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お嬢様にピンチなし  作者: 碧衣 奈美
第十二話 夢の妖精と魔物

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夢の世界

「だから、ダルウィンの気配がこの近くで急に途切れているんですね」

 スィーサの話を聞いて、ニルケが魔法が途中で効かなかったことについて納得した。

「それで、ダルウィンをどこへ連れて行ったの、その魔物は」

「妖精の世界よ。ザイドは彼を夢の妖精の世界へ連れて行ってしまったの。私だけでは彼を助けられなくて、夢を使ったのよ」

「夢って、リンが見た夢のことか」

 カードの言葉に、スィーサが頷く。

「私達は警告夢を見せて、先に起こることを教えてあげることもできるの。それを使って彼が危ないことを知らせて、彼を助けられる人を呼びたかった。夢と片付けられることもありえたけど、私にはこれしか方法がなかったの」

「それをあたしが受け取ったのね。ただの夢にしてはすごく生々しい気がしたけど、本当のことなら生々しくても当たり前だわ」

 あんなに気になったのも、スィーサが必死の思いを込めて送った念だったからだ。

「ダルが連れて行かれてから今まで、スィーサはどこにいたんだ?」

「ザイドを追って妖精の世界に。そこから夢を送ったの。でも、彼を見付けられたのはいいんだけど、私も見付かってしまって……また人間の世界へ逃げて来たのよ」

 逃げたはいいが、力尽きて倒れてしまった。そこを、カードが見付けてくれたのだ。

「そのザイドという魔物はどういう魔物なんですか? 夢の妖精の世界は独特で、他の妖精はたやすく入れないはずでしょう。結界が張ってあるのでは?」

 妖精にも色々いて、種族によって人間界もしくは別の空間に彼らの世界を持つことがあるらしい。夢の妖精の世界は人間に関わる度合いが大きく、特殊な世界を持つが他の妖精の介入をいやがるのだと聞く。

「そうよ。さすがに魔法使いはよく知っているわね」

 ニルケの言葉に、スィーサは頷いた。

「ザイドは悪夢を見せる魔物らしいの。夢に関係する魔物だから、入って来られたんだわ。悪夢を見せる魔物は数が少ないんだけど、その分力が強いの。昨夜は、夢の妖精で夢を送ったのはきっと私だけ。だから、悪夢にうなされた人が多いんじゃないかしら」

「あ、そう言えば、フェリーナが」

 ここへ来る前に会ったフェリーナが話していた。亡くなった母が死んでしまう場面の夢を見た、と。

 見たくもない夢を見たと言っていたが、これもきっと悪夢と呼べるだろう。

「ニルケやカードは夢を見なかったの?」

「言われてみれば、起きた時に何かもやもやしたような気はしたけど、覚えてないや」

「ぼくも覚えていません。悪夢を見せられていたとしても、リンネのように強く残らない程度のものだったんでしょうね」

 リンネの場合、ダルウィンに対しての気持ちが強いのでスィーサの送った夢をしっかり受け取ったのだろう。もしかすれば、ダルウィンの家族も似たような夢を見て彼を心配しているかも知れない。

「それにしても、ザイドは何のために夢の妖精の世界を襲ったんでしょう。それに、ダルウィンをその世界へ連れて行ったのは……」

「人間に悪夢を見せるためったって、何も妖精の世界を襲わなくても見せられるよなぁ。力が強いなら、わざわざ世界を壊さなくたっていいんだし」

 夢の妖精の世界へ行かなくても、悪夢は見せられるはず。彼ら独自の世界があるはずだし、なかったとしても今までできていたのだから行く必要はない。

「連れて行かれたダルウィンのことが気になるわ。ねぇ、スィーサ。人間が妖精の世界へ入って、何かおかしなことにならないの?」

「世界にある物を無闇に触れなければ……たぶん大丈夫だと思うわ。私も今まで人間があの世界へ入って来たことがないから、詳しくはわからないの」

 夢の妖精の世界に入るということは、夢の中に入るということ。だが、それはいつも意識だけ。実体が妖精と触れ合うことはない。こんなことは前代未聞だ。

「とにかく、ダルウィンを助けなきゃ。スィーサ、どうすればいい? あたし達に何ができる?」

「私が導くから、妖精の世界へ来て。ダルウィンを助けてあげて」

 そのために、スィーサは夢を送ったのだ。ダルウィンを連れ出すため、他の人間を妖精の世界へ入れることになる。それが妖精の世界でのタブーであっても、今はそんなことを言っていられない。

