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お嬢様にピンチなし  作者: 碧衣 奈美
第十三話 魔女と見習い魔法使い

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黒幕

 魔物は震えながら、マージという魔女のことを話した。

 ここはオクトゥームから東へ二つ国を隔てた所にある、カズートの国だ。あんな短い抜け道で、こんな遠くまで来ていたのである。

 今いる森の近くにはヒースという街があり、(くだん)の魔女はその街からも見える高い山にいるらしい。ここはその山のふもとに広がる森だ。

 イークスの山に棲むというその魔女は、いつの頃からか彼らのような下級の魔物を支配するようになった。

 支配すると言っても、魔女は彼らに対して基本的には干渉しない。魔物達の生活は静かなものだ。しかし、不定期に命令されることがある。

 たった一つ、魔女が命令するのは、人間の子どもをさらって来い、というもの。

 命令されるのは下級の魔物だから、たとえ相手が子どもでも人間をさらう程の力がない魔物もいる。だが、魔女にとってそんなことは関係ない。

 できない魔物は、彼女に殺される。いとも簡単に。誰も魔女の手から逃れることはできない。魔女が消すと決めれば、絶対に消される。一度支配されると、魔女の魔法が確実に魔物達を死に至らしめるのだ。

「死の呪縛のような魔法ですね。仕掛けるだけにしておいて、あとはいつでも作用するようにしてある、という訳ですか」

 ニルケの言葉に、魔物は頷く。

「羽でわからないだろうが、俺の首には黒い筋が付けられてる。魔女がその気になれば、この筋は鋼になって俺の首を落とすんだ」

「いつ刑を執行されるかわからない死刑囚みたいなものね」

 リンネが不気味ながらも、的確な表現をした。

「俺は何度も、仲間が魔女の魔法で死ぬのを見た。俺は死にたくない」

 そうならないために、人間に追い付かれないように、魔物は子どもをさらうとあの抜け道を使ったのだ。

 あの道は誰かが作ったのか、何かの作用で現れたのかは知らない。そんなことはどうでもいい。とにかく、使えるものは使わなければ。

 普通ならあんな抜け道など、人間達には見付かるはずがない。それなら逃げ切れる。まさか国を隔てて逃げているなんて、思いもしないだろう。子どもを取り返されることはない。これで自分が魔女に殺されることもなくなるのだ。

