パーティ
リンネの両親エクサール夫妻が、親しい友人を招いてパーティを開くことになった。
今年で二人は結婚二十年。ということで、ラグスが友人から「区切りもいいし、いつもと違う何かをしたらどうだ。リリアも喜ぶだろう」と言われたのだ。
毎年、リンネやラグアード、ニルケと一緒に内輪だけでささやかなお祝いのようなことはしていた。その後、愛するリリアに何かしらの贈り物をして。
何か、と言われても、何をすれば妻は喜ぶだろう。旅行へ連れて行く、というのもよさそうだが、しばらく長期の時間が取れない。
よその奥方は高い宝飾品をねだると聞くが、リリアはそういう物をねだったことがなかった。いつも欲しい物はないかと尋ねても「もうたくさんもらっているもの」とにこやかに返されてしまう。
確かに婚約期間や新婚当時は、仕事で一人淋しい思いをさせているからと、ご機嫌取りではないが、ラグスはリリアに色々と贈り物をしていた。
流行りのデザインのものや、年齢を重ねても使い続けられるものなど。装飾品やドレスはもちろん、よその国の珍しい食べ物などを取り寄せたりしてきた。
よその奥方はあれこれ贈られても、少し日が経つともっと欲しいと言うそうだ。リリアは喜んで受け取ってくれるものの、自分からは望まない。
妻に似合うと思う物を、ラグスはこれからも贈るつもりでいる。ただ、今回はいつもと違うように……と考えるとどうしたものか。
しばらく考え、ラグスはいつも家族だけでしているパーティを、もう少し人数を増やして開こうと思い立った。仕事上の顔つなぎでパーティを催すことは何度もあるが、プライベートなものはあまりやったことがなかったのだ。
いつもは家で静かに編み物や読書をしているリリアだが、内向的な性格というのではない。友人達が来た時は嬉しそうにしているし、そういったことをすれば楽しんでくれるだろう。
妻に話すと、喜んで賛成してくれた。ラグスはその日に間に合うよう、友人達に招待状を送る。
おおよその来客メンバーを聞いたリンネ。公の場で開かれる、堅苦しくて形式張ったようなパーティではなく、和気あいあいとしたものになるな、と判断して、その日を楽しみにしている。
何と言っても、勉強をしなくていい。楽しいことは大好きだが、勉強がないというのはもっと嬉しい。
これを聞いたら教えている立場のニルケは渋い顔をするだろうが、リンネの本音だ。
数日前から、屋敷の中は人がばたばたしている。食事の準備や、この屋敷で一泊する客の部屋を用意しなくてはならない。
いくら親しい人限定とは言え、ラグス達の友人は多いのだ。リンネは細かい人数こそ聞いていないが、たくさんの人が来るのだろう。
リンネは邪魔にならないよう、木の上で読書をしていた。カードもリンネが街へ出て行かないのなら暇になるので、狼の姿になって庭の風通しのいい場所で昼寝をしている。
「リンネー、どこなの、リンネ?」
母のリリアネーシャの声が、どこかから聞こえてくる。最初にその声を聞いたのは、カードだった。
顔を上げ、声のした方を見ると、リリアはちょうど廊下を歩いていた魔法使いに声をかけている。会話までは聞こえないが、きっとリンネの居場所を尋ねているのだろう。
ニルケは首を横に振ってはいるが、指先をこの庭で一番大きな木に向けている。きっとあそこにいるのでは、とでも言っているのだろう。
そこには確かにリンネがいる。彼女の行動をしっかり把握しているようだ。さすがはニルケである。
カードは立ち上がると、リンネのいる木の方へ行った。
「おーい、リン。お袋さんが呼んでるぜ」
「母様が?」
枝葉の間からリンネが顔を出す。カードが思っていたよりも高い所から。
「リンって、昔は鳥だったんじゃないのかな」
ついそんなことを考えてしまうカードである。
母に呼ばれたと聞いて、リンネはするすると降りて来た。それを見て、もしかすると猿だったって可能性もあるな、と考え直すカード。
「何だろ。あたし、何かやったっけ?」
こういう言葉が出る辺り、普段の行動が知れるというもの。
