12.危機回避②
「どうされたのですか?」
格好つけているのかと思いきや、フリップ様の表情が少し暗いのが気になった。
「……兄上がすごいなと思っていたんです」
「え……」
「俺の自慢の兄上だし、尊敬しているけど……たまに、兄上と比べてちっぽけな自分が嫌になります」
それは完璧なカシスに対する劣等感と少しばかりの嫉妬だった。
フリップ様はカシスを心から慕う一方で、負の感情と闘っている……なんて尊いのだろう。
人間味があってますます好きになる。
「そんなことありません。フリップ様には素敵なところがたくさんあります」
推していたからこそわかる。
「本当に?」
「はい。フリップ様はとても家族想いでいらっしゃいます」
それこそ家族を殺されて復讐し、乗っ取られた家を取り戻そうとするくらいに。
大切に想っていなければ、あそこまで行動できない。
「ご家族に対する気持ちが私にまで伝わってきます」
「そう……かな」
「あっ、カシスが好きっていうのも、しっかり伝わっていますよ」
「なっ……そう、ですが」
少し恥ずかしそうにしているフリップ様、とても可愛い。
今すぐ「可愛い!」と言って抱きしめたいところだが、変態認定されそうで我慢する。
「それから親交深く、ご友人がたくさんいらっしゃるところも素敵です」
それこそ、友人がたくさんいすぎて中々会えないぐらいに。
「友人が多いところが素敵なのですか?」
「それは簡単にできることではありませんよ。実際、私も今たくさん貴族の方と交流していますが、中々気の許せる友人ができません。なので私は、相手を惹きつける魅力がたくさんあるフリップ様が羨ましいです」
私も女友達が欲しいのに、これがまあ難しい。
腹の探り合いだったり嫉妬のし合いだったり……クラスタ以外に心の許せる友人は正直いない。
「それもフリップ様の素晴らしいところですよ」
「言われないと案外気づかないものなんだ……」
新たな発見をした様子のフリップ様を見て頬が緩む。
私の言葉を聞いて元気をもらったフリップ様……まさにヒロインの言葉に救われたようなもの。小説の展開と同じである。
「そうだ。メアリー嬢は友人でなくても、気の許せる相手はいますよ」
「気の許せる相手、ですか?」
「兄上のことです」
フリップ様は『自分が気づかせてあげた!』とでも言いたげで誇らしげだった。可愛い。
確かに気の許せる一番の相手はカシスだけれど、彼は友人である。
え、フリップ様の目には私とカシスが友人と見えていない? 私の一方通行だと思われているのだろうか。
もしかして、お前に兄はやらないぞという牽制かもしれない。
「違うのですか? メアリー嬢は兄上のこと、好きじゃない……?」
「も、もちろん好きです!」
「やっぱり! 両想いだ!」
嬉しそうに話すフリップ様が可愛くて眩しくて、話の内容が頭に入ってこない。
「でも私はフリップ様のことも大好きですよ」
「え……え⁉︎」
ついついフリップ様に対する熱い想いをぶつけてしまう。
フリップ様はあまり好きと言われたことがないのか、顔を赤くして照れていた。
「だけどメアリー嬢は兄上と同じ耳飾りをつけて……」
「これですか? これは誰よりも仲の良い証です」
そう。これは一番の友人である証だ。
「ふふ、本当に二人は仲良しよねえ」
その時、背後から声が聞こえてきて振り返ると、キャロル様の姿があった。
(今の言葉って……推しと私に向けてのものよね⁉︎)
あまりの嬉しさに、思わず頬が緩む。
「キャロル様にそう仰っていただけて嬉しいです」
「何を言っているの。私も旦那様も二人の仲を認めているわよ」
「ほ、本当ですか⁉︎」
それって、友人以上になってもいいという解釈でいいのだろうか。
「ええ。いつ一緒になるのか、二人が出会ってからずっと気になって仕方がなかったわ。二人とも奥手なんだから……まあ、本当は私の息子がもっと積極的にならないといけないんだけれどね」
キャロル様はフリップ様に視線を向ける。
フリップ様は目をキラキラ輝かせており、頷いていた。
(もしかしてフリップ様はすでに……私に惹かれている……⁉︎)
これは母親に背中を押されて、私に告白するパターンではないだろうか。
けれどあまりに突然すぎて、まだ心の準備ができていない。
「ですがまだ成人を迎えていません。歳の差もありますし……」
私の方が二年早く成人になってしまうのだ。
カシスが成人になった途端に距離を感じるように、フリップ様とも同じ状況になるかもしれない。
それがきっかけにすれ違いも考えられるため、それならフリップ様が成人になるまで待った方が…‥とも思う。
「二歳差なんてたかがしれているわ。距離を感じるのは今だけよ。大人になればなるほど気にならなくなるものよ」
「そう、なのですが……」
「けれど、そうね。それが不安要素なのだとしたら、成人まで待つのも一つの手かもしれないわね。貴女にとても惚れ込んでいるもの、心変わりなんてするわけないでしょうし」
フリップ様はそこまで私に惚れ込んでくれているの……⁉︎
全く気づかなかった……推しを見極められないなんて、私もまだまだである。
「じゃあ、あの……成人を迎えたら、私たちは一緒になってもいいのですか?」
まずはフリップ様に惚れてもらうことに重きを置いていたため、両親や公爵夫妻の説得は後回しにしていた。
しかしこの様子だとすでに認めてくれているようだ。
「もちろんよ。いつでも待っているわ」
「あ、ありがとうございます!」
公爵夫妻に認められた!
きっと今のやり取りでフリップ様に対する想いも本人に伝わったことだろう。
少し緊張しながらフリップ様に目を向けると、フリップ様は少し頬を赤らめながらも嬉しそうに私と目を合わせてくれた。
まさか私たち両片想いだったなんて!
「あと四年、私も絶対に心変わりなんてしないと誓います! 年齢の壁などすぐに乗り越えてみせますね!」
あとは私の両親に認めてもらうだけだ。
こうして私は中に戻る。
「あの子、あと四年って言わなかった……? きっと聞き間違いよね」
そんな公爵夫人の呟いた言葉は、私の耳に届くことはなかった。