イメールの街で
ラースの街を出発してから二日後。
オクトゥームの国の中心をほぼ横断するような形で東へ進路を取り、一行はイメールの街へ入る。
この街は、魔法道具を扱う店が多い。普通の店が並んでいる中に、魔法使いが入るような店がぽつぽつとあるのだ。
そういう店の前を通る度に、ニルケの視線がそちらへ向いていることに、リンネはしっかり気付いていた。魔法使いである彼が、気にならないはずがない。
「ねぇ、ニルケ。この辺りのお店を覗いて来たら? あたし達もあちこち見て回りたいし、別行動でもいいんじゃない?」
リンネの提案は、ニルケにとってはかなり魅力的なものだ。しかし、それ以上に不安がある。
「大丈夫だよ。オレがついてんだから、滅多なことは起きやしないって」
カードが請け負う。彼がついていても、滅多なことがよく起きたりするのだが……。
しかし、お互い見たいものは違う。リンネは魔法道具の店より、他に行きたい所があるのだ。くっついて行動していても、お互い楽しくない。目的地へ行けないのでは、ここまで来た意味がないというもの。
「わかりました。あまり騒ぎを起こさないでくださいね」
通りの真ん中にある噴水で待ち合わせをすることにし、それぞれ行きたい方向へ別れた。
ニルケはとある一軒の魔法道具を扱う店へ向かい、リンネとカードは街の中心へと向かう。
「とりあえず、無事にここまで来られたわね」
「一緒に行くって聞いた時は、また隙をみて抜け出すしかないのかなって思ってたけど。ニルケは一番安全な策を選んだな。好きにさせておいて、横で監視するって」
「理由が何だっていいわ。ニルケを困らせないで済んだもの」
いつも困らせてるくせに、とカードは思ったが、口には出さないでおく。
「それで、これからどうすんの?」
「うん、道を聞かないとね。場所がわからないし」
「けど、何しに行くのさ」
「別に。ただちょっと見てみたいだけよ」
リンネがラグスに許可を得て、ニルケを同行させてこの街へ来たのにはもちろん、理由がある。
オクトゥームの国にあるイメールという街。
ここは、リンネの恋人であるダルウィンの故郷なのだ。
だが、ダルウィンはこの街にはいない。彼がこのパズート大陸の国々を旅していることは、リンネもよく知っている。まだポスベームの国にいるか、別の国へ足を踏み入れているか。詳しいことはわからなくても、旅が続けられているのは確かだ。
彼のいない故郷に来ても、彼に会える訳ではない。それなのに、なぜリンネがこの街に来たかと言えば……。
ダルウィンが生まれて育った街を見てみたい。
それだけのためだ。ついでに付け足すなら、彼の生家がどの辺りにあって、どんな感じの家なのか、というのも見てみたかった。
ダルウィンはリンネにプロポーズし、リンネもそれを受けた。だから、将来はこの街で暮らすことになるだろう。あと数年後に住む場所だから、やはり気になる。
別に彼の生家へ訪ねて行ってどうこうしよう、というつもりはない。ダルウィンの両親は、リンネの存在をまだ知らないのだ。行っても、誰? という顔をされるだけ。
家族で祖父母のいるペンスの街へ行く際、遠回りにはなるがイメールの街へ寄れないことはない。でも、両親からどうしてこの街へ来たいのかという説明を求められると話が長くなるし、ただ見たいというだけで寄りたいと言うのも少し気恥ずかしい。
だから、リンネは一人で先に出発したいと言ったのだ。
カードには一緒について来てもらう手前、ちゃんと話してある。ニルケには、行きたい場所がここだとは話したが、理由は言っていない。
だが、ニルケのことだ、きっとこの街の名前を聞いてすぐにピンときているだろう。彼もダルウィンのことは知っているし、ここの出身であることも聞いている。詳しくはわかっていなくても、ダルウィンが絡んでいるだろう、ということには気付いているはずだ。でも、彼はあえて理由をリンネに聞いたり、確認したりはしなかった。
恋する少女に恋人に関係することを聞こうものなら、ずっとノロケを聞かされるはめになりかねない。
