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お嬢様にピンチなし  作者: 碧衣 奈美
第八話 大好きだから

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ギドムのかけた術

 ザゾが死んでも、カードの術は解けない。かけた魔物はザゾではなくギドムであり、術者であるギドムが死なない限り、もしくはギドム自身が術を解かないとカードは元には戻らないのだ。

「ニルケ、魔法でどうにかならないのか」

「やれるものなら、ぼくだってやりたいですよ」

 だが、術にかかっている者が動き回っては、ゆっくり解くことができない。術を解くのは、かけるよりも難しいのだ。まして他者の術ならなおさら。失敗すれば、命に関わることもある。

 カードに戒めの術をかけて動けなくしてから、という方法もあるが、いくつも術が重なると、いくらカードが魔獣でも体力が保たないこともありえる。他にどんな魔法をかけられたかもわからないのだ。

「ニルケ、ダルウィン」

 リンネが振り返った。

「ギドムって魔物を捜して。ここはあたしがやる」

「何を言ってるんですか、リンネ」

「カードの強さは、リンネが一番よく知ってるはずだろ。一番敵に回したくない奴が、今は敵なんだぞ。カードにその気がなくても、リンネを襲ってしまうんだ」

「第一、やるって何をやるつもりなんです」

 しっかり握ってすっかり温かくなった魔除けの石を、リンネはポケットに入れた。

「わかんない。どうすればいいかなんて……あたしだってわかんない」

 リンネはカードの方を見ながら、答える。

「でも、とにかくそのギドムを捜して術を解かない限り、カードはずっとこのままだわ。あたし達三人がここにとどまっていても、やっぱりこのまま。それなら、ギドムを捜しに行って。あたしが動けばきっとカードも追い掛けてくるだろうし、ゆっくり捜せないでしょ。でも、カードの狙いでない二人が動けば、少しでも早く見付かると思うの」

 リンネの言いたいことはわかる。ニルケが術を解けない以上、かけたギドムという魔物を捜し出して解くしかないのだ。

「けど、カードに襲われたらリンネは……」

「大丈夫よ、カードにカードの心が残ってるなら、もうあたしを襲ったりしない」

 リンネはきっぱり言い切った。何も確証はないのに、リンネは断言したのだ。

「いくらリンネが信じてもカードは……わかりました」

「わかりましたって、おい、ニルケ」

「ここで言い争っても解決はしません」

 ニルケはリンネのそばへ行った。

「気を付けて。こちらも何とかします」

「うん」

 ニルケはリンネに結界を張った。少し強めに。リンネが持っている魔除けの石は、恐らくカードには通用しない。リンネをカードの牙や爪から守るのは、このシールドだけだ。

 その間、カードはまるで隙を窺うかのように、壁づたいに歩いてリンネを見ている。

「ダルウィン、急ぎましょう」

「……ああ。リンネ、カード、待ってろよ」

 二人はザゾが現れた方へと走り去って行く。

 そして、その場にはリンネとカードが残された。

 リンネがカードを見ると、何だかカードが苦しそうに思える。

「カード、あたしを襲ってもいいよ」

 リンネがそう言うと、カードが目を見開いた……ような気がした。

「とりあえずニルケが結界を張ってくれてるし。ううん、そんなのはどうでもいいのよ。カードの身体があたしを襲いたいと思ってるのに、カードの心がそうさせないでいるんでしょ? カードが苦しそうに見えるの。苦しくなるなら、襲ってもいいよ」

 リンネが言うと、カードはさっきのようにこちらへ向かって走り出した。そして、地を蹴る。だが、リンネからはずっと離れた所にカードの身体は飛んでいた。かするなんてものじゃない。全く見当外れもいいところ。

