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お嬢様にピンチなし  作者: 碧衣 奈美
第十四話 命のくちづけ

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ジルドーの目的

 きれいとは言いかねる城の中をやたら歩かされ、やがて広間らしき所へ出た。

 ここは石造りではなく、岩でできた空間のようだ。薄暗いので細かくはわからないが、壁はごつごつしているようだし、床も平らではない。まるで洞窟の中のような。

「ここだ」

 少年はそれだけ言い残すと、リンネ達の前からフッと姿を消した。彼らの前を小さなコーモリが飛んで行く。

「ねぇ、カード。ここへ入った途端、寒気がしたんだけど……周りにもやっぱりコーモリがいっぱいいるの?」

「いる。あっちこっちの壁にひっついてら」

「それで、シェリルーはどこなんだ?」

 薄暗いので、リンネの目にコーモリは映らない。それはダルウィンも同じだ。この中のどこかにシェリルーもいるのだろうが、人間の姿は周囲に見当たらない。

「ジルドー、どこにいるんですか。言われた通り、来ました。シェリルーはどこです」

 ニルケの声が岩の広間に響く。その声に反応して、コーモリが甲高い声で鳴きながら一斉に飛び立った。

 脅しをかけてるつもりなのか、時々頭や身体にぶつかってくるコーモリもいる。だが、本当に攻撃をしかけてくる者はなく、リンネ達はひたすら手で追い払い続けた。

 さんざんリンネ達の頭上を騒がしく飛び回り、ようやく静かになった頃。

「本当に来たか、命知らずの魔法使い」

 リンネ達には初めての、ニルケには聞き覚えのある声がする。

 ようやく薄暗さに目が慣れてくると、入口から真正面の所、人間の三倍近くはありそうな高さの位置に、影があるのがわかった。その部分が岩棚になっているようだ。

 そこに立っているのは、数日前にラースの街外れにいた男ジルドー。

「ニルケ!」

 自分の名を呼ぶ声に、ニルケが応えるように叫んだ。

「シェリルー!」

 ジルドーの横には、シェリルーがいた。夢でも幻でもない、本物のシェリルーだ。

 拘束はされていないようだが、今彼女がいる場所は人間が飛び降りるには高すぎて逃げられない。ジルドーはそれを見越し、あえてシェリルーを縛ったりしていないのだ。

「彼女を解放しなさい。ぼくが来たのだから、もう関係ないでしょう」

 シェリルーが何か言おうとしたが、ジルドーが彼女の腕を掴んでそれを許さなかった。

「ああ、そうだな。だが、お前に復讐してからだ」

「何が復讐よ。妖精にちょっかいかけて、それを邪魔されたからっていつまでもしつこく恨んでんじゃないわよ」

 ニルケの代わりにリンネが怒鳴るが、ジルドーは嗤うだけでシェリルーを離そうとはしなかった。

「ああ、俺はしつこいさ。それはその男にも言った。俺はあの妖精を気に入ってたんだ。それをたかだか人間の分際で邪魔しおって。俺の気が済むまで痛めつけてやるっ」

 ジルドーの言葉に反応してか、コーモリが再び一斉に飛ぶ。だが、今度は壁から離れると、人間に近い姿になって襲い掛かって来た。

「ほーら、おいでなさった。カード、頼むぜ」

 ダルウィンが剣を抜く。カードは姿勢を低くして飛び掛かる体勢に入った。

「量が多いな、今日は。ダルこそ頼むぜ」

「わかってるよ」

 最初に襲いかかってきた魔物を斬り、構え直す暇もなく次の魔物を斬り捨てる。カードはその傷と爪で、相手に致命傷を負わせていった。

「リンネ、ぼくの後ろに隠れてなさい」

「だけど」

「早く」

 リンネがニルケの後ろに回ると、ニルケは呪文を唱え始める。一斉に魔物達が二人に飛び掛かって来たが、魔法使いの出した風で吹き飛ばされ、岩壁に叩き付けられた。

 すぐに第二陣がやって来る。ニルケは再び呪文を唱え、魔物は飛ばされる。だが、数が多くてキリがない。

 気のせいかしら。今飛んでった魔物の数、最初の時より少なかった。たぶん、同じ呪文だったはずなのに。

 襲いかかって来た魔物の数はあまり変わらなかったのに、吹き飛ばされた数は減っている。一瞬、悪い予感がリンネの頭をかすめた。

 魔法が……魔法の効果が薄れてる?

