19話 フキダマリ
アラタが消えた翌日、わたしたち4人は、その事実を共有するため、アラタの定食屋で会ったところに集まっていた。そして、もう一つ、目的があった。ずっと目を背けていた、なぜこの街に来たか、そしてカミカクシとはなにか、そして奴らは何なのかと言うことである。
わたしはこの街でどうしても気になるところが一つだけあった。天女横丁の更に奥、いわゆる吹きだまりの街と呼ばれている地区である。わたし1人で行く勇気はなかった。けれど4人ならまだ何とかなりそうな気がする。しかし、他の人達を危険な目に合わせることは出来ない。そうこう考えているうちに、まどかが口を開いた
「ねえー、私どうしても気になるところがあるんだけど、吹きだまりの街?ってやつ、みんなも気にならない?」
わたしは内心めちゃくちゃまどかに同意したが、男子陣の様子をうかがうと、2人とも渋い顔をしていた。
「いやでも、危ないって言ってただろ?僕らだけならまだしも、君たちを守れる保証はないんだ」
篤はそう言うと、まどかは笑って答えた。
「大丈夫よ!ナギサちゃんとっても強いもの!むしろあんた達の方が心配だわ」
その言葉に篤はたじろいでしまった。彼自身も興味があったのだろう
「危ないと思ったらすぐに引き返すいいね?」
こうしてわたしたちはついにアンタッチャブルゾーンへと足を踏み入れることとなった。
天女横丁は夕方が近づいてきたことで徐々に賑わいを増していた。しかし、途中から一歩進むにつれ、周りの雰囲気がどこか寂れて行く感覚を覚えた。そして、天女横丁の更に奥はスラム街の様なみすぼらしい街並みに、あちらこちらにぼろぼろのダンボールが大量に積み重なっていた。
これ以上奥に進むべきでないことは本能が察していた。
しかし、わたしはどうしても気になることがあった。奴らはこの先からよく現れるという、アラタの言葉だ。この先に行けば奴らに関するヒントが得られるかも知れない。
そうしてわたしは警戒しながら一歩一歩進んでいった。
まどかは篤の影にずっといるので、何かあってもおそらく篤が守ってくれるであろう、そうなるとわたしは、彼を守らなければならない。彼の周囲にも注意を向けながら離れないように進んでいく。
道ばたには割れた酒瓶と、生きる気力を失ったような人々が座り込んでいる。その目線は明らかにこの街にとって異端であろうわたしたちに向けられていた。
1人のみすぼらしいカッコをしたホームレスのような男が話しかけてくる。
「あんたがた、何の用があってこんなところに来たんだ」
声質は穏やかであったが、目は笑っていなかった。歓迎ムードでないことは最初から知っている。わたしは勇気を振り絞って男に尋ねた。
「今話題の奴らについて知りたくて、こっちの方向からよく現れると聞いたので」
「お嬢さん、奴らに興味があるのか? 本当に知りたいのか?」
おじさんはそう言うと、わたしの心の奥底まで見透かすような目でこちらを見てきた。
「こちらも一つ聞きたいことがある。あんたら一体どこから来た?」
おじさんのその言葉にわたしははっとした。もしかして……
「あなたもこの街に?」
その言葉で男は初めて笑みを浮かべた。
「そうかそうか、実はわしももういつだったか分からないが、この街に流れ着いてな、お金が欲しいと頼んだのだが、今じゃこの有様よ」
男は続けた。
「お嬢さん、なんでこの街が近づいてはいけないと言われているか知ってるか?」
「それは……」
男はわたしの回答を遮るように言ってきた。そして、
「あんたらが幸せに暮らしたいなら、この街には関わらないで生きていった方がいい。それでもなお知りたいか? 奴らの真相を」
わたしは頷いた。
ここまで来たらもはや引くという選択肢は残っていなかった。
「分かった」
そう言うと男はゆっくりと語り出した。
「ここに住むもの達は、大体があんたらのようにこの街に迷い込んできたのさ、そして落ちぶれた」
「社長になった奴もいれば、スポーツ選手として成功した奴もいた。だがなその立場に溺れた奴らは結局身を滅ぼしたのさ」
「そうして行き着いた先がこの街というわけだ」
「そして、あんたらも聞かれたんだろう?願い事。あれは一時の幸せを享受する代わりに我々をどん底へと突き落とす悪魔のささやきだ」
わたしは何となく言葉の意味を察したが、ぴんとこなかった。
「そうして願い事の力を勘違いして私利私欲に溺れた奴は落ちぶれる。その先に待っているのはこの世界に対する恨みだ。そしてこの1ヶ月、恨みを持った奴らは変わっていった。あんたらもよく知っているいわゆる奴らに」
わたしはその言葉で全てを理解した。と同時に知らなければ良かった、そんな絶望に落とされた。そうか、そういうことだったのか……
「まあそういうわけだ、結局の所わしらに救いは無いということだ」
なぜこの街が絶望した空気に犯されているのか理解した。
と同時に、吐き気のような何か底知れないものがわたしの奥から上がってくるのを感じた。わたしが魔法で燃やした奴もそういうことなのだろう。
男は続けた。
「まあああなれば、自分の意思も意識もないだろうから、ある意味救いかもしれんがな」
その言葉にわたしは少し救われたものの、それ以上聞くことは出来なかった。
「あんたら、暗くなる前に帰りなさい。あんたらはまだここに来るべき時じゃない」
男は親切心からかそういった。わたしたちは男の言葉に従うことにした。
帰り道、わたしたちは言葉をかわすことはなかった。4人の間に絶望のオーラが流れていたのである。そんな中、彼は小さな声で呟いた。
「キミのせいじゃない」
察しの良い彼は何となく気付いたのだろう。わたしが最も絶望してしまった事実に。
「わたしは……」
「私利私欲に溺れるのはその人自身の弱さでしかない」
わたしは彼のその言葉に幾分救われたのだろうか。今までなんとか堰き止めていた感情が一気にあふれ出した。