「カード?」

 少しカードの目が黒くなったような気がした。だが、すぐに白く戻る。

「リ……ン……」

 絞り出すように、カードが口をきいた。

「にげ……ろ。はやく……」

「カード……カードね」

 本当のカードが、必死に声を紡ぎ出しているのだ。

「オレが……何かしないうち……に……」

 ここにいれば、いつ襲ってしまうかわからない。だから、カードとしては早くリンネにこの場から逃げて欲しかった。自分の意識がかろうじてあるうちに。

 もし自分を見失ってしまったら、きっとリンネを殺してしまう。カードにとってそれくらいは簡単だから怖いのだ。

「けけけ、標的に逃げろだってよ」

 いつの間にやら、また壁にさっきの魔物達が現れていた。

「早く襲っちまえ」

「楽になるぞぉ」

 魔物達ははやしたて、カードを挑発する。

「お前はこの女に支配されてたんだろ」

「今がチャンスだぜ」

「この女を殺して、自由になれよ」

「俺達みたいに、遊んで暮らせるぜぇ」

「うるっさいわねっ。ちょっと黙ってなさい。あたしはカードと話をしてるのよ」

 リンネが怒鳴り、魔物達はさっきのように弾かれては困ると顔を隠した。だが、すぐにまた現れる。

 相手にする時間も惜しいので、リンネは無視した。

「リン……早く……げて……」

「カード、もう少し頑張って。ニルケとダルウィンが何とかしてくれるから」

 リンネがカードを励ます横で、魔物が嘲笑う。

「あんな奴らに何ができるもんか」

「逆にやられちまわぁ」

 カチンとしたが、リンネは黙っていた。

「オレ……リンが……好きだから……傷付けたくない……早く」

 カードの目が黒く戻ったり、すぐに白くなったりを繰り返している。元のカードが消えたり現れたりしているのだろうか。

「カード、あたしもカードが大好きよ」

 リンネはその場に座り込んだ。ここから逃げるつもりはない、という意思表示だ。

「だから、カードを置いてったりしない」

「駄目だっ」

 悲鳴のようにカードが叫ぶ。

「逃げてくれよっ、はや……く」

「いいじゃねぇか」

「的が動かなくて、狙いやすいぞ」

「やっちまえ」

 魔物達にすれば、リンネがカードに殺されるのを待っているように見えて面白いのだ。嬉しそうに騒ぎ立てる。

 カードが前足を出す。が、すぐに引っ込めた。そばへ寄ってはいけない、と自分で戒めたように。リンネを傷付けたくない、という想いがカードにそうさせた。

 しかし、前足を引いた途端、カードはくぐもった声を上げた。

「カード!」

 突然、カードの肩から血が流れる。

「ひゃっは、莫迦な奴ぅ」

「ギドムの術に逆らうからだ」

「どういうことよっ」

 リンネは騒ぐ魔物達の方を睨み付けた。

「ギドムに与えられた役目をまっとうしないと、自分が傷付くんだ」

「こんな女のために傷付くなんて、おかしな奴だ」

 それを聞いて、リンネはカードを見た。

 カードの身体はリンネを殺そうとしている。それを、心の方が止めようとする。すると、身体に負担がかかりすぎ、行き場のなくなった力がカード自身を傷付けてしまうのだ。

 これもまたギドムの仕業だった。カードにわずかな心を残すと同時に、その心が術を邪魔するようなら傷ができるように、と。もし、カードがそのために死んでも、それはそれでザゾの目的は果たせるのだし、リンネの方は後でザゾかギドムが始末すればいい。

 とにかく、リンネとカードが苦しめばいいのだ。

 本当にカードがリンネを殺せば、術は解ける。だが、それまでの一部始終を認識している彼が、その後まともでいられるはずはない。自らの死を選ぶか、怒りに身をまかせてギドムを襲ってくるか。そうなっても、ここはギドムのテリトリーだからどうとでもあしらえる。

