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13 魔法と罰

 しゅう、と音を立てて、次第にムトの様子が落ち着き始めた。


「終わった?」

「終わったが、驚かないもんなのだな」

「ん、まあアニメとかでよくやってるし、なんなら異世界の動画でちょくちょく見かけるし……」


 翔はパソコンに異世界冒険系のチャンネルを表示させた。そこにはさまざまな人物が異世界でモンスターを狩り、荒地を耕している様子が映し出されている。ムトはそれを興味深そうに眺めていた。

 そんな様子を見ながら、翔は地面を眺める。地面に魔法陣はいつの間にか浸透し切っていて、もうそれがあったことすらわからないまでに消えていた。

 ただ、やはり魔法であることはわかっていても何をされたのかわかっていないコメントを見ればなんだなんだと騒ぎになっている。


「やべ、説明しなきゃ」


 翔がそう呟いてカンペを手に取ると、なんでもなかったという旨を書き記す。書き終えたあたりで、ムトの羽が翔の肩を叩いた。

 翔が振り返ると、ムトはクイと(くちばし)をカメラの向こうに動かした。


「それをカメラの前で出してみろ」

「そんなことしたら顔映っちゃうけど……」

「いいから早く出せ」

「あっ! おい、やめろって! 聞けよ! おい!」


 カンペを持った翔の腕を器用にムトが足で掴むと、ズルズルと引っ張られるままに翔はカメラの前まで連れて行かれた。

 魔法の効果で何かあるのだとわかっていても、説明されないままにそれを実践されることは不安になる。それは誰しもが思うことであり、翔もまたそう思っていた。

 だからこそ説明を求めているのだが、ムトは一向に聞く耳を持ちそうになかった。


「わかったよ。これでいいか?」


 翔はカメラに極力顔が映らないようにしながら、カンペをカメラに出す。しかし、ムトに引きずられている最中に映り込んでいる事は確実だ。

 少し仕事が増えることに辟易したようなため息を翔はついた。


「画面、見てみろ」

「えぇ……?」


 翔はムトを座らせ、カメラの前にカンペが見えるように立てかけると、自分は一人コメントを表示しているタブレットを手に取った。


user:デブきた

user:クソデカフクロウ連れてきてんじゃん助かる

user:てか、こいつめっちゃ懐かれてね? 足元に何匹いるんだよ草


 コメント欄はそんな言葉で埋め尽くされている。その中には翔のことを「デブ」や「運営」と呼ぶコメントはあれど、その容姿や声、風体について詳しく触れているコメントがない。

 曖昧な表現こそされているものの、あからさまな表現は検閲に引っかかったように一つも流れていなかった。


「何、これ」


 コメント欄はすでに指示されてそこに鎮座するフクロウの可愛さに圧倒されているようだが、翔はそれどころではなかった。


「まあ説明するよりも見せたほうが早いと思ってな。カメラの前に人間が出てきた時は、カメラを通して見た人間はそれを詳しく認識できない魔法をかけた。カメラに魔法をかけているから、人間がいくら強者であったとしてもこれを弾けることはないぞ」

「それは説明できただろうが」


 翔がムトの頭を軽く叩く。「あでっ」と呟きながら、ムトはしかし期待した目を向けていた。


「じゃ、報酬だ」


 その目は明らかに撫でろと言わんばかりの目であり、翔の目の前でバッサバッサと翼を広げては閉じを繰り返していた。

 あまりの自由さに翔は少しだけ腹を立てていた。役に立つ魔法を使ってくれたことには感謝しているが、自己中心的な物言いと行動は先に制御しておかなければならない。

 

(今でこそ俺のモフりでその場をなあなあに凌いでいるが、いつかこれに慣れてしまった時のために弱みを握っておくのも手だ)

「ムト、ちょっと来てくれ。もう一回確認したいことがある」

「ん、いいぞ。なんだ」


 翔はそう言うと、ムトをカメラの前に誘導した。

 そしておもむろに、腹の辺りに手を突っ込む。ズボ、と肘まで入って行ったその手は、ムトの体をシルクタッチで風のように撫でていった。


「は、貴様はかった……あぅ……」


 最後まで怒りを紡げずに、ムトはカメラの前で力無く崩れ落ちる。翔が見るまでもなく、タブレットの向こうでは大歓声が巻き起こっていた。


「ご依頼のマッサージ、とくと味わえ!」

「あ〜! ちょ、カメラの前では……」


 ムトが抵抗しようと足を翔の方に向けたその時、翔のスマホがピロピロと鳴った。


「ん、なんだろ。ムト、ごめんちょっと待ってて」


 翔はカメラの外に出ると、スマホの画面を見た。そこには『社長』と表示されている。その一瞬で、翔の呼吸は浅く、早くなっていった。

 なぜ、今。いやわかりきっている。消したとはいえ、翔が顔を出したことでこの配信に翔が関わっていると社長にばれたのだ。

 だが、翔の頭の中に一つの望みがあった。

 これは謝罪の言葉ではないだろうか? ムトが今日、社長に会ったと言っていた。ならば、社長も自分の非を認め始めたのではないだろうか?

 そんな淡い期待が翔の中に発生していく。そして翔は、応答のボタンを押した。


「横山社長、お疲れ様です」

「翔ゥ! 見たぞ配信! お前良いネタ拾ってきてんじゃねぇか! 今度の番組、お前のそれメインでやるってキー局に伝えたから、準備しとけよ!」


 翔の期待は打ち破られた。まるで反省していない口調で、退職した人間もまだコマとして使えると思っているようだ。


「あの、横山社長……いや、横山」

「あ? 何呼び捨てにしてんだよゴミが」

「もう……もう、俺に関わらないでもらっても良いかな」

「ッチ……退職したカスにもう一回チャンスを与えてやろうって思ったんだけど、なぁ!」


 何かを蹴り飛ばす音が聞こえる。その暴力性が翔のトラウマを呼び起こして、胃の中に乱気流を発生させていく。

 だが、翔には今は逃げる場所があった。一人暮らしをし、会社以外に逃げる場所がなかった過去とは違う。だからこそ、翔はその場で踏みとどまることができたのだ。


「何度も言うぞ。横山、もう関わらないでほしい。アンタに恩も何も感じてないし、アンタは法のもとで裁かれるべき人間だ」

「クソボケが! お前如きいくらでも俺の力があれば潰せんだからな! わかってんのか! お前のいる場所も、お前の大切なものも、お前の住む場所も、全部全部全部全部ぶっ壊すぞ! それが嫌なら会社に戻って俺のコマになれ!」


 電話口からは激昂した社長の暴言の嵐が聞こえてくるが、翔はそれを無視しで電話を切った。


「大丈夫か」


 みかねたムトが語りかけてくる。


「なんとか……ね。モフりの続きだっけ」

「ん、したいならしろ」


 翔はその後、いやという程ムトを撫で尽くした。

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