ラーバの山
リンネ達は、カーキムの国へ飛んだ。
本当ならば、いっきに件の山であるラーバのふもとまですぐに行きたい。だが、地図を見てもラーバの山がないのだ。
ルエックの国の詳細を記した地図はあるが、他国であるカーキムの地図は手元になかった。もちろん、本屋へ行けば各国の地図は手に入るが、店が開くのを悠長に待っていられない。
こうなったらどこでもいいから直接カーキムの国へ行き、そこで山の場所を聞けばいい、ということにして、無作為にカーキムの国のとある街へ来たのだった。
だが、尋ね回っても地元の人さえラーバの山を知らない。みんな、首を傾げるのだ。
夢の中でジルドーというコーモリの魔物は、カーキムの国にあるラーバの山、と言った。おびき寄せるために場所を告げているのだから、ないはずがない。
「おかしいですね。聞き間違いと言うには、はっきりすぎる程頭に残っているんですが」
ないと言われると、焦ってしまう。それでなくても、ジルドーは早くしないと殺す、と脅していたのだ。案外、こうして焦っていることも相手は楽しんでいるのかも知れない。
「別の街へ移りましょ。すごくへんぴな所にあって、その周辺の人しか知らないような山なのかも知れないわ」
「かもな。目立たない山で、他から見れば山とは言えないような所とかさ」
「十分にありえますね。とにかくここでは情報は得られないようですから、二つ程隣りの街にでも行きましょうか」
隣りならかろうじて知っていそうなことでも、間に一つ二つと別の街が入ればわからない、ということはよくある。もっとも、こうやって飛ばした街に限って手掛かりがあったりもするのだが、そんなことを言い出せばキリがない。
「どこかで見たような一行だと思ったら、やーっぱりそうか」
いざ移動しようとした時に声をかけられ、振り向くと一人の青年が立っていた。
「ダルウィン!」
リンネが嬉しそうに声を上げる。と、同時に彼に飛び付いた。
「こんな所でどうしたんだ? また何か厄介ごととか……」
「当たりだよ、ダル」
「え、冗談で言ったんだぜ、俺。本当にまたか?」
ダルウィンはあちこちと旅をしているが、行く先々でリンネ達が現れ、その都度何だかんだで厄介ごとに巻き込まれている。
「ダルウィン、今までカーキムの国を回っていたんですか?」
「ああ、まだそんなに日は経ってないけどさ」
前回会った時は、この国の東隣にあるカズートの国にいたダルウィン。そこから西へ進み、カーキムの国へ入ったのだ。
「じゃあ、ラーバという山を聞いたりしませんでしたか」
「タイズの街にある山だろ」
「知ってるのっ?」
殴りかかるのかと思われそうなリンネの勢いに、ダルウィンはわずかに後ろへ下がる。
「山って言うより、深い森に囲まれた丘みたいな場所なんだ。地元の人間だって、そうは行かないらしいぜ。そうシェリルーが話してた」
「シェリルー? シェリルーに会ったんですかっ。いつです」
「ダルウィン、どこで会ったの? それ、本当にシェリルーだった?」
「何も言ってなかったか? おかしな様子は?」
今度は全員に詰め寄られ、後ろに下がることすらできなくなったダルウィン。
「二、三日前にタイズの街へ寄った時だ。そこに彼女の祖父母が住んでいて、今は遊びに来てるんだって言ってた。その時に、話の流れでその山の話を聞いたんだよ」
これだと、尋ねると言うより詰問レベル。とにかく、これ以上迫られないうちに、ダルウィンは早口で自分の知っている情報をしゃべってしまう。
「彼女はいつもと変わらなかったし、みんなが元気かどうか気にしてた。別におかしな所はなかったぞ。俺が知っているのはそこまでだ。……次は俺の番。何があった」
「申し訳ありませんが、ゆっくり話している時間がないんです。とにかく、ラーバの山へ行かないと」
「おい、待てよ。これだけ気になるように仕向けておきながら、話はなしか」
「ダルウィン、彼女の命がかかってるのよ」
リンネにとって、ダルウィンは恋人だ。本当ならもっとゆっくり話をしたい。だが、今はシェリルーの命が優先される。
「命? ……結局、行くはめになるんだな」
「ダル、オレ達がこれから向かう所から来たんだろ」
タイズの街はここから東にあり、ダルウィンはそこから来たばかり。同行するとなれば、戻ってしまうことになる。
「俺だって、シェリルーとは知らない仲じゃないんだ。命がどうのって聞いたら、放っておけないだろ」
それから、ニルケを促す。
「急ぐんだろ。話はタイズの街に着いて、ラーバの山へ向かう道すがらにでも聞くよ」
「いいんですか、ダルウィン」
「よくなかったら、手を振って見送るよ。せんせー、例の魔法で頼むぜ」
☆☆☆
タイズの街へ着き、街の人にラーバの山がある場所を聞く。さすがに地元だけあって、最初に尋ねた人から聞くことができた。
「あんな所へ行って何をするつもりだい? 獣を狩る猟師と、きこりくらいしか入らないような所だよ。森に囲まれて地面がちょっと盛り上がってる程度の、山らしくない山なんだから」