 ふいに、ぐらりとニルケの身体が揺れた。

「ニルケ!」

 リンネが慌ててニルケの身体を掴む。その手に伝わってきた熱さに、リンネは愕然となった。

「ニルケ……」

 具合が悪そうにしていたのは、リンネも気付いていた。あの傷のせいだろう。だが、余計な口出しをしては、どこかで聞いているかも知れない相手に好機を与えてしまう、と口にはしなかったのだ。

 それでも、思っていたよりニルケのひどい熱に、リンネは言葉を失う。

「まだ大丈夫ですよ、リンネ。ここの掃除を済ませないことには、シェリルーの所まで行けそうにありませんからね」

 流れる汗も、さっきより多くなっている。ニルケは笑ってみせるが、相当つらいに違いないことは想像できた。リンネにはどうすることもできないのが悔しい。

 絶対口にはできないが、本音を言えばニルケはこのまま倒れて休んでしまいたかった。

 足に傷を負ってしばらくすると、傷の痛みだけでなく、身体全体の具合が悪くなってゆく。流れる汗がひどく不快だった。

 しかし、原因を作ったのは自分。シェリルーは魔物の元で、もっとひどい目に遭わされているかも知れないのだ。この程度の傷で、弱音は吐いていられない。

 魔物がリンネの前に飛び出したが、リンネはそれを蹴り倒した。

「ふっざけんじゃないわよ、逆恨みもほどほどにしてよねっ」

 リンネの勢いに、魔物達が少したじろいだ。

「そんなにこの女を返してほしいのか」

 高い所から見下ろされているのは、こんな場合でなくても気分が悪い。相手が優越感にどっぷり浸っていることがわかるから、なおさら。

「あったり前でしょうが。そもそもシェリルーは何の関係もないじゃない。とばっちりもいいところだわ。早く彼女を返してよ」

「では、受け取れ」

 誰もがその言葉に耳を疑った。もうこれでジルドーの気が済んだのだろうか、と。

 次に目を疑う。ジルドーが岩棚から、シェリルーを突き落としたのだ。

 岩棚は高い。人間の背の三倍以上の高さ。そんな所から突き落とされたりすれば……。

「きゃああっ」

 カードが、ダルウィンが、そしてニルケがそちらへ向かってダッシュする。

 だが、ジルドーはその時が狙いだった。ニルケがシェリルーの方に気を取られ、魔物に対する警戒心を失ったその一瞬が。

 ジルドーはシェリルーに向かうニルケを狙い、暗い光を放った。光はニルケの身体を貫く。

 わずかに出遅れたリンネは、どちらの光景も目に入っていた。

 少し離れた場所では、カードとダルウィンがかろうじて間に合い、シェリルーを受け止める。

 同時に、リンネのすぐそばでジルドーの放った光がニルケの身体を貫き、ゆっくりとニルケが倒れてゆく。

「ニルケーッ!」

 リンネは叫びながら、ニルケの方へ手を伸ばした。でも、倒れる彼の身体を支えられない。

 リンネの声に、ダルウィンとカードがはっとして振り返る。シェリルーも突き落とされたショックで呆然となりながら、倒れたニルケを見た途端、蒼白になった。

 倒れたニルケの身体から、白い物が浮かぶ。煙のように不定形で、大きさは拳より一回り大きいくらいだろうか。

 それがジルドーの方へと吸い寄せられてゆく。それを見て、リンネの動きが止まった。

「何、あれ……」

 ジルドーがその白い物を手に取ると、小さな玉になった。

「あいつっ……魂を奪いやがった。これが目的だったんだ」

 最初にカードが、その白い物の正体に気付いた。

「魂? 魂って……ニルケの?」

 リンネが気の抜けたような声で聞き返す。倒れたニルケのそばへ行っても、彼はピクリとも動かない。

「そうさ。俺はこれが狙いだった。こいつさえ手に入れば、もうその女に用はない。さっさと帰るがいい」

