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お嬢様にピンチなし  作者: 碧衣 奈美
第十三話 魔女と見習い魔法使い

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寄り道旅

 春も半ばを迎え、少し暑く感じる日が増えてきた。

 一年前の今頃。

 ルエックの独立百周年記念祭が行われていたのだ。特にラースの街は半月前から毎日が前夜祭のように賑やかで、人も多く行き交っていた。

 今年はそういった大きな行事もなく、静かなものだ。もっとも、一年前よりは、ということ。普段から、ラースの街は賑やかである。

「そろそろ、おじいちゃんの誕生日よねぇ」

 リンネは暦を見ながら、つぶやいた。母方の祖父ガーネズの誕生日が、五月の初めにあるのだ。

「ペンスの街へ行くのも、もうすぐだわ」

「ってことは、オレと会ってからもう一年になるんだ」

 横から同じように、暦を覗き込んでいるカードが言った。

「そっか……そうよね。おじいちゃんの所へ行く途中で、カードを見付けたのよね。何だかもっと長く一緒にいるような気がするわ」

「うん。この一年って、オレが生きて来た中のどの時よりも濃かったぜ」

「充実しててよかったじゃない」

 カードの生活が濃くなった理由はもちろん、リンネ。彼女があちこち行って無茶な行動をしなければ、リンネの言う「充実」などはなかっただろう。

 カードはからかったつもりだったのだが、あまりリンネには伝わってないみたいだ。わからないフリをしているだけ、かも知れないが。

「それで、今年もじいさんの所へ行くのか?」

「うん、毎年の我が家の行事だもんね。行かないと、おじいちゃんはきっとラースまで怒鳴りに来るんじゃないかしら。なぜ来んのだぁって」

 リンネは苦笑混じりにそう言った。

 それから、リンネは頭の中で、毎年祖父の所へ行く時のコースを思い浮かべる。

「一日くらい、寄り道したってどうってことないわよね」

「……リン、何考えてんの?」

「せっかく大手を振ってラースの街を出るんだもん。少し足を伸ばしてみてもいいと思わない、カード?」

 言われてカードはきょとんとしていたが、とりあえずリンネが何やらしようとしているのはわかる。この一年という月日は、リンネの性格を知るには十分な時間だった。

「何をするつもりか知らないけどさ、親父さんやニルケへの言い訳をしっかり考えてからやった方がいいんじゃないの? 今までの経験で、リンの方がいやって程わかってるだろうけどさ」

「もちろん。父様さえどうにかすれば」

 リンネはすでに、その何かしらを実行に移す気でいるらしい。

「いつも思うんだけどさ、リンって誰に似たんだろ。顔立ちはともかく、性格は両親のどっちにもあまり似てないような気がするんだけど」

 母のリリアネーシャは、どちらかと言えば線が細く、おっとりした優しい女性。父のラグスは仕事に関してはやり手だが、普段の生活に関しては特に無茶な行動はしない。付け加えるなら、この娘には弱い、ということか。

 カードから見て、おおまかに言えばリンネの両親はこんな感じだ。ラグスは貿易などの仕事上、他の国へ行ったりすることが多いが、娘があちこち行きたがるのはそのせいだろうか。

