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お嬢様にピンチなし  作者: 碧衣 奈美
第七話 魔界の扉

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実行

「ぎゃっ」

「うわぁっ」

「こ、このぉ……ぐわっ」

「うぐっ」

 やたら濁音混じりの悲鳴が、ゴイルの屋敷内で響いていた。

 悲鳴の主は屋敷の召使い達、つまりゴイルの使い魔であり、悲鳴を上げさせているのはカードである。

 ゴイルがニルケを連れて出掛け、屋敷には召使い、カード、バグだけになった。そうなれば、カードの行動開始である。

 広い屋敷なので、それなりの数の召使いがいた。その全ての召使いを、カードは叩きのめして回っているのだ。

 カードの役目は、リンネ達が逃げやすいよう、この使い魔達を眠らせることにあった。魔法を使えるニルケがここにいないとなれば、自ずとカードのやり方は決まってくる。

 つまり、実力行使で無理矢理眠ってもらう、という方法。

 相手が人間でないと聞いているから、カードも遠慮しなくていい。

 それまでおとなしかった新入りが、主人が出掛けた途端に手近な使い魔達を叩き伏せたのを見て、周りにいた他の使い魔達がカードに襲い掛かった。だが、ケンカの天才相手では、いくら数が多くてもまともに戦うことはできない。

 正体を明かせば、彼らは姿を変えられるだけの魔物なのだ。カードも能力的にはそれだけだが、格闘では場数が違いすぎる。

 ひとり目をブン殴り、ほぼ同時に飛び上がってふたりを蹴り倒す。後ろから襲って来た相手の拳をあっさりかわし、お返しはちゃんと何倍にもしておく。

 ひとりがどこからか剣を持ち出して襲って来たが、カードがその腕を蹴り上げ、剣はあらぬ方へと飛んで行く。蹴り上げられた使い魔は腕が逆に曲がって悲鳴を上げた。

 複数で飛び掛かって来るのを見ると素早く間を擦り抜け、体勢を立て直しつつ逆に飛び掛かって行く。

 手刀を加え、肘をみぞおちに叩き込み、あごを蹴り上げ……。

 最初、カードは屋敷中を走り回らなくてはならないかな、と思っていた。どこに使い魔がいるかわからないし、リンネの安全のことも考えて全員叩きのめしておきたいと思ったからだ。とにかく、見付け次第に全員を眠らすつもりでいた。

 しかし、実際は騒ぎが起こるとあちこちから使い魔が現れ、カードに向かって来るのだ。いちいち探す手間が省ける。全員がカードを捕まえようとして、わざわざカードにのされに来てくれているのだ。

