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外伝 アラタノキオク
奏君のステージがまもなく始まろうとしていた。
私は妻のナオと共に開演の時を待つ。
そのときは突然訪れた。世界は闇に包まれ、声と楽器の音だけになる。
――この感覚、なんだか懐かしいな……
思えばこの街に来る前、まだ東京で暮らしていたとき、ナオと良く行ったものだ。
そういえば、確かこの街に来た日も、ライブの帰りだった気がする。
私は失われていた記憶が少しずつ蘇っていく感覚を覚えた。確か、あの日も今私の目の前で歌っているような青年がギターボーカルをしていた。非常に感動したのを強く覚えている。
そして、私はナオと共に、またそのバンドの演奏を見に行くことを約束した。そこまでは思い出す。
はて、あの後どうやって帰ったかな
そして私は何でここに来たのかな
失われた記憶のパズルが1ピースずつ紐解かれていく。
そして、スタードームの照明の一つが私の方を向いたとき、私は急激な吐き気に襲われた。
――全て思い出した。
それは恐ろしい事実だった。
その日以来、この街でアラタの姿を見たものは誰一人としていなかったという。