 でも、魔物と遭ってもちょっとやそっとでは悲鳴を上げることがなかったり、勉強をすぐに抜け出すのは、両親のどちらにも似てないような気がする。

 今でも、こうしてどこかへお忍びで行こうと計画を立てるところなど、誰に似ているのか疑問になったりするのだ。

「父様じゃない? 家ではおとなしく見えるんだろうけど、仕事の時はあれで結構、我を通す人なのよ」

「我を通すのとわがままじゃ、ちょっと違うと思うんだけどなぁ」

 一緒にされたら、仕事をしているラグスが気の毒だ。

「あら、あたしってそんなにわがままなこと言ってる?」

 この場に家庭教師の魔法使いがいれば、自覚がないんですか? と聞き返すか、ひたすら冷たい視線を彼女に送るだろう。

「言うより先に行動してしまってるから、周りは文句の言い様がないんじゃないの?」

「言葉ではうまく表現できないから、身体で表現してるのよ」

 どうとでも言い返すのを聞いていると、しっかり表現できている、と思うカードである。

「それで、リンはどこへ行くつもりなんだよ。足を伸ばすってどこまで?」

「これまでみたいに、遠くへ行こうっていうんじゃないわ。あくまでも寄り道よ。カードも一緒に来てくれるでしょ?」

「そりゃ……オレはリンが行く所ならどこでもいいけど」

 遠くだろうが近くだろうが、カードにはあまり関係ない。

「あのね」

 リンネはボディガードをしてくれるカードに、自分の行きたい所の名前を告げた。

☆☆☆

 毎年四月の下旬頃、エクサール家はムルアの国ペンスの街へ行くことになっている。

 リリアの両親、リンネの祖父母であるガーネズとルネアがペンスの街に住んでいるのだ。

 毎年ガーネズの誕生日には、リリアを連れてペンスのハーノウ家を訪れる。

 これを条件として、リリアと結婚したラグス。約束をちゃんと守り、毎年家族を連れてペンスの街へ赴くのである。

 ガーネズは、はっきり言えば頑固者だ。

 ラグスの事業がどんなに忙しくなろうとも、今年は無理なら来なくてもいい、なんてことは絶対に言わない。娘や孫の顔を見るのが楽しみな老人にとって、その楽しみを自ら奪うようなことをするつもりはないのだ。義理の息子の都合なんぞ、二の次である。

 その点は、ラグスもあきらめていた。

 だから、毎年ガーネズの誕生日が近付けば、何とか仕事の都合をつけてちゃんと出掛けている。

 一年前はその時期にちょうど記念祭が重なったため、どうしてもガーネズの誕生日に合わせて行けない、ということになってしまった。

 それで、リンネがラグスのフォローをするため、先にペンスの街へ向かうと言い出す。孫が言えば、多少の遅れも祖父は許してくれるだろう、という目論見だ。

 他に義父を納得させる方法もなく、ラグスはそれを許した。ただ、娘の一人旅を心配したラグスは、家庭教師のニルケを同伴させることにする。危険を案じるというより、寄り道を止めさせるために。

 その途中、ルエックの国を出る手前で、リンネは魔封じの呪符が貼られた檻に入れられたカードを見付ける。約三十年、その中に閉じ込められていたカードは、呪符がはがれて出られるようになっても空腹で抜け出す力を失っていた。どうにもできないでいたところをリンネが通り掛かり、檻から出してもらったのだ。

 それからずっと、カードはリンネのボディガード役を務めている。

 あれから、早くも一年が経った。今年も、ガーネズの所へ行く時期が来ている。

 だが、今年もラグスは仕事の都合で、ラースを出発するのが遅れそうな気配があった。彼も懸命に都合をつけようとしているものの、数日のことだがいつもより遅れる可能性は大きい。