それを知っているからだろう。ニルケはその方面にはうとい方だが、恋する少女のそういった心理は多少なりとも知っている。
「貴族って言うんだから、土地の人に聞けばすぐにわかるわよね」
「新参者でなきゃ、知ってるだろ」
リンネとカードは周りを見回した。地元の人らしいというのはわかるのだが、みんな忙しそうにしているので少し声をかけにくい。
「リン、あそこの屋台で親父としゃべってる奴に聞いてみようぜ。あいつ、暇そうだし」
カードに暇そうだと言われたのは、若い男性だった。見た感じだと、ニルケよりも少し年下だろう。
楽しそうに屋台の主人らしきおじさんと話をしている。キャンディなどのお菓子を売っている屋台に今は客もおらず、おじさんも暇なのだろう。仕事をしている人の手を中断させて聞くより、おしゃべりしている人に聞いた方が、こちらとしても気楽だ。
「お話し中、失礼します。道を尋ねたいんだけど」
リンネの声に、二人がこちらを向いた。
「おや、こんなかわいらしい女性のためなら、わからぬ道でも探し出して導いてあげよう」
キザと言うか、勘違い野郎と言うか。青年はリンネの手を取ってそう応えた。まさかそういう返事が来るとは思わなかったので、リンネはきょとんとなる。
黒の短髪に、薄い茶色の瞳。背はそれ程高くない。こういうセリフを口にするには、見た目が少し三枚目タイプだ。
「おい、道を聞いてるだけで手なんか握るなよ」
リンネよりもカードが不機嫌に彼の手を払う。
「おっと、これは失礼。きれいな女性を見ると、つい」
彼はあまり意に介してない様子。リンネとしても、きれいと言われれば悪い気はしない。
「きれいって言葉は素直にとっておくわね」
「いやいや、俺は本気で言ったんだ。それじゃ、まるで俺がおべんちゃらを言ったみたいじゃないか」
「お嬢さん、こいつは口がうまいから、気を付けるんだよ」
屋台の主人が笑いながら口をはさんだ。
「おい、おやっさん。人聞きが悪いなぁ。俺は女性の素晴らしさを正直に言葉にしているだけだぜ」
ラースの街にもこういう調子のいい人がいるので、リンネはあまり気にしていない。
「それで、どこへ行きたいのかな」
「ジューバ家っていう貴族のお屋敷がどこにあるか知りたいの。ご存じ?」
「もちろん。ここからだと……口で説明するのはややこしいな。用事もないし、俺がそこへ案内してあげよう」
「あら、そこまでしてもらわなくても」
「いいんだ、構わないよ。さ、行こう」
青年は一人決めして前を歩き始める。リンネとカードは顔を見合わせた。
「どうしよう」
「いいんじゃないの? 案内するって言ってんだし。やっぱり暇なんだ」
悪い人ではなさそうなので、リンネ達は彼の後をついて行った。
☆☆☆
青年はバーディと言った。驚いたことに、魔法使いだと言うのである。
「まだまだ見習いだけどね」
バーディはそう言って、屈託なく笑った。
「同じ魔法使いでも、誰かさんとはえらい違いだな」
「世の中広いのよ、カード」
真面目な性格の魔法使いもいれば、こうして軽い性格の魔法使いもいる、ということ。
「自分で勉強しているの?」
「いや、俺はポスベームの国で勉強してるんだ。メニーゼの街にある魔法使いの学校でね。今はちょっと中休み」
ポスベームの国には、魔法使いのための学校がある。魔法使いになりたい者は、こういった学校へ通うのが一般的。
そういう話を以前聞いたことがある。ニルケのように独学で習得するか、魔法使いの元へ弟子入り、というのは現在では少ないらしい。
「まだ未熟者だけどさ。いつかあの学校で、魔法使い志望の子どもに魔法を教えてやりたいんだ」
「先生になりたいのね。魔法使いの先生なんてすごいわ」
「へへ……。まぁ、いつになるかはわからないけど」
リンネにすごい、と言われ、バーディは照れ臭そうに笑う。
一人前の魔法使いと言われるまでには個人差があるが、とにかくかなりの腕を要求される。本人はまだまだと思っているようだが、ニルケは一人前と呼ばれてもおかしくはないだろう。