 カードにすれば、嬉しい誤算である。

 数えるのが面倒なので数えてないが、とにかく負傷者の山ができた。その中で立っているのは、もちろんカードだけ。

 陰で見ていたバグは、この少年を敵に回さなくてよかった、と心底思ったのだった。

「バグ、終わったぜ」

 襲って来る使い魔がいなくなってからも、カードは屋敷を念の為に走り回って確認した。そして、この屋敷に意識のある使い魔がいないことを見計らった上で、バグに報告した。

 その報告を受けたバグは地下へ行き、扉を開けてリンネ達に逃げる段取りができことを知らせた。

「リンネ、シェリルー。もう大丈夫だ。逃げられるよ。上には誰もいないから」

 ずっと地下に閉じ込められっ放しだった女性二人は、その言葉を聞いてパッと顔が輝いた。ようやく外へ出られるのだ。

「ねぇ、本当にダルウィンは大丈夫なんでしょうね」

 これからの行動は全て聞いた。ダルウィンは身代わりの人形と共にゴイルが術を行う場所へ行き、そこでニルケと二人でゴイルを押さえる。二度とこんな術が使えないように。

 言うのは簡単だが、実行するにはあれこれと課題が出るはずだ。

 戸口で振り返るリンネに、ダルウィンは笑顔で軽く手を振った。

「心配しなさんな。リンネと同じくらい、俺は大丈夫だよ」

「気を付けてくださいね、ダルウィン。さ、リンネ」

 未練ありげにリンネは部屋を出た。階段を上る音がしていたが、急に降りて来る音に変わった。何か異変か、と思ったダルウィンが構えかけた時、またリンネが顔を出した。

「どうした? 大丈夫だって言ってるだろ」

「ダルウィン、失敗したら承知しないからねっ」

 叫ぶようにそう言ったリンネの顔が、やけに真剣なことにダルウィンは気付いた。

 何か事件があった時、ほとんどいつもリンネが先頭にいて、動いていた。それが今回は人に任せっきりで自分は逃げるという、恐らくリンネが一番やりたくないことをしなければならないのだ。最初に巻き込まれたのは自分なのに。

 リンネも残りたいと思っている。だが、残ればせっかく助けようとしてくれたニルケ達の計画にも支障をきたす。だから、行くしかない。

 それが悔しくて、残される彼らは大丈夫だろう、というのがわかっていても心配で……。

「俺を信じなさい」

 不敵にも見える笑みで、ダルウィンは応えた。

「絶対だからね」

 リンネはそう言うと、今度こそ階段を上って行った。

☆☆☆

 地下を出て、ようやく太陽の下に出て来られた。最初に逃亡しようとした時以来だ。

「リン、召使いは全員のしておいた。だけど、魔法使いがいつ気紛れで突然戻って来るかわからないから、早く出るんだ」

 待ち構えていたカードがリンネとシェリルーを連れて、門の所まで走った。後ろからバグがどたどたと追って来る。

 この前逃げようとした時、なかなか見付けられなかった門まで来た。結界はまだ張ってある。

「シェリルー、あたしの手、しっかり掴んでいてね。くっついていれば、効き目はあるはずだから」

「わかったわ」

 リンネがカディアンの羽を出し、それを持つとシェリルーの手を取り、バグが開けた扉を通る。何かが身体の周りを覆っているような感覚がして、それが結界の魔法から守ってくれているようだ。

 一歩、二歩と進み、やがて二人はゴイルの屋敷の敷地内から完全に出ていた。

「やったぁ、とうとう逃げられたわ」

 リンネとシェリルーは手を取り合って喜んだ。門を挟んですぐそこにはバグがいて、その横にはカードもいる。あの場所から今まで逃げられなかったのが嘘みたいだ。

「さぁ、ゴイルが戻って来ないうちに、早く別の場所へ逃げるんだ。あとはこっちでうまくやるからさ」

 カードがここから少しでも離れるように促す。リンネは頷き、シェリルーと一緒に街の方へと走って行った。

「これで、一つ目はクリアしたな。やっかいなのが残ってるけど。それにしても、術をかけるのに、わざわざよそへ出掛けるなんておかしな奴だな」

 のびた召使い達を縛り、一カ所にまとめる作業をバグとしながら、カードはそんなことを言った。

 ゴイルはこの屋敷で魔術を行うのではなく、生け贄となる女三人を連れて、近くの森へ行き、そこで魔界への扉を呼び出すつもりでいる。

「うん、そこには何千年も昔に建てられた神殿があるんだ。もちろん、今は使われてないし、形だってほとんど残ってないよ。大理石の柱が何本かある程度でね。ただ、神殿になっていただけあって、魔力の効果が普通の場所より高いらしいんだ。なんせ魔界の扉を呼ぶような術だろ。少しでも魔力のある場所がいいってことで、そこにしたようだよ」

 ゴイルはすでに魔方陣も描いているという。あとは夜になって、月が浮かぶのを待つだけ。

「手に入れるものの大きさを考えたら、それくらいの苦労は苦労じゃないって訳か。しっかし、そんなものを手に入れてちゃんと使えるのかね。ま、オレ達が手に入れさせないけどさ」