「さぁ、リンを呼ぶ声が聞こえただけだし」
「とりあえず、行ってみるわ」
リンネが言っている間に、ニルケに教えられて先にリリアがやって来た。
「あなた、また木の上で本を読んでいたの?」
「うん。夏は特に風がいい気持ちなの。海も見えるし」
「落ちたりしたらどうするの。あまり危ないことはおやめなさいね」
言っても無駄だとわかってはいるのだが、リリアも母親としての注意はしておく。これで聞き入れてくれれば嬉しいが、期待はしない。
「それより、あたしに何か用だった?」
「ええ。リンネはドレスを決めたの? それをちゃんと聞いておきたかったのよ」
「え、ドレスって……。あたしも着るの?」
リリアは困ったような表情を浮かべ、指で軽く額を押さえた。
「リンネ……あなたは何を着てパーティに出るつもりだったの」
「何も考えてなかった」
こういう部分では、とても素直に答えるリンネ。
あくまでも、今回の主役は両親だ。リンネは客の一人と同じようなもの。だから、ドレスなんてものを着なければいけない、なんてことは全く考えていなかった。
「やっぱり聞いてよかったわ。来なさい」
リンネは母に自分の部屋へ連れて行かれた。クローゼットを開き、パーティに出られるようなドレスをリリアは次々に出す。
「これは……今の時期には色がねぇ。こっちは少し華美だし。今からじゃ、わざわざ新しい物を作るというのも時間がないし」
「母様、今回のメインは母様と父様でしょ。あたしのドレスまで、そんなにこだわらなくてもいいじゃない」
パーティの名称には、結婚記念と入っている。主役はエクサール夫妻だ。もちろん、彼らの子どもであるリンネとラグアードの出席も必須だが、言ってみれば準主役。脇役より少し上くらい、といったところだ。脇役が主役を食ってはいけない。
「リンネの場合はそうもいかないでしょ。あなた、こだわらないって言うと本当に何もこだわらなくなるんだから」
「だって、ドレスなんか着ていたら、動きにくいんだもん」
リンネは動きが制限されてしまうようなドレスが好きではない。でも、一応、これでも世間から見ればお嬢様である。
「いいわ、これにしましょう」
リリアは薄い青のドレスを選んだ。ウエスト部分を軽くリボンでしめるサテンの長袖ドレスで、そのリボン以外に飾りはない。動き回るリンネが飾りをどこかに引っ掛けてしまうということはない、はず。見た目はストレートなタイプだが、歩けば裾がふわりと広がる。足にまとわりつくこともなく、変に転んでしまうこともないだろう。
「でも、このままだと少し淋しいかしらねぇ」
「いいわよ、別に」
いい、と言うより、いらない。ネックレスくらいならいいが、次から次に何かを出されては面倒だ。
「少しは着飾ることも覚えなさいな。今回はそんなに飾ることもないけれど。じゃあ、ショールはどう? それくらいならいいでしょう?」
今の季節は夏。とは言っても、八月も半ばをすぎたので真っ盛りではなく、最近では少し涼しく感じる日が多くなってきている。ラースの街は北に位置するため、夜になれば少し冷えたりもするので、ショールがあってもちょうどいい。
「ん……それでいいわ」
実際のところ、ショールも面倒な気がしていたのだが、さすがにみっともない格好で人前に出たりすれば、両親が恥ずかしい思いをする。
リンネはそれで妥協することにした。
☆☆☆
当日、昼過ぎから次々とラグスとリリアの友人達がエクサール邸を訪れた。
その中には、ニルケの両親であるドュート夫妻も含まれている。
「さすがに親父さんの顔が広いって言うか……親しい人間だけでやるってのに、どんどんやって来る」
カードも人間の姿、という条件付きで顔を出していた。
「ええ、彼もリンネの父親ですからね」
「ニルケ、それってどういう意味?」
リンネが聞き捨てならない、と言う顔で聞き返す。
「友達が多い、ということです。ほめているんですよ」
ニルケはさらっと答えた。
「父様の方はともかく、あたしの方はそうじゃないように聞こえた」
「確かに、リンネは魔族関係でも友達が多いという点で、ほめていいのか悪いのか、悩むところではありますね」