「それじゃ、ザイドって奴ともやらなきゃなんないってことだよな」

 今、ダルウィンがどういう状況におかれているにしろ、ザイドの目が光っているだろう。

「ザイドを放っておけば、夢の世界が崩壊されて、ずっと悪夢を見るはめになるのよ。何よりも、ダルウィンにひどいことをしたっていうのが一番許せない」

 リンネにとっては、それが悔しくて仕方がなかった。

「でも、ダルがやられる程だから、相当手強い奴だぜ」

「悪夢を操るような魔物になんか、負けるもんですか」

「……スィーサ、ザイドの時より世界が荒らされるかも知れない、ということを覚悟しておいてください」

 ニルケが冗談とも本気ともつかない口調で、スィーサに言ったのだった。

☆☆☆

 楽しい夢の背景は、美しい花が咲き乱れ、暖かい風が吹き、澄み切った青空が広がり、透明な水の川や湖がある。緑の山がそびえ、小鳥の歌が響き……。

 スィーサに連れられてリンネ達がやって来たこの世界も、きっとそうだったのだろう。だからいい夢を見られるのだ。人によっていい夢の中身は当然変わるものだが、穏やかで優しい世界が根底にある。実際にこれらの光景が映し出されなくても、その雰囲気を受けて夢そのものが楽しいものとなるのだ。

 しかし、今の夢の妖精の世界は、どう見ても廃墟のようだった。人間が住むような家はないのだが、それでもゴーストタウンのような雰囲気が漂う。

 花は踏み付けられ、枯れていた。川や湖があったらしい場所も、干上がってしまって黒く汚れた底が見えている。空はどんよりと曇ったような灰色。じきに冬がきそうな肌寒さを感じる。どこにも生き物の気配はなく、静まりかえって。

「ザイドの力で、この世界の光が半分以上失われてしまったわ。緑で一杯だった大地も、すっかり枯れてしまって」

 リンネ達が大きく目を見開いて辺りを見回す横で、リンネの肩に乗っているスィーサが言った。

「とても寒い光景ね。この冷たい空気のせいじゃなく、心が寒くなってしまいそうな気がするわ」

 こんな景色を傷付いた心の人が見れば、ますます淋しい思いを抱きそうだ。

「スィーサ、ダルウィンはどの辺りにいたんですか」

「私が最後に彼を見たのは、あっちの方だったわ。……いない。移動したのかしら」

 スィーサが指差す方こうには、辺りと変わらず荒れ果てた大地があるだけ。人影らしきものはない。

「スィーサ」

 聞き覚えのない声がした。声がした方へ目をやると、スィーサと同じように白い羽のある妖精達がいる。仲間なのだろう。見た目はみんな大人だ。

 羽が傷んでいるせいか、体力があまりないからか、飛ばずに地面を歩いている。

「みんな、隠れていたのね。ザイドは?」

 スィーサがリンネの肩から降りて尋ねた。

「夢の木の方へ行った。人間の男を抱えて」

「ダルウィンね。彼は生きているの? ケガはひどいの?」

 リンネの声に、妖精達がいぶかしげな顔で、見ようによっては怖がっているような目でこちらを向いた。

「スィーサ、彼らは人間じゃないのか? 人間をこの世界へ入れて、どうするつもりなんだ。これ以上荒らされれば、もうこの世界は消滅してしまうぞ」

「そうなったら、誰もが夢を見られなくなってしまうわ」

「ザイドのような魔物に、悪夢ばかりを送り込まれるぞ」

 妖精達は、人間がこの世界の踏み入ったことを快く思っていないようだ。ニルケが言っていたように、彼らは他の誰かがこの夢の世界に入ることを拒んでいた。だいたい妖精というのは大抵、警戒心が強いと言われている。

