14.信頼関係
ヴィクシム公爵夫妻の旅行は中止になってしまったが、無事に危機を回避することができた。
恐らく生捕にした刺客の尋問を経て、叔父の仕業であることが判明し、断罪されることだろう。
「ありがとう。カシス、メアリー嬢……私たちを助けてくれて」
「二人が助けに来てくれなかったら、俺たちは殺されていただろう」
一度公爵邸に戻り、公爵夫妻に感謝の意を伝えられる。
「いいえ、私は何も……」
「謝るのは俺の方です。俺がお二人に旅行を提案したせいで危険に巻き込んでしまい……」
どうやらこの旅行はカシスが提案したようで、罪悪感を滲ませていた。
もし殺されていたら……と思うと、小説でカシスはいったいどれほど罪の意識を背負って処刑されたのだろうと、考えただけでも胸が苦しくなる。
「いいえ、カシスは何も悪くないわ。行くと決めたのは私たちだもの」
キャロル様はカシスの言葉に対して首を横に振り、そう言った。
「それより、なぜ私たちに危険が迫っているとわかったの?」
その言葉に思わずギクッとしてしまう。
キャロル様はカシスに尋ねていたが、どうして私も一緒なのかと不思議そうだった。
変に答えてしまえば、怪しまれるかもしれない。
(ど、どうしよう……!)
これ以上間が空いても怪しまれてしまうと焦っていると、カシスが口を開いた。
「実はここ最近、叔父上の様子が気になり、動向を探っていました。それで叔父上が旅行に行ったお二人を狙っていると知り、すぐ向かったのです。本当に、間に合って良かった……」
私のためにカシスは庇ってくれたが、最後の言葉は彼の本音だろう。
安堵の息を吐いていたが、カシスの指先が微かに震えていた。
本当に助けられて良かった。
「そうだったのね。ありがとう、カシス。けれど、メアリー嬢も一緒だったのは……?」
無事に切り抜けられたかと思いきや、避けて欲しかった質問をされてしまう。
いよいよ逃げ場がなくなったかと焦ったが、カシスが再び答えてくれた。
「それは……聞かないでいただけると、嬉しいです」
(……うん?)
しかしなぜかカシスは照れくさそうにして、キャロル様から視線を逸らしている。
「あらやだ、二人の事情を聞くなんて無粋だったわね。仲が良さそうで何よりだわ」
「二人の仲はかなり進展しているようだな」
なぜか三人の間で話が進み、私は蚊帳の外だったが、公爵夫妻は納得してくれている様子で一安心だ。
「ではもう夜も遅いですし、メアリーを家まで送ってきますね」
「そうね。メアリー嬢、今日はありがとう」
キャロル様の笑顔を見て、改めて危機を回避できたのだと思うと、再び泣きそうになった。
まるで慰めるようにカシスが私の肩を抱き、部屋を出ようとした。
しかしドアを開けると、そこにはフリップ様の姿があった。
「え……フリップ様?」
「あ……俺は、こんなつもりじゃ……」
何やらフリップ様の様子がおかしい。
顔が青ざめていて、涙目になりながら何度も首を横に振っている。
「フリップ様、どうし……」
再度声をかけると、フリップ様は逃げ出してしまった。
「今、フリップがいなかったか?」
その様子を公爵様も見ていたようで、私たちに向けてそう尋ねる。
「はい。フリップが部屋の前にいたのですが……走りながら去っていきました」
「フリップが? どうしたのかしら。今から様子を見にいくわ。メアリー嬢は気をつけて帰ってね」
フリップ様が気になって本当は私もついていきたかったが、これ以上遅くなると両親に心配をかけさせてしまう。
私は大人しくカシスと屋敷の外で待機している馬車へと目指す。
「フリップ様、どうしたのかな……」
「心配だね。俺の方でも声をかけてみるよ」
「本当? ありがとう、カシス」
「君はいつもフリップを気にかけているね」
「カシスの大切な弟だからだよ」
咄嗟に嘘を吐いてしまい心苦しかったが、本当のことを話した時にちゃんと謝ろうと思った。
「今日は本当にありがとう、カシス。さっきのキャロル様の質問に対しても、カシスが答えてくれて助かったよ。けれど、その……」
私が何故公爵夫妻が狙われているのを知っているのかについて、カシスは一向に尋ねてくる気配がない。
「話さなくていいよ」
「え……」
「無理に話さなくていいからね。俺はメアリーを信じているから。それに、母上と父上を救ってくれたんだ。お礼を言うのは俺の方だよ。本当にありがとう」
「カシス……」
怪しい私をこれほどまでに信じてくれるなんて……信頼関係を築けた証拠だ。
なんだか涙が出そうになる。
「ほら、早く行こう。君のご両親が心配してしまう」
「えっ、ここで大丈夫! カシスも早く家に戻って休んで!」
カシスも馬車に乗って私と一緒に伯爵邸へ向かうとしたため、慌てて止める。
「君はどのように理由をつけて家を出たの?」
「それは……あっ」
「俺も一緒にいた方が誤魔化しやすいだろう?」
そうだ。
私は両親に対して特に理由も伝えず、勢いで家を出たのだ。
今頃きっと心配ているだろう。
「ごめんねカシス、気を遣わせちゃって……」
「君のためなら喜んで力になるよ」
カシスの優しさに胸が温かくなる。
こうしてヴィクシム公爵家は乗っ取られることなく、叔父も無事に断罪され、推しの闇堕ちも防ぐことができた。