よその国へ行ったりすると、なぜか魔族と関わり合ってしまうリンネ。敵もたくさんいたが、味方になってくれた魔族も多い。
「さ、ふくれてないで、みなさんに挨拶していらっしゃい。いくら主役が両親でも、その娘が挨拶の一つもしないでは、礼儀知らずになりますよ」
「はーい」
ニルケに押し出されるようにして、リンネはやって来た客人の方へ進んだ。
「あ、カード。料理は好きなだけ食べていいわよ。どうせみんな、お酒飲んでしゃべってばっかりだから。目立たないようにすれば、大丈夫よ」
「やった」
食欲のかたまりみたいなカードにとって、リンネの言葉は幸せを約束してくれる天使の声である。
何度か顔を合わせたことのある人達へ挨拶に行くと、「大きくなった」とか「きれいになった」という言葉が何度となく返ってくる。普段合わない大人が口にする言葉は、大抵決まったものだ。お世辞か本心かは考えない。
たまに「うちの息子の所へ来てやってくれないか」なんてことを言い出す人もいたが、リンネは適当にあしらっておく。笑いながら、考えておきますね、などとはぐらかした。
ラグアードは、誰かが連れて来た子ども達と一緒に遊んでいる。こういう時は、面倒なことを考えないで済む子どもが一番得なのかも知れない。
それでも、今回はどこかの「偉い方々」が集まるようなパーティではないので、リンネとしてもそれ程気を遣わずにいられた。
とりあえずの挨拶さえ済ませてしまえば、後はカードと同じように、リンネも食い気に走る。
「失礼。リンネお嬢様ですね」
いきなりていねいな口調で声をかけられ、リンネはあやうく食べかけのチキンパイをのどに詰まらせそうになった。
「は、はい。……あの、どちらでお会いしました?」
声をかけてきたのは、ニルケとそう変わらない年齢であろう青年だった。
少し暗い金色の、胸元まである真っ直ぐの髪。同じ金色の瞳。青や茶色や緑の瞳ならよく見るが、こんな色の瞳はリンネは初めて見る。少なくとも、人間では。まさかここへ魔族が現れるとも思えないし、それなら部屋の光の加減だろうか。
リンネもあちこちとお忍びで旅行(?)したりするので、たくさんの人と会ってきた。でも、ちゃんとその人達のことは覚えている。
通りすがりや、道を聞いただけの人ならともかく、人の顔と名前を覚えるのは割りと得意なのだ。勉強の方には全く生かせていないが。
とにかく、彼は見たことがない青年……のはず。
「いえ、お初にお目にかかります。私はドルチェット氏の代理で伺いました。名はムルヴェードルと申します。以後お見知りおきを」
優雅な仕種でリンネの手を取り、甲にキスをする。
「あ、こちらこそ」
久し振りにレディとして扱われ、リンネの方が戸惑っている。
「あの、代理って、ドルチェットのおじ様はどうなさったの?」
ドルチェットは、ラグスの仕事を通じての古くからの知人だ。ムルアの国の人で、出席する、と聞いていたはずだったが。
「はい、どうしても抜けられない仕事が入ってしまい、やむをえず欠席することになってしまいました。彼も今日のパーティは楽しみにしていらしたのですが。代理人として私をたてられ、ドルチェット氏からお預かりした品物をエクサール御夫妻へお渡しするために参りました」
「そうですか。残念ですね。久し振りにお会いしたかったのに。ムルヴェードル様も遠方から御足労様でした」
建前っぽく聞こえるが、一応、リンネとしては本音を言っている。
ドルチェット氏は陽気な人で、小さいリンネの相手をしてくれた。子どもの時は楽しくて話の合うおじさん、と思っていたが、今にして思えば話を合わせてくれていたのだ。それでも、楽しい人には変わりない。
父から名前を聞いた時、少しばかり楽しみにしていたのだが、仕事では仕方がない。
「よろしければ、踊っていただけませんか」
言われて気付く。ゆったりしたワルツが流れ、一部の客がその曲に合わせてダンスを始めていた。
ま、ダンスくらい、いっか。
「喜んで」