 ここへ戻って来ると、すぐにその子どもをマージの所へ連れて行った。これで魔女の機嫌をとる。

 そうして、無事にここへ戻って来られた。少なくとも、次に魔女がまた命令するまでは生きられる。

 安心して森へ戻って来たところで、追っ手とはち合った。まさかと思ったが、彼らは抜け道を見付けてしまい、それを使ってここまで追って来たのだ。

 おまけに魔法使いがその中にいて、動きを封じられてしまった。相手はかなり興奮状態で、本当にこのまま絞め殺されてしまいそうだ。

 しかし、もし人間達にこうして魔女のことを話しているのがバレれば、やっぱり殺されてしまうかも知れない。魔女の命令を遂行したばかりでも、魔女の気に障れば……。

「おい、どうして魔女は人間の子どもを狙うんだ」

 魔物の胸ぐらを掴みかねない様子で、バーディは尋ねた。

「り、理由は知らねぇ。ただ、何かの魔法に使っているらしいってだけしか」

 聞いたとしても、魔女が答えてくれることはないだろう。その時の気分によっては、首をはねられかねない。下級の魔物は、余計な口出しをしない方が長生きできる。

「魔女が子どもを使って魔法を行う。これでいい魔法が行われてる、なんて思えないよな」

 カードが不吉なことを言う。

「それで、魔女は連れて来られた子どもに対して、すぐに何かするんですか」

「いや、いつも何人か集めてから……だと思う」

 魔物には魔女が何をしているかなんて、興味はない。持とうとも思わない。余計な詮索は、命を縮めるだけだ。

「お前がサリアをその魔女の所へ連れて行った時、何人の子どもがいたんだ」

 そこにいた子どもの人数によって、サリアの命の危険度が変わってくる。バーディの目は真剣だ。

「まだ……二人くらいしかいなかったと思う。よくは見てないが、子どもの檻の中は少なかった」

「あんな小さな子を檻に入れてるのか」

「お願いだぁ、これで勘弁してくれ。俺の知ってることはみんなしゃべった」

 羽の下にあるという黒い筋がいつ鋼になるか、気が気でないのだ。

「バーディ、もういいでしょう。この程度の魔物なら、我々がその気になれば命を奪えますが、そんなことをする時間があるなら魔女の所へ向かうべきです」

 ニルケに言われ、バーディは魔物を睨み殺しそうな目付きで見ていたが、小さく頷いた。

☆☆☆

 イークスの山は、霧が深かった。

 魔女のいる場所は聞いているものの、これでは本当にそこへ向かえているのかわからない。かと言って、移動魔法では行けない。魔法の気配に気付いた魔女から先制攻撃を受けるとも限らないからだ。

