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お嬢様にピンチなし  作者: 碧衣 奈美
第十二話 夢の妖精と魔物

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目覚め

 スィーサは懸命に、何度もリンネに呼び掛けていた。

 リンネがどんな夢を見ているかわかっているのに、それを消すことができない。自分が流した夢以外は手を出せないのだ。

 だから、自分の声を別の夢として送り込むのが精一杯。しかし、ザイドの力の方が強く、スィーサの声はどうしても小さくなってしまう。

 駄目だわ。私だけの声じゃ、小さくてリンネを起こせない。このままじゃ、リンネも他のみんなも死んじゃう。

 自分だけではもうどうしようもないと思っていたスィーサだが、ふと夢に送られる声が多くなったような気がした。かと言って、ザイドの力が弱くなった訳ではない。

 不思議に思ったスィーサが見回すと、さっき会った仲間の妖精達が周りに集まって来ている。声が大きくなったと思ったのは、彼らも一緒に声を流していたのだ。

「みんな……」

 スィーサと同じように、ザイドに叩きのめされて傷だらけの妖精が、スィーサと同じことをしていた。スィーサの表情がさっきより明るくなる。

「あの子しか道がないなら、こうするしかないだろう」

「魔物の夢から覚めれば、今よりましな状況になるかも知れない」

 みんな、リンネ達に賭けるしかないと思ったのだ。

 他に助けを探して連れて来る時間はない。リンネ達を頼りにするなら、ザイドの悪夢から目覚めさせなければ。

 ザイドは妖精達を気にするでもなく、ダルウィンをそばに置き、夢の木の枝を折っている。集まったところで、もう彼らに何かできるとは思ってないのだ。

 莫迦にされているのだと感じるが、邪魔されないのなら好都合だ。

 夢の妖精達はリンネに声をかける。世界の隅に隠れていた他の妖精も、仲間が何をやっているかに気付き、集まってきた。

 リンネに送られる声が、次第に大きくなってくる。

☆☆☆

 また目の前で、ダルウィンが死んでしまう。

 それを見て叫んでいたリンネだが、次第に叫ぶ力がなくなりつつあった。夢で体力を使ってしまったのだ。でも、本人はそれすらも気付いていない。


 ……き……て……起きて……


 どこかで声がする。聞いた覚えのない声。いや、どこかで聞いたような。

 最初は小さくて聞き取りにくいと思った声は、やがてたくさんの声と重なる。


 起きて、リンネ


 誰かが起こそうとしている。どこから聞こえてくるのだろう。あちこち探しても、声の主は見当たらない。その声の感じからたくさんいそうなのに、ひとりとしてその姿がない。

 起きる? 起きるって……あたし、眠ってないのに。

 声はリンネの名を呼んだ。目は覚めているはずなのに、起きろと声は言う。どういうことかがわからない。


 これは夢よ 早く戻って来て


 夢? あたしはずっと夢を見てたの? でも、どんな夢を?