「珍しい植物があるらしい、と聞いてそれをちょっと調べてみたいと思いまして。ありがとうございました」
ニルケは適当にごまかし、礼を言うとすぐにその山へ向かった。
「確かに山なんて見えないわね。知らなければただの森だわ」
森に思える場所は、他の山で言うところのふもと、となるようだ。それらの木々に隠され、低すぎる山の頂は見ることがかなわない。
森そのものに変わった所はないようだった。今までにも魔物がいるいないに関わらず、森の中を歩いたことは何度かある。ニルケを呼び出すくらいだから、このどこかに魔物が潜んでいるのだろうが、こうして歩いている限りではそういう気配は特に感じられなかった。
道ならぬ道を歩く。枝や伸び放題の草が行く手をはばもうとするが、それらを先に歩くダルウィンが剣で斬り、少しでも通りやすいようにしてくれた。
カードは魔物の気配がすればすぐに相手ができるよう、狼の姿に変わる。こちらの方が、こういう場所では歩きやすい。
「こういう時に、羽があれば便利よねぇ」
しみじみとリンネがつぶやく。多少歩くくらいは平気な彼女も、障害物の間を延々と進むのには閉口していた。
ニルケの移動魔法も、こういう場所で使うと相手に利用されて危険が生じてしまうので使えない。明確な目的地がわからなければ、自分達の足で行くしかないのだ。
「せめて目標物があれば、励みにもなりそうなのになぁ」
露払い役のダルウィンが、小さくため息をついた。目に入って来るのは草や木ばかり。これと言って目新しいものがない。
「でもさ、魔物の気配がないから、まだ楽だと思うぜ。木は守りの盾にもなってくれるけど、邪魔にもなるからな。こんな所で襲われたら、ちょっと面倒だしさ」
「不気味な程に静かですね。猟師が来るという話でしたから、獣の鳴き声がしそうなものなのに」
鳥の声一つしない。獣の遠吠えもない。聞こえるのは、自分達が進む時にたてる枝や葉の音ばかりだ。
「きっと、そのジルドーとかって奴が来ないようにしてるんだろ。まだ気配はしないけど、できないことじゃないから。何か魂胆があるんだろうな」
カードがいまいましそうに舌打ちする。そのカードが、ふいに鼻を動かした。
「……血の臭いがする」
「どこから? まさか魔物がいるのを知らずに森へ来た猟師さんが、なんてことないわよね」
関係ない人間を魔物達が襲っている、ということもある。獣相手なら一般の人間でも格闘のしようもあるが、魔物ではそうもいかない。
カードはきょろきょろしているリンネの方を向いた。
「すぐ近くだ」
ダルウィンを先頭にして、狼のカード、リンネ、最後にニルケの順で歩いている。だが、カードが見ているのは、すぐ後ろのリンネではなくてニルケの方だった。
「……ぼくですか?」
「ぼくですかって……ニルケ、神経ないのかよっ。ケガしてんじゃないか」
ニルケの右足首から出血している。出掛ける時にはなかったから、この森へ入ってからだ。先の尖った枝ででも傷付けたのだろう。深さはわからないが、傷口は大きい。
「さっきから不快だとは思ってましたけど……構っている余裕がなくて」
早くシェリルーを見付けなければ、という気持ちの方が強いからか、ニルケは自分のことに構わなくなっていた。
「おい、本当に不快ってだけのレベルか? かなりつらいんじゃないのか、それ」
ダルウィンも後戻りして来て、ニルケの傷口を覗き込む。
「もう、ニルケってば、妙な時に無頓着になるんだから」
リンネが怒りながら自分の服の裾を破き、それを傷口に巻き付けようとした。
「リン、これ血止めだから傷口につけるといいよ」
カードがどこからか、ギザギザした葉を何枚か持って来た。リンネはカードからそれを受け取り、傷口に当てて布を巻き付けた。
「ありがとう、リンネ」
「ニルケ、我慢するのもいいけど、少しは程度を考えてよね」
「わかりました」
いつもとは逆のパターンに、ニルケは苦笑を禁じ得ない。
だが、この傷が後で大きく響いてしまうことになる。
☆☆☆
長く歩いた。そんな気がするだけだろうか。
ほとんど景色が変わらないので、どれだけ進んでいるのか怪しいものだ。山と呼ばれながら、大した傾斜もない。教えてくれた人曰くの、ちょっと地面が盛り上がっている程度、というのがよくわかる。
しかし、ある地点から急に木の数が減り始め、やがていきなり廃屋のような建物が現れた。いまにも崩れそうな様相をしているが、形としては城に見える。
「どこだったか、こんな古ぼけた城が建ってる山があったよな」
リンネに害をなした魔法使いを捜すために向かった山。ダルウィンはそこで見た、古い城のような建物のことを思い出した。
「うん、あれは崖っぷちにあったっけ。こんな森の奥にも城を造る奴がいるのか。人間って、時々オレ達にはわかんないことするよな。まぁ、人間から見れば、魔物ってわかんないって思ってるだろうけどさ」