「カード……」

「頼むよ、リン……逃げてくれ」

 また足が前へ出ようとする。まるで他の誰かの足のように、カードは言うことをきかない自分の足を動かすまいと踏ん張っている。今度は後ろ足に傷が走った。

「さぁ、どっちが早いかね」

「狼がくたばるのが早いか」

「痛みにがまんできず、襲いかかるのが早いか」

 周りの壁の中で、魔物達は一斉に騒ぎ出す。

「カード、がまんしてないで、あたしに向かって来なさいよ。大丈夫だから。ニルケの魔法を信用しなさい」

「駄目だ」

 リンネが叫ぶが、カードも強情だった。

「リンを襲うことが……いやなんだ」

 自分がリンネに牙を向ける行為そのものを、カードはやりたくないのだ。たとえニルケの結界があって、リンネを傷付けることはないとわかっていても。

「リンが……好きだから」

「うん」

 リンネは大きく頷いた。

「あたしも大好きよ、カード」

☆☆☆

 ニルケとダルウィンは、奥へと向かって走っていた。

 歩くなんて悠長にしていられない。今はカードだけでなく、リンネの命までかかっているのだ。

「おい、ニルケ。行き止まりだぜ、ここ」

 もっと奥があるのかと思っていた。なのに、カードと対峙したあの広場から奥へと続く道は、すぐに途切れてしまったのだ。壁が行く手を遮っている。

「この先にギドムがいると思ったのに」

「おかしいですね。あの魔物とカードはこちらから現れたのに。こんな狭い場所で、ぼく達が来るのを待っていたはずがありませんよ」

「だけど、実際に突き当たったぜ」

「ずっと見られているような気配がしてます。カードに会う前から。いやな空気が漂ってますし、どこかでギドムもこちらを見ているはずです」

「俺にはそういうのはあまりわからないんだけど」

 ニルケは辺りを見回す。この洞窟へ入ってから、どうもいやな気配がするのをぬぐい切れない。絶対にギドムはこちらの様子をどこかで、何らかの方法で窺っているはずだ。

「ダルウィンなら、どこに隠れようと思いますか?」

 突然そんなことを尋ねられ、ダルウィンは戸惑う。

「は? えっと、こんな場所なら、横穴とかだろうなぁ」

「でも、ここへ来るまでに横穴らしきものはありませんでしたよね。暗くて見過ごしたというのなら話は別ですが」

 見過ごす可能性はある。でも、隠れていれば、何となくわかってしまうものだ。こちらは何が出てくるかと神経を張り巡らして移動しているのだ。少し変だとなれば、気付くことはおおいにありえる。

「それに相手は魔物ですからね。どういう手を使っても、不思議じゃありませんよ」

「じゃ、ニルケはどこに隠れようっていうんだ?」

「そうですね……壁の中」

「この壁の中に? そんなことができるのか」

 ダルウィンにすれば、途方もない話に聞こえる。

「できないことはありませんよ。ぼくも呪文さえ覚えれば、やれないことはないはずですから。壁の中に別空間を作るようにして」

「聞けば聞く程、何だかとんでもないものだな、魔法ってのは。それで、ギドムは壁の中にいるって?」

「水晶や他の物でここの様子を見ているとすれば、こんな空気を感じるはずはありません。つまりこの洞窟のどこかに、それもかなり近くにいるんです」

 ニルケはもう一度、周りを見回した。

「まさか昨日手に入れたばかりの魔法書が、こうもすぐに役に立つとは思いませんでした」

「何かいい方法でも載ってたのか?」

「魔物に関連する魔法が多く載っているんです。最近、リンネの周りに魔物が出没するようになったので」

「せんせーも苦労するね」

 リンネが引き寄せているのではないだろうが、関わってしまうことが多くなっている。それが心配になってきたニルケは、魔物に関わってしまった時のための魔法を覚えようとカドゥータの街まで来て魔法書を手に入れたのだ。しかし、こんなに早く活用するはめになるとは、さすがに思っていなかった。