「子どもをさらう程の力がない魔物も多い、と言っていましたね」

 つまり、魔女にとっての獲物は集まりが悪いだろう、ということ。

「魔女が何人の子どもを集めるつもりか知らないけど、まだ必要な人数に至ってないことを祈るしかないわ」

 魔女は、イークスの山の中腹にいると教えられた。一見、どこにでもあるような山小屋のような所にいるらしい。だが、中へ入れば魔女の城だ。

 山へ入った人間が、普通の山小屋だと思って入る。扉を閉めると、そこから二度と出られないのだ。

 話をした魔物は、きっと人間の肉を喰っているのだろうと話していた。その場面を見たことはないが、その城の中には人間の骨らしきものがいくつも転がっているからだ。

 その城は迷路のようになっているから、迷って死んでしまうということもあるだろう。だが、獲物が入ってきて魔女が放っておくとは思えない。

 魔女に使役されている魔物の中には人間を喰う者もいるが、魔女の城で勝手に人間を喰えば何をされるかわからないので、余計な手は出さないはずだ。

「リンネ、女性のきみまで一緒に行かなくても……。相手は魔女だ。魔法を使うんだぞ」

 バーディはリンネが当然のように一緒に、しかもほとんどリーダーのように歩いて行くのを見て、遠回しに待つように言った。

 しかし、リンネに遠回しに言っても無駄である。はっきり言っても無駄なのだから。

「だって、放っておけないわ。あの子はあたし達の目の前でさらわれたのよ。バーディだけに任せて、そのままさよならって訳にはいかないじゃないの」

「しかし……俺にとっては知り合いの子だけど、リンネは本当に通りすがりというだけじゃないか。おまけにニルケまで巻き込んでしまって」

「魔法は人の役に立つためにあるんじゃないの?」

「それはそうだけど……。命の危険にさらされることだって」

「サリアは今まさにそんな状態だわ」

 バーディがいくら止めようとしても、リンネは耳を貸さない。

「無理ですよ、バーディ。動き出したリンネを止めるなんて、誰にもできません」

 言って宿に待機してくれるなら、ニルケだってちゃんと言う。無理に置いて行こうとすると何をするかわからないので、一緒にいる方がずっといい。いつものことだ。

「ニルケ、そんな悠長な。奴の話は一緒に聞いただろ。相手は危険な魔女だ。恐らく人間を喰ってる。そういう魔女がいる所へ、恋人が向かっても平気なのか」

「恋人? 誰がです?」

 きょとんとした顔で、ニルケが聞き返す。

「え……リンネは売約済みだってカードが言っていたから……てっきりニルケのことだとばかり」

「まさか。リンネの恋人は別にいるんですよ。ぼくは家庭教師です」

「ニルケには、コルドナの街にちゃんと恋人がいるのよ」

 リンネが二人の会話に割り込む。

「もしかして、シェリルーのことですか? 彼女は恋人という訳では……」

「じゃ、早くなればいいじゃない」

 リンネはあっさり言う。

「そうだよな。今はちょっとばかり場所が離れてるし、ゆっくり会えないけど。リンがダルの所へ行けば、ニルケはコルドナの街へ戻ればいいんだしさ」

 カードが面白がって同調する。

「勝手にぼくの将来を決めないでください」

 ニルケが苦笑する。

「……どうしてきみ達は、これから恐ろしい所へ向かって行こうって時に、そんなのんきな話ができるんだ?」

 バーディが信じられない、という表情でリンネ達を見ている。

「だって、言い出しっぺはバーディじゃない。あたしをニルケの恋人なんて言うから、こんな話になっちゃったのよ」

「いや、それは……そうだ、リンネがこんな危ない所へ行こうとするから」

「でも、今から一人で戻る方がずっと危険じゃない? こんな霧の中よ」

 そう返されると、バーディも詰まってしまう。

 確かに、一人で霧の中を動き回るなんてことは危険だ。まして、リンネは魔法使いでも剣士でもない、普通の女の子なのだ。途中で山に棲む獣に襲われたりすることだってありえる。

「バーディ、さっきニルケが言ったろ。リンを止めるなんて無駄なんだよ」

「だけど」

 何か言い掛けたバーディを、カードが手で制した。緊張が走り、誰もが口をつぐむ。

 霧の向こうに、何かしらの気配をカードが感じ取ったのだ。白く濁った幕の中で、自分達以外のものが動いている。

「魔女が出て来たのか?」

「いや、魔物の気配はしてない。人間……かも」

「でも、こんな所へ人間が来るの? 魔女の存在を知らない人が来るにしても、こんな霧の中なのに」

「迷っているのかも知れませんよ」

 誰にしろ、自分達が向かう方向にいるのだ。無視して通り過ぎることはできない。

 カードがリンネを守るように前へ出る。

「最初に出るのはいつもカードの役なんだな」

「そうよ。カードが適任だから」

「こっちが風上だから、気配しかわからないな」

 魔物ではないにしても、相手がいい人間とは限らない。魔女がいると知らずに来た盗賊かも知れないのだ。

 カードとしても、不用意に近付きたくない。人間や下級の魔物相手に負けるつもりはないが、霧の中でリンネ達と離れている間に、別方向から悪党や魔物が現れることもあるからだ。

 白い霧の中で、次第にリンネ達にも影が見えるようになってきた。

「そこに誰かいるのか」

 あちら側から声がした。こちらが複数なので、気配を感じられたのだろう。

「この声、もしかして……」

 リンネを守るようにして立っていたニルケの横をすり抜け、リンネは前へ出た。

「ダルウィンなの?」

 リンネの声に反応するかのように、霧の中から影がはっきりとその姿を現す。それは、間違いなくリンネの恋人のダルウィンだ。

「リンネ? ……またおかしな所で会ったな」

 魔法使いではない彼は、霧の中で何かがいると気付き、いつでも剣を抜けるように構えていた。だが、それがよく知った相手だとわかり、柄から手を放す。

 カードもよく知る青年なので、近付いて知ったにおいを嗅ぎ取り、本物だと断定する。

「ダル、どうしたんだよ。道に迷ったのか?」

「そっちこそ、こんな所で何をしてるんだ? また何か厄介ごとか」

「子どもがさらわれて、それを助けに行くのよ」

「……もしかして、魔女の所か?」

「知ってるの?」

 どうやら行き先は同じのようだ。歩きながら、お互いの事情を話す。

 ダルウィンの方の事情は、旅先で世話になった家の子どもが魔物にさらわれた。その村にいる占い師の透視で、子どもはイークスの山にいる魔女の所だとわかり、ダルウィンが助けにここまで来たのだ。