 ひとり残らず召使いを一つの部屋へ放り込み、鍵をかけておく。ゴイルが戻って来たとしても、カードがさっさと用事を言い付かるように出て行けばいい。これから行う術で頭が一杯のゴイルは、召使いの姿がないことなど気付かないだろう。

「さぁて、あとどのくらいで奴が戻って来るかな。オレの番はとりあえず終わったし、次はダルとニルケの番か」

 ダルウィンは今頃、地下室で身代わり人形を作っている頃だろう。今夜の術を行う場所へゴイルがニルケを連れて行くかまではわからないが、もちろんニルケは留守番をするつもりはない。

 カードは問題にもされていないだろうから、こっそりついて行くのは楽だろう。バグは生け贄を連れて行く役目を負わされている。いやな役目だが、本当の生け贄でなくなった今は気持ちが楽だ。

「よし、オレは今のうちに腹ごしらえでもしておこっと」

 食い気専門のカードは、誰もいなくなった調理場へ行き、夜のための備えに入った。

☆☆☆

 ダーズの街は、今夜城で開かれるパーティに浮き立っていた。あちこちで、夜に出掛けられるように用事を済まそうと、忙しく人々が動いている。

「みんな、忙しそうだけど、楽しそうな顔をしてるわね」

 とりあえず、街の中まで来たリンネとシェリルーの二人。

 周りの人はせわしく通り過ぎるばかりなのを見て、バグが今夜パーティがあると話していたのを思い出す。地下室から逃げ出すことがメインだったので、こうして外へ出てからそう言えばと気付いた。

「きっと夜には、みんなの意識がお城の方へ集中するわ。そうなれば、ゴイルの屋敷から人が出入りしようと気にしないわね。ゴイルはそのことも計算に入れてたのかも。知られたって構わないとも思っていたでしょうけど」

 辺りを見回しながら、シェリルーが言った。

 いつもなら、リンネも同じように浮かれ、こういう楽しい行事には参加するのが常だ。

 しかし、今はとてもそんな気分じゃない。いくらリンネが楽観的でも、あの屋敷に残ったダルウィン達の心配が先に立つ。

「考えてみれば相手は魔法使いで、つまり人間なのよね。前に魔物だとか魔性だとかを相手にしたことだってあるんだから、もっと気楽にしていてもいいはずなのに」

 どうしてこんなに心配してしまうんだろう。いつもなら開き直りみたいにしていられるのに。

 シェリルーは、そっとリンネの肩を抱いた。

「何が起こるかわからない所に、あなたの大好きな人達がいるからよ。相手がどんな力を持っていようと、大好きな人達が関わるのなら心配で当たり前だわ。どうして、なんて理由はないの」

「そう……そうよね」

 ニルケもカードも、そしてダルウィンも好きだ。あのドジな魔物のバグだって、今は好きになっている。そんな彼らだから、心配になってしまうのも当然なのだ。

「あたし、戻るわ」

「ええっ? ちょっと待ってよ、リンネ。せっかく逃げられたのよ。それなのに戻ったら、みんなの苦労が台無しになるわ」

 いきなりのリンネの言葉に、シェリルーが慌てた。

「あ、ううん、違うの。戻るって言っても、あの地下室までって意味じゃないわ。ゴイルの屋敷の近くまでよ。見付からない所で隠れるの」

 心配になってしまうのは、自分がその場を見て確認できないから。どうなっただろう、計画がバレてよくないことが起こっていないか、なんてことをあれこれ考えてしまうのだ。

 それなら、見ていればいい。どうなったかを逐一自分で自分に報告できる状態にあれば、心配なんてしなくてすむのだ。

「だ、だけど、リンネ……」

「それにね、ゴイルは生け贄のあたし達が逃げるとは思っていないじゃない。だから、もし屋敷の近くで見付かったとしても、また捕まることはないんじゃないかしら。ほら、ダルウィンも言ってたじゃない、生け贄の女の顔なんて見てないって。あたし達だって、話だけでゴイルの顔は見てないもん。ゴイルにあたし達のことなんてわかんないわよ」