そして、他人に魔法を教えるとなれば、さらに鍛錬が必要となる。ちょっとやそっとではなれない。バーディの腕がどこまでのものかは知らないが、彼の言うようにいつになるかはわからない。彼の魔法の才能と努力次第だ。
「けど、バーディが先生になったとしたら、生徒の母親や姉妹に声をかけまくるんじゃないの? さっきリンにやったみたいに」
ちょっと嫌みな口調でカードが言う。
「そんなことはないよ。俺はきれいな女性にしか言わない」
「どうだか。そういう奴に限って、怪しい」
カードは疑わしそうな目でバーディを見る。
「おいおい、カード。きみだってリンネはかわいいと思うだろ? そんな彼女の方から声をかけてもらったんだぞ。ほめ言葉の一つも口にしたくなるってもんだろう」
横で聞いているリンネの方が、だんだん恥ずかしくなってくる。
「バーディ。あなた、恋人いないでしょ。たくさんの女性をほめるより、たった一人の女性を心からほめてあげる方が大事よ」
「残念ながら、そのたった一人の女性というのがまだ現れないんだ。いや、それはリンネかも知れない」
どこまで本気なのか、わかったものじゃない。
「遅いよ。リンはもう売約済み」
「本当に?」
バーディは悲しげな目をリンネに向ける。
「ええ。恋人がいるの。だから、あたしのことはあきらめてね」
「逢った途端に失恋かぁ。これは魔法でも簡単には癒やせない」
胸の前で手を組み、つらそうな顔をしてみせるバーディ。
「ほんとに軽い奴」
カードがその様子を見て、あきれる。
「面白い人じゃない」
リンネはバーディのような変わった人は嫌いじゃないので、けらけら笑っている。
バーディに連れられ、賑やかな街の中心を少し離れた所まで歩いて来た。人通りはほとんどなく、静かだ。
「この先の角を曲がってさらにまっすぐ行くと、小さな湖があるんだ。ジューバ家はその湖の向こう側にあるよ」
バーディは簡単にこの先、と言うが、まだかなりの距離がある。
「街の中心から遠いのね」
「歩くとね。でも、貴族ってのはだいたいが馬や馬車に乗って移動するから、多少の距離は気にならないのさ」
リンネ達がそんなことを話しながら歩いていると、横の通りから人形を抱いた小さな子どもが飛び出して来た。五つか六つくらいの、黒髪をおさげにした女の子だ。
その後から、母親らしい女性が追い掛けるようにして現れる。女の子はきゃっきゃっと笑い声をたて、さらに走って行った。
「サーヤ、サリアはずいぶんご機嫌のようだね」
バーディの知人らしく、彼はその女性に声をかけた。
「あら、バーディ」
サーヤと呼ばれた女性は、こちらを向いてにっこり笑った。女の子と同じ黒髪をまとめた、ほっそりした美人だ。
「そうなの。元気がいいのはともかく、こっちが振り回されて大変よ」
「リンの子どもの時みたいだ」
カードが小声で言いながら、小さな女の子の方を見やる。その目がスッと細くなった。
「何だ、あいつ?」
「どうしたの、カード」
カードの様子に気付いたリンネが尋ねる。
「妙な奴が飛んでるんだ」
リンネが空を見ると、鷲だか鷹だかわからないが、大きな鳥が飛んでいる。鳥は大きく旋回していた。
「街の中に魔物がいるなんてあまりないんだけど。……あいつ、何を狙ってんだ」
バーディとサーヤは、カードの言葉に気付いていない。
カードはおかしいと思いながらも、何がどうおかしいのか見極め切れないでいる。空にいて距離があるので、気配を確実に捉えきれないのだ。
「あれ、魔物なの? 形は鳥だもん、空を飛んだっておかしくないでしょ」
「それはそうなんだけどさ。いやな感じがする」
どうも視線を感じてしまう。自分が見られている訳じゃない。でも、この周辺を見張られているような。
「母さーん」
サリアが母を呼ぶ。追い掛けてくれないことに気付き、ちょっと戻って来たのだ。
「ねぇ、あっちのお花畑に行くんでしょー」
「はいはい」
バーディとの話を打ち切り、サーヤは娘の方へと向かう。
その時、サーヤはサリアの後ろから影が迫って来るのを見た。大きな鳥がこちらに向かって飛んで来る。