リンネはムルヴェードルが出した手に、自分の手を乗せた。音楽に合わせ、踊り始める。
この人のステップ、まるでねこみたい。音もなくて、すごく身が軽いわ。
「ふぅん、ああしてるとリンも絵になるよな」
カードがリンネのダンスを眺めつつ、ぶどうを口へ放り込む。
「ああやっていつもお嬢様らしくしていてくれれば……と思うのは、ぼく一人じゃないでしょうね」
☆☆☆
曲が終わり、ムルヴェードルはリンネを庭の方へと誘った。
「少し夜風にでも当たりませんか」
踊って暑くなっていたので、リンネも拒否はしなかった。
客に挨拶し、掴まって話をさせられているうちに時間がずいぶんと経っていたらしい。外はすでに太陽が沈み切っている。
「軽やかなステップをなさるのね。まるでねこの化身みたい」
「そうですか? ねこならまだかわいいですが、もっと恐ろしい獣ならどうします?」
ムルヴェードルが笑いを含みながら言う。リンネは、うちには狼がいるし、これまで獣以上に恐ろしい魔物と遭ったことがあるから平気です……とはさすがに言えなかった。
「大丈夫。あたし、こう見ても強いですから」
そう言って、笑いでゴマかしておく。
「そうですか。それじゃ、逆らわないようにしないといけませんね」
ムルヴェードルはゆっくりと庭を歩き回った。会話をしている都合上、リンネも一緒に歩く。気が付くと、パーティをしている広間から離れた場所まで来ていた。
「そろそろ戻りませんか?」
夜の風は冷たい。熱かった身体も冷えてしまい、羽織っていた薄紫のショールをリンネは強く身体に巻き付けた。
「素晴らしい庭ですね」
リンネの声には応えず、ムルヴェードルが庭を見回す。
「暗くてよく見えないでしょ? また明日の朝にでもゆっくり御覧になったら」
リンネとしては、早く屋敷の中へ戻りたい。だが、ムルヴェードルはそんなリンネの気持ちがわからないらしい。
「いえ、私はねこのように暗闇でも見える目がありますから。あの木は?」
ねこにこだわるわね、と思いながら、リンネは言われた方を見る。ムルヴェードルが指差す方向には、一本の木の枝が植えられていた。リンネが一年以上前に苦労して手に入れた、銀の実がなる木の枝だ。
今は実がなっていないが、ここに植えた時よりも枝は少し大きくなっているようだ。形は普通の枝だが、白っぽい樹皮で他よりもわずかに目立つ。
「あれは……あたしがよそで見付けて。木は花瓶の水につけておくより、土に戻してあげた方がいいだろうと思ったから、あそこに植えたんです」
言いながら、こんな暗い所でよくわかったな、とリンネは不思議に思っていた。
闇の中でも白は一番目立つと言われるものの、細くてリンネのひざくらいまでしかない高さ。それに、どちらかと言えば隅の方にひっそりと植えられていた。
庭の中なので、当然木や植物は多い。そんな場所でそれを見付けてしまうムルヴェードルは、本当にねこの目を持っているのではないかと思ってしまう。
「実はなっていませんね」
「え? ……ええ」
何だかいやな予感がする。ムルヴェードルの目が光った気がしたのだ。比喩的な意味ではなく、本当に。
「ねぇ、戻りましょう。あたし、寒くなってきたわ」
「そうですね。私もそろそろ戻ろうと思います」
それを聞いて、リンネは心の中でほっとする。だが、それは少し早かった。
「でも、パーティ会場ではありません」
いきなりムルヴェードルはリンネの肩を掴むと、自分の目とリンネの目を合わせた。
途端にカッとムルヴェードルの目が黄色く光る。その光を見ると、リンネは意識が遠くなっていくのを感じた。
やだ……何なの、この人……。
崩れるリンネの身体を抱き抱え、ムルヴェードルはリンネの羽織っていたショールを取った。それに向かって呪文を口にする。
その場を誰かが見ていれば、ぎょっとなっただろう。そこにもう一人のリンネが現れたのだ。
今現れたばかりのもう一人のリンネは、本物のリンネが持っていたショールを持っていた。ニセモノのリンネは、黙ってそれを羽織ると賑やかな方へと歩いて行く。
「さぁ、行こうか。はねっかえりのお嬢様」