 その家の子がさらわれた後、村でまた別の家の子どもがさらわれた。恐ろしくて誰も子どもを外には出さないようにしているという。

「たった一人で? 誰か他にも来てくれる人はいなかったのか?」

 バーディはこれまた魔法使いでない人間が魔女に立ち向かおうとするのを聞き、そう尋ねずにはいられない。

「相手が山賊だとかなら、腕自慢の奴らも来ただろうけど。そこの村には、魔法使いがいない。魔女のことがわかった占い師がせいぜいだ。子どもは助けたいが、魔女を相手にして勝てるはずがないって、みんなあきらめてるんだ」

「でも、この魔女、結構ヤバそうな奴らしいぜ。村の人間がどこまでわかってたかなんてのは知らないけどさ、普通なら断らない?」

 カードがあの魔物から仕入れた魔女の情報を、ざっくりとダルウィンに教える。

「なるほど。魔除けだって言われてもらってきたけど、この程度じゃ無理かもな」

 ダルウィンは、首から小さな鏡のついた鎖を提げていた。丸い形で飾りも何もない、シンプルすぎるデザインだ。

「鏡を嫌う魔物もいますからね。ただ、その魔女に通用するかは」

「だろ? でも、いつものメンバーにこんな所で会えるとはな。他の誰より心強い味方に再会できてよかったよ」

「オレにしたって、割り当てが減るから楽になる」

「あの……いつものって?」

 バーディだけ、話に入れない。

「あ、まだ聞いてないか? このメンバーでよく厄介ごとに首を突っ込むんだ。そのほとんどに、魔物が関わっていたりする」

 聞いていたバーディは、あっけにとられる。

 何なのだろう、この危険と隣り合わせのメンバーは……。魔物退治を仕事にしている訳でもないのに、何度も魔物に関わる人間がいるのか。

「付け足せば、そのきっかけはリンネがほとんどです」

「本当なら関わらないで済むのに、リンは自分から巻き込まれちゃうんだ」

 これだけを聞いていると、リンネという少女は今まで一体何をやらかしてきたのかと思われそうだ。実際、バーディはそう思っている。

「やーね、人をトラブルメーカーみたいに言わないでよ」

「じゃあ、好奇心が旺盛すぎる、という表現にしましょうか。それに、行動力がありすぎる、と。せめてこれに、警戒するとか慎重になるという表現が加わればね」

「ニルケ、それは酷というものだろう」

「あ、ダルウィンてばひどーい」

「つまり……リンネはいつでもこんなことをしてるってことかい?」

 バーディが実に的確な要約をした。

「お、バーディもリンのこと、わかってきたじゃん」

「うん、リンネは他の女性と一緒にしちゃいけないってことがわかったよ」

 悪い人間ではない。だが、ある意味、ものすごく危険な人間かも知れない、ということが。

「やぁね。あたし、何か誤解されてるみたい」

「いえ、バーディは正確な判断をしていると思いますよ」

 そんな会話をしているうちに、霧が薄らいできた。

「霧が晴れてきたみたい」

「魔女のいる場所へ近付いたんでしょう」

「え、どうして?」

 まだ山の景色がちょっと見えてきたかな、という程度なのにニルケが断言し、リンネは首を傾げた。

「霧の中を歩いていた人が、山小屋を見付ければどうします?」

「ほっとして……中へ入って休もうとするわね」

「あの魔物の話では、城へ入った人間は喰われている疑いがあります。魔女にしろ、人間にしろ、獲物を手に入れたければ罠を張るものですからね」

「ってことは、この霧も自然の霧じゃなく、魔女がやったことかも知れないってことか」

 ダルウィンが今までよりさらに辺りを警戒する。

「あれ……か?」

 バーディが指差した。そこには何の変哲もない、小さな古い山小屋が一軒、建っていた。

「らしいぜ。魔女の手が獲物を待ってるみたいだ」

 カードには、見えないはずの手がおいでおいでをしているように思える。

「じゃ、行きましょ。外で見ていても、何も解決しないもの」

 リンネはさっさとそちらの方へ歩いて行く。

「待ちなさい、リンネ」

「慎重なんて言葉には無縁だな、相変わらず」

 ダルウィンがリンネを引き止めて後ろへやり、カードを先頭にして山小屋へ向かった。

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