 リンネはダルウィンが死ぬ夢を見ている、とどこかでわかっているはずなのに、その自覚がない。たった今も、夢を見ているのだということすら。

 声は何度も繰り返す。この夢から覚めろ、と。

 聞こえ続ける声と同時に、誰かの姿がうっすらと見えるようになってきた。蜃気楼のように、遠くで揺らめいている少女の姿。彼女は懸命に、リンネに呼び掛けてくる。

 そんな少女の姿をかき消し、また目の前でダルウィンが死んだ。でも、リンネはそれまでのように叫ばない。

 目の前ではっきり見えるダルウィンよりも、うっすらとしかわからないその少女の方が、より現実的に感じたのだ。

 夢なの? ダルウィンが死んだなんて……そうよ、嘘だわ。夢よ。だって、ダルウィンがこんな簡単に死ぬはずないじゃない。

 そして、リンネは夢の中で思い出す。現実の世界では、ダルウィンが本当に死んでしまうかも知れないのだと。このいやな夢が、現実になってしまう。

「そんなの、いやっ」

 リンネはこれまでよりもずっと大きい声で叫ぶ。ただ叫ぶだけでなく、強い意思の力を込めて。

 これは、夢よっ。

 リンネの声で、悪夢が弾けた。

☆☆☆

 ぱちっとリンネの目が開く。

「あっ」

 近くでそんな声がした。リンネがそちらに目をやると、ザイドが右の肘付近に傷を負い、それを押さえながらリンネの方を恨めしそうに見ている。

「リンネッ!」

 鼻の辺りに何か飛んで来たかと思うと、スィーサだった。

「よかった……悪夢から抜け出せたのね」

「悪夢……そうだ、あたし、ずっとダルウィンが死ぬ夢を見てたのよ」

 そのダルウィン本人は、まだザイドのそばで意識を失ったままだ。

 横で何か動く気配がしてそちらを向くと、ニルケとカードが起き上がっていた。妖精達は彼らにも声を送り、目を覚ますように促していたのだ。

 そして、リンネが最初に術を破ったことで、彼らの術も解けた。

「うー、後味の悪い夢ばっか……。夢なんて滅多に見ないのに」

 カードが頭を振る。今見ていた夢を、そうして吹き飛ばそうとしているみたいだ。

「見ている間はわかりませんでしたけれど、何度も見せられていたようですね」

 ニルケの顔にも、すっきりしないような表情が浮かんでいる。

「リンネ、あなたが悪夢の術を破ったことで、ザイドは力を少し失ったわ」

 ザイドが傷を負ったのは、自分の術を破られたせいだ。

 彼女はリンネのことをたかが人間と甘くみていたので、それ程強い術をかけていなかった。もっと強い術をかけていたら、破られた時に自分に返ってくる反動はこんなものではない。

「私の術をよく破れたわね」

「仲間がいるもの。あなたが敵に回している妖精は、みんな味方だからよ。妖精の世界から出て行って。ダルウィンを解放して。そうしてくれれば、あたしは何もするつもりはないわ」

 リンネが言うと、ザイドはくちびるの端にわずかな笑みを浮かべた。

「あなたはそれでいいと言っても、そこにいる妖精達はそれだけでは済まないのではなくて? 自分の世界を壊した相手を、そう簡単に許す程に優しいとは思えないわ」

 言いながら、また夢の木の枝を折る。ザイドはその先を、リンネにスッと向けた。

「……え」

 途端に暗くなる世界。周りにある物が、何も見えなくなった。

 だが、前方でわずかに光る何かがある。目をこらしてみると、人間だ。ザイドの術で惑わされているのだろう。リンネの近くにいたニルケかカードが、暗闇に浮かぶようにして立っているのだ。いや、カードは狼の姿のままだったから、ニルケだろう。

 そう思ったリンネは、その人間がニルケのように金髪でないことに気付く。暗い中で、茶色い髪とわかった。それに長い。肩より少し長いくらいだ。

 まさか……ダルウィン? 彼もザイドの術から逃れられたのかしら。

 次第にこちらへ近付いて来るダルウィン。だが、彼がはっきり見えるに従い、リンネはわずかに息を飲んだ。

 ダルウィンは、リンネに向かって走って来る。その手には剣を持って。明らかにリンネを襲うつもりで、彼はこちらへ駆けて来ているのだ。見据える目も、いつものダルウィンのものではない。色が薄く、彼の意思を感じられない。

 違うわ。あれはダルウィンじゃない。彼があたしを殺そうとするはずない。またザイドの術だわ。たとえ本物のダルウィンだとしても、彼の本心じゃない。

「ダルウィンじゃないっ」

 周りの闇が、さっきの夢と同じように弾けた。

「リン、しっかりしろ」

「リンネ……リンネ」

 ニルケとカードの声で、リンネは正気に戻る。いつの間にか座り込んでいた。どうやらザイドはリンネにだけ術をかけていたらしい。

 そのザイドは、身体のあちこちに傷を増やしていた。リンネが術を弾いたからだ。

「リンネ、自分が今どこにいるか、わかりますね?」

 ニルケがリンネの顔を覗き込んで尋ねる。リンネは小さく頷いた。

「そう……夢ではもうあなた達を騙せないようね」

「何度も同じ手に引っ掛かるかよ」

 まして一度破られてから、ザイドの力は弱くなっている。だから、すぐにリンネも夢とわかったのだ。

「もうこれ以上、無駄な争いはやめろ。我々もお前も傷付いた。このまま続ければ、どちらかが死ぬまで終わりは来ない」

 年長者らしい妖精が、ザイドに提言した。

「そして、あなた達はまた私を、この世界から追い出すのでしょう? いやよ。この世界は私の世界よ。終わるのはあなた達の言うように、どちらかが死ぬ時」

 ザイドはあきらめるつもりなど、全くないらしい。

「さぁ、起きなさい。愛しいお前」

 そばで眠っているダルウィンに、ザイドは声をかけた。すると、ゆっくりダルウィンの目が開く。だが、その瞳はリンネが夢で見たダルウィンと同じように、ガラスのような色の薄い瞳。やはりそこに彼の意思はない。