「あいつ、あの子を狙ってんだっ」
言うなり、カードが地面を蹴ってそちらへ飛び出す。
「きゃああっ」
サーヤの悲鳴が響いた。大きな鋭い爪を持った鳥が、娘をさらってゆく。捕まえられたサリアは、自分に何が起こったのかわからない顔で母を見て……。
その横からカードがサリアに飛び付こうとしたが、一歩遅かった。彼の手をすり抜け、サリアの足は宙高く浮かぶ。
「いやぁっ、サリアー!」
「待てっ。サリアをどうするつもりだ」
カードが追い、今まで見せなかった真剣な顔をしたバーディがその後を追う。リンネも走りかけ、それから転回してサーヤの方へ戻った。
「あ……あ、私の娘が」
「大丈夫。大丈夫よ、あのふたりがちゃんと連れ戻してくれるわ。落ち着いて」
今の鳥は本当に魔物だったのだ。いくら猛禽類の身体が大きくても、人間の子どもをさらうなんてことがあるだろうか。赤ん坊ならともかく、サリア程の子など狙わないだろう。カードも気にしていたし、やはり魔物だったのだ。
「サリア……サリア……」
サーヤは娘が持っていた人形が落ちているのを見付け、それを強く抱き締める。
「すぐ戻って来るわ。魔法使いが追い掛けてるんだもの」
母親はショックが強すぎたのか、少し放心状態になっている。
「サーヤ、気をしっかり持って。サリアはちゃんと帰ってくるわよ」
しばらくリンネがサーヤを元気づけようとしていたが、やがてカードとバーティが戻って来た。だが、あの小さな女の子の姿はない。
「バーディ、あの子は? サリアはどうしたの」
掴み掛かるようにして、サーヤはバーディに尋ねた。
「すまない。見失ってしまって」
その言葉を聞いた途端、サーヤは気を失ってその場に崩れた。バーディがその身体を支える。
「魔法でどうにかならなかったの?」
「高く飛んでいたせいで、戒めの魔法も届かなかったんだ。少しグラついた程度で……」
バーディも、彼なりにサリアを助けようと魔法を使った。だが、あまり距離があると力が届かない。相手はバーディの力の範囲を超えていたのだ。
「カードは? 臭いでたどれるじゃない」
「無理だよ。あっちは空を飛んでんだぜ。地面に臭いが残るってのがないから、追えないんだ。森の上なんかを飛ばれたら、地面の上ってハンデは大きいよ」
「でも、このままあきらめたりしたら、あの子が喰われかねないわ」
魔物が遊び相手がほしくて子どもをさらう、なんてことはない。人間に害をなす魔物は、人間を獲物としか見ていないのだ。遅かれ早かれ、喰うはず。
「そうだ、バーディ。あなたが追跡の魔法であの魔物を追えば、まだ間に合うわ」
いつもリンネはこの魔法で、ニルケに居場所を見付けられている。本当なら、この魔法はこういう場合に使われるものなのだ。
「追跡の魔法……か」
リンネの提案にも、バーディはあまり表情が明るくならない。
「やったことないの?」
「ほんの数回だけなんだ。それだって、あまりいい成績じゃなかったし……」
まだ半人前だと言う魔法使いに、あれもこれもと要求するのはかわいそうだ。
だが、このままここにいても、サリアの命が危なくなる一方である。
「こうなったら、追跡魔法のエキスパートに頼むしかないわね。……騒ぎは起こすなって言われてたんだけどな」
好きで起こした騒ぎではない。通り掛かったらこんなことが起きてしまったのだ。少なくとも、リンネが騒ぎを起こした訳ではない。
「バーディ、サーヤの家はこの近くなの?」
「ああ、すぐそこだ」
「それじゃ、彼女を運びましょ。そこで馬を借りて、あたしはニルケを呼んで来るわ」
自分達の馬は、街の中を歩く時には邪魔になってしまうので宿に預けてあるのだ。
「リン、ニルケならオレが呼びに行っても」
「今のカードより、馬の方が速いわ。あっちの姿だと、街が大騒ぎになっちゃうから」
「あ、そうだな」
バーディには今の会話はよくわからなかったが、詳しく聞いている時間はない。
サーヤを家に運び、そこで事情を話して馬を借り、リンネはその馬を飛ばして街の中へと戻った。