 リンネはそれを知って、また先にペンスの街へ行こうと考えているのだ。

「だって、遅れそうなんでしょ? だから、またあたしが先に行って、おじいちゃんにフォローしてあげるわ」

 忙しい中、書類を取りに家へ戻って来た父を廊下で掴まえ、リンネはペンスの街へ行くと告げた。いきなり言われたラグスの方は、目を丸くして娘を見る。

「しかし、去年程に遅れるという訳じゃないんだぞ、リンネ」

「でも、遅れるのは変わらないんでしょ?」

「それは……まだわからないが」

 歯切れの悪い返事だ。まだ目途が立っていないのだろう。

「いいでしょ。カードも一緒に行ってくれるって。それなら、道中も危ないことはないでしょ」

「カードも? うーん……」

 ラグスはあまりいい顔をしない。

「リンネ一人より、さらに寄り道に走りそうだな」

 言われてドキッとするリンネ。寄り道するのをしっかり見抜かれている。

「それに、人や馬の足では無理でも、ニルケの移動魔法があれば、すぐに向こうへ着ける。別に今からそう急がなくてもいい」

「だって、移動魔法で行くなんて、飽きちゃったもん」

「飽きる程、どこへ移動したんだ」

「……。えーと、とにかく」

 さりげなく父に突っ込まれ、リンネはすぐに方向を変える。

「たまにはのんびり歩いて旅をしたいじゃない。ね? 行く場所はわかってるんだもん、いいでしょ」

 ラグスはどうにか娘を止めたいのだが、ちょっとやそっとではリンネもあきらめないに違いない。それはラグスにもわかっている。

 だが、今は忙しい。時間があまりないのだ。リンネと言い合っている暇はない。

 実はその辺りも、リンネはちゃっかり計算していたりする。「もうわかった、行けばいい」と、ラグスが言ってくれるのを狙っているのだ。

 そこへ、幸か不幸かニルケが通り掛かった。ラグスにとっては幸で、リンネにとっては不幸だろう。

「お、そうだ。ニルケ」

 ラグスが魔法使いの名を呼び、それに気付いたニルケがこちらへやって来た。

「何でしょうか」

「ニルケ、去年と同じことを頼まれてくれないか」

「とっ、父様」

 リンネは父がニルケに何を言おうとしたか、すぐにわかった。廊下ではなく、部屋の入口付近で父に交渉するべきだった、とリンネは後悔するが、もう遅い。

 廊下ならばたばたしていてゆっくり話ができないから、父も投げやりに「わかった、わかった」と言うだろう、という読みだったのだが。

「去年と同じ、とは?」

「リンネがまた先にペンスの街へ行きたいと言っているんだ。同行してやってもらえないか」

「また、ですか?」

 ニルケがリンネの方を見る。リンネはちょっと気まずい表情。

「父様、ニルケがあたしと一緒に来たら、今度は父様達が困るんじゃないの? 移動魔法でペンスの街へ行けなくなっちゃうわよ。着くのが遅くなったら、おじいちゃんにまた何か言われるわ」

「娘が安全に旅へ出られるなら、それくらい構わないさ」

 こ、この展開はよくないわよ。あたしはとっても構うわ。

 でも、二人にリンネの思いなどわからない。いや、案外ニルケは、しっかりわかっていそうだ。

「そうですね。去年も色々とありましたから。それを考えれば、ぼくが同行する方が他の人達も安心できるでしょうし」

「すまないな、ニルケ。厄介ばかりを押し付けてしまって。それじゃ、出発の日はリンネと相談してくれ。私は急ぐから」

 ラグスはニルケに頼むと、さっさと仕事へ戻ってしまった。

「去年のように、盗賊が出なければいいですね」

 ニルケの言葉に、リンネは小さく溜め息をついた。

☆☆☆

 結局、リンネはニルケ、カードという、いつものメンバーでラースの街を出発した。二頭の馬を並べ、カードが横を歩く。

 カードとだけなら、ラースの街を出て一直線に目的地へ向かうつもりでいたのだが、ニルケが一緒ではそうもいかない。一応、ペンスの街までの行程はだいたい決まっているから、魔法使いはいつものコースを取ろうとするだろう。

 リンネはどうやってニルケをごまかそうか、としばらく考えた。コースを外れる正当な理由なんてものはない。それをいかにそれらしく言うか。

 でも、そう簡単に思い浮かぶはずもなく、リンネはさっさとあきらめた。

 ただし、目的地へ行くのをあきらめたのではない。ニルケをごまかすことをあきらめただけ。

 リンネは行動あるのみ、という結論に至ったのだ。つまり、今晩は普通に宿へ入り、明け方近くになったら抜け出す……という。やってしまえばこっちのものだ。

 ニルケなら、リンネの後を追うくらいのことは楽にできる。一緒に来てもらうことができないのなら、後をついて来てもらえばいいのだ。ちょっと強引に。

 カードに抜け出すってことを、後でちゃんと伝えなきゃね。

 そう思っている矢先。

「それで、どこへ行くつもりなんですか」

 あまりにもタイミングがよすぎて、さすがのリンネも焦った。

「え、どこって……な、何が?」

「去年のように、ペンスの街へ行くのが絶対間に合わない訳でもないのに、先に行く、なんて言い出す。両親の目を盗んで、どこか別の場所へ行くつもりでいるのはすぐわかりますよ」