 リンネの言うことにも一理ある。もう生け贄になる人間は揃っているのだから、ゴイルが新たな生け贄を探す必要はない。リンネ達が当の生け贄とは知らないはずだから、顔を見られても逃げたことはバレない。極端な話、ゴイルの前を堂々と歩いていても、大丈夫なのだ。

「シェリルーはどこか宿屋で待っていて。あたしだけ行くから」

「そ、そんなこと、できるはずないでしょ」

 計画を実行している中に、ニルケもいるのだ。彼女だって、ニルケが心配でたまらない。リンネの理論が正しいなら、シェリルーだって支障はないはず。

「あたしも行くわ。行ったって何もできないけど、一人で安全な所に座って待つなんていやだもの」

「決まりね」

 二人は来た方へと進み出した。

☆☆☆

 空は次第に藍色へと染まり、小さな星の光が一つ二つとまたたき始める。空気は澄み、少し冷えた空気が街を包んだ。

 東の空に、美しい満月が浮かぶ。その月明かりは、見る者によっては妙に怪しい光を放っているように思われた。

 だが、城へ集まる人々は満ちた月を褒め、楽しいパーティにこうしてやって来られたことを喜び合っている。誰も、この国のどこかで(よこしま)な魔術が行われようとしているなどとは知らずに。

 ゴイルは暗くなると、すぐに城を抜け出した。パーティの準備が行われ、彼も色々と用意をしているふりをしていたのだが、ローソクに明かりが点される時間になると薄暗がりに紛れていつの間にやら姿を消していたのだ。

 ニルケはすぐ、ゴイルが術を行うために動き始めたと知った。わざとわかるように足音をたてながら、ニルケはゴイルの後を追う。

「どこへいらっしゃるのですか、ゴイル様。じきにパーティが始まりますが」

 ゴイルは内心で舌打ちした。うまく抜けたと思ったが、そうではなかったらしい。

 だが、ふと考えが変わった。

 自分の力が強大になる瞬間を、誰かに見せておいてやるのも一興、と。

 もちろん、目の前でその力を見せれば誰もが納得するだろうが、その力を得る瞬間を周りにしゃべらせるのも面白いかも知れない。その話し手が魔法使いなら信憑性もある。この頭のよさそうな男なら、うまく話してくれるだろう。

「二度とは見られぬであろう術を……見たくはないか?」

 もったいぶった言い方で、ゴイルはそう聞いた。

「そのような術が? 私も魔法使いの端くれです。素晴らしい術なら、ぜひこの目で」

 ゴイルの言葉で、ニルケは自分も連れて行く気でいるのだとすぐに気付いた。それなら都合がいい。

 大っぴらにダルウィンの近くにいられるし、ゴイルが魔法をかけようとしても食い止められる。隠れてついて行くよりいい。見付かった時のいい訳も面倒だ。

「ああ、素晴らしい術だ。城のパーティには、その後で出る。その時には素晴らしい魔法を披露できるはずだ」

 ゴイルの目が不気味に光る。披露するつもりの魔法がどんなものか、これだけでもニルケは充分に想像できた。

 バグがリンネをさらわなければ、そうなったでしょうね。

☆☆☆

 予想外の夜の冷え込みに震えながら、リンネとシェリルーはゴイルの屋敷を見張れる場所で魔法使いが現れるのを待っていた。ゴイルが場所を変えて術を行うのは聞いていたから、一度戻り、生け贄を連れてまた出掛けるはずだ。

 ゴイルがリンネ達の顔を知らないのと同様、リンネ達もゴイルの顔を知らない。だが、銀髪の男だということだけは、バグが話していた中に出ていた。

 辺りはどんどん暗くなり、寒いこともあって心細くなってくる。手足が冷たくかじかんで、感覚が鈍くなってきた。

 火でも焚きたいところだが、そんなことをしたらすぐに隠れているのがわかってしまう。街の人間のほとんどが城へ行っているはずなのに、こんな所で焚き火をしていたら、逃げた生け贄だとバレなくても充分に怪しまれる。