「そもそも、これって人間が作ったものかしら」
「たぶん。魔族が一から造るなら、もう少し新しい感じになるんじゃないかな。これだけ古そうに見えるってことは、放置されてた建物の中身だけを自分達のいいように改造してるんだ。とりあえず枠組みがある方が、余計な力を使わなくて済むしさ」
あの城のような建物の中に、ジルドーはいるのだろうか。そして、シェリルーは。
「ねぇ、あそこ、誰か立ってる」
リンネ達が朽ちて原形をとどめていない門扉へ向かおうとした時、その扉のそばに人影を見付けた。
人間の少年の姿をしているが、耳が尖り、牙が口元からのぞいている。カードと変わらないくらいの年格好だが、その目付きの鋭さや風貌からしても、人間ではない。黒い肌、というよりは、ほとんど影そのものに目鼻がついているようだ。
ニルケは首筋に流れる汗を感じながら、少年を見ていた。黒い肌や目付きが、ジルドーを思い出させる。
リンネ達は構わずそちらへ近付いたが、襲ってくる様子はなかった。だが、じっとこちらを見ている。
「ジルドー様がお待ちだ。来い」
少年はいきなりそう言うと、回れ右をして建物の中へ入って行く。リンネ達は顔を見合わせていたが、少年は魔物の固有名詞を出していたし、捜していた魔物はあの中にいるのだろう。
「行くしかないわね。向こうからちゃんと出迎えてくれてるんだから。なーにがお待ちだ、よ。ふざけんじゃないわ。無理に呼び出したくせに」
「あちらの目的はぼくです。リンネ達は」
「行くわよ」
ニルケの声をしっかり無視して、リンネはさっさと魔物の少年について行く。
「おーい、リン。一人で行くなよ」
カードがその後を追う。ダルウィンがニルケの肩を叩いた。
「ニルケ、そんなこと言ってリンネが聞かないのは、誰よりも知ってるんじゃないのか」
「まぁ……確かにそうですが。リンネ、待ちなさい」
二人もリンネ達の後を追って、魔物の城の中へと入った。薄暗い屋内は、石造りのようだ。
だが、床のあちこちに穴があいていたり、倒れそうな柱があったりと普通に歩いていてもずいぶんと危ない。これでフェイントなどをかけられたら、防御する前に自分から転んでしまいそうだ。
カードが、中身は自分達のいいように改造しているのでは、と話していたが、改造する気はなかったと思われる。
「どうも変だな」
カードが周りを見回しながら、そっとつぶやいた。
「何が?」
前を歩く少年には聞こえないように、リンネは聞き返した。
「んー、何がって言われるとわからないんだけどさ」
カードにも何がどう変なのか、うまく言えない。ただ、この建物の雰囲気がおかしいと感じるのだ。魔物がいる場所なのだからおかしな気配がして当然なのだが、それを無視しても何かが妙に思える。
少年はあちこち歩き回る。階段を上り、しばらく廊下を歩いたかと思うとまた階段を降りる。
何かあった時、すぐに逃げられないようにするために迷わせるつもりだろうか。
そんな風に考えてしまう程、魔物の少年は歩いた。
「ねぇ、まだなの?」
「まだだ」
返事はあっさりしたものだった。
「どこにいるのよ、ジルドーは」
「お前達だけではわからないだろうと、ジルドー様は俺を遣わした。ありがたく思え」
「わからないような場所にいるからじゃない。もっとわかりやすい所にいれば、わざわざあなたがお使いしなくて済むんじゃないの。だいたい、こんなに歩かなきゃならない程に大きな建物じゃなかったと思うけど」
リンネは不満そうに言うが、少年はそんなリンネを無視して歩いて行く。
「こうやって歩いてるうちに、実は世界が変わっていて魔物ばっかりの世界になってるんじゃないだろうな」
ダルウィンが胡散臭げに上を仰いだ。暗くて、どこに天井があるのか見えない。見えないと言えば、少年が歩いて行く先もよくわからないし、今歩いて来た廊下も通って来た時よりも異様に暗くなってしまっている。別の世界へつながっているのでは、と思ってしまうのも無理はない。
「オレが感じる限り、そんなことはなさそうだぜ」
魔獣であるカードが言うのだから、その点は安心してもいいだろう。
「ニルケ、足が痛むんじゃないか」
ダルウィンが横を歩くニルケを気遣う。あの傷のせいで、ニルケは軽くびっこをひいていた。さっきリンネが巻いてくれた布にも、血がにじんでいる。
「歩けない程じゃないですよ、今のところは」
そうは言っているが、顔色が悪いし脂汗も流れている。だが、具合が悪いからとここで休むことも、今更戻ることもできないのだ。
それがわかっているから、ダルウィンはそれ以上何とも言えなかった。
「奴らの力にもよるけどさ……カードと俺でとにかく何とかする。あんまり無理はするな」
「……ええ。とにかく、リンネとシェリルーだけは」
少年は彼らの話が聞こえているのかいないのか、表情を変えずにまた階段を上り始めた。