「待って、みんな。私達の力だけでは、ザイドを消すことも、この世界から追い出すことすらできないわ。だから、私はあの人間の知り合いに助けてくれるよう、夢で求めたのよ。彼らはダルウィンやこの世界を救ってくれるために来たの。荒らすためじゃないわ」

 スィーサが懸命に、リンネ達がここにいる理由を話した。

「人間って、かなり乱暴に思われてるみたいだな」

 カードが隣りにいるニルケにそっと囁く。

「みんながリンネのように気がいい人間ばかりなら、こんなことを言われずに済んだのでしょうけれどね」

「それでも、人間に夢を送ってくれてるんだろ」

「それが彼らの仕事ですから。中にはいやいややっている妖精もいるかも知れませんよ」

 ふたりでそんな会話をしている間にも、スィーサはリンネ達を連れて来るまでの経過を話していた。

「彼は私を助けてくけようとして、ザイドに捕まえられたのよ。リンネ達はその彼を助けるために来てくれたの」

「しかし、我々にも歯が立たない魔物なのに、人間にどうにかできるのか?」

「そんなこと、やってみなきゃわからないでしょ」

 黙って聞いていたリンネが、我慢できずに口を開く。

 スィーサが説明しているので、口をはさむとややこしくなりかねないと思って、何も言わないでいたのだ。

 でも、こんな状況になっても猜疑心のかたまりみたいな目で見られれば、もう黙っていられない。

「あなた達は逃げて隠れてただけじゃない。スィーサみたいに何か行動に出ようとしたの? 一生懸命やっている人に、そんな冷たい言い方しなくてもいいじゃない。あ、人じゃなかったんだっけ」

 人間に意見されて、妖精達は黙って互いに顔を見合わせている。

「スィーサ、行きましょ。ダルウィンは夢の木? そのそばにいるんでしょ」

「……え、ええ。こっちよ」

 再び肩に乗ったスィーサの案内で、リンネは夢の木へ向かった。カードが後につき、ニルケは妖精達に軽く会釈をしてから後を追った。

「スィーサ、夢の木って何なの?」

「そのままよ。夢を生み出す木。この世界の中心に大きな木があって、その木が生み出す夢を私達が人間へ送るの。時々、夢につられてその木の周りに人間の意識が流れて来たりするわ」

「じゃあ、本当にこの世界の中心の木なのね」

「ええ、とても美しい木で……」

 スィーサの言葉が、途中で止まった。

「もしかして、あれが夢の木なの?」

 リンネが尋ねるが、スィーサは頷くことすらできないでいる。

 まだ木までは少し距離があった。だが、とても背の高い木が向こうの方に立っているのはわかる。

 だが、夢を生み出すというその木はすっかり痩せ細り、枯れ木のような状態になっていた。今にも倒れてきそうだ。葉は全てが茶色く変色してしまい、かろうじて枝についているだけ。軽く風が吹けば、全てが落ちてしまうのもすぐだろう。

「ひどい……。もっと堂々として、緑の葉をたくさん茂らせた立派な木なのよ。どうしてあんな細く……」

 スィーサが木の様子に、涙を浮かべる。

「おい、木のそばに何かいるぜ。あれ、ザイドじゃないのか?」

 幹によりかかるようにして、黒い物が動いている。そして、ゆっくり夢の木の枝を口にくわえては、折っていた。枯れ枝のような状態なので、簡単に折れてしまう。

「夢の木を殺すつもりだわっ」

 スィーサがリンネの肩から飛び出した。だが、傷付いた羽ではあまり早く飛べない。

「無理しないで、スィーサ。あたしの肩に乗って」

 リンネはスィーサを自分の肩に乗せると、全速力で走り出した。

 あのそばに、ダルウィンがいるっ。

 それだけを考え、リンネは走った。

「あんたが……ザイド……ね」

 息が切れてしまい、一気に言えない。幹によりかかるようにして動いていたのは、確かに黒いトカゲの魔物。リンネの声に、こちらを向いた。

 その魔物の足下には、ダルウィンが横たわっている。夢で見たように、額から血が流れていた。目は閉じられ、意識がない。

「ダルウィン!」

 リンネは叫んだが、その声にダルウィンは反応しない。いつもは軽く束ねられた茶色の髪が広がり、それが青白い顔を浮き立たせているように見える。まるで……死んでしまったように。