「とりあえず、気配の一番濃い場所を探します」

 ニルケが呪文を唱え始めた。目に見えない魔法の力が、洞窟の壁を覆ってゆく。

 ふとニルケは顔を上げた。

「戻りましょう。リンネ達のいる方向が一番濃い」

「それってかなりマズい状況じゃないか」

 二人は薄暗い道を、できるだけ早く走った。

「変だ。さっきはこんなに長く走らなかったぞ」

 奥へ向かう時は、道も時間も短く感じられた。なのに、今は走っても走っても、リンネ達のいる場所へ着かない。いくら暗くて感覚が鈍っていても、これだけ違えばわかる。

 おまけに、行きは一本だったはずなのに、分かれ道が現れた。三つに分かれ、どれが本当の道かわからず、二人はとうとう立ち止まった。

「まやかしの魔法をかけられたみたいですね」

「リンネ達の所へは行かせないつもりだな。くそっ、ふざけやがって」

 今、二人がいる所には道が三本に分かれている。どれかが本物か、それとも全部がニセの道で本物は目をくらまして見えなくしているか……疑い出せばキリがない。

「もう少し時間の猶予が欲しかったですね。完璧に暗記していれば、こんな幻くらいなら吹き飛ばせるのに」

 まだ軽く目を通しただけだ。それだって全部じゃない。一日二日で読めるものではないし、いくらニルケに才能があっても複雑な呪文をすぐには覚えられない。

「まったく……化け物の腹の中にいるみたいな気分になるな」

 ダルウィンはいまいましそうに近くの壁を蹴っ飛ばす。

「言われてみればそうですね……。ダルウィン、ためしにどこか剣で斬ってみてください」

「こんな岩壁をか?」

「こんな、と言う程には堅くないみたいですから」

 確かに、蹴った感触が普通の岩と違うみたいだった。わずかに柔らかかったような。

 ダルウィンは剣を抜くと、適当な場所を狙い、袈裟懸けに斬った。

「ぎゃあっ」

 壁を攻撃したはずなのに、悲鳴が聞こえた。ここの壁には命があるのか、とダルウィンはそんなことを思ってしまう。

 その悲鳴の後、三本だった道が揺らぎ、一本になった。本物の道だけが残ったのだ。

「また道が増えないうちに急ぎましょう」

 二人はまた走り出した。

「おい、今のはどういうことなんだよ」

「おそらく……隠れているのではなくて、この洞窟全体がギドムなんです。ずっといやな気配がしていたのは、ギドムの中にいるようなものだから、当然とも言えますね」

「おいおい……じゃ、俺達は本当に魔物の腹にいるって訳か?」

「と言うより、洞窟に同化しているようなものでしょう。リンネ達のいる方向に気配を濃く感じるのは、そちらに意識を向けてる割合が多いからだと思います」

 説明しながら走るニルケの足が止まった。同時にダルウィンも止まる。

 進行方向に、赤や緑の炎が浮かんでいるのが見えたのだ。

「どうやらさっきのことで、こちらにもしっかり意識を向けられたようですよ」

「ふん、どうせなら全部向けて欲しいね。カタをつけてやる」

 浮かんでいた炎が、二人へ向かって飛んで来た。

 一番最初に近付いた炎をダルウィンが剣で斬ったが、手応えがない。次に来た炎も同じ。

「ニルケ、俺の剣じゃ歯が立たないぜ」

「これもまやかしの術です。幻だから無理ですよ」

「くそっ」

 こうしている間にも、リンネが操られたカードにどうかされているかも知れない。ニルケは幻だと言ったが、炎に触れると熱い。この感覚も幻なのだろうか。

「うわっ」

 炎をよけようとして、小石を踏んだ。ダルウィンはバランスを崩して壁に当たる。

「えーい、正体を現さないんなら、手当たり次第にやってやる」

 ダルウィンがまた剣を壁に突き立てた。堅そうに見える岩壁の中に、剣が深く入る。柄まで入ると、ダルウィンは一気に刃を抜いた。

「ぎゃああっ」

 さっきより大きな悲鳴がして、地面が揺れた。しかし、揺れはすぐにおさまり、二人の前に脇腹を押さえた影が転がり出る。

「お前がギドムか」

 死人のような顔付きをした、人間の姿に近い魔物だ。額にも傷がある。新しい傷のようだし、さっきダルウィンが斬りつけた時のものだろう。

「おのれ……。よく俺を引っ張り出せたな」

 座り込み、上目遣いで人間を睨むギドム。

「カードの術を解きなさい。そうすれば手荒なまねはしません」

「ふん」

 ギドムは苦しそうな顔をしながらも、まだ何かたくらんでいるような嗤いを浮かべる。