「リンネ、みんな一生懸命にやったけれど、彼の夢にだけはどうしても声が届かないのよ。ザイドの一番強い術がかかっているんだわ」

 スィーサがリンネに教えた。目を開いても、ダルウィンはまだザイドの術にかかったままなのだ。

「さぁ、この剣を持ちなさい」

 ザイドは魔法で出した細身の剣を、ダルウィンに握らせた。そして、恐ろしい言葉を彼に吹き込む。

「あそこにいるのは魔物よ。魔物があなたの愛する人間の姿をとっているの。早く倒さないと、愛する人間が死んでしまうのよ」

 ザイドは、ダルウィンにリンネを殺せと命令したのだ。これは、さっきのような夢じゃない。本物のダルウィンだ。

「何て……ひどいことを。ザイド、もうやめて。妖精同士の戦いで、人間をこれ以上巻き込まないで」

 スィーサが必死に叫ぶ。ザイドは笑みを浮かべるだけ。だが、リンネはその笑みがこれまでより少し違うような気がした。

「嬉しいわ。()()()()と言ってくれるのね」

 そう言いながらも、ザイドはダルウィンにかけた魔法を解こうとはしない。

 ダルウィンが表情のない瞳で、リンネを見据えた。剣を構え、さっきの幻のようにリンネを狙っている。

 ニルケが呪文を唱え、ダルウィンの目を覚まそうとした。だが、ダルウィンの表情は変わらない。

「無駄よ、魔法使い。あなたの魔法は現実のもの。ここは夢の世界よ。そして、術者はその世界に棲む私。力の差がありすぎるわ。さっきも夢で見ていたでしょう? 自分の魔法が全く効かなくなるという、魔法使いのあなたにとっては恐ろしい夢を」

「悪夢の次は、言葉による心理作戦ですか」

 ニルケの握られた拳に力がこもる。だが、確かにニルケの魔法はザイドには効かない。

 さっき木の枝を炭にできたのは、物を飛ばすだけの単純な魔法だったからだ。でも、今は複雑で強い魔法が使われている。術が違うのだ。

「ダル、夢くらい、自分で何とかしろよ。……くそっ、スィーサ、どうにかならないのか」

 カードも悔しそうに歯がみする。相手が本物のダルウィンでは、うかつに飛び掛かれない。

「魔法使いも地の魔物も、仲間には何もできないでしょ」

 スィーサ達も懸命にやってくれている。だが、どうしても力が及ばない。

「ダルウィン、目の前にいるのは本物のリンネよ。お願いだから剣を捨てて」

 声で、夢で、妖精達はダルウィンに呼び掛ける。だが、ザイドの力がその声を跳ね返しているのだ。

 ダルウィンが、持っている剣をスッと構える。今までに何度も見たことのある、彼の構えだ。

 ガラスのように表情のない瞳は、真っ直ぐにリンネを見ている。リンネを敵とみなして、狙いを定めているのだろう。

 さっき見た幻のように、きっとリンネに攻め込んで来る。夢が現実になってしまったように、ダルウィンはリンネを斬ろうとする……。

「リンネ、逃げて。もう私達にはどうしようもないわ」

 スィーサの声が聞こえているにも関わらず、リンネはダルウィンの方へ一歩出る。これでは、ダルウィンにすれば魔物が挑発しているように見えかねない。

 ニルケやカードも、リンネを後ろへ引かそうとする。ニルケの魔法が彼に効かない以上、そのまま立っていれば斬られてしまう。

「ちょっと待って」

 リンネもここで斬られるつもりはない。死ぬ訳にはいかないのだ。彼を助けるために夢の世界まで来たのに、助けられないまま死んでしまっては意味がない。こうなるために、ラースの街から彼を捜しにきたのではない。

 方法がないなら、それを探すために一時退却も必要だ。

 しかし、すぐには引き下がれない。たとえ魔法にかかっているとは言え、ダルウィンには言いたいことがある。

 リンネは大きく息を吸った。

「ダルウィンの莫迦ーっ」

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