「待て、リン」

 リンネが駆け寄ろうとするのを、カードが止めた。

「ダルでさえやられた相手だ。丸腰のリンじゃ、危ない」

 カードがそう言うと、黒い狼の姿に変わる。

「カードって狼だったの?」

 スィーサが驚いた声を上げる。ダルウィンやザイドのことに気を取られていて、カードの気配が違うことに気付いていなかったのだ。普段ならこんなことなどないから、それだけ切羽詰まった状態だったのだろう。

「そうよ。カード、大丈夫なの?」

「やれるところまでやってみる」

「カード、援護はします」

 ニルケの言葉に「頼むよ」と応え、カードはザイドに飛び掛かった。カードはザイドの喉を狙ったが、ザイドはよけるでもなく、カードに咬み付かれるままになっている。

 カードも不審に思い、ザイドから離れた。トカゲの魔物はカードが離れると、ゆっくり倒れる。

「どういうこと? ザイドはもっと強いんじゃなかったの?」

 本当に倒されたのなら、ありがたい。苦労せず、誰も傷付かないで魔物退治ができたのなら、こんなに楽なことはないが……あまりにもあっけない。違和感だけが残る。

「さぁ……私にもさっぱり」

 ダルウィンとザイドが戦っている場面を、スィーサは目の前で見ている。ダルウィンは苦戦を強いられていたのに、今のザイドはまるで抜け殻のように、抵抗一つしなかった。

「だ、誰なの、あれ」

 リンネの差す方に、全員が注目する。

 黒いトカゲの魔物の姿が徐々に薄れ、人の姿の女性が現れたのだ。

 細い身体に身に付けているのは、シンプルな黒い長袖のドレス。銀色の長い髪は、足首辺りまである。こちらに向けられる銀色の瞳は、氷のように冷たい。とても美しい姿なのだが、それが冷たさを強調してしまう。

 そして、彼女の背には黒い透明な羽があった。

「これが本性って訳だ」

 カードの言葉に、女性の姿になったザイドは薄く笑った。その笑みは冷たい。

「そう。これが私の姿よ。悪夢を見せる魔物、ザイドの姿」

 ザイドの姿がトカゲだろうが人間の姿の女だろうが、そんなことはどうでもいい。

 リンネはザイドに向かって叫んだ。

「ダルウィンを返してっ」

「いやよ」

 ザイドは一言の元に言ってのけた。

「彼は私があんな姿でいたにも関わらず、力強く向かって来た。それにとても美しい人間だわ。私は彼が気に入ったの。放さない」

「ケガしてるのよ。ちゃんと手当てしなきゃ、化膿するし痕が残るわ。あなた、彼の頭を打ったんでしょ。だから、具合が悪くて起きないんじゃないの?」

 必死に訴えるリンネに、ザイドは冷たい一瞥をくれた。

「それもあるでしょうけれど、彼が目を覚まさないのは私が眠らせているからよ。私の見せる夢の中で、彼はさまよっているわ」

 ザイドの見せる夢。彼女は悪夢を見せる魔物。ザイドがダルウィンに見せる夢が、楽しい夢であるはずがない。

「彼にとっては、悪夢かも知れないわね。でも、私にとってはそうでもないわ。彼をいとおしむ夢ですもの。悪夢なんて、受け取る者によって悪夢ではなくなるものよ」

「悪夢は悪夢よ。あなたみたいな魔物にそんなこと、言わせないっ」

 リンネの言葉に、ザイドはさらに冷たい目をした。

「そう。私は魔物。今はね。でも、昔は私も妖精だったのよ。それも夢の妖精」

「何ですって?」

 叫んだのはスィーサだった。

「だって……夢の妖精は、金の髪と白い羽を持つ者だけだわ」

 他にも金髪で白い羽を持つ妖精はいるが、とにかく夢の妖精は全員がそういう容姿だ。少なくともスィーサが知る夢の妖精は。

「そうね。でも、私は銀の髪だった。この羽も昔は白だったけれど」

 ザイドは自分の黒い羽を見て、笑った。心が冷えるような、淋しい微笑み。

「昔は夢の妖精だったのよ」

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