「さっきまでは頼まれてやっていたが、こんな目に遭わされては俺も黙っている訳にはいかんな。絶対にあの女と狼は殺してやる」

「このっ」

 ダルウィンがギドムの言葉に腹を立て、剣を構えた。途端に、ギドムの姿が揺らめく。

「待ってー、やめてっ」

 向こうから誰かが走って来る。あの声は……リンネだ。

「ダメ、殺さないで」

 息を切らして走って来たリンネは、姿の揺らめいたギドムの前に立つ。

「リンネ、どうしてここに……カードはどうしたんです」

「カードは無事よ。お願い、ギドムを殺さないで」

 狙われている当事者であるはずのリンネが、信じられないことを言い出す。

「何を言ってるんだよ、リンネ。こいつはリンネやカードを殺そうとした奴だぞ」

「違うの。ギドムは悪くないのよ。あのザゾって魔物がたぶらかしていたの。ギドムは騙されていたのよ」

「とてもそうは見えませんが」

 たとえそれが本当でも今までのことを考えれば、そうだったのか、とすぐに納得はできない。

「だけど、本当よ。だから、剣を収めて」

 ダルウィンは構えを解いたが、鞘には収めなかった。

「カードはどうしているんですか」

「術が解けて、向こうで休んでるわ。早くここから出て、みんなでラースの街へ戻りましょ」

「……そうだな」

 ダルウィンはニルケの方を見て頷き、ゆっくりと剣を鞘に収めた。

「彼はここに置いておいても大丈夫よ。ギドムのことは帰り道にゆっくり話すわね」

「嘘は聞きたくありませんよ」

 先に歩き出したリンネに、ニルケが言った。

「やーね、あたしは嘘なんかつかないわよ」

 そう言って振り返ったリンネは、二人の男が座り込んだままのギドムを睨み付けているのを見た。

「あ、ねぇ、ギドムはもう……」

「嘘は聞きたくないってせんせーが言っただろ、まやかしのお嬢さんよ」

「なっ」

 ダルウィンの言葉に、リンネは絶句する。

「ひどいわ。どうしてあたしをまやかしなんて言うのよ。あたしは本物よっ」

 怒ったようにリンネは言うが、二人は取り合わない。

「ギドム、リンネの幻を消しなさい。非常に不愉快です」

「そ、その女はお前達の仲間じゃないのかっ」

 ギドムは傷を押さえながら、後ずさる。

「その女を殺す、とはっきり言ったのはついさっきですよ。なのに、どうして殺されるはずの人間がかばおうとするんです。おかしいじゃないですか」

 ニルケは素早く呪文を唱え、ギドムの動きを止めた。身体を硬化させたのだ。指一本も動かない。戒めの魔法なら、見えない縄で縛られたようになって手足の先はどうにか動くのだが、この魔法はどこも動かなくなる。一番強い拘束の魔法だ。

「お前、一つ勘違いしてるんだよ。俺は確かにリンネ達の仲間だが、俺はラースの街には住んでない。もちろん、リンネはそれを知ってる。なのに『みんなで』ラースへ戻ろうなんて言うはずがない」

 本物のリンネであれば、ひとまず宿へ戻ろう、くらいのことなら言うだろう。操られて体力を消耗しているであろうカードがいるのに、一気にラースの街へ戻ろうなんて彼女は言わない。

 細かいことではある。だが、ほんの小さな部分が、本当のリンネでないことを教えてしまったのだ。

 そうでなければ、きっと騙されていただろう。幻のリンネの後をそのまま一緒に歩いて行けば、後ろからギドムに襲われて命を落としていたに違いない。

 二人はその細かい所に気付き、目で合図を送ったのだ。これはギドムの出した幻だと。

「お前の最大の失敗は、リンネの幻を出したことだな。あの子は俺達にとって特別の子なんだ。その子を汚されたようなもんだからな」

 言うなりダルウィンは剣を抜き、そのままギドムの首をはねた。声を出すことができないギドムは、悲鳴も出せずにそのまま煙になって消える。ダルウィンがさっき剣を収めたのは、相手を油断させるためだったのだ。

「ったく……趣味の悪い奴に出くわしたもんだ。リンネのマネをしようなんて、厚かましいんだよ。見た目がそっくりだったのはほめてやるけど」

「外見についての文句は言わないんですか?」

「こ、こだわるなよ。行こうぜ、ちゃんとカードの術が解けてるか心配だ」

「ダルウィン、今ごまかしませんでした?」

「……先行くぞ」

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