める。
「やっぱり私たち、まだ婚約関係だし……過度なものは控えた方がいいっていうか……」
「昨日は他の男と遊ぼうとしていたのに?」
「それは……本当に、誤解なんです……」
昨日の話を持ち出されて大人しくなる私を見てカシスは笑う。
うん、絶対にわざとやられている。
私の反応を見て楽しんでいるのだ。
「わかっているよ。じゃあ、どこまでならいい?」
「どこまで……って、具体的には……」
具体的なものを口にするのは少し恥ずかしい。
「君が嫌がらない範囲ならいい?」
「それなら……大丈夫、かな。私は人前でバレるのが嫌で……キスマークも侍女やお母様に見られて……本当に恥ずかしくて」
「それはごめんね、少し君に意地悪したんだ。君が嫌がるならもうしないよ」
「……うん、わかった」
具体的に決めるのは難しいため、私基準で選ばせてくれるのはありがたい。
「ねえメアリー」
「どうしたの?」
「さっき俺が部屋に入って来た時に君が言ったこと、もう一回言って欲しい」
「私が言ったこと……?」
逃げる云々の話だろうか。
いや、その話をもう一回する理由がない。
そのほかに考えられるとしたら……。
「お帰りなさい?」
私の言葉を聞いて、カシスはまた嬉しそうにした。
(うっ、胸が苦しい……ここ最近はずっと逃げてばかりでカシスを出迎えたことがなかったから……)
カシスをこうさせてしまったのは私である。
「お帰りなさい、カシス。最近休んでいないって聞いたよ。私のせい……だよね? これからは逃げないから、ちゃんと休んでほしい」
「休んでるよ」
「嘘。使用人が心配してるくらいなんだよ?」
カシスは自分を隠すのが上手いため、疲れがあっても決して顔に出さないのだろう。
「もっと自分を表に出していいんだよ、カシス」
カシスはいつも冷静沈着で、感情的になったことを見たことがない。
たまに見せる喜怒哀楽が珍しく感じるほどだ。けれどもし、それすらも作っているというのなら……私は少し寂しい。
「うん、ありがとう」
けれどカシスはいつも通りニコッと笑うだけで、何も変わらなかった。
「……カシス」
「じゃあ今日は夜までメアリーが一緒にいてくれるなら、何もしないって約束する」
「私がいたら大人しく休む?」
「うん、休むよ」
「わかった。じゃあ今日は夜まで一緒だね」
カシスの提案を受け入れると、嬉しそうに笑ってくれる。
私といる時は少なからず心が動いているようだったけれど、もっとたくさんの感情を知ってほしいと思うのは私のわがままだろうか。
私は新たな悩みとともに、カシスとの時間を過ごした。
◇◇◇
結局私は遅くまで家にお邪魔し、キャロル様の提案で夕食までいただいてしまった。
「今日は来てくれてありがとう。二人の仲がかなり進展しているようで、とても嬉しいわ」
食事の場でつい気が緩んだ私は、キャロル様に首元を見られてしまい、ずっとニコニコされていた。
お母様と同様、直接指摘されたわけではないが、それが余計に恥ずかしい。
「けれどカシス、程々にね。今はまだ婚姻前なのだから」
「はい、気をつけます」
「奥手だと思っていたけれど……意外と積極的だったのね。想像がつかないわ」
キャロル様の仰る通りだ。
カシスは見た目の割に、意外とスキンシップが激しい。
あと少し強引で……流されてしまいそうになる私も私だけれど。
「じゃあ俺はメアリーを送ってきます」
「ええ、わかったわ。気をつけてね」
キャロル様が玄関まで見送ってくれ、屋敷を後にしようとした時……外出していたフリップ様が帰ってきた。
「フリップ……! 今日も遅くまでどこに行っていたの?」
「……別に」
キャロル様はすぐフリップ様に声をかけたが、素っ気なく返すだけですぐ立ち去ってしまう。
「はあ……どうしたのかしら」
「あの、フリップ様がどうかされたのですか?」
「実は最近、場所も告げずに遅くまで外出する頻度が増えてね。私も旦那様も心配しているのだけれど……全く話してくれなくて」
キャロル様はため息を吐いて、心配そうにしていた。
確かに先程のフリップ様は以前と雰囲気が違っていて、笑顔もなかった。
少し暗い空気になってしまったが、私とカシスは屋敷を出て馬車に乗り込む。
(フリップ様、どうしたんだろう……もしかして反抗期? 両親が生きているから、反抗期がきてもおかしくない)
「心配?」
考え込んでいると、カシスに声をかけられる。
「うん……あっ、えっと、普通に心配なだけであって、特別な感情はなくて……!」
「うん、わかっているよ」
またフリップ様に迷惑がかかっては困ると思ったが、カシスは穏やかな表情のままで安心する。
「最近のフリップ様はあんな感じなの……?」
「そうだね。特に何か問題を起こしているわけじゃないから、大丈夫だと思うけれど」
問題を起こしていないなら、なおさら反抗期の線が濃厚だろうか。
それならきっと大丈夫だろうと思ったが、なぜか胸騒ぎがした。




