14 邪魔
ムトを撫で散らかした後、アーミアに何が起こったかを翔が説明し終えると夕方になってしまっていた。
ムトはフラフラとおぼつかない足取りでどこかに飛んでいき、元気なマルハスたちもゆっくりと足を伸ばして屋根の下で眠っている。餌場の方では手先が器用そうに動くワラビーが何匹か集まって置かれた餌をはもはもと食べていた。
アーミアはまだ働いているようで、翔はそれを手伝おうと近寄っていく。酪農用の干し草を混ぜている最中だったアーミアはそれに気がつくと、翔に自分の使っていた作業道具を渡した。
「そういえば今日は夕食とかってどうしましょう」
「どうするって、こっちで食べるんじゃないの? それがしご……手伝いの駄賃になる、みたいな約束だったけど」
翔は自ら仕事と言いそうになり、喉の奥から反射で込み上げてくる何かを飲み込んだ。
「そう……なんですけどね」
「何? 歯切れが悪そうだけど」
「いや……ははは」
アーミアはバツが悪そうに頭をかく。
「あぁ、そうか。こっちの食材の方が良いんだっけ」
「そ、そうなんですよね。ははは」
何か違う理由があるのかと翔は疑ったが、どんな理由かもわからないままその日の農園での業務は終わることになった。
着替えも終え、翔が家から出ると、作業着を脱いで白いワンピース姿のアーミアが立っていた。翔が初めて見るアーミアの私服は、シンプルではあるが悠然と咲く白百合のようで可愛らしいと思える物だった。
そんなアーミアの手にはバケツが握られており、中には牛乳が並々と入っている。魔法で殺菌されてこのままでも飲めるように加工されたものだとアーミアはそれを指差して語った。
翔はアーミアからバケツを受け取り、異世界への扉を潜る。アーミアも慣れた様子で異世界への扉から翔の家に入ってきていた。
二人はキッチンに牛乳の入ったバケツを置くと、そのまま買い物に出かけた。
「あ、チーズとかも売ってるんだ」
「食べる?」
「うーん、食べますけど、農園で作ったものばっかりなんで口に合わないかもしれないかなぁって」
「じゃあやめとこっか。俺もあんまりチーズは食わないんだよね」
そんな他愛もない話をしながら、二人は買い物を続けていく。翔はまるで夫婦のようだなと考えながら、買い物カゴにアーミアが欲しい、あるいは気になった商品を入れていった。
「こんなに買ってしまって大丈夫なんですか?」
「ん? これくらいなら大丈夫だけど……」
帰り道、アーミアが心配そうに翔の手に掲げられた袋を覗き込んだ。アーミアはどうやらスーパーの存在を高級である代わりに様々な物品が売買される場所だと勘違いしているようで、翔は帰り道にその勘違いを丁寧に正して行った。
「じゃあそうですね、私は料理を作っておくので、翔さんはマルハス達の様子を見てきてもらってもいいですか? きょうの料理はちょっと時間がかかるかもしれないので」
数回目にしてすでに手慣れた手つきでハムをパックから取り出しながら、アーミアは翔に言う。翔はそれに従うように、しばらく農園でマルハスやそのほかの動物たちと戯れていた。
しばらくするとアーミアが翔のことを呼びに来た。晩御飯ができたという合図だ。
翔は幸せそうなマルハスを置いて、部屋にもどった。異世界への扉を潜った瞬間に、クリーミーな良い匂いが翔の鼻口を強く貫く。
「これは?」
「シチューですよ〜」
いつの間にか持ち込んでいたミトンを使い、アーミアはシチューの入った鍋をテーブルに置いた。誘われるままに翔はその前に座り、シチューを堪能したのだった。
「ふぅ、結構お腹いっぱいかも」
「あはは、全部食べちゃったらそりゃそうなりますよ。明日の朝ごはんにでもしてもらおうと思ってたのに」
「あ、そうだったの。ごめんごめん」
「いやいや、食べ切ってもらっても作った身としてはありがたいですよ」
食後のゆったりとした空気感が部屋の中に流れていく。そんな中で、アーミアは翔のそばにゆっくりと近寄ってきた。
「な、なに?」
翔自身、その不摂生からくる太ったからだやそのほかのことから、自らの風体がよくない方であることは自覚している。それでいて、アーミアに一丁前に惚れているのだ。だからこそ、アーミアの突然の行動にどぎまぎした言葉を出すだけで精一杯だった。
そんな翔の様子とは裏腹に、アーミアは翔に頭を差し出してくる。まるで撫でろと言わんばかりのそれをみて、翔はじっと固まったままだった。
「撫でてくれないんですか?」
痺れを切らしたようにアーミアが言う。
「撫でるも何も、若い子の頭を安易に撫でるなんてできないよ」
「私、もう二十ですよ。それにムトさんは撫でてたじゃないですか」
「ムトはだってフクロウだし……。というかアーミア、突然どうしたんだ」
言い訳を続ける翔の手に、アーミアは無理やり頭を捩じ込んでくる。翔自身願ってもないことではあったが、それ以上に倫理観と、ほとんど知り合って間もない間柄でこんなことをしてもいいのかという葛藤で、翔の手は全く動かなかった。
しかしアーミアは根気よく翔の手に頭を擦り付けていく。
「あーもう! わかった! 今回だけだからな」
最終的に競り負けた翔は、アーミアの頭をゆっくりと撫でる。気持ちよさそうな声をあげるアーミアに翔の心臓が鳴り止むことはなかった。
「わんっ! わんわんっ!」
「おわっ!? なになに!?」
「ま、マルハス!? もう、こっちに来ちゃだめって……」
アーミアの言葉が止まる。マルハスの様子が、翔が見ても明らかなほどにおかしい。
それに加え、一匹だけではなく続々と翔の家に飛び込んでくるマルハスやガベル、それ以外の動物たち。そのうちの何匹かが、異常事態だと目で訴えかけてくる。
翔はすぐさまスマホを開いて、配信しているページに飛んだ。
そこに広がっていた光景は、破壊、そう形容するしかない状態だった。
「アーミア! ムトに電話繋いだから、呼べ!」
翔はそう叫ぶとアーミアに電話のつながったスマホを投げ、一人靴を持って異世界への扉の中に入っていった。
ーーー
user:おいおいおいおい
user:やばくね?運営に通報案件
user:でもここの運営SNS垢ないし、そもそも異世界だし
コメントが心配の声で流れていく。そんな画面の向こうでは、餌箱を壊す何者かが複数名映っていた。彼らは持っていた鈍器や自らの手で、餌箱や水飲み場を壊している。一人は覆面を被っており、残りは獣人のようだ。
カメラの方にゆっくりと歩み寄る彼らの顔が、夜の闇の中から配信にはっきりと映し出される。その顔は狼そのもので、鋭い眼光がカメラを鋭く見据えると同時に配信は途切れてしまった。
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