 シェリルーがどうにかうまく透明な壁を作り、風が入ってこなくなったので少し寒さが緩んだ。暖かくなればもっといいのだが、そこまでうまくいかない。

 そうこうしているうちに、ようやくゴイルらしき人物が屋敷へ近付いて来た。後ろにもう一人。これはわかる。見慣れた金髪の魔法使いはニルケだ。

「やっぱり、あれがゴイルみたいね。顔はいいのに、すっごく冷たそうな感じ」

 銀色の髪がまるで氷みたいに見えてしまうのは、気のせいだろうか。

「ニルケも一緒にいるわね。二人で術を行う場所へ行くのかしら」

 シェリルーはニルケの姿を見て嬉しそうだったが、同時に心配そうな顔をした。術がうまくいかないのはわかっているが、それに怒ったゴイルがニルケに何かしないかと不安にかられているのだ。

「一緒に戻って来たからには、ニルケも連れて行くでしょうね。あ、バグが出て来た。背の高い人がダルウィンね。え……あそこにもあたし達がいる」

 リンネが目を丸くして指差した。

 バグは確かに三人の女を連れていた。ダルウィンは背の高さでわかる。だが、もう二人は。

 身長も姿も、リンネとシェリルーそっくりなのだ。目の前で見ているのではないが、似ているのは少し離れたここからでもわかる。あれなら、ゴイルがたとえ二人の顔を見ていたとしても、間違えるのではないだろうか。

「ダルウィンって……私よりも魔法が上手かも知れないわ」

 呆然としてシェリルーがつぶやく。彼女もまた人形のできに驚いているのだ。

 見ていると、ゴイルとニルケが再び現れ、さらにその後ろからカードが出て来た。どうやらうまく一緒に行くよう、話ができたらしい。

 バグは三人の生け贄を連れて先に行き、少し遅れて魔法使い達が歩く。

「行きましょう」

 リンネとシェリルーは魔法使い達が行く方向へ、同じように歩いて行く。

 一行はやがて森へと入った。暗い森へ明かりもなしに入るのは勇気がいるが、リンネはここに何かがいたとしても、カディアンの羽が守ってくれるから、という安心感があってためらわずに入って行った。暗いので足下が見えにくく、歩きにくいことだけが難点だ。

 それでも先を歩く魔法使いを見失わず、見付かることもなく目的地に着いた。

 そこは広場のようになっていて、大昔には何か建物があったらしいとわかる物があった。

 大理石らしい柱が数本。それらが円を描くようにして建っているのだが、まともなものは一本としてない。全てが上部が欠けていたり、大きなヒビが入っている。そんな状態なので、高さも揃っていない。屋根も壁もない。かろうじてそれらの柱が残っているだけ。

 地面の所々に大理石のタイルのようなものがあるが、かけらでしかなく、ほとんどが土の地面だ。どんな建物がここにあったのか、想像しにくい。

「森は魔力がたまりやすい場所なのよ。でも、あそこは他の場所よりもっと強く感じるわ。だからゴイルはここを選んだのね」

 シェリルーが指差す方を見ると、地面に何か線や絵文字のようなものが描かれている。ゴイルが魔法でかがり火を出し、少し明るくなったので周りの様子もわかるようになってきた。

 その明かりで見る限り、その模様は魔方陣だ。リンネもニルケの魔法書で見たことがあるのでわかる。

「ふぅん、あれで魔界の扉を呼び出すのね。だけど、呼び出しても開かないわよ。そうなったらあの魔法使い、どうするのかしら」

 リンネとしては、あの冷たい雰囲気を持つ魔法使いがどう慌てるか、楽しみでもある。

 扉を開ける役兼生け贄は、全てがニセモノだ。どうがんばっても、扉が開かれることはない。

 二人はゴイルの様子をじっと観察する。

 魔方陣を見下ろすように、空には満月が浮かんでいた。

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