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アノマチ  作者: 依那 瑞希
第1章 アノマチ
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17話 ホシゾラフェスティバル


 日も暮れ、星空フェスティバルも終盤へとさしかかる。


 ついに次は彼の出番となった。前のバンドの演奏が終わり、ステージ上は幕が閉まり、転換の準備が行われている。外もすっかり暗くなり、透明なドームの天井を通じて満月になりかけの月が観客席を照らしている。観客席はまだかまだかと言った期待感から、ざわざわと色めきたっている。わたしも全く落ち着いていなかったのだろうか、そわそわしている様子を見かねて、まどかが声をかける。


 「あなたが緊張してどうするの!」


 「そうだよね…… でもやばいよ……」


 一度深呼吸をする。するとわたしの隣にはわたし以上にがちがちになっている生き物がいるのかわかった。京子である。


 「ああああああああああああ…… 奏君…… 奏君……」


 まるで神に祈るかのような京子の姿にわたしは少し気が抜けてしまう。


 「京子さんまで!」


 まどかは笑って京子に突っ込む。


 そんなやりとりをしていると、会場が闇に包まれた。同時に客席が一気にどよめく。

 そして、ドラムの4カウントと共に、スポットライトはステージ上の5人へと向けられた。


 イントロのギターフレーズで客席はまた色めきだつ。


 「フライハイシティ」


 彼のその言葉と共に、一斉にステージ上が照らされる。客席は全員両手を挙げ、バスドラムの鼓動に合わせ、飛び上がる。その光景はまるでドーム全体が脈を打っているかのようであった。


 絡み合う、シンセサイザーとギター、思わず踊ってしまうようなベース。


 サビに入ると一気に、音楽は疾走へと変わる。踊れと言う彼の言葉に応じて、客席は狂ったかのように踊り出す。音楽の魔力である。わたしの魔法なんか比べものにならないほどの魔力。


 音楽が鳴っている間はこの世界に彼とわたしだけ。そんな錯覚を覚えるほどに、わたしは彼の音楽にのめり込んでいた。


 さっきまでの盛り上がりと一転して、『フライハイシティ』が終わると、次は『アイビー』が流れる。


 疾走感に包まれていた会場は、『アイビー』のイントロが始まると静寂に包まれる。彼の真骨頂である、繊細なグルーヴ。どこかはかなくなるその曲は、わたしの大好きな曲であった。


 ――ねえ知ってる?


 ――アイビーの花言葉、永遠の愛って意味なんだよ


 彼との何気ないやりとりを思い出す。


 そうか、もうすでに…… あのときから…… わたしはアイビーにとらわれていたんだ……


 わたしは完全に理解した。あふれ出るこの感情の答えを。


 そこに君がいる。変わらないこの毎日にどれほどの価値があることだろう。



 わたしが自分のひどい顔に気がついたのは『アイビー』が終わってからだった。アイビーの後、MCで現実に引き戻されたのだが、京子よりもわたしはおそらく号泣していた。わたしと京子と、もう二人も散水機がいるのではまどかも篤もたまったものではないだろう。


 まどかは優しくハンカチを差し出してくれた。その瞳はちょっと潤んでいるような気がした。


 「えへへ、ありがとう、まどかさん」

 

 「なによ……急にかわいらしくなっちゃって」


 だってわたしは気づいてしまったんだもの。

 わたしのこの思いに。


 MCが終わると彼はまた、幻想の世界の始まりを告げる。


 「パラドックス・シティ、聞いてください」


 バスドラムは心臓の鼓動のように鳴り響き、まるでライブ会場そのものが生きているかのように感じられた。


 ――この時間が終わらなければ良いのに


 しかし、時間というものは非情にも一定に流れていくものだ。そして消して止まることはない。


 そして気づけば、彼のステージもラスト一曲を残すのみとなっていた。


 『ユメトカ』


 それは幻想の世界に生きる少女が現実を受け入れる話。


 歌詞に出てくるわたしと、今のわたしを重ね合わせることで、わたしは思わず泣き崩れてしまった。足に力が入らず立つことができない。


 彼の姿を見ていたいのに……

 見ていなきゃいけないのに……


 もしかしたらこの世界は幻想なのかも知れない。


 いつか現実を受け入れなければならないときが来るかも知れない。


 でも…… それでも……


 わたしが彼を想う気持ちはきっと変わらない。


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新しく連載開始いたしました。マイペースにかいていこうと考えておりますので、お付き合い頂ければ幸いです。

動物のお医者さん、転生して今日からモンスターのお医者さんになりました!
よろしくお願いいたします。
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