 だてにニルケはリンネの家庭教師を続けているのではない。しっかりとリンネの行動を読んでいる。

 カードはあさっての方を向き、あ~あ、という表情をした。

 カマをかけられたのでもなく、当てずっぽうに言われたのでもない。ニルケは確信している。

 これは隠しても無駄に終わりそうなので、リンネはあっさり認めた。

「うん、ちょっとだけ寄りたい所があったの。でも、ニルケ。わかっていて、それでもついて来てくれたの?」

「止めてリンネが聞き入れますか?」

 本人にそういうことを聞かないでほしい。

「どうせ、今ぼくが言い出さなければ、夜中にこっそり宿を抜け出すくらいのことはするつもりだったんでしょう」

「う……」

 見事に当たっているだけに、リンネは嘘でも否定する気を失う。

「で、どこへ行きたいんですか」

「オクトゥームの……イメールの街。ね、ニルケ。そうやって行く先を聞くってことは、行ってもいいってこと?」

 期待と不安が混じるまなざしで、リンネはニルケの顔を見る。

 ニルケは軽く溜め息をついて答えた。

「ぼくが頼まれたのは、ペンスの街までの同行ですからね。コースは決められていませんから」

 つまり、行ってもいいのだ。

「きゃあ、ニルケ大好き!」

 リンネは馬上であるにも関わらず、隣りで進む魔法使いに抱き付いた。

「うわっ……リンネ、危なっ……」

 それぞれが乗る馬達が、何をやってんだか、という顔をして後ろを振り返る。

「リンも無茶するなぁ、全く」

 カードが二頭の馬を止め、リンネの体勢が元に戻るのを待つ。

「だって、嬉しかったんだもん。ニルケなら反対すると思っていたから」

「夜中に抜け出されることを思えば、こうした方がいいですからね」

 気が付くと、リンネの部屋はもぬけの空。エクサールの家ではそんなことがあっても、街へ出て行ったな、とわかるからいい。

 だが、よその土地でそんなことがあったら大変だ。魔法を使って真剣に捜さなければならなくなる。去年のように盗賊にさらわれた、という可能性がゼロではなくなるからだ。

 追跡の魔法など、使わないで済むのならそれに越したことはない。だが、使わざるを得ない状況を、リンネがよく作ってくれるのだ。

 今回の旅も、きっとまた何かしでかす。

 その見当はついていたニルケなので、いっそのこと単刀直入に聞いた方がいいと判断したのだ。

 やっぱり聞いておいてよかった。リンネの表情を見ていると、どうやらニルケが言ったことを本当に実行するつもりでいたらしい、というのがわかるからだ。

「もしあの時、ぼくが通り掛からなかったらリンネはゴリ押しで旅に出るつもりだったんでしょう? 少しは両親のことも考えてくださいね。そのうち、二人の胃に穴があきますよ」

「ニルケもな」

 カードが付け足す。

「あら、でも一人で行くんじゃないわよ。カードも一緒だもん」

「親としては、娘を旅に出すこと自体、心配なんです。その娘の行動が予測不可能だったりした場合、なおさらですよ」

「確かにな」

「カードっては、そんなところで同意しないでよ」

 リンネは口をとがらす。

「とにかく。行きたいという場所へ行くんです。いきなり消える、なんてことは絶対にしないように」

 去年も同じことを願っていたような……という気がするニルケ。

「はーい、わかってるわ。行きたい所へ行かせてもらえるなら、そんな必要ないもん」

 リンネは目的地へスムーズに行けるようになり、機嫌よく馬を進めた。

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