「返してっ! ニルケの魂を返して」

 シェリルーが叫んだ。壁にとりすがり、上を仰ぎながらたった今まで自分を捕らえていた相手に懇願する。

「断る」

 何度も何度もシェリルーが声を張り上げても、冷ややかにジルドーは拒否する。

「てっめぇ……いつまでも自分の思い通りになるなんて考えるなよ」

 カードが一気に岩棚に飛び乗り、ジルドーに襲いかかろうとした。

 しかし、その一瞬前にジルドーはコーモリに姿を変え、岩棚から飛び立つ。

「お前達に用はない。ここから立ち去れ」

 ジルドーが飛び立つと、他の魔物達もコーモリに姿を変えて宙を舞う。羽音と甲高い騒音のような鳴き声が、広間中に広がった。

 やがて羽音がなくなると同時に、顔に風を感じた。見回すと、今まで岩の壁の広間にいたはずが、シェリルーを含めた全員が森の中にいる。

 広間へ入るまでにさんざん歩き回った階段や廊下も、朽ちた門扉も、あの廃屋の城はどこにもない。

「あの城は……奴の幻だったのか?」

「そうみたいだ。入ってからずっと、妙な感じが付きまとってたんだよな。人間が造った建物を利用してると思ってたけど、全部奴が魔法で作り出した物だったんだ」

「どうしてそんなややこしいこと、してたのかしら」

「そりゃ、惑わせるためじゃないかな。建物の外観を見てせいぜいこれくらいの広さって予測できるのに、実際はかなり歩かされただろ。こっちの体力を減らすためもあるし、この建物はどういう構造なんだって不安になったりもするしさ」

 森よりも少ないが、木はたくさんある。地形と木を利用したジルドーの魔法だったのだ。床の穴は雨などで自然にできた根と根の間だったり、階段は地面の凹凸だったりしたのだろう。

 ずいぶんと歩かされたが、きっとこの周辺をずっとぐるぐる回っていたに違いない。天井が見えなかったのも、実際にはないから。空が見えないようにされていただけだ。

「ニルケ、ニルケッ!」

 シェリルーがニルケの身体を揺する。だが、ニルケが目覚めそうな様子はなかった。

「カード、さっきのあれ、本当に……ニルケの魂なの?」

 力のない声でリンネが尋ねる。

「ニルケの様子だと、間違いないよ」

「けど、呼吸はしてる。死んでる訳じゃないんだろ」

 わずかながら、ニルケの胸元が上下している。顔色も熱のせいで赤い。

「ま、ね。言ってみれば、意識を持って行かれたようなもんだ。でも、このままだとヤバいのは変わらない」

「それじゃ、追わなきゃ。あいつからニルケの魂を奪い返さなきゃ、本当にニルケが……。カード、ジルドーが逃げた方向、わからない?」

「無茶だよ、リン。奴は空を飛んでる。オレには空まで追えないよ。それに、オレ達が奴を追ってる間、ニルケをここに放っておく訳にもいかないだろ」

 魂うんぬんの前に、負傷して高熱を出している。早く治療して安静にさせなければ。

「一度、街へ戻ろう。今の状態では何もできない」

「だけど、戻ってどうするの。ニルケは安全な場所に休ませておくにしても、それから魔物の行方を見付けるのって……」

 魔法で使うとしても、肝心のニルケがこんな状態では何もできない。

「私がやるわ」

 リンネ達がシェリルーの方を向いた。

「タイズの街には、私の祖父母の家があるの。ニルケはそこで休ませられる。あの魔物の居場所は、私が何とかして探り出すわ」

 いつもはどこか頼り無いシェリルーが、やけに頼もしく見えた。

「絶対……絶対にニルケをあの魔物から取り返すわ。私の命に代えても」

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